目次
不妊治療の「周期数」とは?まず知っておきたい基本
不妊治療でいう「周期数」とは、月経周期1回分を1単位として、治療を何回行ったかを数えたものです。
「1周期」=月経から次の月経までの治療1サイクル
女性の体は、月経→卵胞(卵子を包む袋)の発育→排卵→黄体期→妊娠しなければ次の月経、というリズムを約25〜38日でくり返します。この1サイクルが「月経周期」です。
不妊治療はこのリズムに合わせて計画するため、1つの月経周期の中で行う一連の治療を「1周期」と数えます。「今周期」「次周期」という言い方はここから来ています。
ただし、すべての月経周期で治療をするとは限りません。卵巣を休ませる「お休み周期」や、検査だけを行う周期もあります。そのため、通院を始めてからの月数と、実際に治療を行った周期数は一致しないことが多い点を知っておきましょう。「1年通っているのに、まだ7周期しか治療していない」ということは珍しくありません。
周期数の数え方は治療法で異なる
タイミング法・人工授精の場合
タイミング法(超音波検査などで排卵日を予測し、性交のタイミングを合わせる方法)や人工授精(洗浄・濃縮した精子を子宮内に注入する方法)は、排卵1回につき1周期と数えます。人工授精を3回行えば「人工授精3周期」です。数え方がシンプルなので、ご自身でも把握しやすいでしょう。
体外受精・顕微授精の場合(採卵周期と移植周期)
体外受精では、卵子を採る「採卵周期」と、受精卵(胚)を子宮に戻す「移植周期」が分かれるのが一般的です。現在は、採卵した周期にはすぐ移植せず、胚をすべて凍結して子宮の状態が整った別の周期に移植する「全胚凍結」が主流です。2024年には採卵周期の約62%がこの方法でした。
つまり、1回の採卵で複数の胚を凍結できれば、「採卵1周期+移植3周期」のように、1回の採卵から何度も移植に挑戦できます。体外受精の「周期数」を聞かれたら、採卵と移植を分けて数えるのが正確です。
「周期数」と保険の「回数」は同じではない
特に注意したいのが、保険診療の回数制限でカウントされるのは「胚移植の回数」だという点です。採卵だけを行った周期や、移植の前に中止した周期は回数に含まれません。
また、保険適用前に助成金を使って行った治療も、保険の回数には加算されないと厚生労働省は示しています。
クリニックで言われる「◯周期目」と、保険の「残り◯回」は別の数字です。この違いを知っておくだけで、「もう半分も使ってしまった」という思い込みによる不安を減らせます。
データで見る:治療周期数と妊娠・出産の確率
2024年に国内で行われた生殖補助医療(ART)は55万265周期で、そこから8万6,473人の赤ちゃんが生まれました。
日本のART総治療周期数は年間約55万周期
ART(生殖補助医療)とは、体外受精・顕微授精・凍結胚移植など、卵子や胚を体の外で扱う治療の総称です。日本産科婦人科学会は、全国の登録施設から1周期ごとの治療結果を集め、毎年「ARTデータブック」として公表しています。
ここでいう「総治療周期数」は、移植まで進んだ周期だけでなく、採卵のみの周期や途中で中止した周期も含めた、治療を開始したすべての周期の数です。2024年は55万265周期で、前年の56万1,664周期から保険適用後はじめて減少しました。一方で出生児数は過去最多を更新し、同年の出生数68万6,173人のうち約8人に1人がARTで生まれた計算になります。年齢別では39歳の治療周期数が最も多く、40歳以上が全体の35.1%を占めていました。
「妊娠率」は分母で大きく変わる
同じ2024年の全国データでも、何を分母にするかで「妊娠率」は2倍近く変わります。クリニックの成績を見るときに、ぜひ知っておいてほしいポイントです。
| 指標 | 計算のしかた | 2024年 全国・全年齢 |
|---|---|---|
| 妊娠率(総治療あたり) | 妊娠周期数 ÷ 総治療周期数 | 21.3% |
| 妊娠率(移植あたり) | 妊娠周期数 ÷ 移植周期数 | 41.4% |
| 出産率(移植あたり) | 生産周期数 ÷ 移植周期数 | 29.6%(本記事で算出) |
| 流産率 | 流産数 ÷ 妊娠周期数 | 25.0% |
ここでの「妊娠」は、超音波で胎嚢(赤ちゃんを包む袋)が確認できた状態を指します。妊娠反応が陽性になっただけの段階を含めると、数字はさらに高く見えます。クリニックのホームページで成績を比べるときは、「何を分母にした、どの段階の妊娠率か」「患者さんの年齢構成はどうか」を確認しましょう。患者さんにとって最終的に大切なのは、妊娠率よりも「出産率」です。
年齢別にみた「移植1回あたりの出産率」

出産率は30代半ばから下がり始め、40歳を境に急になります。背景には、加齢による卵子の質の変化と、それにともなう流産率の上昇があります。2024年の流産率は30歳で17.4%、40歳で34.5%、43歳で46.6%でした。保険の回数・年齢の区切りが40歳と43歳に置かれているのも、このデータの傾きと重なります。
