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妊娠を待ち望んでいた時期を経て、ようやく陽性反応を見たあの日の喜び。でも同時に「本当に大丈夫かな」「おりものがいつもと違う気がする」という不安も湧いてきますよね。特に不妊治療を経験された方や、30代後半から40代で妊娠された方は、より一層体の変化に敏感になっているのではないでしょうか。
これまで多くの患者様の妊娠初期を見守ってきた経験から言えることは、おりものの変化に不安を感じるのは当然のことで、実際に9割以上の妊婦さんが何らかの変化を感じています。今回は、妊娠初期のおりものについて、医学的根拠に基づいた正しい知識と、皆様の不安を少しでも和らげる情報をお届けします。
妊娠初期のおりものとは?基本知識と医学的メカニズム
おりもの(帯下)の役割と正常な状態
おりもの、医学用語で「帯下(たいげ)」と呼ばれるものは、子宮頸管、子宮内膜、膣壁などから分泌される液体の総称です。実は、おりものは女性の健康を守る重要な役割を担っています。
主な役割として、まず「自浄作用」があります。膣内には乳酸菌(デーデルライン桿菌)という善玉菌が存在し、膣内を弱酸性(pH3.8-4.5)に保つことで、病原菌の侵入や増殖を防いでいます。この環境を維持するのがおりものの大切な働きです。
もう一つの重要な役割は「受精のサポート」です。排卵期には頸管粘液が増加し、精子が卵子まで到達しやすい環境を作ります。妊娠が成立すると、今度は細菌から赤ちゃんを守るバリアとしての役割が強化されます。
正常なおりものは、透明から乳白色で、わずかに甘酸っぱい匂いがあります。下着に付着すると少し黄色みを帯びることもありますが、これは空気に触れて酸化するためで、異常ではありません。
妊娠によるホルモン変化とおりものへの影響
妊娠すると、体内では劇的なホルモン変化が起こります。特に重要なのが、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)の持続的な高値です。
通常の月経周期では、排卵後にエストロゲンは減少しますが、妊娠が成立すると胎盤形成のために高いレベルが維持されます。エストロゲンは頸管粘液の分泌を促進するため、おりものの量が増加するのです。実際、妊娠初期の女性の約85%が「おりものが増えた」と感じています。
また、プロゲステロンの作用により、おりものの性状も変化します。妊娠前は周期的に変化していた粘度が、妊娠初期は比較的サラサラした状態が続きます。これは、膣内の防御機能を高めながら、過度な粘着性による不快感を防ぐための、体の巧妙な仕組みと考えられています。
さらに、妊娠による免疫系の変化も影響します。赤ちゃんを「異物」として認識しないよう、局所的な免疫が調整されるため、膣内の細菌バランスも微妙に変化し、おりものの量や質に影響を与えるのです。
妊娠初期特有のおりもの変化|着床から妊娠12週まで
着床期(妊娠3-4週)の微妙な変化
着床期は、受精卵が子宮内膜に着床する非常にデリケートな時期です。この時期のおりものの変化は極めて微妙で、気づかない方も多いのですが、注意深く観察すると以下のような特徴があります。
まず、着床出血に伴う変化です。全体の約20-30%の方に見られる着床出血は、薄いピンク色や茶色のおりものとして現れます。量はごく少量で、通常2-3日で消失します。これは受精卵が子宮内膜に潜り込む際の微小な出血が原因で、医学的には全く問題ありません。
また、この時期から既にエストロゲンの分泌が増加し始めるため、透明でサラッとしたおりものが少し増える方もいます。「生理前なのにおりものが減らない」「いつもより水っぽい」と感じる場合は、妊娠の可能性を示唆しているかもしれません。
特に体外受精を経験された方は、胚移植後のおりものの変化に敏感になりがちですが、ホルモン補充の影響もあるため、個人差が大きいことを理解しておくことが大切です。
妊娠判定後(妊娠5-8週)の典型的な変化
妊娠検査薬で陽性が確認でき、胎嚢が見える時期になると、おりものの変化はより明確になってきます。この時期は「妊娠初期の中でも最もおりものが増える時期」と言えるでしょう。
