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体外受精で点鼻薬を使う理由とは?生殖医療専門医が教える「排卵を止める」「卵を育てる」2つの役割

  • 公開日:2026.10.01
  • 更新日:2026.10.01
体外受精で点鼻薬を使う理由とは?生殖医療専門医が教える「排卵を止める」「卵を育てる」2つの役割|不妊治療・体外受精・卵子凍結なら生殖医療クリニック錦糸町駅前院
この記事の監修者
松見 泰宇 学術顧問(医師)
松見 泰宇学術顧問(医師)

生殖医療クリニック錦糸町駅前院の学術顧問を拝命いたしました、松見泰宇(まつみ ひろたか)と申します。

わたくしはこれまで、東京大学関連の大学病院や基幹病院において、尊敬する同窓の諸先輩方のもとで研鑽を積んでまいりました。その一方で、著名なプライベートクリニックに勤務する機会にも恵まれ、クリニックならではの、身近できめ細やかな診療も学んでまいりました。

これまでに培った知見が、当クリニックの患者さまのお役に少しでも立てば幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

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「体外受精で点鼻薬を使います」と説明を受けて、正直、戸惑った方も多いのではないでしょうか。注射や飲み薬は想像できても、鼻にスプレーする薬が卵子や排卵にどう関係するのか、すぐにはピンとこないものです。

診察室でも「8時間おきって、仕事中はどうしたら?」「くしゃみをしてしまったけど、効いているのか不安で眠れなかった」「たった数回のスプレーで本当に採卵できるの?」という声を本当によく伺います。限られたチャンスに懸けているからこそ、小さな不安が大きく感じられるのは当然のことです。

この記事では、生殖医療専門医の立場から、体外受精で点鼻薬を使う理由、使われる場面ごとの違い、正しい使い方と困ったときの対処法、副作用、そして保険適用までを学会ガイドラインや国の公開情報をもとにわかりやすく解説します。

体外受精で点鼻薬を使うのはなぜ?

体外受精で使う点鼻薬は、脳から卵巣への「指令」を調整するための薬です。卵巣は自分の判断で排卵しているわけではなく、脳の視床下部と下垂体から出るホルモンの指令を受けて動いています。点鼻薬はこの指令系統に直接働きかけることで、「採卵の前に勝手に排卵してしまう」ことを防いだり、反対に「採卵にちょうどよいタイミングで卵子を成熟させる」ことを可能にしたりします。

点鼻薬の正体は「GnRHアゴニスト」

体外受精でよく使われる点鼻薬は、ブセレリン(先発品名:スプレキュア、後発品:ブセレキュアなど)という成分の薬です。同じグループにはナファレリンという成分もあります。これらは「GnRHアゴニスト」と呼ばれます。

GnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)は、視床下部から分泌され、下垂体に「卵胞を育てるホルモン(FSH)と排卵を起こすホルモン(LH)を出しなさい」と命令するホルモンです。「アゴニスト」は「作用を真似る薬」という意味で、GnRHアゴニストは本物のGnRHよりも強く、長く作用するように作られています。ペプチド(小さなたんぱく質)でできているため飲み薬では胃で分解されてしまい、鼻の粘膜から吸収させる点鼻薬という形がとられています。

「最初は上げて、続けると下げる」という二面性

GnRHアゴニストの最大の特徴は、使い方によって正反対の効果を発揮することです。

使い始めの数日間は、下垂体が強く刺激されてFSHとLHが一気に放出されます。これを「フレアアップ」と呼びます。ところが同じ刺激が休みなく続くと、下垂体は受け取り口(受容体)を減らして反応しなくなり、FSHやLHがほとんど出なくなります。これを「ダウンレギュレーション(脱感作)」と呼びます。

体外受精では、この二面性を目的に応じて使い分けています。続けて使えば「排卵を止めるブレーキ」に、1回だけ使えば「排卵の引き金(トリガー)」になるのです。同じ薬なのに説明が違って混乱した経験がある方は、この仕組みを知るとすっきりするはずです。

体外受精で点鼻薬が使われる3つの場面

場面1:排卵を抑える(ロング法・ショート法)

体外受精では注射で複数の卵胞を同時に育てますが、そのまま放っておくと脳から自然にLHが急上昇(LHサージ)し、採卵前に排卵してしまうことがあります。そうなると、せっかく育てた卵子を回収できません。点鼻薬を毎日続けることで、この早すぎる排卵を防ぎます。代表的なのがロング法とショート法です。