累積出産率は「足し算」ではない
「1回あたり30%なら、3回やれば90%」とはなりません。徳島大学病院の厚生労働科学研究では、初回の移植あたり出産率が33.1%だったのに対し、最大6回までの移植を重ねた累積出産率は45.2%でした。
理由はシンプルです。早い回で妊娠する方が抜けていくと、残るのは「妊娠しにくい要因」を持つ方の割合が高い集団になり、1回ごとの確率が少しずつ下がっていくのです。同じ研究では、年齢が若く採卵数が多いほど累積出産率が高い傾向も示されました。
だからこそ、結果が出ないまま同じ方法を漫然とくり返すのではなく、「数回ごとに立ち止まって作戦を見直す」ことが限られた周期数を活かす鍵になります。
保険適用の回数制限と周期数の関係
体外受精・顕微授精を保険で受けられるのは、治療開始時に女性が43歳未満の場合です。胚移植は、40歳未満なら1子ごとに通算6回、40歳以上43歳未満なら3回までと定められています。
| 治療開始時の女性の年齢 | 保険で受けられる胚移植の上限 |
|---|---|
| 40歳未満 | 1子ごとに通算6回 |
| 40歳以上43歳未満 | 1子ごとに通算3回 |
| 43歳以上 | 保険適用外(自費診療) |
窓口負担は原則3割です。厚生労働省の調査では、保険適用前の体外受精は1回平均約50万円でした。3割負担でも約15万円かかる計算ですが、月ごとの自己負担には高額療養費制度による上限があります。
年齢は「治療開始時」で判定される
回数の上限は、その子を目指す治療期間の初日の年齢で決まります。たとえば39歳で治療を始めた方は、途中で40歳になっても6回の枠は変わりません。一方で、40歳の誕生日を過ぎてから始めると上限は3回になります。
30代後半の方にとっては、「受診を先延ばしにしない」ことがそのまま選択肢の幅につながるということです。実際、保険適用初年度の2022年は、治療件数のピーク年齢が前年の39歳から42歳へ移りました。43歳になる前に治療を始めようとする「駆け込み」の影響と分析されています。
2人目の治療では回数がリセットされる
「1子ごと」とは、出産すると回数がリセットされるという意味です。保険診療で出産(妊娠12週以降の死産を含む)に至った後、次のお子さんを目指して治療を始める場合は、改めて上限回数が適用されます。なお、年齢の制限は女性だけで男性側に年齢制限はありません。
第1子の治療で凍結した胚が残っている場合は、2人目の治療でその胚を使えることもあります。凍結胚の保管期間や更新費用は施設によって異なるため出産後に一度確認しておくと安心です。
回数を「使い切らない」ための考え方
1回の採卵を大切にする
保険の回数は「移植」で数えるため、1回の採卵で良好な胚をいくつ凍結できるかが、実質的な回数の価値を左右します。卵巣刺激の方法には、しっかり刺激する方法、低刺激法、自然周期などがあり、生殖医療ガイドラインで推奨度が整理されています。年齢やAMH(卵巣に残る卵子の数の目安となるホルモン値)をもとに、主治医とよく相談して選びましょう。
移植する胚の数は原則1個
「回数が限られているから2個戻したい」というご相談はよくあります。しかし日本産科婦人科学会は、移植する胚を原則1個としています(35歳以上や、2回以上続けて妊娠しなかった場合は2個まで)。2024年の凍結胚移植では、単一胚移植の妊娠率が43.2%で、複数胚移植の39.4%を上回ったという分析もあります。双子以上の妊娠は母子ともにリスクが高まるため、慎重に判断してください。
先進医療・自治体助成との組み合わせ
タイムラプス培養や子宮内膜の検査など一部の技術は、「先進医療」として保険診療と併用できます(先進医療部分は自費)。自治体の独自助成も広がっており、東京都では2026年4月から、保険診療の自己負担分も上限15万円まで助成の対象になりました。お住まいの自治体の制度も確認してみてください。
何周期で次のステップへ?生殖医療専門医が考える目安
ステップアップの目安は「年齢」と「不妊の原因」で変わります。原因がはっきりせず女性が35歳未満なら人工授精は3〜6回程度、35歳以上ならより少ない周期数で体外受精を検討するのが、現在の一般的な考え方です。
受診のタイミング:35歳以上は「1年」を待たない
不妊症は「避妊せずに通常の夫婦生活を続けても、1年間妊娠しない状態」と定義されます。ただし、女性が35歳以上の場合や、卵管の手術歴など明らかな原因がある場合は、1年を待たずに検査と治療を始めるべきとされています。
同じ資料では、妊娠を希望した時点で女性が35歳以上なら約30%、40歳以上なら約70%が不妊症になりうると示されています。「もう少し自然に待ってから」と考えている間にも、選択肢は少しずつ狭まります。迷ったら、まず検査だけでも受けてみることをおすすめします。
タイミング法・人工授精は何周期まで?
