医学的には、避妊をせずに性交渉を行っているにもかかわらず、1年間妊娠しない状態を「不妊症」と定義します。不妊症は決して珍しいことではなく、適切な検査と治療によって多くの方が妊娠・出産に至っています。
不妊の原因を特定することは、漠然とした不安を解消し、ご自身(とパートナー)に合った次のステップに進むための第一歩です。不妊の原因は、女性側にある場合も、男性側にある場合も、そして時には双方にある場合もあります。
まずは知っておきたい「妊娠」が成り立つ仕組み
不妊の原因を正しく理解するためには、まず「妊娠」がどのようにして成立するのか、その仕組みを知っておくことが大切です。実は妊娠とは、奇跡的ともいえるほど多くのステップが正しく連動して初めて成立するものなのです。
妊娠に至るまでの道のりは、大きく以下の6つのステップに分けられます。
| ステップ1:排卵 | 卵巣の中で卵子が成熟し、卵巣から卵子が飛び出します。 |
| ステップ2:精子の生成 | 男性側の体内で、元気で形の良い精子が十分に作られます。 |
| ステップ3:射精と精子の移動 | 性交渉により精子が腟内に射精され、子宮の入口(子宮頸管)を通り抜け、子宮内、そして卵管へとたどり着きます。 |
| ステップ4:卵子のピックアップと移動 | 卵管の先端にある「卵管采(らんかんさい)」が、排卵された卵子を優しくキャッチ(ピックアップ)し卵管内に取り込みます。 |
| ステップ5:受精 | 卵管の中で進んできた精子と卵子が出会い、1つの精子が卵子の中に入り込むことで「受精」が起こります。 |
| ステップ6:着床 | 受精卵は細胞分裂を繰り返しながら卵管を移動し、3~5日かけて子宮に到着します。そして、子宮内膜(着床のベッド)にもぐりこみ、「着床」することで妊娠が成立します。 |
不妊症とは、この6つのステップの「どこか」でつまずいてしまい、プロセスがうまく進まない状態のことをいいます。それでは、どのステップにどのような問題が起こり得るのか、具体的に見ていきましょう。
不妊症の原因、男女の割合は?
「不妊」と聞くと、かつては女性側の問題と捉えられがちでしたが、それは大きな誤解です。不妊の原因は決して女性だけに存在するわけではありません。
世界保健機関(WHO)の調査報告など、多くのデータにおいて、不妊症の原因は女性側と男性側でほぼ半々であることがわかっています。
【一般的な不妊原因の割合】
- 女性側のみに原因がある場合: 約41%
- 男性側のみに原因がある場合: 約24%
- 男女両方に原因がある場合: 約24%
- 原因不明の場合: 約11%
ここで最も大切な事実は、「不妊の原因の約半数には、男性側も関与している」という点ではないでしょうか。
女性が「もしかして自分に原因があるのでは」とご自身を責めてしまうことも多いですが、不妊は「カップルの問題」として二人で向き合うことが治療への近道となります。
【女性側の不妊原因】妊娠のステップを妨げる要因
女性側の不妊原因はさまざまで、妊娠成立の各ステップに関連しています。主な原因は「排卵」「卵管」「子宮」「頸管」「免疫」の5つの因子(カテゴリー)に分けられます。
排卵因子(卵子が育たない・排卵できない)
妊娠の最初のステップである「排卵」がうまくいかない状態(排卵障害)です。月経不順や無月経といった症状を伴うことが多いですが、月経が順調に来ているように見えても排卵が起きていない「無排卵月経」の場合もあります。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
排卵障害の中で最も多い原因の一つです。卵巣の中で小さな卵胞(卵子の袋)がたくさん育とうとするものの、どれも成熟しきれず、うまく排卵できなくなる状態です。男性ホルモン値が高かったり、インスリン抵抗性(血糖値を下げるホルモンが効きにくい体質)を伴ったりすることが多いとされています。
早発卵巣不全(POF)/卵巣機能の低下
