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傷病手当を「申請しなかった」と後悔する前に知っておきたいこと
不妊治療中に傷病手当金を知らずに有給を使い続けてしまった。
わかりやすく説明する為に体験談風にお伝えします。
Aさん(34歳・会社員)は、体外受精の採卵後にOHSS(卵巣過剰刺激症候群)を発症し、5日間自宅で安静にしていました。お腹の張りや吐き気がひどく、とても仕事ができる状態ではありませんでした。しかし、Aさんはその5日間すべてを有給休暇で処理してしまいます。
後から知人に指摘されて初めて気づいた事実——「あの5日間、欠勤にしていれば傷病手当金がもらえていたかもしれない」。待期期間3日を除いた2日分、約1万3,000円(標準報酬月額30万円の場合)が受け取れたはずでした。1回の見落としでは小さな金額でも、複数回の採卵・治療を重ねると見えない損失は積み重なっていきます。
傷病手当金は「知っている人だけ受け取れる制度」になってしまっているのが現状です。特に不妊治療との関係は情報が少なく、「自分には関係ない」「申請が難しそう」と諦めてしまう方が多くいます。しかし制度を正しく知れば、受け取れる可能性は十分あります。損をしないために、まず基本から理解しておきましょう。
そもそも傷病手当金とは?基本をわかりやすく解説
傷病手当金の仕組みと支給額の計算方法
傷病手当金とは、健康保険に加入している会社員や公務員が、病気やケガで働けなくなったときに健康保険組合(または協会けんぽ)から支給されるお金です。給与の約3分の2が最長1年6ヶ月にわたって支給されます。自営業者やフリーランスが加入する国民健康保険には傷病手当金制度がありませんので注意してください。
支給額の計算式は以下のとおりです。
【1日あたりの支給額の計算式】
標準報酬月額 ÷ 30日 × 2/3 = 1日あたりの支給額
例)月収30万円の場合:300,000円 ÷ 30 × 2/3 = 約6,667円/日
10日間の安静期間(待期3日を除く7日分)であれば、6,667円 × 7日 = 約46,669円が受け取れます。不妊治療は長期にわたることが多いため、複数回に分けて申請することで、トータルでは大きな金額になるケースも珍しくありません。
受給できる4つの条件
傷病手当金を受け取るには、以下の4つの条件をすべて満たす必要があります。
① 業務外の病気やケガの療養のための休業であること(不妊治療は業務外なので該当)
② 医師から「労務不能」と診断・証明されていること(最重要ポイント)
③ 連続する3日間を含む4日以上、仕事を休んでいること(最初の3日は待期期間で不支給)
④ 休業した期間について給与の支払いがないこと(有給を使うとこの条件を満たせない)
特に②の「労務不能」と④の「給与の支払いがないこと」は、不妊治療ならではの落とし穴になりやすいポイントです。次のセクションで詳しく説明します。
【重要】有給を使ってはいけないタイミングがある
有給休暇を先に使うと傷病手当金が受け取れなくなる理由
多くの方が知らずにやってしまいがちな「有給を先に使う」という選択。これが傷病手当金を受け取れなくなる最大の原因です。
傷病手当金の支給条件の一つに「休業した期間について給与の支払いがないこと」があります。有給休暇を取得すると、その期間は会社から給与が支払われた状態になるため、傷病手当金は支給されません。つまり、有給と傷病手当金は同じ期間に重複して受け取ることはできないのです。
【重要な例外:待期期間(最初の3日間)のみ有給を使うのはOK】
ただし、最初の3日間(待期期間)に限っては有給を使っても問題ありません。この3日間はそもそも傷病手当金が支給されないため、有給で給与をもらっておく方が経済的に有利です。「待期期間の3日間:有給」「4日目以降:欠勤(無給)にして傷病手当金を申請」というのが最も賢い使い方です。
正しい休み方:傷病手当金を最大化する有給の使い方
