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「結婚を控えているけれど、自分の生殖機能は大丈夫だろうか…」「パートナーのためにも検査を受けたいけど、何から始めればいいのか分からない」
そんな不安を抱えている男性は、実はとても多いのです。診療にあたる中で、勇気を出して検査に来られる男性が年々増えていることを実感しています。ブライダルチェックは「恥ずかしいこと」でも「特別なこと」でもありません。むしろ、パートナーへの思いやりと、将来の家族計画への責任ある第一歩なのです。
男性のブライダルチェックとは?生殖医療専門医が解説する本当の意味
ブライダルチェックという言葉を聞くと、多くの方は「女性が受けるもの」というイメージを持たれるかもしれません。しかし、生殖医療の現場では、男性のブライダルチェックの重要性がますます認識されています。
男性のブライダルチェックとは、結婚や妊活を控えた男性が、自身の生殖機能や性感染症の有無を確認する検査です。単なる「精子の数を調べる検査」ではありません。将来の家族計画を考える上で、自分の体の状態を正確に把握し、必要があれば早期に対処するための大切な機会なのです。
検査を受けていただく上で大切なのは、結果に一喜一憂する必要はないということです。まず、精液検査の結果は大きく変動するからです。また、仮に何か問題が見つかったとしても、生活習慣の改善や現代の生殖医療技術では多くの場合、適切な治療により改善が期待できます。むしろ、問題を知らないまま時間が経過することの方が、将来の選択肢を狭めてしまう可能性があるのです。
最近では、20代後半から30代前半の比較的若い男性の受診も増えています。これは非常に良い傾向だと考えています。なぜなら、精子の質は年齢とともに変化し、早期の対策が功を奏することが多いからです。
なぜ今、男性のブライダルチェックが重要なのか
男性不妊の実態と最新データ
WHO(世界保健機関)の最新データによると、不妊カップルの約48%に男性側の要因が関与しているとされています。この数字は、「不妊=女性の問題」という従来の認識を大きく覆すものです。
さらに、2024年に発表された日本生殖医学会の調査では、男性不妊の原因として以下のような内訳が報告されています
| 造精機能障害(精子を作る機能の問題) | 約80% |
| 精路通過障害(精子の通り道の問題) | 約15% |
| 性機能障害 | 約5% |
特に注目すべきは、造精機能障害の中でも「原因不明」とされるケースが約50%を占めることです。これは、見た目は健康で日常生活に支障がなくても、精子の質や量に問題がある可能性があることを示しています。
経験上も、「まさか自分が…」と驚かれる男性が少なくありません。しかし、早期に発見できれば、生活習慣の改善や適切な治療により、多くの場合改善が見込めるのです。
年齢による精子への影響
「男性は何歳でも子どもが作れる」という考えは、残念ながら医学的に正確ではありません。最新の研究により、男性の年齢も精子の質に大きく影響することが明らかになっています。
35歳を過ぎると、精子のDNAダメージが増加し始め、40歳を超えると顕著になることが分かっています。具体的には
精子の運動率が年間約0.7%ずつ低下
正常形態精子の割合が減少
DNAの断片化率が上昇
これらの変化は、妊娠率の低下だけでなく、流産率の上昇にもつながる可能性があります。だからこそ、男性も早めのブライダルチェックが推奨されるのです。
ただし、誤解しないでいただきたいのは、「高齢だから妊娠は難しい」ということではありません。年齢に応じた適切な対策を講じることで、健康な精子を維持・改善することは十分可能です。
男性ブライダルチェックの検査項目を詳しく解説
精液検査で分かること
精液検査は、男性ブライダルチェックの中核となる検査です。WHO基準(2021年改訂版)に基づき、以下の項目を詳しく調べます
基本項目
| 精液量 | 1.4ml以上 |
| 精子濃度 | 1,600万/ml以上 |
| 総精子数 | 3,900万以上 |
| 運動率 | 42%以上(前進運動精子は30%以上) |
| 正常形態率 | 4%以上 |
しかし、数値だけでは分からない重要な要素もあります。例えば、精子のDNA断片化率や酸化ストレスレベルなど、より詳細な検査を行うことで、精子の「質」を総合的に評価できます。
また、1回の検査結果だけで判断するのは適切ではありません。精液の状態は、体調やストレス、禁欲期間などによって大きく変動するため、検査結果が思わしくない場合は、複数回の検査を行い、総合的に判断します。
性感染症検査の重要性
性感染症は、自覚症状がないまま進行することも多く、知らないうちにパートナーに感染させてしまうリスクがあります。さらに、一部の性感染症は男性不妊の原因にもなりえます。
主な検査項目
- クラミジア・淋菌(尿検査またはPCR検査)
- 梅毒(血液検査)
- HIV(血液検査)
- B型・C型肝炎(血液検査)
- ヘルペス(必要に応じて)
最近注目されているのが、ウレアプラズマ・マイコプラズマ感染症です。これらは通常の性感染症検査では見逃されることが多いですが、精子の質に影響を与える可能性や女性への感染では着床に影響を与える可能性が指摘されています。
ホルモン検査から見える生殖機能
ホルモン検査は、精子を作る機能を司る内分泌系の状態を評価する重要な検査です。主な検査項目は
| FSH(卵胞刺激ホルモン) | 精子形成を促進 |
