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皆さんこんにちは、生殖医療クリニック錦糸町駅前院の「胚培養士」川口優太郎です。
「移植する予定の胚盤胞のグレードがBBなんけど、妊娠できるのかな…?」
「グレードの良い胚盤胞じゃないと妊娠は難しいの?」
胚移植を控えている患者様から、このような不安の声は数多く寄せられます。
採卵は痛みを伴うし、治療費も高額、やっと育った胚盤胞なのに、グレードが思うように良くなかった‥‥となると、落ち込んでしまうというのは当たり前のことなのかもしれません。
しかしながら、私自身、胚培養士として15年以上従事していますが、グレードが低い胚から出産に至るケースは数え切れないほど多く経験していますし、正直なところ、胚のグレードよりも重視するべき項目は山ほどあるため、グレードだけに一喜一憂するのはあまり賢明では無いなと感じています。
今回のコラムでは、胚盤胞のグレードと妊娠率の関係について、臨床での経験を交えながら、できるだけわかりやすくお伝えしていきたいと思います。最新の技術やデータについても触れながら、皆さんの不安が少しでも和らげばと思います。
胚盤胞とは?受精卵が着床可能になるまでの道のり
グレードについて説明する前に、受精卵の成長過程を簡単におさらいしましょう。
採卵された卵子と精子を体外受精あるいは顕微授精によって媒精し、受精が成立すると、細胞の中に卵子由来・精子由来の2つの前核が確認できるようになります。受精の翌日には細胞分裂を開始し、2日目には2~4細胞期、3日目には8細胞期以上に細胞分裂を繰り返しながら成長していきます。
そして4日目頃になると、細胞同士が融合し始めるCompaction期、さらに細胞が完全に融合して桑の実のような形を呈する桑実期胚に成長し、受精後5~6日目に胚盤胞へと発生します。
胚盤胞は、着床した後に赤ちゃん本体になる「内部細胞塊(ICM)」と、胎盤になる「栄養膜細胞(TE)」という2つの部位から構成されます。この胚盤胞の段階になって、初めて胚は子宮内膜に着床することが可能になります。
自然妊娠の場合では、卵管膨大部で卵子と精子が受精し、受精卵は卵管を通過しながら成長を進めていき、子宮に到達する頃に胚盤胞となって子宮内膜に着床します。
不妊治療や体外受精と聞くと、極めて人工的あるいは不自然なことをしているように感じる方もいらっしゃるようなのですが、実際のところ、生殖補助医療における胚の培養は、卵管膨大部で起こる受精から卵管を通過しながら発育していく胚の成長過程を体外でただ再現しているだけですので、受精卵自身の力で成長を進めていくというのは体外も自然も変わりありません。
胚盤胞グレード(Gardner分類)の基本を理解する
胚盤胞のグレードを付ける評価方法には、世界的に広く使われているGardner(ガードナー)分類があります。この分類法は、3つの要素を組み合わせて評価します。「3AB」「4BC」「5CA」といった表記が代表例です。
最初の数字は胚盤胞の大きさや発育段階を、続く2つのアルファベットは、それぞれ内部細胞塊と栄養膜細胞の形態的な評価を表しています。
ステージ(1~6):胚盤胞の発育段階
胚盤胞のステージは、胞胚腔(ほうはいくう)と呼ばれる内部の空洞がどれくらい広がっているかで判定します。
ステージ1:初期胚盤胞。胞胚腔が全体の50%以下
ステージ2:胞胚腔が全体の50%以上に拡大
ステージ3:拡張中胚盤胞。胞胚腔が全体に広がっているが、透明帯がまだ厚い状態
ステージ4:拡張期胚盤胞。胞胚腔が大きく拡大し、透明帯が薄くなっている
ステージ5:孵化中胚盤胞。透明帯から細胞の一部が孵化している
ステージ6:完全孵化胚盤胞。透明帯から細胞が完全に孵化した状態
内部細胞塊(ICM)の評価:A・B・C
内部細胞塊(ICM)は、将来赤ちゃんの体になる部分です。この部分の細胞の数と密度によって、A~Cの3段階で評価します。
| A評価 | 細胞数が多く、密にかたまっている |
| B評価 | 細胞数はやや少なめだがある程度まとまっている |
| C評価 | 細胞数が少なく、まばらな状態 |
栄養膜細胞(TE)の評価:A・B・C
栄養膜細胞(TE)は、将来胎盤になる部分です。この部分も細胞の数と大きさの配列によって、A~Cの3段階で評価します。
| A評価 | 細胞数が多く、規則正しく並んでいる |
| B評価 | 細胞数は中程度で、やや不規則な配列 |
| C評価 | 細胞数が少なく、配列も不規則 |
