
男性不妊の原因「精索静脈瘤」を正しく知ろう
男性側の不妊原因として最も多い「精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)」は、一般的な精液検査だけでは見落とされてしまうことがあるのです。 このページでは精索静脈瘤がどのような病気なのか、なぜ一般検査だけでは不十分なのか、そして治療によって妊娠の可能性がどう変わるのかを、分かりやすく解説していきます。
不妊原因の約半数は男性側にある
「不妊治療」と聞くと、どうしても女性が主体となって検査や治療を進めるイメージが強いかもしれません。しかし、WHO(世界保健機関)の調査によると、不妊の原因が男性のみにあるケースが24%、女性と男性の両方にあるケースが24%と報告されています。つまり、不妊カップルの約半数において、男性側に何らかの原因があるのです。
その男性不妊の原因の中で、もっとも頻度が高いのが「精索静脈瘤」です。これは決して珍しい病気ではなく、治療可能な疾患です。早期に発見し、適切な対処をすることで、精子の質が改善し、自然妊娠や人工授精、体外受精の成功率を高めることが期待できます。まずは「男性側にも原因があるかもしれない」という視点を持つことが、ふたりの妊活の第一歩となります。
そもそも「精索静脈瘤」とはどんな病気?
精索静脈瘤とは、精巣(睾丸)から心臓へ戻る血液の通り道である「静脈」の弁がうまく機能しなくなり、血液が逆流して陰嚢(いんのう)の中に溜まってしまう病気です。簡単に言えば、陰嚢の中に「静脈のコブ」ができている状態を指します。 足にできる下肢静脈瘤と同じような仕組みですが、精索静脈瘤の約90%は、体の構造上、左側の精巣に発生します。
なぜ静脈瘤ができると不妊になるのか(精巣温度と酸化ストレス)
精巣は熱に非常に弱いため、体温よりも2〜3度低い環境が精子を作るのに適しています。そのため、精巣は体の外(陰嚢内)にぶら下がっています。 しかし、精索静脈瘤によって温かい血液が逆流して滞留すると、精巣の温度が上昇してしまいます。さらに、血流が悪くなることで低酸素状態になったり、有害な活性酸素(酸化ストレス)が発生したりします。これらの要因が精巣にダメージを与え、精子を作る機能(造精機能)を低下させてしまうのです。
どれくらいの人がなる?(一般男性と不妊男性の保有率)
この病気は非常に一般的です。一般男性の約15%に見られ、男性不妊と診断された方に限ると、その割合は約40%以上にものぼると言われています。 また、二人目不妊(続発性不妊)の男性においては、約80%近くに精索静脈瘤が見つかるというデータもあります。これは、加齢とともに静脈瘤の状態が悪化し、精子を作る力が徐々に低下していくためと考えられています。
ここが重要!「一般不妊検査」と「精索静脈瘤」の関係
ここが最もお伝えしたいポイントです。「一般不妊検査を受けたから大丈夫」と安心している場合でも、精索静脈瘤が見逃されている可能性があります。なぜなら、婦人科で行う検査と、男性不妊の専門検査では、チェックする項目が異なるからです。
婦人科の一般不妊検査(精液検査)だけでは発見が難しい理由
通常、不妊治療クリニック(婦人科)で行う男性側の検査は「精液検査」がメインです。これは精子の数や運動率を調べるものですが、あくまで「出てきた精子の状態」を見ているに過ぎません。 精索静脈瘤は「陰嚢内の血管の病気」であるため、精液検査の数値だけでは診断がつきません。精液所見が悪かったとしても、その原因が静脈瘤なのか、ホルモン異常なのか、それとも他の原因なのかは、精液を見るだけでは分からないのです。
泌尿器科・男性不妊外来で行う「専門検査」の違い
精索静脈瘤を診断するためには、泌尿器科や男性不妊専門医による「視診・触診」と「超音波(エコー)検査」が必要です。 医師が直接陰嚢を触って静脈の腫れを確認したり、お腹に力を入れたときの血液の逆流をエコーで詳しく観察したりします。これにより、静脈瘤の有無だけでなく、その大きさや逆流の程度まで正確に診断することができます。婦人科では内診台やエコー設備が女性用に特化していることが多く、男性の陰嚢の詳細な検査までは行わないのが一般的です。
精液所見が悪くなくても精索静脈瘤があるケース
さらに厄介なのは、「精液検査の結果は正常範囲内」であっても、精索静脈瘤が存在するケースがあることです。 数は足りていても、静脈瘤による酸化ストレスの影響で、精子の内部(DNA)が傷ついている場合があります。「数値はいいのになぜか受精しない」「胚盤胞まで育たない」といった場合、隠れた精索静脈瘤が原因である可能性も否定できません。
精索静脈瘤のセルフチェックと自覚症状