| LH(黄体形成ホルモン) | テストステロン分泌を調整 |
| テストステロン | 男性ホルモンの主役 |
| プロラクチン | 過剰だと性機能に影響 |
特にFSHが高値の場合は、精巣が精子を作る機能に問題がある可能性を示唆します。一方、テストステロンが低値の場合は、生活習慣の改善や治療により改善できることもあります。また、年齢とともにテストステロン値は低下する傾向にありますが、適切な運動や食事、ストレス管理により、ある程度維持・改善することが可能です。
検査結果の読み方と対処法
「正常」と「異常」の境界線
検査結果を見る際、最も大切なのは「数値の絶対的な正常・異常」ではなく、「総合的な評価」です。例えば、精子濃度が基準値をわずかに下回っていても、運動率が非常に良好であれば、自然妊娠の可能性は十分にあります。
患者さんは数値が1つでも基準を下回っていると、気にされることが多いのですが、その必要はありません。また、精液所見は改善可能な場合が多く、以下のような要因で変動します
- 生活習慣(喫煙、飲酒、睡眠不足)
- ストレスレベル
- 栄養状態
- 運動習慣
- 熱環境(サウナ、長風呂、タイトな下着)
実際、3か月間の生活習慣改善により、精子の質が30~50%改善したケースも珍しくありません。
結果が思わしくなかった時の次のステップ
検査結果に問題が見つかった場合でも、決して悲観的になる必要はありません。現代の生殖医療では、様々な治療選択肢があります
軽度~中等度の精子所見異常の場合
生活習慣の改善指導(禁煙、節酒、規則正しい生活)
サプリメント療法(抗酸化物質、亜鉛、葉酸など)
漢方薬治療
ホルモン補充療法(必要に応じて)
重度の異常や無精子症の場合
精密検査(遺伝子検査、精巣生検など)
手術療法(精索静脈瘤手術、精路再建術)
高度生殖医療(顕微授精、精巣内精子採取術)
重要なのは、早期に専門医に相談し、適切な治療計画を立てることです。多くの男性不妊は治療可能です。
パートナーと一緒に取り組むブライダルチェック
カップルで受診するメリット
私が最も推奨するのは、カップルでの受診です。その理由は
情報の共有がスムーズ:医師から直接説明を聞くことで、正確な情報を共有できます
心理的サポート:お互いに支え合いながら検査を受けられます
治療方針の共有:今後の方向性を一緒に決められます
時間の効率化:同時に検査を進めることで、妊活の計画が立てやすくなります
実際、カップルで受診された方の方が、治療への取り組みが積極的で、結果も良好な傾向があるとされています。
結果の共有とコミュニケーション
検査結果をパートナーと共有する際は、以下の点に注意することが大切です:
伝え方のポイント
- 事実を正確に、しかし過度に悲観的にならずに伝える
- 「二人の問題」として捉え、責任を一方に押し付けない
- 具体的な改善策や治療法があることを伝える
- 相手の気持ちを受け止める時間を持つ
多くのカップルが「検査を受けて良かった」と話されます。それは、お互いの状態を知ることで、より現実的な家族計画を立てられるようになるからです。不確実な不安を抱えるより、事実を知って前に進む方が、結果的に良い方向に向かうことが多いのです。
費用と助成制度の活用法
男性のブライダルチェックの費用は、検査内容により異なりますが、一般的に3~5万円程度です。内訳は
| 基本的な精液検査 | 5,000~10,000円 |
| 性感染症検査一式 | 15,000~20,000円 |
| ホルモン検査 | 10,000~15,000円 |
| 精密検査(必要に応じて) | 追加10,000~30,000円 |
しかし、費用面で朗報があります。東京都では2023年から、カップルで不妊検査を受ける場合、最大5万円の助成が受けられる制度が始まりました。他の自治体でも同様の制度が広がっており、経済的負担は大幅に軽減されています。
また、検査により疾患が見つかった場合は、保険診療に切り替わることもあり、実質的な負担はさらに軽くなります。費用を理由に検査を躊躇するのは、非常にもったいないことです。
よくある質問と生殖医療専門医からのアドバイス

Q1. 検査前の禁欲期間はどのくらい必要ですか?
A1. WHO基準では2~7日間を推奨していますが、通常は1~4日間が理想的です。あまり長すぎても短すぎても、正確な評価ができません。
Q2. 1回の検査で判断できますか?
A2. 精液所見は変動が大きいため、結果によっては複数回の検査結果により判断を行います。1回目が悪くても、2回目で改善することはよくあります。
Q3. パートナーに内緒で検査を受けられますか?
A3. 可能です。ただし、将来的なことを考えると、パートナーと情報を共有することをお勧めします。
Q4. 年齢的に手遅れということはありますか?
A4. 医学的に「手遅れ」ということはほとんどありません。50代、60代でも適切な治療により父親になられる方もいます。大切なのは、現状を正確に把握し、適切な対策を講じることです。
生殖医療専門医からの最後のメッセージ
男性のブライダルチェックは、「恥ずかしいこと」でも「特別なこと」でもありません。健康診断と同じように、自分の体の状態を知るための当たり前の検査です。
多くの男性が検査後に「もっと早く受ければよかった」と話されます。それは、漠然とした不安から解放され、具体的な行動を起こせるようになるからです。
生殖医療は日々進歩しており、以前は治療困難とされた症例でも、新しい技術により改善できるケースが増えています。大切なのは、一歩踏み出す勇気です。