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「不妊治療を始めたら、双子になる可能性があると聞いて不安です…」 「双子を授かりたいけれど、リスクも心配…」
診察室で、このような相談を受けることが本当に多くあります。不妊治療を考えている、あるいは治療中の皆さまにとって、双子の可能性は期待と不安が入り混じる複雑な気持ちを抱かせるものだと思います。
これまで多くの患者さまの治療に携わってきた経験から、双子に関する正確な情報と、お一人おひとりの状況に合わせたアドバイスをお伝えすることが、安心して治療を進めていただくために何より大切だと考えています。
この記事では、最新の医学的知見をもとに、不妊治療における双子の可能性について分かりやすく解説していきます。どうぞ最後までお読みいただき、ご自身の治療選択の参考にしていただければ幸いです。
不妊治療で双子になる確率は本当に高いの?
自然妊娠との比較データ
まず、皆さまが最も気になる「確率」についてお話しします。日本における自然妊娠での双子の割合は約1%程度です。一方、不妊治療を受けた場合の双子の確率は、治療法によって異なりますが、確かに自然妊娠より高くなる傾向があります。
ただし、ここで大切なのは「必ず双子になるわけではない」ということです。診療経験でも、不妊治療を受けた患者さまの大半は単胎妊娠(一人の赤ちゃん)で出産されています。数字だけを見て過度に心配される必要はありません。
最新の日本産科婦人科学会のデータ(2022年)によると、生殖補助医療(ART)による妊娠の多胎率は平均3.09%となっています。つまり、約97%の方は単胎妊娠ということになります。この数字を見ていただければ、「不妊治療をすると必ず双子になる」という考えは誤解であることがお分かりいただけるでしょう。
治療法別の双子確率
治療法によって双子の確率は大きく異なります。患者さまに説明する際は、以下のような目安をお伝えしています。
| タイミング法(自然周期) | 自然妊娠とほぼ同じ(約1%) |
| 排卵誘発剤使用(内服薬) | 約5%以内 |
| 排卵誘発剤使用(注射薬) | 約10% |
| 体外受精(単一胚移植) | 約1-2% |
| 体外受精(2個胚移植) | 約10-20% |
これらの数字を見ると、治療法によって大きな差があることがわかります。特に注目していただきたいのは、体外受精でも単一胚移植(1個の受精卵を戻す)の場合は、自然妊娠とほぼ変わらない確率だということです。
実際の診療では、患者さまの年齢、これまでの治療歴、ご希望などを総合的に考慮して最適な治療法を選択していきます。双子のリスクについても必ず事前に詳しく説明し、ご夫婦で十分に話し合っていただく時間を設けています。
年齢による違い
年齢も双子の確率に影響を与える重要な要因です。一般的に、35歳以上の高齢出産では、自然妊娠でも双子の確率がやや高くなることが知られています。これは、加齢により卵巣機能が変化し、複数の卵子が排卵されやすくなることが一因と考えられています。
不妊治療においても、年齢が高い患者さまほど治療の成功率を上げるために強めの排卵誘発を行うことがあり、結果として双子の可能性が高まることがあります。しかし、最近では高齢の方でも安全性を重視し、できるだけ単胎妊娠を目指す治療方針が主流となっています。
これまでの経験でも、40歳以上の患者さまでも、適切な治療選択により単胎妊娠で無事に出産される方がほとんどです。年齢だけで過度に心配したりする必要はありません。
なぜ不妊治療では双子が生まれやすいのか
排卵誘発剤の影響
排卵誘発剤を使用すると双子が生まれやすくなる理由を、解説させていただきます。通常、女性の体では毎月1個の卵子が成熟し、排卵します。しかし、排卵誘発剤を使用すると、複数の卵胞(卵子を包む袋)が同時に成熟することがあります。