典型的な変化として、量の増加が挙げられます。色は透明から乳白色で、粘度は低くサラサラしています。匂いは無臭か、わずかに酸っぱい程度です。
この時期特有の現象として、「朝一番のおりものが多い」という訴えをよく聞きます。これは、夜間の体位(横になっている)により腟内に溜まったおりものが、起床時にまとめて排出されるためです。医学的には正常な現象ですので、心配する必要はありません。
また、つわりが始まる時期でもあるため、おりものの匂いに敏感になる方も増えます。実際の匂いは変わっていなくても、嗅覚の過敏により「いつもと違う」と感じることがあります。
妊娠初期後半(妊娠9-12週)の安定期への移行
妊娠9週を過ぎると、胎盤の形成が進み、ホルモン環境も徐々に安定してきます。この時期のおりものは、量は依然として多めですが、妊娠5-8週頃と比べるとやや落ち着いてくる傾向があります。
色は白色から薄いクリーム色で、やや粘度が増してくることがあります。これは、プロゲステロンの影響により、子宮頸管粘液の性状が変化するためです。「ヨーグルトのような」と表現される方もいます。
この時期に注意したいのは、膣カンジダ症のリスクです。妊娠による免疫力の変化により、約30%の妊婦さんが妊娠中に一度はカンジダ症を経験します。正常なおりものとカンジダ症の違いは、かゆみの有無と、おりものの性状(カッテージチーズ様)で判断できます。
安定期に向けて心身ともに落ち着いてくる時期ですが、おりものの観察は継続することが大切です。急激な変化があった場合は、遠慮なく主治医に相談しましょう。
30-40代女性特有の妊娠初期おりもの変化
年齢による変化の特徴
30代後半から40代での妊娠は、20代の妊娠とは異なる特徴があります。まず、基礎的なエストロゲン分泌量が年齢とともに変化するため、おりものの基礎量自体が20代より少ない傾向にあります。そのため、妊娠による増加を感じにくい場合があります。
しかし、妊娠が成立すると、年齢に関係なくホルモンは急激に上昇します。むしろ、普段のおりものが少ない分、変化を強く感じる方も多いのです。「今まで気にしたことがなかったのに、急におりものが気になるようになった」という声をよく聞きます。
また、30-40代は膣内の乳酸菌バランスが変化しやすい年代でもあります。そのため、妊娠初期に細菌性膣症のリスクがやや高くなります。定期的な検診で膣内環境をチェックすることが、20代の方以上に重要になります。
さらに、この年代特有の心理的要因も無視できません。待望の妊娠であることが多いため、些細な変化にも敏感になりがちです。おりものの変化を過度に心配することで、ストレスとなり、それがまた体調に影響することもあります。医学的知識を持ちながら、適度にリラックスすることが大切です。
不妊治療薬の影響について
不妊治療を経て妊娠された方の多くが気にされるのが、使用していた薬剤の影響です。実際、不妊治療で使用される薬剤は、おりものに様々な影響を与えることがあります。
例えば、排卵誘発剤(クロミフェンなど)は、頸管粘液を減少させる副作用があるため、治療中はおりものが少なくなることがあります。しかし、妊娠が成立すれば、自然なホルモン分泌により、通常の妊婦さんと同様の変化が見られます。
黄体ホルモン補充(膣錠や注射)を行っている場合は、薬剤自体が膣内で溶けて排出されることがあり、白いカスのようなものが混じることがあります。これは薬剤の残渣であり、心配ありません。ただし、かゆみや異臭を伴う場合は、感染の可能性もあるため医師に相談してください。
体外受精での妊娠の場合、胚移植後から妊娠判定までの期間は、特に不安が強い時期です。「移植後におりものが増えた/減った」と一喜一憂される方も多いですが、この時期のおりものの変化と妊娠成立の相関は明確ではありません。過度に気にせず、予定通りの判定日を待つことが大切です。
最新の研究では、不妊治療による妊娠と自然妊娠で、妊娠初期のおりものの変化に大きな差はないことが分かっています。治療を経た妊娠も、体は同じように赤ちゃんを守ろうとしているのです。
正常なおりものと注意すべきおりものの見分け方
安心できる正常なおりものの特徴
