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「体外受精って、実際どれくらいの確率で妊娠できるんだろう」
治療を考え始めたとき、多くの方がまず気になるのが“成功率”ではないでしょうか。
インターネットで調べると、クリニックごとにさまざまな数字が並んでいて、「結局どれを信じればいいの?」と戸惑ってしまう方も少なくありません。年齢のことを考えて、数字を見るのが怖いと感じる方もいらっしゃるでしょう。診察室でも「私の年齢だと、もう難しいですか?」と、不安そうに尋ねられることがよくあります。
そんなときに頼りになるのが、日本産科婦人科学会が毎年公表している「ARTデータブック」です。全国の登録施設で行われた体外受精の結果をまとめた、日本でもっとも信頼できる公式データです。2026年9月3日に2024年の治療成績が新たに公開されました。
この記事では、生殖医療専門医の立場から2024年のデータを一つひとつやさしく読み解いていきます。
ARTデータブックとは?数字を見る前に知っておきたい基礎
日本産科婦人科学会が毎年まとめる全国の治療成績
ART(Assisted Reproductive Technology)とは、体外受精・顕微授精・胚移植などの「生殖補助医療」の総称です。日本では、ARTを行う医療機関は日本産科婦人科学会に登録し、治療1件ごとの結果をオンラインで報告することになっています。学会はこのデータを集計・解析し、毎年「ARTデータブック」として公表しています。
妊娠から出産までには約1年かかるため、公表されるのは“2年前”の治療成績です。今回の2024年データは、2024年1〜12月に行われた治療と、その後の妊娠・出産の結果をまとめたものです。
個々のクリニックの成績は、患者さんの年齢層や集計方法が施設ごとに異なり、単純に比べられません。その点、ARTデータブックは全国共通のルールで集めた“日本全体の実力値”であり、治療を考えるうえでもっとも客観的な物差しといえます。
「妊娠率」「生産率」「流産率」の違い
データを読むうえで、まず押さえておきたい言葉が3つあります。
| 妊娠率 | 超音波検査で赤ちゃんの袋(胎嚢)が確認できた割合 |
| 生産率 | 出産に至った割合。「最終的に赤ちゃんを抱けた割合」 |
| 流産率 | 妊娠した方のうち、流産となった割合 |
患者さまにとって本当に大切なのは、妊娠率よりも生産率です。妊娠が確認できても、残念ながら流産に至ることがあるためです。
分母が「胚移植」か「治療周期」かで数字は大きく変わる
もう一つ大切なのが「何を分母にしているか」です。2024年の全体成績で比べてみましょう。
| 指標 | 分母 | 2024年全体 |
|---|---|---|
| 妊娠率 | 胚移植を行った周期 | 41.4% |
| 妊娠率 | すべての治療周期 | 21.3% |
| 生産率 | すべての治療周期 | 15.2% |
「治療周期」には、採卵だけして胚を凍結した周期や、胚ができなかった周期も含まれます。同じデータでも分母が変われば数字は2倍近く違うのです。クリニックの成績を見るときも、「何あたりの数字か」を必ず確認しましょう。
2024年の全体像|治療は減っても、赤ちゃんは過去最多
総治療周期数は55万周期、保険適用後はじめての減少
2024年に全国で行われたARTの総治療周期数は550,265周期でした。2023年の561,664周期から11,399周期(約2.0%)減少し、2022年4月の保険適用以降はじめて前年を下回りました。
内訳を見ると、採卵を伴う体外受精(ふりかけ法)が86,626周期、顕微授精が194,716周期、凍結融解胚移植が268,923周期です。減少の背景には国内の出生数や婚姻数の減少に加え、保険適用直後に治療を始めた方々が一巡したこと、1回の採卵で複数の胚を凍結し効率よく移植できるようになったことなどが考えられます。
体外受精で生まれた赤ちゃんは86,473人、約8人に1人
一方で、ARTによって生まれた赤ちゃんは86,473人と、前年の85,048人を上回り過去最多を更新しました。厚生労働省の人口動態統計によると、2024年の国内の出生数は686,173人で過去最少です。つまり、生まれた赤ちゃんの約12.6%、およそ7.9人に1人が体外受精などの生殖補助医療によって誕生したことになります。
少子化が進むなかで、体外受精は「家族をつくる選択肢」として、ますます身近で欠かせない医療になっています。不妊治療を受けていることは決して特別なことではないのです。
累計出生児数は100万人を突破
日本で初めて体外受精による赤ちゃんが誕生したのは1983年です。それから40年あまりで、ARTによる累計出生児数は1,089,822人に達しました。2023年時点で100万人を超え、2024年もさらに積み上がっています。
長い時間をかけて技術が磨かれ、多くの家族の歩みがデータとして蓄積されてきました。その積み重ねが、今あなたが受けられる治療の安全性と確かさを支えています。