例えば、クロミフェン(内服薬)やゴナドトロピン(注射薬)といった薬剤は、卵巣を刺激して複数の卵胞を育てる作用があります。その結果、2個以上の卵子が排卵され、それぞれが受精すると二卵性双生児となる可能性が生じるのです。
ただし、現在の治療では超音波検査で卵胞の数や大きさを慎重にモニタリングしています。複数個の卵胞が育った場合は、多胎妊娠のリスクを避けるため、その周期の治療を中止することもあります。患者さまの安全を最優先に考えた治療を行っているのです。
体外受精における胚移植
体外受精では、体外で受精させた受精卵(胚)を子宮に戻します。かつては妊娠率を上げるために、2個や3個の胚を同時に移植することが一般的でした。しかし、これが多胎妊娠の大きな原因となっていました。
現在では、日本産科婦人科学会のガイドラインにより、原則として移植する胚の数は1個とされています。これを「単一胚移植」と呼びます。ただし、患者さまの年齢や治療歴によっては、医師と患者さんの相談のうえで2個移植を検討することもあります。
2個移植を検討する場合は必ず以下の点を詳しく説明してから行います。
- 双子妊娠の確率(約10-20%)
- 母体と赤ちゃんへのリスク(周産期のリスク、早産や入院管理、帝王切開のリスクなど)
- 育児の負担
- 経済的な側面
そして、ご夫婦で十分に話し合っていただき、納得された上で治療方針を決定します。決して医師の独断で胚を2個移植することはありません。
最新の単一胚移植の推奨
2025年現在、日本の生殖医療では「単一胚移植」が強く推奨されています。これは、多胎妊娠のリスクを減らしながら、高い妊娠率を維持できることが多くの研究で証明されたためです。
特に注目すべきは、胚盤胞移植の技術向上です。受精から5-6日目まで培養した胚盤胞は、着床率が高いため、1個移植でも十分な妊娠率が期待できます。
また、余剰胚の凍結技術も進歩しており、1回の採卵で複数回の移植機会を得ることができます。これにより、双子のリスクを避けながら累積妊娠率を高めることが可能になりました。焦って2個移植を選択するよりも、単一胚移植を繰り返す方が、結果的に母子ともに安全な妊娠・出産につながることが多いのです。
双子妊娠のリスクを正しく理解する
母体への影響
双子妊娠は確かに単胎妊娠よりもリスクが高くなりますが、適切な管理により多くの方が無事に出産されています。主な母体へのリスクとして、以下のようなものがあります。
妊娠高血圧症候群
単胎妊娠の約1.3倍(約24%)のリスクがあります。定期的な血圧測定と尿検査により早期発見・管理が可能です。
妊娠糖尿病
血糖値の管理が重要になります。食事療法で改善することが多く、過度に心配する必要はありません。
早産
双子妊娠の約50%が37週未満の早産となりますが、周産期医療の進歩により予後は大きく改善しています。
帝王切開
分娩方法は、基本的には帝王切開となるため、手術のリスクがあります。適切な分娩施設での管理が望ましいです。
貧血
鉄分の需要が増えるため、適切な栄養補給が必要です。
これまでも患者さまに、「リスクはありますが、怖がりすぎる必要はありません」とお伝えしています。定期的な妊婦健診を受け、医師の指示に従っていただければ、多くの場合で問題なく出産を迎えることができます。
赤ちゃんへの影響
双子の赤ちゃんは、単胎の赤ちゃんと比べて以下のようなリスクがあります。
低出生体重児
約70%以上が2,500g未満で生まれます。しかし、NICU(新生児集中治療室)の医療技術により、多くの赤ちゃんが元気に成長しています。
発育の差
双子の間で成長に差が出ることがあります(双胎間輸血症候群など)。超音波検査で定期的にチェックし、必要に応じて専門施設での管理を行います。
呼吸の問題
早産により肺の成熟が不十分な場合があります。必要に応じて、出産前にステロイド投与を行い、肺の成熟を促すこともあります。
これらのリスクについて説明すると、不安になる患者さまも多いのですが、現代の周産期医療は非常に進歩しています。これまで診てきた双子の赤ちゃんたちも、適切な医療サポートを受けて、元気に成長されています。