妊娠初期の正常なおりものには、以下のような特徴があります。これらの範囲内であれば、基本的に心配する必要はありません。
量について:妊娠前より増加するのが一般的です。おりものシート1日2-3枚程度の使用で対応できる量なら正常範囲です。朝に多く、日中は落ち着くというパターンも典型的です。
色について:透明、白色、薄いクリーム色、わずかに黄色みがかった白色などが正常です。下着に付着して乾燥すると、やや黄色く見えることもあります。また、ごく少量の茶色いおりもの(古い血液)も、継続しなければ問題ありません。
においについて:無臭、またはわずかに酸っぱい匂いが正常です。ヨーグルトのような匂いと表現する方もいます。つわりで嗅覚が敏感になっている時期は、普段気にならない匂いが気になることもあります。
性状について:サラサラから、やや粘り気のある状態まで、幅があります。排卵期のような強い粘性(糸を引く)ではなく、全体的に水っぽいのが特徴です。
これらの特徴を総合的に判断し、「いつもの自分」と比較することが大切です。個人差が大きいため、他の妊婦さんと比較するよりも、自分自身の変化に注目しましょう。
すぐに受診すべき異常なおりもの

以下のようなおりものが見られた場合は、感染症や合併症の可能性があるため、すぐに産婦人科を受診してください。
鮮血や多量の出血を伴うおりもの:少量の茶色いおりものとは異なり、生理のような鮮血や、おりものシートでは対応できないほどの出血は、診察が必要となりますので、医療機関に相談してください。特に下腹部痛を伴う場合は緊急性が高いです。
悪臭を伴うおりもの:魚が腐ったような強い悪臭は、細菌性膣症の典型的な症状です。放置すると絨毛膜羊膜炎から早産につながるリスクがあるため、早期治療が必要です。
緑色や灰色のおりもの:これらの色は、トリコモナス感染症などの性感染症を示唆します。かゆみや排尿時の痛みを伴うことも多く、パートナーの治療も必要になる場合があります。
カッテージチーズ様の白いかたまり:強いかゆみを伴う場合は、カンジダ膣炎の可能性が高いです。妊娠中は再発しやすいため、症状がある場合は受診をおすすめします。
水様性の大量のおりもの:下着がびしょびしょになるほどの水様性分泌物は、破水の可能性があります。特に妊娠中期以降は注意が必要ですが、初期でも稀に起こることがあります。専門的な診察が必要となりますので、医療機関にご相談ください。
判断に迷うおりものについて
実際の臨床では、明らかに正常とも異常とも言えない「判断に困る」のおりものについての相談が多くあります。このような場合の判断基準をお伝えします。
少し黄色みが強い場合:下着の通気性が悪い、長時間同じナプキンを使用しているなど、局所的な要因で黄色みが増すことがあります。1-2日様子を見て、清潔を保っても改善しない場合は受診をお勧めします。
量が多いが他の症状がない場合:個人差の範囲内のことが多いですが、日常生活に支障がある場合は、感染症の検査を受けると安心です。
時々かゆみがある場合:おりものシートによるかぶれの可能性もあります。シートを変える、cotton 100%の下着にするなどで改善することもあります。持続する場合は受診してください。
判断に迷う場合は、「様子を見る」よりも「受診する」ことをお勧めします。妊娠初期は特に大切な時期です。「こんなことで受診していいのかな」と遠慮する必要は全くありません。
妊娠初期のおりものケア方法
デリケートゾーンの正しいケア
妊娠初期のデリケートゾーンケアは、「やりすぎない」ことが最も重要です。過度な洗浄は、膣内の善玉菌まで洗い流してしまい、かえって感染症のリスクを高めます。
洗い方のポイント:
- ぬるま湯で優しく外陰部のみを洗う
- 石鹸を使う場合は、弱酸性の専用ソープを使用
- 膣内は絶対に洗わない(自浄作用があるため不要)
- 前から後ろに向かって洗い、肛門付近の細菌が膣に入らないよう注意
乾燥させることの重要性:洗った後は、清潔なタオルで優しく押さえるように水分を取ります。ゴシゴシこすらないことが大切です。可能であれば、しばらく下着をつけずに自然乾燥させると、カンジダ予防にもなります。
おすすめのケア用品:妊娠中は肌が敏感になるため、無香料・無着色の製品を選びましょう。最近では、乳酸菌配合の洗浄剤なども市販されていますが、基本的にはぬるま湯洗いで十分です。