施設によってどのステージで胚凍結あるいは胚移植を行うかの方針は大きく異なります。ステージ1や2の状態であっても、胚盤胞に成長し次第すぐに凍結を行うという施設もあれば、発育する胚盤胞のサイズに一定の基準を設け、ステージ3ないし4以上に成長しなければ胚移植も胚凍結も行わないとする施設もあります。
決して前者の方法を否定するわけではないのですが、ステージ1や2ではICMもTEもこの段階では未だ不明瞭で、評価を付けることが難しいです。また、例えばステージ1や2の段階ではあまり綺麗では無い胚も、少し培養を続けて様子を見ると綺麗に大きく拡張してくることがあります。このようなことから、私が現在までに指導してきた施設では後者の通り、サイズに一定の基準を設け、ICMやTEが明瞭に観察された状態になってから凍結するようにしています。
グレード別の妊娠率|最新データから見る実態
では、実際にグレード別の妊娠率はどのくらいなのでしょうか?
学会の発表している最新データや、私が従事してきた複数のクリニックのデータを総合すると、おおよそ以下のようになります。
(※これらのデータは治療時の年齢によって大きく変動します)
高い評価の胚盤胞(AA):妊娠率 約55~70%
良好胚盤胞と呼ばれるグレードAAの胚盤胞では、かなり高い妊娠率が報告されています。
当然ながら年齢にもよりますが、35歳未満の患者様では60%以上の妊娠率が期待されます。
中くらいの評価の胚盤胞(AB、BA、BB):妊娠率 約45~55%
グレードAB、BA、BBなどBの評価が入るとグレードとしては真ん中くらいになります。
とはいえ、AAとさほど変わらず比較的良好な状態であり、おおよそ50%程度の妊娠率が期待されます。
評価にBが入ると「悪いのかな?」と思う方もいるかもしれませんが、決して低いわけではありません。
低い評価の胚盤胞(Cが入る胚):妊娠率 約10~40%
ICMあるいはTEにCの評価が入るとグレードとして低いと評価されます。AC、CA、BC、CB、CCがこれに当たります。しかしながら、グレードCCであっても、年齢によっては30%程度の妊娠率が期待されます。
自然妊娠の場合、一周期あたりの妊娠率が約35%程度であるとされているため、決して低い数字では無いのではないかと思います。
実際に、私がこれまでに担当した患者様の中には、グレードCCの胚盤胞で無事に妊娠・出産された症例も数多くあります。
実のところ、グレードはあくまで「見た目」の評価に過ぎません。
実際に、胚盤胞が着床できるポテンシャルを持っているかどうか、もう少し具体的に言えば、胚の染色体が正常かどうかは見た目では判断することができません。
たとえグレードがCCであっても、染色体が正常であることや、年齢や子宮の状態など、その他の条件がしっかりと整えば、十分に妊娠の可能性はあると考えてよいかと思います。
胚盤胞を評価する上での「グレード以外」の重要な要素
長年、ほぼ毎日胚盤胞を観察し、淡々とグレードを付けていますが、常々考えているのは胚盤胞を評価する上では、「形態的なグレードだけでは不十分である」ということです。
以下に、形態評価以外の項目についても解説していきます。
治療時の年齢
なんと言っても重要なのは患者様の治療時の年齢です。
どんなに胚が良好であっても、高齢になるほど妊娠率、ならびに出産率は顕著に低下していきます。理由は明白で、年齢を重ねるとともに卵子の染色体異常の割合が増加するためです。
胚盤胞の染色体が正常か異常かは、見た目では判断不可能であるため、AA、AB、BAといった一見すると良好な胚であっても、中身である染色体が異常な場合は着床・妊娠が難しくなり、妊娠しても出産にまでいたることはありません。
胚発生のスピード
2つ目は胚発生のスピードについてです。
胚発生のスピードは、胚そのもののポテンシャルを評価する上で重要な指標になります。『5日目胚盤胞』というワードを聞いたことがある方もいるかもしれませんが、5日目に凍結できた胚は比較的成長のスピードが早い胚で、6日目に凍結ができた胚と比べると、妊娠率は明確に異なります。
また、5日目の午前中に凍結ができたのか、午後(夕方)に凍結ができたのかでも、妊娠率には若干の違いがあります。やはり、成長スピードのある程度早い胚の方が、評価としては高くなります。まれに、胚盤胞まで発育するのは早くても、そこから大きく拡張して凍結の基準を満たすまでに時間のかかる胚がありますが、このような胚では評価は低くなります。
初期胚(分割期胚)のグレード:Veeck分類
3つ目は、初期胚(分割期胚)のグレードです。