年齢別に見る妊娠率・生産率・流産率
体外受精の成績にもっとも大きく影響するのは、女性の年齢です。これは卵子の数と質が年齢とともに変化するためで、2024年のデータでもその傾向ははっきり表れています。まずは代表的な年齢の数値を見てみましょう。
| 女性の年齢 | 妊娠率(胚移植あたり) | 生産率(治療周期あたり) | 流産率(妊娠あたり) |
|---|---|---|---|
| 30歳 | 53.4% | 23.5% | 17.4% |
| 33歳 | 50.3% | 22.8% | 19.0% |
| 35歳 | 47.6% | 20.5% | 21.8% |
| 37歳 | 44.5% | 18.0% | 24.4% |
| 38歳 | 41.8% | 15.8% | 27.0% |
| 39歳 | 38.3% | 12.9% | 30.3% |
| 40歳 | 35.2% | 10.9% | 34.5% |
| 42歳 | 26.7% | 6.0% | 42.6% |
| 43歳 | 20.8% | 4.4% | 46.6% |
| 45歳 | 11.2% | 1.6% | 53.8% |
出典:日本産科婦人科学会「2024年ARTデータブック」より抜粋
34歳までは胚移植あたり約5割が妊娠
20代後半から34歳までは、胚移植あたりの妊娠率がおおむね50〜55%で推移しています。1回の胚移植で、およそ2人に1人が妊娠に至る計算です。流産率も15〜20%程度と、自然妊娠での一般的な流産率(15%前後)と大きくは変わりません。
この年代は、治療の選択肢も時間の余裕も比較的あります。ただし「若いから大丈夫」と長く様子を見るよりも、一般的な不妊検査で原因の有無を確認しておくことが、結果的に近道になります。卵管や精子に原因がある場合、年齢にかかわらず体外受精が有効な治療になるからです。
35〜39歳:緩やかな低下から、38歳前後で変化が大きく
35歳の妊娠率(胚移植あたり)は47.6%、37歳で44.5%と、30代半ばまでは緩やかに下がっていきます。ところが38歳で41.8%、39歳で38.3%と下がり方が少しずつ大きくなります。
より注目したいのは生産率です。治療周期あたりの生産率は、35歳の20.5%から39歳では12.9%へ。同時に流産率は21.8%から30.3%へ上がります。これは主に、卵子の染色体の数の異常が年齢とともに増えることが原因です。「妊娠はできても、出産までたどり着きにくくなる」のが30代後半の特徴といえます。
40歳以上:流産率の上昇が大きな壁に
40歳の妊娠率(胚移植あたり)は35.2%、生産率(治療周期あたり)は10.9%。42歳では妊娠率26.7%、生産率6.0%となり、流産率は42.6%まで上がります。45歳では妊娠しても半数以上が流産に至っています。
とてもつらい数字に見えるかもしれません。それでも40歳の方は、胚移植を行った周期の3人に1人が妊娠しています。40代でも限られた時間のなかで治療方針をしっかり組み立てることで、出産に至る方は確かにいらっしゃいます。大切なのは正しい情報をもとに早めに動き出すことです。
治療を受けている人の年齢分布
2024年にもっとも治療周期数が多かったのは39歳(45,124周期)で、40歳(44,315周期)、42歳(41,447周期)が続きます。年齢層別に見ると、34歳以下が約30%、35〜39歳が約35%、40歳以上が約35%と、治療を受ける方の3人に1人以上が40代です。
一方、原則として保険の対象外となる43歳以上の治療も66,789周期(約12%)ありました。成績が高い年代よりも、成績が下がり始める年代に治療が集中している。このギャップこそ、「もっと早く知っていれば」という声が生まれる理由です。
治療法別に見る2024年の特徴
出生の96%が凍結融解胚移植から
2024年にARTで生まれた86,473人のうち、83,088人(約96.1%)が「凍結融解胚移植(FET)」によるものでした。凍結融解胚移植とは、受精卵(胚)をいったん凍結保存し、子宮の状態が整った別の周期に融解して戻す方法です。
凍結融解胚移植の妊娠率は、移植あたり約42.6%(263,853周期中112,432周期)。採卵した周期にそのまま戻す新鮮胚移植(体外受精で約27.4%、顕微授精で約22.9%)を大きく上回っています。採卵のための排卵誘発剤の影響が残らない、落ち着いた子宮環境で移植できることが、成績の差につながっていると考えられます。
「全胚凍結」が主流に、新鮮胚移植は減少
採卵後、その周期には移植せず、できた胚をすべて凍結する方法を「全胚凍結」といいます。2024年は採卵を行った277,968周期のうち、171,601周期(約61.7%)が全胚凍結でした。2021年は約50%だったため、この3年で大きく増えています。