特に30-40代の方は、年齢の変化により皮脂分泌が減少しているため、洗いすぎによる乾燥に注意が必要です。保湿は大切ですが、デリケートゾーン専用の保湿剤を使用し、一般的なボディクリームは避けてください。
おりものシートの選び方と使い方
おりものシートは、正しく使わないとかぶれや感染症の原因になることもあります。
選び方のポイント
- 通気性の良い製品を選ぶ(メッシュタイプがおすすめ)
- 無香料のものを選ぶ(香料はかぶれの原因に)
- 吸収力は「ふつう」程度で十分(厚すぎると蒸れる)
- オーガニックコットン製品も選択肢の一つ
正しい使い方
- 2-3時間ごとに交換する(長時間の使用は細菌繁殖の温床に)
- トイレの度に確認し、汚れていたら交換
- 交換時は前から後ろに向かって外す
- 使用後は速やかに廃棄し、手を洗う
かぶれ予防のコツ:シートを使わない時間を作ることも大切です。自宅では綿100%の下着のみで過ごす、就寝時はシートを使わないなど、肌を休める時間を設けましょう。
また、最近では布製のライナーも人気です。繰り返し使えて経済的で、肌にも優しいという利点があります。ただし、清潔に保つため、使用後は速やかに洗濯し、完全に乾燥させることが重要です。
よくある質問と生殖医療専門医からのアドバイス

Q1: 茶色いおりものが続いていますが、大丈夫でしょうか?
A1: 茶色いおりものは古い血液が混じったものです。妊娠初期には約30%の方が経験します。量が少なく、鮮血でなければ、多くの場合は問題ありません。ただし、1週間以上続く場合や、量が増える場合は、絨毛膜下血腫などの可能性もあるため受診をお勧めします。不安な気持ちを抱えているよりも、診察で確認してもらう方が精神的にも良いでしょう。
Q2: おりものがまったく増えません。妊娠継続に問題はありませんか?
A2: おりものの変化には個人差があり、全く増えない方も約15%いらっしゃいます。おりものの量と妊娠継続率に相関はありません。胎児心拍が確認できていれば、おりものが少なくても全く問題ありません。
Q3: 夫婦生活後におりものが増えました。赤ちゃんに影響はありませんか?
A3: 妊娠初期の夫婦生活は、医師から制限されていなければ問題ありません。性行為後におりものが増えるのは、精液や潤滑液が混じるためで、一時的なものです。ただし、出血や強い腹痛がある場合は、すぐに受診してください。また、感染予防のため、行為の前後は清潔を心がけましょう。
Q4: 体外受精での妊娠ですが、膣錠の影響でおりものがよくわかりません
A4: 黄体ホルモン膣錠使用中は、薬剤の残渣で白いカスが出ることがあり、本来のおりものと区別がつきにくいですね。この場合は、色や匂い、かゆみの有無で判断します。薬剤は白色無臭ですので、黄緑色や悪臭がある場合は感染の可能性があります。膣錠終了後は、通常のおりものに戻りますので、その時期まで待つのも一つの方法です。
Q5: 高齢出産なので、おりものの変化も心配です
A5: 35歳以上の妊娠でも、おりものの変化は若い方と基本的に同じです。ただし、膣内環境が変化しやすいため、こまめな観察は大切です。むしろ、35歳以上の妊婦さんの方が、おりものの変化に気づきやすく、早期に異常を発見できる傾向にあります。年齢を重ねた分、自分の体をよく知っているという強みを活かしてください。
最後に
妊娠初期は、喜びと不安が入り混じる特別な時期です。特に待望の妊娠であればあるほど、些細な変化も気になることでしょう。しかし、多くの場合、おりものの変化は正常な妊娠経過の一部です。
医学的に重要なのは、「いつもと明らかに違う」変化に気づくことです。そのためには、日頃から自分の体と向き合い変化を観察する習慣が大切です。
不安な時は遠慮なく主治医に相談してください。「こんなことで」と思わずに気になることは全て話してください。皆様の不安に寄り添い、安心して妊娠生活を送れるようサポートさせていただきます。
どうかこの大切な時期を過度な不安に支配されることなく、赤ちゃんとの絆を感じながら過ごしてください。皆様の妊娠が順調に経過することを心からお祈りしています。