培養2~3日目の分割期胚は、Veeck分類と呼ばれる評価方法によってグレードを付けていきます。Veeck分類では、細胞の割球の大きさとフラグメントの量によって評価を行うのですが、細胞の大きさが極端に不均一であったり、フラグメントと呼ばれる細胞の“破片”のようなものが多く認められたりするとVeeck分類では低い評価となります。
しかしながら、このような胚でも培養5~6目には綺麗な胚盤胞に成長することがありますが、その成長過程には何かしら異常な所見がある可能性が予測できます。実際にAA、AB、BAといった評価が付いていても、このような所見が認められる胚では、着床・妊娠にいたらないこともあります。これらのことから、われわれの施設ではVeeck分類とGardner分類のいずれの評価も総合的に判断しています。
成長過程の評価:AIスコアリングシステムを内蔵したタイムラプスによる評価
4つ目は、成長過程の評価です。
上記でも触れた通り、どんなに良好な評価が付いた胚盤胞であっても、胚の成長過程に何かしらの異常が認められる場合には妊娠率は低くなります。
近年では、タイムラプスインキュベーターが導入され、胚の成長過程を追っていく時に、従来のような定点的な観察では無く、連続的な観察を行うことが可能になりました。さらに、最新の機種には「KIDScore」や「iDAScore」と呼ばれるAI(人工知能)によるスコアリングシステムが内蔵されており、数十~数百万個の胚のデータを学習したAIが、胚の成長過程から妊娠の可能性を予測することができるようになりました。
AIスコアリングシステムでは、従来の形態的な評価とは大きく異なり、受精した時間や分割が開始した時間、細胞の動き方やフラグメントの量、胚盤胞に成長した時間など、成長過程からスコアを付けていきます。最終的に見た目がAAという胚であっても、発育の段階で異常な所見が認められれば低い評価を付けますし、反対に、BCやCBという低い評価の胚であっても成長過程が正常であればある程度高いスコアを付けます。
最近の研究では、このようなAIスコアの方がGardner分類よりも正確な妊娠率を反映するのではないか?という論文も発表されています。
グレードが低い胚盤胞でも妊娠した実例
ここで、実際に私が経験したケースをいくつかご紹介したいと思います。
ケース1:『グレードBC×2個移植で双子を出産』
30代後半の患者様で、採卵で4BA、4BB、4BC、4BCという 4個の胚盤胞が凍結できていました。最初に4BAを移植しましたが妊娠にいたらず。2回目は、4BBを移植しましたが胎嚢確認まではいったものの流産となってしまいました。2連続で不成功であったことや、保険の移植回数も鑑みて、3回目に残りの4BC、4BCの2個移植をしたところ、なんと2個とも着床し翌年に女の子2人の双子(二卵性双生児)として無事に産まれてきました。
ケース2:『早発卵巣不全、やっと採れた卵子で妊娠・出産』
30代前半の患者様なのですが、AMHが1.0未満という早発卵巣不全が認められる患者様でした。卵巣刺激をかけても卵胞が育たず、なんとか育ってきて採卵を行っても卵子が採れないという状態でした。4回目の採卵でやっと1個の卵子が採れ、顕微授精で受精・培養し5日目の午後に胚盤胞に成長しました。しかしながら評価は4BCでした。今後卵子が採れる保証も無く、胚移植はほぼ一発勝負という状態でしたが、この一回で無事に妊娠・出産にいたりました。年齢の若さが幸いした典型的な症例だと思います。
ケース3:『5年間凍結保存していたCCで弟を出産』
胚移植時の年齢が40歳の患者様で、2人目のお子さんの治療で来院されていました。1人目のお子さんの治療は35歳の時で、低刺激で採卵し3個の卵子が採れました。そのうち1個は、初期胚の段階で新鮮胚移植し、残りの胚は継続培養してグレード4CCの胚盤胞を1個凍結保存していました。新鮮胚移植したもので妊娠し1人目のお子さんを出産され、その5年後、凍結保存していた4CCの胚を融解して移植し、こちらも妊娠して2人目のお子さんを出産されました。たとえ評価が4CCであっても、胚のポテンシャルは凍結した時の年齢が反映されるため、胚移植時に40歳であっても胚盤胞は採卵をした35歳のポテンシャルを持っていたため、上手くいった症例だと思います。
胚盤胞グレードを上げるためにできること
「少しでも胚盤胞のグレードを良くしたい」という気持ちは、すべての患者さんに共通するものだと思います。では、実際にグレードを上げるために何ができるのでしょうか?