タイミング法は、検査で大きな問題がなければ3〜6周期程度が一つの目安です。それで妊娠しない場合は、人工授精へのステップアップを考えます。
人工授精の1周期あたりの妊娠率は5〜20%程度と報告されています。妊娠の多くは最初の4〜6回までに成立し、それ以降は回数を重ねても妊娠率が上がりにくいとされています。そのため、4〜6回を一つの区切りにする施設が多いのです。
年齢による差も大きく、ある公立病院の集計では、人工授精1回あたりの臨床妊娠率は30歳以下で8.9%、40歳以上では1.0%でした。同院で体外受精へ移った方の人工授精回数は、2020年以降は平均1.6回と、早めのステップアップが主流になっています。
体外受精:良好胚を2〜3回移植して妊娠しないときは見直しを
体外受精では、「質の良い胚を2〜3回移植しても妊娠しない」ときが、立ち止まって原因を見直すタイミングだと私は考えています。同じ方法をくり返すより、何が妨げになっているかを探るほうが、限られた回数を活かせるからです。
見直しでは、卵巣刺激法の変更、子宮内膜や子宮内の環境の評価、男性側の精子の再評価などを検討します。子宮内膜の受容能を調べる検査や子宮内細菌叢の検査は、ガイドラインでの推奨度がまだ高くない(推奨度C)先進医療です。メリットと費用を理解したうえで選ぶようにしましょう。妊娠しても流産をくり返す場合は不育症の検査も視野に入れます。
年齢別ステップアップの目安
以下は、原因が特定されていない場合の一般的な目安です。卵管が両側とも詰まっている、精子の数がとても少ないなどの場合は、年齢にかかわらず早い段階から体外受精を検討します。
| 女性の年齢 | タイミング法 | 人工授精 | 体外受精へ進む目安 |
|---|---|---|---|
| 34歳以下 | 6周期程度 | 4〜6回 | 一般不妊治療で1〜2年妊娠しないとき |
| 35〜39歳 | 3周期程度 | 3〜4回 | 治療開始から半年〜1年 |
| 40歳以上 | 短期間または省略 | 1〜2回または省略 | 最初から検討 |
あくまで目安であり、ご夫婦の希望や体の状態によって最適な計画は変わります。表を診察時の話し合いのきっかけとして使ってください。
周期数を重ねる中での「心・仕事・区切り」のケア
周期数が増えるほど、体だけでなく心や生活への負担も積み重なります。治療と同じくらい、ご自身をいたわる仕組みを用意しておくことが大切です。
心の負担を一人で抱え込まない
判定日までの約2週間の待ち時間、そして陰性だったときの落ち込み。これを何周期もくり返すのは、本当につらいことです。周囲の妊娠報告に素直に喜べず、そんな自分を責めてしまう方も少なくありません。それは決してあなたが弱いからではなく、治療中の多くの方が経験する自然な反応です。
つらさを言葉にできる場所を持ちましょう。日本不妊カウンセリング学会が認定する不妊カウンセラーや体外受精コーディネーターが在籍する施設もあります。こども家庭庁は、各都道府県などの「不妊専門相談センター」や「性と健康の相談センター」による相談支援を進めています。パートナーと気持ちを共有する時間を意識的につくることも立派な治療の一部です。
当院(生殖医療クリニック錦糸町駅前院)には不妊治療に特化した心理士も在籍しております。いつでもご相談ください。
仕事との両立:4人に1人が離職や治療断念を経験
厚生労働省によると、不妊治療を経験した方の26.1%が、仕事と両立できずに離職したり、雇用形態を変えたり、治療をやめたりしています。理由として多いのは、通院回数の多さ、精神的な負担、通院と仕事の日程調整の難しさです。
体外受精では、1周期に数回の通院が必要で、受診日が直前まで決まらないこともあります。同省は、職場に配慮を求める際に使える「不妊治療連絡カード」や、両立支援ガイドブックを公開しています。勤務先に不妊治療の休暇制度や時間単位の有給休暇がないか一度確認してみてください。
「区切り」を話し合っておくことも治療計画の一部
「やめどき」を考えるのは、決して後ろ向きなことではありません。年齢、費用、心と体の状態をふまえ、「保険の回数を使い切ったら一度立ち止まる」「◯歳までと決める」など、ご夫婦なりの区切りを早めに共有しておくと、一周期ごとの結果に気持ちを揺さぶられにくくなります。
治療をお休みする、夫婦二人の人生を大切にする、特別養子縁組や里親制度を知っておくなど、選択肢は一つではありません。国も、不妊治療中の方への里親・特別養子縁組の情報提供を医療機関と連携して進めています。どの道を選んでも、それはお二人が真剣に考えた答えです。
よくある質問(Q&A)

Q1. 治療周期数(件数)が多いクリニックほど成績が良いのですか?