◆ 損をする休み方(よくある間違い)
| 1日目 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 |
| 有給 | 有給 | 有給 | 有給 | 有給 |
| 給与あり | 給与あり | 給与あり | 給与あり | 給与あり |
| 傷病手当金× | 傷病手当金× | 傷病手当金× | 傷病手当金× | 傷病手当金× |
◆ 得をする正しい休み方
| 1日目 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 |
| 有給 | 有給 | 有給 | 欠勤(無給) | 欠勤(無給) |
| 待期期間 | 待期期間 | 待期期間 | 傷病手当金◎ | 傷病手当金◎ |
このように、待期期間3日間のみ有給を使い、4日目以降は欠勤(無給)扱いにして傷病手当金を申請する方法が最も手取りが多くなります。「有給を使わないと損」と思いがちですが、医師が労務不能と判断している期間については欠勤扱いの方が得になるケースがあることを覚えておいてください。
不妊治療で傷病手当金が受け取れるケース・受け取れないケース
不妊治療での傷病手当金取得において最大のハードルは「労務不能の証明」です。「不妊治療のために通院する」というだけでは認められません。「治療に伴う症状によって働けない状態にある」という医師の診断が必要です。
受け取りやすいケース
| ケース | 判定 | ポイント |
| OHSS(卵巣過剰刺激症候群) | 受け取りやすい | 明確な疾患として医師が労務不能を証明しやすい |
| 採卵後の副作用(吐き気・腹痛・倦怠感など) | 医師の判断次第で可能 | 症状が重く仕事に支障があると医師が判断すれば対象に |
| 治療による抑うつ・適応障害 | 精神科・心療内科の診断があれば可能 | 不妊治療による精神的不調で精神科を受診→診断書を取得 |
| 通院のための欠勤 | 対象外 | 通院自体は「労務不能」に該当しない |
| 移植後の自主的な安静 | 基本的に対象外 | 医学的に「働けない状態」とは認定されにくい |
「労務不能」の診断を得るための重要ポイント
傷病手当金のカギを握るのは「労務不能」という医師の判断です。この点について、婦人科・産婦人科と心療内科・精神科では診断書の書きやすさが大きく異なります。
| 婦人科・産婦人科 | 治療の経過や通院が必要なことは書いてもらえるが、「労務不能」とまでは書かれにくい |
| 心療内科・精神科 | 不眠症、適応障害、抑うつ状態など「労務不能」と判断されやすく、診断書も発行されやすい |
不妊治療による精神的・身体的な不調が続いている場合は、婦人科だけでなく心療内科・精神科への受診も選択肢に入れてみてください。「不妊治療がつらくて眠れない」「仕事に集中できない」という状態は、医学的に「労務不能」として認められる場合があります。これはこじつけではなく、制度の要件を正当に満たす判断です。
傷病手当金の申請手順・完全ガイド
申請書の入手から提出までの流れ
傷病手当金の申請は、1枚の申請書に「本人・会社・医師」の3つの記入欄があります。書類は加入している健康保険組合または協会けんぽのWebサイトからダウンロードするか、会社の総務・人事部に依頼して入手します。
① 申請書を入手する(協会けんぽHP または 会社の人事・総務に依頼)
② 本人記入欄を記入する(氏名・振込先口座・休業した理由など)
③ 会社の担当部署に記入を依頼する(休職期間中の出勤状況・給与支払いの有無を証明)
④ 通院クリニックの医師に記入を依頼する(療養の内容・労務不能の期間などを証明)
⑤ 書類がそろったら健康保険組合または協会けんぽに提出する
⑥ 審査後、約1〜2ヶ月で指定口座に振込される
申請は1ヶ月ごとなど区切りのいい単位で行うことが一般的です。症状が続く場合は繰り返し申請が可能で、合計最長1年6ヶ月まで受給できます。