ロング法での使い方

ロング法は、体外受精を行う前の周期の高温期(排卵後1週間ほど)から点鼻を始め、月経が来たあとも採卵日が決まるまで続ける方法です。あらかじめ下垂体をしっかり休ませてから注射で卵胞を育てるため、卵胞の育ちがそろいやすく、採卵日の調整がしやすいという利点があります。一方で、点鼻の期間が長く、注射の量や日数が多くなりやすいこと、後述するように点鼻薬をトリガーとして使えないことが注意点です。卵巣の予備能(卵子の残りの目安)が保たれている方に選ばれることが多い方法です。

ショート法での使い方

ショート法は、月経開始ごろから点鼻を始める方法です。最初の数日間に起こるフレアアップで自分のFSHも上昇させ、注射の効果に上乗せして卵胞を育て、その後はダウンレギュレーションで排卵を抑えます。卵巣の反応が控えめな方(AMHが低めの方など)に検討されることがあります。いずれの方法でも、多くの施設で「8時間ごと、1日3回、左右の鼻に1回ずつ」が基本で、採卵日の決定まで続けます。

動画でみるロング法・ショート法

卵巣刺激法の種類と方法 アゴニスト法

場面2:卵子を最終成熟させる「トリガー」

卵胞が十分な大きさ(目安として主席卵胞が18mm前後)に育ったら、卵子を最終的に成熟させる「トリガー」を行い、約34〜36時間後に採卵します。このトリガーに点鼻薬を使うことがあります。アンタゴニスト法(注射や飲み薬で排卵を抑える方法)や低刺激法、PPOS法(黄体ホルモンで排卵を抑える方法)などで用いられ、医師が指定した時刻に左右の鼻へ噴霧し、30分〜1時間後にもう一度噴霧するという使い方が一般的です。

動画でみるアンタゴニスト法

卵巣刺激法の種類と方法-アンタゴニスト法

hCG注射との違い

従来のトリガーはhCG注射でした。hCGはLHと似た働きを持ちますが、体内での効果が数日間続きます。一方、点鼻薬のトリガーはフレアアップを利用して自分の下垂体からLHを短時間だけ放出させるため、自然の排卵に近い形で、刺激が長引きません。注射の通院が不要で、自宅で行える点もメリットです。

OHSS予防としての位置づけ(ガイドライン)

点鼻トリガーの最も大きな意義は、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の予防です。OHSSとは、排卵誘発によって卵巣が腫れ、おなかや胸に水がたまる合併症で、重症化すると血栓症などにつながることがあります。

日本生殖医学会の生殖医療ガイドラインでは、アンタゴニスト周期においてGnRHアゴニストによるトリガーはhCGよりもOHSSの発症と重症化の予防に有効と、最も高い推奨度(A)で示されています(日本生殖医学会 生殖医療ガイドライン)。また日本産科婦人科学会が2025年に公表した多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療指針でも、OHSSリスクが高いPCOSの方では、アゴニスト製剤で卵子を成熟させて全胚凍結を行うことが推奨されています(日本産科婦人科学会 PCOS治療指針)。

場面3:子宮内膜症などの治療や凍結胚移植の準備

GnRHアゴニストは、長く続けると女性ホルモンが閉経期に近いレベルまで下がるため、子宮内膜症や子宮筋腫の治療薬としても使われてきました。体外受精の前に内膜症の病変を落ち着かせる目的や、施設によっては凍結胚移植に向けた周期の調整に使うこともあります。ただしこの場合は、薬の種類や期間、保険の扱いが体外受精での使い方と異なることがあるため、主治医から目的をきちんと聞いておきましょう。

点鼻薬の正しい使い方

基本の手順

点鼻薬は「鼻の粘膜からきちんと吸収させる」ことがすべてです。次の手順を基本にしてください。

  1. 使う前に軽く鼻をかみ、鼻の通りをよくしておく
  2. 初めて使うときや久しぶりに使うときは、空中に数回試し押しして薬液が霧状に出ることを確認する
  3. 少しうつむき加減で、ノズルを鼻の穴にしっかり差し込み、反対側の鼻を指で軽く押さえる
  4. 1回しっかり押し切って噴霧し、同時に鼻から静かに息を吸う
  5. 反対側も同様に行う
  6. 使用後はノズルを拭いてキャップを閉める

