目次
「もしかして、私たちには治療が必要なのかも…」 「でも、まだ早いかな?それとも、もう遅いのかな?」
診察室で多くの患者様から伺うこの言葉。
不妊治療を始めるタイミングについて悩まれる気持ちはとてもよく分かります。
生殖医療専門医として日々患者様と向き合う中で、「もっと早く相談に来ていただければ…」と思うことも「焦らなくても大丈夫ですよ」とお伝えすることもあります。
今回は年齢と不妊治療の関係について最新のデータと臨床経験を基に皆様の疑問にお答えしていきます。
不妊治療を考え始める年齢の目安
一般的な受診タイミング
日本産科婦人科学会では避妊をせずに性交渉を持っても1年間妊娠しない場合を「不妊症」と定義しています。しかし実際の臨床現場ではこの「1年」という期間にこだわる必要はありません。
特に35歳以上の方は半年で38歳以上の方は3ヶ月程度で受診を検討することをお勧めしています。
なぜなら年齢が上がるほど1ヶ月1ヶ月が貴重な時間となるからです。
「まだ大丈夫かな」と思っているうちに治療の選択肢が狭まってしまうケースが多くあるからです。
また、月経不順や強い月経痛がある方や過去に骨盤内の手術を受けたことがある方は年齢に関わらず早めの受診をお勧めします。
これらの症状は子宮内膜症や多嚢胞性卵巣症候群など妊娠に影響を与える可能性のある疾患のサインかもしれません。
年齢別の妊娠率と現実
年齢と妊娠率の関係は避けて通れない現実です。
自然妊娠の場合における1周期あたりの妊娠率は20代で約20-25%で30代前半で約15-20%となり、35歳を過ぎると急激に低下し40歳では約5%で45歳では1%未満となります。
しかしこれはあくまで統計的な数字です。
実際の診療では41歳で自然妊娠される方もいれば28歳でも治療が必要な方もいらっしゃいます。
大切なのはご自身の状態を正確に把握し必要に応じて適切な治療を受けることです。
20代~30代前半:早期受診のメリット
この年代の特徴と治療方針
20代から30代前半は一般的に「妊娠しやすい年代」とされていますが、この年代での不妊治療には独特の難しさがあります。周囲から「まだ若いから大丈夫」と言われることが多く受診をためらう方が少なくありません。
しかし若い年代での不妊の原因には多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)や子宮内膜症および無排卵などがあり、これらは適切な治療により改善可能なケースが多く早期発見・早期治療により将来的な選択肢を広げることができます。
この年代の治療は検査結果にもよりますがタイミング法から始めることが一般的です。
基礎体温の測定や超音波検査による排卵日の予測および必要に応じた排卵誘発剤の使用などを組み合わせます。3-6周期で結果が出ない場合は人工授精へのステップアップや体外受精などを検討します。
治療による妊娠率も高いため焦らず着実に進めることが大切です。
検査で分かること
ホルモン検査では卵巣予備能(AMH値)や甲状腺機能異常などがないか確認します。
特にAMH値は「卵巣年齢」とも呼ばれ実年齢と大きく乖離する結果となる場合があります。
超音波検査では子宮や卵巣の形態異常および子宮筋腫や卵巣嚢腫などの有無を確認します。
また卵管造影検査により卵管の通過性も評価できます。
若い方でもクラミジア感染症の既往により卵管が詰まっているケースは珍しくありません。
これらの検査結果により「若いから大丈夫」ではなく「若いうちに原因が分かってよかった」と前向きに捉えることができますので、早期の受診はより多くの治療選択肢と高い成功率につながります。
35歳~39歳:治療開始の重要な分岐点
30代後半を境に変わること
30代後半は生殖医療において一つの大きな節目となります。
この時期を境に卵子の質の低下が加速し流産率が上昇します。
具体的には20代では10-15%程度の流産率が35歳では約20%で40歳では約40%となります。
これは主に染色体異常によるものであり女性の年齢によるものです。
女性にとっては厳しい現実ですが、これを理解することで治療方針の決定に役立ちます。
この年代の方には「時間を味方につける」ことの重要性を強調しています。
仕事やライフプランとの兼ね合いもあるでしょうが、可能な限り早期の治療開始をお勧めします。
1年の違いが大きな違いを生むことがあるからです。
効率的な治療の進め方
35歳以上の方にはより段階的な治療よりも積極的なアプローチを提案することが多いです。
タイミング法を3周期程度試した後早めに人工授精や体外受精へとステップアップを検討します。
特に37歳以上の方やAMH値が低い方には初回から体外受精を提案することもあります。
「いきなり体外受精は…」と戸惑われる方も多いですが、限られた時間の中で最も確率の高い方法を選択することが結果的に身体的・精神的・経済的負担を軽減することにつながります。
またこの年代では複数個の胚(受精卵)を将来のために凍結保存する「貯卵」という選択肢もあります。
今すぐに妊娠を希望しない場合でも質の良い卵子を確保して受精卵としておくことで将来の妊娠の可能性を広げることができます。
ただし治療は保険適応外となるため高額になりますので、しっかり情報を確認することをお勧めします。
40代:時間との向き合い方
現実的な成功率と向き合う
40代での不妊治療は「希望」と「現実」のバランスを取ることが最も難しい年代といえます。
体外受精1回あたりの妊娠率は40歳で約15%で42歳で約8%で44歳では約3%となります。
これは出産率ではなく妊娠率であることにも注意が必要です。