40歳未満で卵巣の機能が低下し、排卵が起こりにくくなったり、月経が停止したりする状態です(早発閉経とも呼ばれます)。生まれつき卵子の数が少ない場合や、自己免疫疾患、過去の手術などが原因となることもありますが、原因がはっきりしないことも少なくありません。
ホルモンの分泌異常
排卵は、脳の「視床下部」と「下垂体」、そして「卵巣」が連携してホルモンを分泌することでコントロールされています。この司令塔である脳からの指令がうまくいかないと、排卵が起こらなくなってしまいます。
高プロラクチン血症
「プロラクチン」は本来、授乳中に分泌され母乳を促すホルモンですが、排卵を抑える働きもあります。授乳中ではないのにこの値が高いと、排卵障害の原因となります。
甲状腺の病気(機能亢進・低下)
甲状腺ホルモンは全身の代謝に関わっており、卵巣機能とも密接な関係があります。甲状腺の機能が高すぎたり(バセドウ病など)、低すぎたり(橋本病など)すると、月経不順などを引き起こすことがあります。
黄体機能不全
排卵はしているものの、排卵後に卵胞から変化する「黄体」の働きが弱い状態です。黄体からは、着床のために子宮内膜をふかふかにするホルモン(プロゲステロン)が分泌されます。このホルモンが不足すると、着床しにくくなったり、妊娠初期の流産につながったりすることがあります。
卵管因子(卵子・精子の通過と受精の妨げ)
卵管は、卵子と精子が出会う唯一の場所であり、受精卵を子宮まで運ぶ大切な「通り道」です。ここが詰まっていたり、狭くなっていたりすると、妊娠のステップが妨げられてしまいます。
卵管の閉塞・狭窄
卵管が物理的にふさがっている状態で、卵子と精子が出会うことができません。不妊原因の中でも比較的多く見られるものです。
クラミジア感染症の既往
卵管因子の大きな原因とされるのが、性感染症であるクラミジアです。自覚症状が少ないまま進行し、知らないうちに卵管やその周辺に炎症を起こして、癒着や閉塞を引き起こすことがあります。
子宮内膜症による癒着
本来は子宮の内側にある組織が、子宮以外の場所で増殖・出血を繰り返す病気です。お腹の中で炎症や癒着を起こすことで、卵管の動きを悪くしたり、卵管の入り口をふさいでしまったりすることがあります。
卵管采(らんかんさい)のピックアップ障害
卵管の先端にある「卵管采」が、癒着などによってうまく動けず、排卵された卵子をキャッチできない状態です。卵管自体が通っていても、卵子を取り込めなければ受精に進むことができません。
子宮因子(受精卵の着床を妨げる)
せっかく受精卵が子宮にたどり着いても、着床する「ベッド」である子宮側に問題があると、妊娠が成立しません。
子宮筋腫
子宮の筋肉にできる良性のコブで、多くの女性に見られます。できた場所や大きさによっては、受精卵の着床を物理的に邪魔してしまうことがあります。
子宮内膜ポリープ
子宮内膜の一部がキノコのように増殖した良性のできものです。これが着床の妨げになったり、受精卵の成長を阻害したりするケースがあります。
子宮の形態異常(子宮奇形)
生まれつき子宮の形が通常と異なる場合、着床がうまくいかなかったり、流産を繰り返したりする原因になることがあります。
慢性子宮内膜炎
自覚症状はほとんどありませんが、子宮内膜に持続的な炎症が起きている状態です。近年、着床障害や流産の原因として注目されており、子宮内の環境が受精卵を受け入れにくくなっていると考えられています。
子宮腔内癒着症(アッシャーマン症候群)
過去の手術や炎症が原因で、子宮の内側がくっついてしまっている状態です。着床するためのスペースが狭くなってしまいます。
頸管因子(精子の子宮内への進入を妨げる)
子宮の入り口である「子宮頸管」での問題が、精子の移動を妨げることがあります。
頸管粘液の分泌不全
排卵期には、精子が子宮内に入りやすくするための粘液(おりもの)が増えます。この粘液が少なかったり質が悪かったりすると、精子が子宮の奥へ進むのが難しくなります。
免疫因子(抗精子抗体)
本来、体を守るはずの免疫システムが、精子を「異物」とみなして攻撃してしまうことがあります。
抗精子抗体