生活習慣の改善を図る
良質な卵子を得ることが、良好な胚盤胞への第一歩です。卵子の質は、普段の生活習慣の影響を強く受けると考えられています。
栄養面での心がけ
– タンパク質を十分に摂取する(体重1kgあたり1g以上)
– 抗酸化作用のある食品を積極的に摂る(ビタミンC、E、コエンザイムQ10など)
– 葉酸、ビタミンD、鉄分などのサプリメントを適切に摂取
– 糖質の摂りすぎに注意し、血糖値の急激な変動を避ける
生活習慣での心がけ
– 十分な睡眠時間の確保(7~8時間)
– 適度な運動(激しすぎない有酸素運動)
– ストレスの軽減
– 禁煙・節酒の徹底
特に睡眠は重要です。夜間に分泌される成長ホルモンやメラトニンは、卵子の質に大きく影響します。スマートフォンのブルーライトは睡眠の質を下げるので、就寝1時間前からは控えることをお勧めします。
しかしながら、どんなに生活習慣を心がけて状態を整えても、すべての胚が良好な胚盤胞になるわけではありません。
女性の卵子は、新しく造られる細胞では無く、産まれてから現在にいたるまで、ずーっと身体の中にあるものです。そのため、産まれてから現在にいたるまでの、ありとあらゆる影響をすでに受けています。例えば、過去に大きな病気をしていたり、影響の大きいお薬を服用していたり、あるいは極端なダイエットやアスリート並みの運動をして身体に過度な負荷をかけていた場合も、身体の中にあった卵子は悪い影響を受けている可能性があります。
それはある意味、個人の人生を反映しているようなもので、すでに起こってしまった事象に対してはわれわれがコントロールすることは出来ません。
大切なのは、今できる限りのことを精一杯やること、そして不妊治療が上手くいってもそうでなくても、後悔しないように「やりきった」と思える状態を作ることだと思います。
最後に
今回のコラムでは、胚盤胞のグレードと妊娠率について詳しく解説してきました。
最後に、私自身が胚培養士として長年臨床に従事してきた経験から、皆さんに是非知っておいていただきたいことがあります。
それは、『胚盤胞のグレードだけで、実際に妊娠するかどうかを判断することは不可能』ということです。
確かに、胚盤胞のグレードと妊娠率には相関があるのですが、それはあくまでも日本全体の“平均”を統計的に出しているだけのものです。
当然ながら、年齢や病歴、治療歴、家族歴、不妊原因、さらに言えば、個人の生活習慣や趣味嗜好などは一人一人まったく異なります。例えば、同じ年齢の患者様で、同じグレードの胚を移植する場合でも、内分泌系(ホルモン)の異常が認められるケースや、子宮筋腫や腺筋症といった婦人科系疾患が認められるケースでは、このような平均の数字は一切当て嵌まりません。
つまり、本当の意味で妊娠率を判断しようと思ったら、考慮されるべき項目は胚のグレード以外にもいくつもいくつもあり、グレードはそのたった一つでしかないのです。
加えて、グレードは単純な胚の『見た目』の評価であり、染色体が正常か異常かは見た目では判断することは不可能であるため、実際に着床する能力があるかどうかをそのまま反映しているわけでもありません。
グレードに一喜一憂してしまうお気持ちは重々お察ししますが、今回のコラムを読んで、どうか数字やアルファベットに囚われすぎないようにしていただけたら幸いです。