A1. 件数は経験の多さの目安にはなりますが、成績そのものではありません。成績を比べるときは、妊娠率の分母が「移植あたり」か「総治療あたり」か、妊娠の定義が「胎嚢確認」か、患者さんの年齢構成はどうかを確認しましょう。
Q2. 採卵だけして移植しなかった周期は、保険の回数に入りますか?
A2. 入りません。保険でカウントされるのは胚移植の回数です。ただし採卵にも費用はかかるため、刺激方法や採卵のタイミングは主治医とよく相談してください。
Q3. 2人目の治療でも、また6回使えますか?
A3. 出産(妊娠12週以降の死産を含む)を経れば、回数はリセットされます。ただし年齢の上限は、2人目の治療を始める時点の年齢で改めて判定されます。
Q4. 43歳を過ぎたら、もう治療はできないのですか?
A4. 保険は使えませんが自費診療での治療は可能です。2024年のデータでは、43歳の移植1回あたりの出産率は約10%でした。可能性と負担の両方を、専門医と率直に話し合ってみてください。
参考文献・出典
学会・省庁
- 日本産科婦人科学会「2024年 体外受精・胚移植等の臨床実施成績(ARTデータブック)」
- 日本産科婦人科学会 ART年次報告2023(Reproductive Medicine and Biology 掲載)
- 厚生労働省「不妊治療と仕事との両立のために」
- こども家庭庁「母子保健・不妊症・不育症など」
- 厚生労働省 中医協資料「生殖医療ガイドラインの考え方」(2021年11月17日)
- 厚生労働省 中医協資料「生殖補助医療の全体像(生殖医療ガイドライン推奨度追記)」
- 厚生労働省 四国厚生支局「不妊治療の保険適用に関するQ&A」
- 厚生労働省 母性健康管理サイト(保険の年齢・回数要件)
- 厚生労働科学研究「ART初回採卵周期における累積出産率の検討」(徳島大学)
- 香川県(厚生労働省事務連絡「不妊症・不育症患者等に対する情報提供等について」)
その他の参考資料
松見 泰宇
資格・専門医
- 東京大学医学博士
- 日本産婦人科学会産婦人科指導医・専門医
- 日本生殖医学会生殖医療専門医
- 日本抗加齢医学会専門医
- 日本スポーツ協会認定スポーツドクター
- 難病指定医
- 日本産科婦人科遺伝診療学会生殖領域遺伝カウンセリング研修会(反復流産(PGT-A)における遺伝カウンセリング)修了
- 日本産科婦人科遺伝診療学会周産期領域遺伝カウンセリング研修会(胎児の染色体異常を中心とした出生前遺伝カウンセリング)修了
- 新生児蘇生インストラクターAコース修了
- 日本産婦人科乳腺医学会講習会修了
- 日本臨床免疫学会
- 日本産科婦人科学会
- 日本生殖医学会
- 日本生殖免疫学会
- 日本不育症学会
- 日本抗加齢医学会
- 日本再生医療学会
- 日本産婦人科乳腺医学会
- 日本スポーツ協会
- 産婦人科PRP研究会
経歴
- 東京大学医学部卒業
- 東京大学大学院医学系研究科博士課程(生殖・発達・加齢医学)修了
- 博士論文「A possible role of nitric oxide in the regulation of developmental status of rat ovarian follicles(卵胞発育・閉鎖における一酸化窒素(NO)の関与)」
- 国立がん研究センター東病院 がん治療開発部
- 日本学術振興会特別研究員
- スタンフォード大学生殖生理学教室リサーチフェロー
- 成育医療研究センター特別研究員
- 東京大学大学院医学系研究科文部教官助手
- 帝京大学溝口病院講師
- 帝京大学非常勤講師
- 焼津市立総合病院、武蔵野赤十字病院など総合病院にて勤務
- 秋葉原ARTクリニック、花みずきウィメンズクリニック吉祥寺、両角レディースクリニック、木場公園クリニックなど不妊クリニックにて勤務
- 愛育病院、きりんウィメンズクリニックなど周産期医療専門病院および産科クリニックにて勤務