「顕微授精(けんびじゅせい)」という言葉を聞いた時、多くの方はこれまでとは比較にならないほどの深い不安を感じるかもしれません。
「体外受精と何が違うの?」
「費用はいくらかかる? 保険は使える?」
「採卵は痛いと聞くけれど…」
「私の年齢での成功率は、実際どれくらい?」
顕微授精は「1個の精子を卵子に直接注入する」方法
顕微授精とは、その名の通り「顕微鏡」を使い、人の手で受精を助ける方法です。
具体的には、胚培養士(はいばいようし)と呼ばれる専門家が、顕微鏡で観察しながら「形がきれいで、元気に動いている精子」を1匹だけ選び出します。
そして、選ばれた精子を非常に細いガラス製の針(インジェクションピペット)に吸い込み、卵子の中に直接注入して受精を促します。
精子の数が少ない場合や、運動能力が低く自力で卵子に入ることが難しい場合に選ばれる、非常に精度の高い受精方法です。
体外受精(ふりかけ法)との決定的な違い
不妊治療について調べていると、「体外受精」と「顕微授精」という言葉をよく目にしますが、この2つは「受精のアプローチ」が根本的に異なります。
| 体外受精(IVF / ふりかけ法) | 卵子が入った培養皿に、元気な精子を「ふりかける」方法です。精子は自力で泳いで卵子にたどり着き、自分の力で殻を破って受精します。自然妊娠に近いプロセスと言えます。 |
| 顕微授精(ICSI) | 培養士が精子を1匹選び、針を使って卵子に直接注入する方法です。精子が卵子に侵入するプロセスを技術的にサポートします。 |
つまり、「精子の自然な力に任せる」のが体外受精、「受精のプロセスを直接助ける」のが顕微授精と言えます。どちらが優れているかではなく主に精子の状態によって適した方法が選ばれます。
「ICSI(イクシー)」も顕微授精のこと
「ICSI(イクシー)」という言葉を聞くことがあるかもしれません。
これは顕微授精の英語名「Intracytoplasmic Sperm Injection(卵細胞質内精子注入法)」の頭文字をとった略称です。顕微授精とICSIは、まったく同じ治療法を指しています。
顕微授精(ICSI)が推奨されるケース
では、どのような場合に体外受精(ふりかけ法)ではなく、顕微授精(ICSI)が選ばれるのでしょうか。
主に以下の3つのケースが挙げられます。
重度の男性不妊(精子の数・運動率が低い)
顕微授精が選ばれる最も一般的な理由です。精液検査の結果、以下のような診断があった場合、精子が自力で受精するのは難しいことがあります。
- 精子の数が極端に少ない
- 精子の運動率が低い
- 正常な形の精子が少ない
このような場合は、良好な精子を選んで注入できる顕微授精が第一選択となります。
受精障害(体外受精で受精しなかった)
過去に体外受精(ふりかけ法)を行ったものの、受精卵ができなかった、あるいは受精率が極端に低かった場合です。
精子の検査数値に問題がなくても、卵子の中に入る力(受精能)に課題があるケースがあります。
この場合、次は顕微授精に切り替えることが推奨されます。
採卵数が少ない・年齢的な要因など
以下のようなケースでも、確実性を高めるために顕微授精が選ばれることがあります。
- 採卵できた卵子の数が少ない
- 女性の年齢が高い
- 抗精子抗体(精子を拒絶する抗体)がある
特に「採卵数が少ない」場合、もし体外受精を行って受精しなければ、その周期の治療が終了してしまいます。貴重な卵子を無駄にせず、受精の確率を少しでも高めるための「リスク管理」として、あえて顕微授精を選択する戦略がとられることもあります。
顕微授精の流れ|採卵から妊娠判定までの7ステップ
顕微授精の治療は、ステップを順に踏んで進みます。治療開始から妊娠判定まで、全体の流れを確認しておきましょう。
ステップ1:卵巣刺激(卵子を育てる)
不妊治療の成功率を高めるためには、一度の採卵でできるだけ多くの、質の良い卵子を確保することが大切です。そのため、月経周期の初め頃から排卵誘発剤(飲み薬や注射)を使用し、卵巣を刺激して複数の卵子を育てていきます。
刺激法(高刺激・中刺激・低刺激・自然周期法)の選び方
薬の量や種類によって、「高刺激法」「低刺激法」「自然周期法」などがあります。年齢や卵巣の状態(AMHの値)、ライフスタイルなどを総合的に判断し、医師があなたに最適な方法を提案します。
ステップ2:採卵(卵子を取り出す)
卵子が十分に育ったら、排卵直前のベストなタイミングで「採卵」を行います。
超音波(エコー)で確認しながら、腟から細い針を刺して卵子を採取します。痛みへの不安があると思いますが、多くの場合、麻酔を使って行われますのでご安心ください。
ステップ3:精子の採取と選別
原則として採卵当日の朝、パートナー(夫)に精子を採取してもらいます(事前の凍結保存も可能です)。採取された精液は洗浄・濃縮され、その中から顕微授精に使うための「最も元気で形の良い精子」が選別されます。
ステップ4:顕微授精(精子の注入)
ここが核心となるステップです。培養士が顕微鏡下で、1つの卵子に1つの精子を丁寧に注入します。
ステップ5:受精卵の培養