その分、新鮮胚移植は2021年の32,959周期から2024年は18,521周期へと、ほぼ半減しました。全胚凍結には、卵巣が腫れて腹水がたまる「卵巣過剰刺激症候群(OHSS)」のリスクを減らせるという、安全面のメリットもあります。
治療周期の約7割が顕微授精
採卵を伴う治療のうち、顕微授精は194,716周期、ふりかけ法の体外受精は86,626周期で、約7割が顕微授精でした。顕微授精(ICSI)とは、細いガラス針で精子を1個ずつ卵子に注入する方法で、精子の数や運動率が低い場合や、体外受精で受精しなかった場合などに行います。
男性側の要因が関わる不妊は、世界保健機関(WHO)の調査でも約半数にのぼると報告されています。体外受精は女性だけの治療ではなく、お二人で向き合う治療です。パートナーの精液検査も、早めに受けておきましょう。
多胎率は4.15%:単一胚移植の定着
2024年の多胎率(妊娠した周期のうち双子以上だった割合)は4.15%でした。日本産科婦人科学会は、母体と赤ちゃんの安全のため、胚移植は原則1個とする方針を示しています。この「単一胚移植」が広く定着した結果、体外受精でも多胎妊娠の割合は低く保たれています。
「1個しか戻さないと妊娠率が下がるのでは」と心配される方もいますが、凍結技術の向上により、1個ずつ移植しても十分な成績が得られるようになりました。
保険適用から3年、データから見える変化
2021〜2024年の治療周期数と出生児数の推移
2022年4月に体外受精が保険適用となってから、治療の件数と出生児数はどう変わったのでしょうか。保険適用前年の2021年から並べてみます。
| 年 | 総治療周期数 | ART出生児数 | うち凍結融解胚移植による出生 |
|---|---|---|---|
| 2021年(保険適用前) | 498,140 | 69,797 | 64,679 |
| 2022年(4月〜保険適用) | 543,630 | 77,206 | 72,201 |
| 2023年 | 561,664 | 85,048 | 80,774 |
| 2024年 | 550,265 | 86,473 | 83,088 |
治療周期数は2023年をピークにやや減ったものの、出生児数は3年間で約1万7千人増えました。「治療を受ける人が増えた段階」から、「より効率よく出産に結びつく段階」へ移りつつあると読み取れます。
保険の年齢・回数ルールとデータの関係
体外受精の保険適用には治療開始時に女性が43歳未満であること、胚移植の回数が40歳未満は6回まで、40歳以上43歳未満は3回までという条件があります。
年齢別データと重ねると、このルールの意味が見えてきます。39歳と40歳の間で、保険の回数は6回から3回に減ります。一方で成績も、39歳から42歳にかけて生産率(治療周期あたり)が12.9%から6.0%へと下がっていきます。保険の枠を十分に活かすためにも、「40歳になる前に治療計画を立てる」ことには大きな意味があるのです。
生殖医療専門医が伝えたい「数字との向き合い方」
平均値は「あなたの結果」ではない
ARTデータブックの数字は全国の何十万という治療の“平均”です。同じ38歳でも、卵巣に残る卵子の数、子宮筋腫や子宮内膜症の有無、パートナーの精子の状態、これまでの治療歴によって見込みは人それぞれ大きく異なります。
「38歳の生産率は15.8%」と聞くと低く感じるかもしれませんが、これは「あなたが15.8%しか赤ちゃんを授かれない」という意味ではありません。データはあくまで参考値です。現在地を知るための目安であり、ゴールまでの道のりは主治医と一緒に一人ひとりに合わせて描いていくものです。
1回ではなく「累積」で考える
データブックの妊娠率や生産率は、基本的に「1回の治療あたり」の数字です。しかし実際の治療では、1回の採卵で得た複数の胚を何回かに分けて移植することが一般的です。
たとえば1回の移植での妊娠率が約5割でも、凍結胚が複数あれば、2回目、3回目と挑戦できます。そのため「最終的に赤ちゃんを授かる割合(累積の出産率)」は1回あたりの数字よりも高くなります。1回の結果に一喜一憂しすぎず、「この採卵で得た胚全体で考える」という視点を持つと気持ちが少し楽になるはずです。
年齢別:今日からできること
- 34歳まで:半年〜1年自然に妊娠しなければ、まずは不妊検査を。パートナーの精液検査も一緒に受け、原因があれば早めに適切な治療へ進みましょう。
- 35〜39歳:時間が大切な年代です。一般不妊治療を数回行い結果が出なければ、体外受精へのステップアップを主治医と相談を。40歳前に治療計画を立てると保険の6回の枠を活かせます。
- 40歳以上:迷っている時間がもっとも惜しい年代です。生殖医療専門医のいる施設を早めに受診し、3回の保険枠をどう使うか胚を複数確保してから移植するかなど、戦略的な治療計画を立てましょう。
どの年代でも、禁煙、適正体重の維持、葉酸の摂取など、妊娠に向けた体づくりはすぐに始められます。
2024年ARTデータに関するよくある質問

Q1. クリニックが公表している成績と、ARTデータブックはどちらを見ればいいですか?