女性(または男性)の体内に、精子の動きを止めたり攻撃したりする抗体ができている状態です。これにより、受精のプロセスが阻害されることがあります。
【男性側の不妊原因】精子の「質・量」と「通り道」の問題
前述の通り、男性側の原因も約半数を占めます。大きく分けて「作る機能」「通り道」「射精する機能」の3つに分類できます。
造精機能障害(精子がうまく作れない)
男性不妊の中で最も多く、約80~90%を占めるのがこのタイプです。精子を作る「工場」である精巣(睾丸)の機能が低下し、元気な精子を十分に作れない状態を指します。
精液検査における所見
精液検査を行い、WHOの基準値と比較して以下のように分類されます。
| 乏精子症(ぼうせいししょう) | 精子の「数」が少ない状態。 |
| 精子無力症(せいしむりょくしょう) | 精子の「運動率」が低く、元気な精子が少ない状態。 |
| 無精子症(むせいししょう) | 精液中に精子が全く見られない状態。 |
主な原因①:精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)
男性不妊の中で頻度が高く、手術での改善が期待できる原因です。精巣の周りの静脈がこぶのように腫れ、温度上昇や血流悪化を招くことで、精子を作る機能が低下します。
主な原因②:染色体異常
生まれつきの染色体の状態で、精巣が発達しにくく、精子をうまく作れない場合があります(クラインフェルター症候群など)。
主な原因③:既往歴
過去の病気が影響していることもあります。例えば、思春期以降のおたふく風邪で精巣炎を起こした場合や、がん治療(抗がん剤・放射線)の影響などが挙げられます。
精路通過障害(精子の通り道がふさがっている)
精巣では精子が作られているのに、外に出るまでの「通り道」(精管など)が詰まっている状態です。
閉塞性無精子症
精液中に精子が見られない「無精子症」のうち、通り道の閉塞が原因のものです。この場合、精巣内には精子が存在するため、手術で回収できる可能性があります。
原因としては、過去の感染症による炎症や、鼠径ヘルニアの手術の影響、生まれつき精管がない場合などが考えられます。
性機能障害(射精がうまくできない)
精子や通り道に問題がなくても、性交渉や射精そのものがうまくいかないケースです。
勃起障害(ED)
心因性のものや、糖尿病などの生活習慣病が原因で、性交渉に必要な勃起が維持できない状態です。
射精障害
射精しても精液が膀胱の方へ逆流してしまう「逆行性射精」や、腟内での射精が困難な「腟内射精障害」などがあります。
男女ともに影響する不妊の原因
女性側・男性側それぞれの原因に加え、カップル双方に共通して影響する大切な要因があります。
最大の要因:加齢(年齢)による影響
不妊治療を考える上で、「ご年齢」は非常に大きな要素となります。これは女性だけでなく、男性の「妊娠する力(妊孕性)」にも関わってきます。
【女性】卵子の「数」と「質」の低下
女性の卵子は新しく作られることがなく、年齢とともに「数」は減少し続けます。さらに「質」の変化も重要で、年齢を重ねると染色体の異常が起こる確率が高くなり、妊娠率の低下や流産率の上昇につながります。35歳を過ぎるとその傾向は強まり、40歳以降はより顕著になることが医学的に分かっています。
【男性】精子の「質」の低下
男性は毎日新しい精子を作りますが、それでも加齢の影響は受けます。年齢が上がると、精子の運動率が下がったり、DNAの損傷率が高くなったりすることが報告されています。
生活習慣の乱れ
日々の生活も生殖機能に深く関わっています。
- 喫煙・飲酒: タバコは卵子や精子の質を低下させます。過度なアルコールも同様です。
- 食生活・体型: 栄養バランスの乱れや、極度の肥満・痩せすぎは、ホルモンバランスを崩し、排卵や精子形成に悪影響を及ぼします。
- ストレス: 心身の過度なストレスは、ホルモンの司令塔である脳の働きを乱す原因となります。
これらは年齢とは異なり、「今から改善できる」要因でもありますね。
原因不明の不妊(機能性不妊)とは?