精索静脈瘤は、進行するとご自身やパートナーが見てわかる場合もありますが、自覚症状がほとんどないことも多いです。ご主人に以下のような特徴がないか、チェックしてみましょう。
H3:見た目や触診でわかる?重症度グレード分類
精索静脈瘤は重症度によってグレード1〜3に分類されます。
| グレード1(軽度) | お腹に力を入れた時(腹圧をかけた時)だけ、触診で血管の拡張が分かる。 |
| グレード2(中等度) | 見た目は分からないが、触ると血管の拡張(コブ)が分かる。 |
| グレード3(重度) | 外見から見ても陰嚢にボコボコとした腫れがある。ミミズ腫れのような血管が浮き出ている。 |
グレード2以上の静脈瘤があり、かつ精液所見が悪い場合は、手術適応となる可能性が高いです。
陰嚢の違和感や痛みはあるか
基本的には無症状のことが多いですが、人によっては以下のような症状を感じることがあります。
長時間立っていると、陰嚢が重苦しく感じる、鈍痛がする。
精巣(睾丸)の大きさに左右差がある(左側が小さい、または柔らかい)。
陰嚢が常に垂れ下がっている感じがする。
特に夕方以降に痛みや違和感が出る場合は、日中の活動で血液の逆流が長時間続いた影響かもしれません。
精索静脈瘤が妊娠・出産に与えるリスク
精索静脈瘤を放置しておくと、具体的にどのようなリスクがあるのでしょうか。「ただ精子が少ないだけ」という単純な問題ではありません。
精子数・運動率の低下
最も直接的な影響は、精液所見の悪化です。精巣の温度上昇や血流障害により、精子を作る機能が低下します。その結果、精子の数が極端に少なかったり(乏精子症)、動きが悪かったり(精子無力症)する状態になり、自然妊娠が難しくなります。 また、正常な形をした精子の割合(正常形態率)が低下することもあります。
精子DNA断片化(DFI)と流産リスクの関係
近年、注目されているのが「精子DNAの損傷(断片化)」です。 精液検査の数値(数や運動率)が一見正常であっても、精索静脈瘤による酸化ストレスで、精子の核にあるDNAが傷ついていることがあります。 DNAが損傷した精子が受精すると、受精卵の発育が途中で止まってしまったり、着床しにくかったり、あるいは流産のリスクが高まることが多くの研究で報告されています。つまり、精索静脈瘤の治療は、単に「妊娠しやすくする」だけでなく、「元気な赤ちゃんを授かる」ためにも重要です。
治療すれば妊娠率は上がる?主な手術と治療法
精索静脈瘤が見つかった場合、漢方薬やサプリメントによる保存的治療もありますが、根本的な解決には手術が必要です。
根治を目指す手術療法(顕微鏡下精索静脈瘤低位結紮術など)
現在、最も推奨されている標準的な治療法は「顕微鏡下精索静脈瘤低位結紮術(けんびきょうか せいさくじょうみゃくりゅう ていいけっさつじゅつ)」です。 これは、足の付け根(鼠径部)を2〜3cmほど切開し、顕微鏡で拡大しながら、逆流している悪い静脈だけを縛って切断する手術です。リンパ管や動脈は温存するため、合併症のリスクが低く、再発率も0.5%程度と非常に低いのが特徴です。その他、カテーテルによる塞栓術や腹腔鏡手術などもありますが、治療成績や安全性の面で顕微鏡下手術がスタンダードとされています。
手術後の精液所見の改善率と自然妊娠の可能性
手術を行うと、約60〜70%の方で精液所見(数や運動率)の改善が見られます。 改善が見られるまでには、精子が作られるサイクルの関係上、術後3〜6ヶ月程度かかりますが、精液所見が良くなることで、体外受精から人工授精へ、あるいは人工授精から自然妊娠へとステップダウンできる可能性が生まれます。 また、手術によって精子DNAの損傷が減少し、体外受精や顕微鏡受精の成功率が向上したという報告も多数あります。
パートナーの受診を促すために女性ができること
男性にとって、下半身の診察を受けることは心理的なハードルが高いものです。「自分に原因があるかもしれない」と認めることを怖がる男性もいます。
男性のプライドに配慮した伝え方
「あなたのせいで妊娠できないのかも」と責めるような言い方は避けましょう。 「不妊の原因は男女半々なんだって」「一般の検査だけだと見つからない病気があって、それを治すと体調も良くなるらしいよ」といったように、客観的な事実をベースに、あくまで「二人の未来のため」というポジティブなニュアンスで伝えることが大切です。 また、精索静脈瘤は「病気」であり、本人の生活習慣や努力不足のせいではないことも強調してあげてください。
「ふたりで検査」が最短の近道
不妊治療は時間との戦いでもあります。女性だけが高度な治療を繰り返しても、男性側に原因があれば結果が出にくいことがあります。 「私も検査を頑張るから、あなたも一度だけ専門医に診てもらってほしい」とお願いしてみるのも良いでしょう。