A1. 両方を見ることをおすすめします。ARTデータブックで全国の目安を知り、クリニックの成績は「年齢別か」「何あたりの数字か」を確認して比べましょう。患者さまの年齢層が違えば、数字も変わります。
Q2. 保険診療でも自費診療でも、データに含まれていますか?
A2. はい。日本産科婦人科学会に登録した施設で行われたARTは、保険・自費を問わず報告の対象です。そのため、日本全体の実態をもっともよく表したデータといえます。
Q3. 40代で体外受精を受けても意味がないのでしょうか?
A3. そんなことはありません。2024年も40歳以上で多くの赤ちゃんが誕生しています。ただし年齢とともに流産率が上がるのは事実なので、早めに受診し限られた時間を有効に使う治療計画が大切です。
Q4. 凍結融解胚移植の成績がよいなら、全員が全胚凍結したほうがいいですか?
A4. 一律ではありません。卵巣の反応やホルモン値、子宮内膜の状態によっては新鮮胚移植が適している場合もあります。主治医とメリット・デメリットを相談して決めましょう。
Q5. データを見て不安が大きくなってしまいました。誰に相談できますか?
A5. 主治医や看護師、心理師、胚培養士等に遠慮なく伝えてください。都道府県などに設置された「性と健康の相談センター」でも、専門家や経験者による相談を受けられます。当院では心理士相談や胚培養士相談も実施しております。お気軽にご相談ください。
参考文献・出典
- 日本産科婦人科学会「2024年 体外受精・胚移植等の臨床実施成績(ARTデータブック)」:年別周期数・出生児数、年齢別成績、治療法別出生児数、累積出生児数
- 日本産科婦人科学会 登録・調査小委員会:ARTデータブックの概要と過去年版
- 厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)」:2024年の出生数686,173人
- こども家庭庁「保険適用について」:年齢・回数の保険適用条件
- こども家庭庁「不妊治療に関する取組」:性と健康の相談センター
松見 泰宇
資格・専門医
- 東京大学医学博士
- 日本産婦人科学会産婦人科指導医・専門医
- 日本生殖医学会生殖医療専門医
- 日本抗加齢医学会専門医
- 日本スポーツ協会認定スポーツドクター
- 難病指定医
- 日本産科婦人科遺伝診療学会生殖領域遺伝カウンセリング研修会(反復流産(PGT-A)における遺伝カウンセリング)修了
- 日本産科婦人科遺伝診療学会周産期領域遺伝カウンセリング研修会(胎児の染色体異常を中心とした出生前遺伝カウンセリング)修了
- 新生児蘇生インストラクターAコース修了
- 日本産婦人科乳腺医学会講習会修了
- 日本臨床免疫学会
- 日本産科婦人科学会
- 日本生殖医学会
- 日本生殖免疫学会
- 日本不育症学会
- 日本抗加齢医学会
- 日本再生医療学会
- 日本産婦人科乳腺医学会
- 日本スポーツ協会
- 産婦人科PRP研究会
経歴
- 東京大学医学部卒業
- 東京大学大学院医学系研究科博士課程(生殖・発達・加齢医学)修了
- 博士論文「A possible role of nitric oxide in the regulation of developmental status of rat ovarian follicles(卵胞発育・閉鎖における一酸化窒素(NO)の関与)」
- 国立がん研究センター東病院 がん治療開発部
- 日本学術振興会特別研究員
- スタンフォード大学生殖生理学教室リサーチフェロー
- 成育医療研究センター特別研究員
- 東京大学大学院医学系研究科文部教官助手
- 帝京大学溝口病院講師
- 帝京大学非常勤講師
- 焼津市立総合病院、武蔵野赤十字病院など総合病院にて勤務
- 秋葉原ARTクリニック、花みずきウィメンズクリニック吉祥寺、両角レディースクリニック、木場公園クリニックなど不妊クリニックにて勤務
- 愛育病院、きりんウィメンズクリニックなど周産期医療専門病院および産科クリニックにて勤務