噴霧後しばらく(目安として30分程度)は、強く鼻をかまないようにしましょう。ノズルの差し込みが浅いと薬液が垂れて失われやすくなります。保管は直射日光と高温を避け、施設や添付文書の指示に従ってください。

時間を守ることが大切な理由

排卵を抑える目的で使う場合、点鼻薬の効果は数時間しか続きません。間隔が大きく空くとブレーキが緩み、LHが上がって採卵前に排卵してしまうおそれがあります。8時間ごとの点鼻は、ブレーキを一定の強さで踏み続けるためのものです。

トリガーとして使う場合はさらに重要で、点鼻した時刻から逆算して採卵時刻が決められています。指示された時刻どおりに使うことが、成熟した卵子を回収できるかどうかに直結します。スマートフォンのアラームを複数設定する、食事の後など生活のリズムに組み込む、家族に声をかけてもらうなど、自分に合った「忘れない仕組み」を作っておくと安心です。

困ったときのQ&A

質問と回答

Q1. くしゃみ・鼻水が出てしまった

A1. 噴霧直後にくしゃみが出ても、薬の多くはすでに粘膜に付着しています。少し垂れた程度であれば、多くの施設では追加の噴霧は不要としています。明らかに大部分が流れ出てしまった場合の追加噴霧は施設によって方針が異なるため、自己判断せずにクリニックへ電話で確認してください。特にトリガーの場合は、すぐに連絡することが大切です。

Q2. 鼻づまり・風邪・花粉症のとき

A2. 鼻づまりが強いと吸収が不安定になることがあります。鼻をかんで通りをよくしてから使い、改善しない場合は早めに相談しましょう。市販の点鼻薬(血管収縮薬など)を同時に使うと吸収に影響する可能性があるため、併用したい場合は必ず事前に主治医に伝えてください。季節性の花粉症がある方は、治療計画の段階で伝えておくと、飲み薬での対策などを一緒に考えられます。

Q3. 使い忘れてしまった

A3. 気づいた時点ですぐに1回分を使い、その後は指示された時刻に戻すのが一般的な対応です。2回分をまとめて使うことは避けてください。ただし、採卵直前の時期の使い忘れや、トリガーの使い忘れ・時刻のずれは、採卵日の変更が必要になることもあります。「怒られるかも」と遠慮せず、気づいた時点ですぐにクリニックへ連絡してください。早く伝えていただくほど取れる手段が増えます。

点鼻薬の副作用と対処法

よくある副作用

点鼻薬で比較的よくみられるのは、鼻の刺激感やヒリヒリ感、鼻水、くしゃみなど鼻の局所症状です。長期間続けるロング法では、女性ホルモンが低下することによる、ほてり・のぼせ、頭痛、肩こり、気分の落ち込みやイライラ、寝つきの悪さなど、更年期に似た症状が出ることがあります。また、使い始めのフレアアップの影響で少量の出血がみられたり、卵巣に一時的な嚢胞(水のたまった袋)ができたりすることもあります。

これらの多くは一時的で、点鼻薬を終えれば自然に落ち着きます。つらいときは「我慢するもの」と思わずに相談してください。症状の出方を伝えていただくことで、次回の治療法を調整できる場合もあります。

すぐに連絡してほしい症状

次のような症状がある場合は、我慢せず早めにクリニックへ連絡してください。

  • 急におなかが張る、短期間で体重が増える、尿量が減る(OHSSの可能性)
  • 息苦しさ、片方の足のむくみや痛み(血栓症の可能性)
  • 強い頭痛や視界のかすみ
  • 発疹、かゆみ、息苦しさなどのアレルギー症状
  • 出血量が多い、強い腹痛がある

点鼻トリガーはOHSSを起こしにくい方法ですが、ゼロではありません。採卵後数日間の体調の変化にも目を向けておきましょう。

専門医が伝えたい、トリガー点鼻の注意点

採卵までの時間は「分単位」で大切

トリガーから採卵までの時間は、一般に34〜36時間に設定されます。早すぎると卵子が十分に成熟しておらず、遅すぎると採卵前に排卵してしまう可能性があります。点鼻の時刻は、採卵室の予定や麻酔の準備も含めて逆算されています。指示された時刻が深夜であっても、それには理由があることを知っておいてください。トリガーの翌日に採血でLHや黄体ホルモンの上昇を確認し、効き具合をチェックする施設もあります。