顕微授精を行った卵子は、温度や湿度が管理された培養器(インキュベーター)の中で育てられます。
翌日に正常に受精したかを確認し、さらに細胞分裂が進むかを見守ります。培養期間は、2〜3日目の「初期胚」や、5〜6日目の「胚盤胞(はいばんほう)」まで行うのが一般的です。
ステップ6:胚移植
無事に育った受精卵(胚)を、細いチューブを使って子宮内に戻します。これを「胚移植」と呼びます。現在は、一度受精卵を凍結し、子宮の状態を整えてから別周期に戻す「凍結融解胚移植」が主流となっています。
ステップ7:妊娠判定
胚移植後は、着床しやすい環境を作るためにホルモン剤を使います。
移植から約9日~12日後にクリニックで検査を行い、妊娠しているかどうかを判定します。
顕微授精の成功率【年齢別データ】
治療を検討する際、やはり気になるのは「成功率」ですよね。ここでは希望的観測ではなく、医学的なデータを正直にお伝えします。
年齢ごとの妊娠率・出産率
治療成績は、女性の「年齢」と深く関係しています。
ここで大切なのは、「妊娠率(陽性反応が出る割合)」だけでなく、「出産率(赤ちゃんを出産できる割合)」を見ることです。年齢が上がると流産率も高くなるため、この2つの数字には差が出てきます。
【顕微授精などの治療成績(胚移植あたり)】
| 年齢 | 妊娠成功率 | 出産率 |
| 20歳~34歳 | 45~50% | 35~40% |
| 35歳~39歳 | 35~40% | 25~30% |
| 40歳~43歳 | 25%前後 | 15%前後 |
| 44歳以上 | 10%未満 | 5%未満 |
30代後半から40代にかけて、数字が厳しくなるのが現実です。このデータを踏まえ、早めに治療計画を立てることが大切です。
成功率を上げるために
成功率を少しでも上げる鍵は、「質の良い受精卵」と「最適な子宮環境」です。
クリニックでは、あなたに合った卵巣刺激法を選び、高度な技術で精子と卵子を扱い、妊娠の可能性を最大化する努力が行われています。
顕微授精の費用|保険適用と自己負担
2022年4月から不妊治療の保険適用が始まり、費用面での負担は大きく変わりました。
保険適用の条件と回数制限
顕微授精も健康保険の対象となり、条件を満たせば窓口負担は原則「3割」です。ただし、以下の制限があります。
- 年齢制限:治療開始時点で、女性の年齢が「43歳未満」であること。
- 回数制限:子供1人につき、以下の回数まで。
- 40歳未満で開始:通算6回まで
- 40歳以上43歳未満で開始:通算3回まで
重要なのは、この回数が「1子ごと」にリセットされる点です。第2子以降の治療でも、条件を満たせば再度保険が使えます。
費用について
顕微授精のデメリットとリスク
受精しない可能性
顕微授精は強力な方法ですが、100%受精するわけではありません。卵子や精子の質によっては、受精しなかったり、受精卵が育たなかったりすることもあります。
出生児への影響について
「顕微授精で生まれた子供に影響はないの?」と心配される方も多いでしょう。
日本生殖医学会によると、顕微授精と自然妊娠などで生まれた子供を比べたとき、先天的な異常が増えるという明らかな証拠はないとされています。
ただ、父親の不妊原因が遺伝的なもの(Y染色体の異常など)である場合、それが男の子に引き継がれる可能性はあります。心配な場合は、遺伝カウンセリングを受けることも可能です。
採卵や薬に伴うリスク
採卵時の麻酔によるアレルギーや、針による出血などのリスクがわずかながら存在します。また、排卵誘発剤の影響でお腹が張る「卵巣過剰刺激症候群(OHSS)」にも注意が必要です。
顕微授精の「痛み」は本当?
「治療は痛いですか?」というのも、非常に多くいただく声の一つです。
痛みを感じやすい3つのタイミング
主に以下の場面で痛みや違和感を感じることがあります。
| 採血の針 | ホルモン値を調べるため、通院のたびに採血があります。 |
| 自己注射 | 自宅で注射を行う場合、自分で針を刺す抵抗感や痛みがあります。 |
| 採卵 | 最も心配される処置ですが、麻酔を使用するため、処置中の痛みは抑えられることがほとんどです。麻酔が切れた後に生理痛のような痛みを感じることがあります。 |
痛みを和らげる工夫
採卵時の麻酔は、「眠っている間に終わる静脈麻酔」や「意識はあるが痛みを抑える局所麻酔」など、クリニックによって選択肢があります。痛みに弱い方は事前にスタッフまでご相談ください。
顕微授精に関するよくある質問(Q&A)

Q1. 顕微授精と体外受精、どちらが良いですか?
A1. 「どちらが優れている」というものではありません。精子の状態や過去の治療経過を見て、より妊娠の可能性が高い方法をご提案させていただきます。
Q2. 双子が生まれやすいですか?
A2. 顕微授精という「方法」が原因で双子になるわけではありません。双子になる確率は「子宮に戻す受精卵の数」で決まります。現在は原則1個だけ戻すため、双子の確率は低くなっています。
Q3. 夫(パートナー)の検査も必要ですか?
A3. はい、必須です。顕微授精を選ぶ大きな理由は男性側の要因です。最適な治療法を決めるためにも、ぜひお二人で検査を受けてください。