医師への診断書・申請書記入の依頼ポイント
傷病手当金の申請で最も重要なのが、医師記入欄への記載内容です。医師に依頼する際は、以下のポイントを伝えると申請がスムーズになります。
- 「傷病手当金の申請を考えている」と最初に伝える
- 「通院が必要」だけでなく「症状により労務不能な期間があった」という記載をお願いする
- 具体的な症状(吐き気・腹痛・倦怠感・不眠など)を医師に正直に伝える
- 休業期間の目安を医師と相談し、申請書の労務不能期間と合わせる
OHSS(卵巣過剰刺激症候群)などの明確な疾患が診断されている場合は特に記載してもらいやすい状況です。クリニックによっては文書料(1,000〜5,000円程度)がかかることがありますが、受け取れる傷病手当金の金額に比べれば大幅に低コストです。
会社への伝え方と「不妊治療連絡カード」の活用
不妊治療のことを職場に伝えるのは、精神的にも大きな勇気が必要です。しかし、傷病手当金の申請には会社の協力(休業証明)が必要なため、直属の上司か人事担当者への相談は避けられません。
伝える際のポイントは、「感情的なつらさ」だけでなく「必要な配慮と期間の目安」「業務の引き継ぎへの誠意」をセットで伝えることです。「不妊治療のため、医師から安静の指示が出ており、○週間程度休養が必要です。業務の引き継ぎはしっかり行います」という形で伝えると、会社側も対応しやすくなります。
また、厚生労働省が作成した「不妊治療連絡カード」(医師が治療内容・安静期間などを記入し会社に提出するカード)を活用すると、口頭での説明が難しい方でも客観的に状況を伝えることができます。厚生労働省のWebサイトから無料でダウンロードできますので、ぜひ活用してみてください。
よくある疑問

Q1. パートや派遣社員でも傷病手当金を受け取れますか?
A1. 会社の健康保険(協会けんぽや健康保険組合)に加入していれば、正社員でなくてもパートや派遣社員でも傷病手当金を受け取れます。ただし、国民健康保険(自営業・フリーランスなど)には傷病手当金制度がないため対象外です。加入している保険の種類をまず確認してください。週20時間以上勤務しており、一定の条件を満たすパート・アルバイトでも社会保険に加入できるケースが増えていますので、健康保険証に「協会けんぽ」または健保組合名が記載されていれば申請対象になります。
Q2. 傷病手当金を受け取れる期間の上限はありますか?
A2. はい。傷病手当金は同一の傷病について、支給が始まった日から最長1年6ヶ月受け取ることができます(支給開始日から1年6ヶ月経過後は支給されません)。不妊治療の場合、1回の申請期間は短くても、治療が長期化する場合は断続的に申請を続けることになります。また、不妊治療に起因する別の疾患(OHSSや適応障害など)は、それぞれ別の傷病として取り扱われる場合があります。詳しくは加入している健康保険組合にご確認ください。
Q3. 高額療養費制度と傷病手当金は同時に使えますか?
A3. はい、両方の制度は同時に活用できます。高額療養費制度は1ヶ月の医療費の自己負担額が一定額を超えた場合に払い戻しを受ける制度で、傷病手当金は仕事を休んだ際に給与の補填を受ける制度です。目的が異なるため、両方を同時に申請・受給することは問題ありません。不妊治療の費用が高額になる場合は、高額療養費制度と限度額適用認定証も合わせて活用することで、さらに経済的な負担を軽減できます。
Q4. 退職後でも傷病手当金を受け取り続けることはできますか?
A4. 一定の条件を満たせば、退職後も受け取り続けることができます。条件は、①退職日まで被保険者期間が継続して1年以上あること、②退職日に傷病手当金を受給中(または受給できる状態)であること、③退職後も引き続き労務不能であることの3点です。ただし、退職日に有給休暇を使って出勤扱いにした場合は「労務不能ではない」とみなされ、退職後の継続受給ができなくなるケースがあります。退職を検討している方は、退職前に必ず確認しておきましょう。