アゴニストトリガーが向かない人

点鼻トリガーは、自分の下垂体がLHを放出できることが前提です。そのため、ロング法やショート法で点鼻薬を続けて下垂体が休んでいる周期では、トリガーとして効きません。この場合はhCG注射が使われます(日本生殖医学会 生殖医療ガイドライン)。

また、視床下部性無月経の方や、もともとLHがとても低い方、長期間ピルなどのホルモン剤を使っていた方では、点鼻だけではLHの上昇が不十分になることがあります。過去に未熟な卵子が多かった方には、hCGと点鼻薬を併用する「デュアルトリガー」が検討されることもあります。どのトリガーが合うかは一人ひとり異なるため、過去の治療歴は必ず主治医に伝えてください。

新鮮胚移植か全胚凍結か

アゴニストトリガーでは、採卵後に黄体ホルモンを出す働き(黄体機能)が弱まりやすく、そのまま新鮮胚移植をすると妊娠率が下がることが知られています。そのため、点鼻トリガーを使った周期では、胚をいったんすべて凍結し、体調とホルモン環境が整った別の周期に移植する「全胚凍結」が選ばれることが多くなっています。日本産科婦人科学会のPCOS治療指針でも、全胚凍結を前提とすれば妊娠成績はhCGトリガーと同等とされています(日本産科婦人科学会 PCOS治療指針)。「すぐに戻せないのは遠回り」と感じるかもしれませんが、体を守りながら妊娠の可能性を保つための選択です。

点鼻薬の費用と保険適用

2022年4月から、体外受精・顕微授精などの生殖補助医療は保険適用となり、点鼻薬を含む治療に使う薬も、保険診療の治療計画の中で原則3割負担で処方されます。医療費が高額になった月は高額療養費制度も利用できます。

保険適用には年齢と回数の条件があり、治療開始時に女性が43歳未満であること、初回の治療計画作成時の年齢が40歳未満なら胚移植は通算6回まで、40歳以上43歳未満なら通算3回までとされています。回数は胚移植の回数で数えるため、採卵だけで点鼻薬を使った周期は回数に含まれません。また、出産などに至った場合は次のお子さんを目指す際に回数があらためて設定され、事実婚のカップルも対象です(こども家庭庁「保険診療の基礎知識」)。

参考文献・出典

この記事の監修者
松見 泰宇 学術顧問(医師)
学術顧問(医師)
HIROTAKA MATSUMI

資格・専門医

  • 東京大学医学博士
  • 日本産婦人科学会産婦人科指導医・専門医
  • 日本生殖医学会生殖医療専門医
  • 日本抗加齢医学会専門医
  • 日本スポーツ協会認定スポーツドクター
  • 難病指定医
  • 日本産科婦人科遺伝診療学会生殖領域遺伝カウンセリング研修会(反復流産(PGT-A)における遺伝カウンセリング)修了
  • 日本産科婦人科遺伝診療学会周産期領域遺伝カウンセリング研修会(胎児の染色体異常を中心とした出生前遺伝カウンセリング)修了
  • 新生児蘇生インストラクターAコース修了
  • 日本産婦人科乳腺医学会講習会修了
  • 日本臨床免疫学会
  • 日本産科婦人科学会
  • 日本生殖医学会
  • 日本生殖免疫学会
  • 日本不育症学会
  • 日本抗加齢医学会
  • 日本再生医療学会
  • 日本産婦人科乳腺医学会
  • 日本スポーツ協会
  • 産婦人科PRP研究会

経歴

  • 東京大学医学部卒業
  • 東京大学大学院医学系研究科博士課程(生殖・発達・加齢医学)修了
  • 博士論文「A possible role of nitric oxide in the regulation of developmental status of rat ovarian follicles(卵胞発育・閉鎖における一酸化窒素(NO)の関与)」
  • 国立がん研究センター東病院 がん治療開発部
  • 日本学術振興会特別研究員
  • スタンフォード大学生殖生理学教室リサーチフェロー
  • 成育医療研究センター特別研究員
  • 東京大学大学院医学系研究科文部教官助手
  • 帝京大学溝口病院講師
  • 帝京大学非常勤講師
  • 焼津市立総合病院、武蔵野赤十字病院など総合病院にて勤務
  • 秋葉原ARTクリニック、花みずきウィメンズクリニック吉祥寺、両角レディースクリニック、木場公園クリニックなど不妊クリニックにて勤務
  • 愛育病院、きりんウィメンズクリニックなど周産期医療専門病院および産科クリニックにて勤務
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