妊娠はするけれど流産してしまうことが多くなりますので、出生率となるとさらに1回あたりの治療の確率は低くなります。
しかし私たちが診療で大切にしているのは単なる統計だけではありません。
個々の患者様の卵巣機能や全身状態およびパートナーの状態などを総合的に評価しその方にとって最適な治療方針を提案します。
42歳でも卵巣機能が良好な方もいれば38歳でも厳しい状況の方もいらっしゃいますので、この年代の方には治療前に「ゴール設定」について十分に話し合いが必要だと考えます。
何回まで治療に挑戦するのかやどこまでの治療を行うのかなどしっかりとしたイメージを持っていただくため、非常にデリケートな問題ですが話し合いの上で治療を行なっていくことが重要だと考えています。
治療の選択肢と優先順位
40代の治療では時間との勝負という側面が強くなります。
そのため最も効率的な方法として多くの場合は体外受精からスタートすることを提案します。
採卵ではできるだけ多くの受精卵を確保することが重要です。
また状況に応じて着床前診断(PGT-A)の活用も提案させていただくことがあります。
これは胚の染色体の異数性を調べる検査であり正常な染色体数を持つ胚を選択して移植することで高齢になると増加する流産率を下げることが期待できます。
ただし全ての方が対象となるわけではないということと保険適応がないため自費診療となります。
さらにこの年代では妊娠後の管理も重要になります。
高齢妊娠は妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病および前置胎盤などのリスクが高まります。
産科との連携を密にし安全な妊娠・出産をサポートする体制を整えていくことが重要であると考えていますので、場合によっては妊娠前にプレコンセプションケアとして産科に先に受診をすすめることもあります。
保険適用と年齢制限の実際
2022年4月から不妊治療の保険適用が始まり経済的負担が大幅に軽減されました。
しかし年齢制限があることを知らない方も多いようです。保険適用は治療開始時に女性が43歳未満であることが条件となっています。
また保険適用には回数制限もあります。40歳未満は通算6回までで40歳以上43歳未満は通算3回までの胚移植が保険適用となります。
採卵の回数に制限はありませんが、凍結胚がある場合は基本的にはそれを移植してからでないと次の採卵は保険適用になりません。
この制度を最大限活用するためには計画的な治療が必要です。
例えば39歳の方は40歳になる前に治療を開始することで6回の移植機会を確保できますので、年齢を見据えての治療のステップアップをおすすめすることも多くあります。
費用面での計画
保険適用により自己負担は3割となりましたが、それでも体外受精1周期で15-20万円程度の費用がかかります。
また、保険適用外の治療や検査を含めるとさらに費用は増加します。
多くの自治体では独自の助成制度を設けています。
所得制限や年齢制限は自治体により異なりますが、保険適用と併用できる場合も多いです。
治療開始前にお住まいの自治体の制度を確認することをお勧めします。
また医療費控除の活用も忘れずに。不妊治療の費用は医療費控除の対象となり年間の医療費が10万円を超えた場合は確定申告により税金の還付を受けることができます。治療の領収書は必ず保管しておきましょう。
心理的なサポートの重要性
年齢による焦りとの付き合い方
「もっと早く始めていれば…」「あと〇歳若ければ…」診察室で聞くこの言葉に胸が痛みます。
年齢による焦りは不妊治療における最大のストレス要因の一つです。
しかし残念ながら過去に戻ることはできません。
大切なのは現状をしっかり確認し今できることに集中して治療を進めて行くことです。
焦りは判断を誤らせることがあります。
「とにかく早く」と焦るあまり体調を崩したりパートナーとの関係が悪化したりすることもあります。
私たちは医学的なサポートだけでなく心理的なサポートも重要と考えカウンセリングの機会を設けています。
また同じ悩みを持つ方々との交流も有効です。当院では定期的にサポートグループを開催し経験を共有する場を提供しています。
「自分だけじゃない」と感じることで前向きな気持ちを取り戻される方も多いです。
パートナーとの関係性
不妊治療はカップルで取り組む治療です。
しかし治療が長期化するとすれ違いが生じることもあります。
特に年齢的なプレッシャーが強い場合は女性側の焦りと男性側の温度差が問題となることがあります。
大切なのはお互いの気持ちを率直に話し合うことです。
「子どもが欲しい」という目標は同じでもそこに至る過程での思いは異なることがあります。
定期的に二人で話し合う時間を持ち治療の方向性を確認することをお勧めします。
また治療を休む勇気も時には必要です。心身ともに疲れ果てた状態では良い結果も得られません。期間を決めて治療を休み二人の時間を大切にすることで新たな気持ちで治療に臨めることもあります。
まとめ:あなたに最適なタイミングとは
不妊治療を始める「最適な年齢」は一律には決められません。
しかし確実に言えることは「迷っているなら、まず相談を」ということです。検査を受けることで漠然とした不安が具体的な課題となり対策を立てることができます。
20代でも治療が必要な方もいれば40代で自然妊娠される方もいます。
大切なのはご自身の状態を正確に把握しそれに基づいて計画を立てることです。年齢は確かに重要な要因ですが、それがすべてではありません。
生殖医療専門医として最新の医学的知識と豊富な臨床経験を基にお一人おひとりに最適な治療を提案していきたいと思います。どうか一人で悩まずパートナーと共にそして私たち医療者と共に希望を持って治療に取り組んでいきましょう。