一通りの検査を受けても、明らかな異常が見つからない場合を「原因不明不妊」と呼びます。
しかしこれは「原因がない」わけではなく、「現在の検査では見つけられない微細な原因が隠れている可能性がある」という意味です。例えば、先述した「卵子のピックアップ障害」や、受精そのものの障害などは、一般的な検査では判断が難しいためです。決して「治療法がない」ということではありませんのでご安心ください。
不妊の原因を調べるには?(ブライダルチェック/不妊検査/スクリーニング検査)
原因がどこにあるのかを知るために当院では以下のような検査を行っていきます。
女性がおこなう主な検査
| 基礎体温の記録 | ご自身でできる第一歩です。体温のグラフから、排卵の有無やホルモンの状態をある程度推測することができます。 |
| ホルモン検査(血液検査) | 月経周期に合わせて採血し、排卵に関わるホルモンや、卵巣に残っている卵子の目安(AMH)などを調べます。 |
| 経腟超音波(エコー)検査 | 超音波で子宮や卵巣の状態を観察します。子宮筋腫や卵巣の腫れがないか、卵胞が育っているかなどを確認します。 |
| 子宮卵管造影検査(HSG) | 不妊検査の中でも特に重要なものです。造影剤を使い、子宮の形や、卵管がきちんと通っているかをレントゲンで確認します。 |
| 性交後試験(フーナーテスト) | 性交渉の数時間後に、頸管粘液の中に元気な精子がどれくらいいるかを調べ、精子と粘液の相性を確認します。 |
男性がおこなう主な検査
精液検査
男性不妊の検査は、まずここから始まります。精液を採取し、精子の数や動き、形などを詳しく調べます。
女性の検査には痛みを伴うものもありますが、精液検査は身体的な負担が少ない検査です。まずは男性が検査を受けることが、お二人の治療の第一歩として非常に大切です。
不妊の原因が見つかったら?(治療の概要)
原因がわかった場合、あるいは原因不明の場合でも、お二人の状況に合わせて段階的に治療を進めていくのが一般的です(ステップアップ治療)。
タイミング法・排卵誘発
最も自然に近い方法です。排卵日を正確に予測し、妊娠しやすいタイミングで性交渉を持つようアドバイスを受けます。必要に応じてお薬を使うこともあります。
人工授精(AIH)
元気な精子だけを選別し、直接子宮内に届ける方法です。精子が少ない場合や、頸管粘液に問題がある場合などに検討されます。
生殖補助医療(ART):体外受精(IVF)・顕微授精(ICSI)
卵子を体外に取り出して精子と受精させ、育った受精卵を子宮に戻す治療です。
精子の状態や受精のしやすさに応じて、ふりかけて受精を待つ「体外受精」や、針で直接精子を注入する「顕微授精」が選択されます。
不妊の原因が心配な方へ:まずは当院へご相談ください。

もし今、「もしかして」と不安を感じているのであれば、どうか一人で抱え込まないでください。
原因を知ることは怖いことではなく、解決への糸口を見つけるポジティブな一歩です。まず当院にご相談いただき、ご自身の体の状態を正しく知ることから始めてみませんか?