リスクを最小限にする方法
双子妊娠のリスクを最小限にするために、以下のような対策を行います。
妊娠前からの準備
- 葉酸の摂取(通常の2倍量が推奨されます)
- 体重管理と栄養状態の改善
- 基礎疾患の治療
妊娠中の管理
- 通常より頻繁な妊婦健診
- 専門医療機関との連携
- 安静度の調整(必要に応じて)
分娩施設の選択
- NICU完備の施設での分娩
- 経験豊富な産科医・新生児科医のいる施設
これまでも患者さまに、「準備と管理をしっかり行えば、リスクは軽減できる」ことをお伝えしています。不安を抱えながら過ごすよりも、前向きに準備を進めることが大切です。
双子を希望する方へのアドバイス
医学的な観点から
「双子を授かりたい」というご希望を持つ患者さまも少なくありません。一度の妊娠・出産で2人の子どもを授かれること、兄弟が同時に成長する喜びなど、双子ならではの魅力があることは十分理解できます。
しかし、医学的な観点から申し上げると、意図的に双子妊娠を目指すことは推奨されません。その理由は、やはり母体と赤ちゃんへのリスクが単胎妊娠より高いためです。私たち医師の第一の使命は、母子ともに安全な妊娠・出産をサポートすることです。
それでも双子を強く希望される場合は、リスクを十分に理解した上で、以下のような点を考慮する必要があります。
- 母体の健康状態(年齢、既往歴など)
- 経済的な準備
- 家族のサポート体制
- 居住地域の医療体制
最終的な治療方針は、これらを総合的に判断して決定します。
家族計画の考え方
双子を希望される背景には、様々な事情があることは理解できます。例えば、以下のような事情です。
- 年齢的に複数回の妊娠・出産が難しい
- 仕事との両立を考えると、育児期間をまとめたい
- 不妊治療の精神的・経済的負担を減らしたい
これらの気持ちは十分に理解できます。しかし、双子育児の現実も知っておく必要があります。これまで診てきた双子のご家族から聞く話では、「想像以上に大変だった」という声が多いのも事実です。特に新生児期は、授乳やおむつ交換が2倍になり、睡眠不足が深刻になることがあります。
一方で、「大変だけど、双子で良かった」という声も多く聞きます。お互いが遊び相手となり、同時に成長する姿を見られる喜びは、双子ならではのものです。大切なのは、現実的な準備とサポート体制を整えることです。
サポート体制の準備
双子を希望される場合、事前のサポート体制の準備が非常に重要です。
家族のサポート
- ご両親や親族の協力体制の確認
- パートナーの育児参加の計画
- 緊急時の対応者の確保
公的支援の活用
- 多胎妊娠の場合の医療費助成制度
- 産後ヘルパー派遣制度
- 双子サークルなどの情報収集
経済的準備
- 育児用品が2倍必要になることの準備
- 保育料の負担(自治体により減免制度あり)
- 将来の教育費の計画
双子を避けたい方への治療選択
単一胚移植のメリット
「できれば双子は避けたい」というご希望は、尊重されるべきです。実際、多くの患者さまがこのように考えられています。単一胚移植には以下のようなメリットがあります。
安全性の向上
- 母体への負担が少ない
- 通常の妊婦健診で管理可能
- 自然分娩の可能性が高い
赤ちゃんの健康
- 正期産の可能性が高い
- 適正体重での出生が期待できる
- NICU入院のリスクが低い
累積妊娠率の維持
- 良好胚の凍結保存により、複数回の移植機会
- 1回の採卵で複数回の妊娠チャンス
- 第2子、第3子への計画的な治療
患者さまには、「まずは、お一人。お二人目希望の場合は出産後に早めにご相談ください。とてもいい胚ですので、単一胚移植でも十分に高い妊娠率が期待できます」とお伝えしています。焦らず、一歩ずつ確実に進むことが、結果的に良い結果につながることが多いのです。
排卵誘発の工夫
排卵誘発を行う場合でも、双子のリスクを減らす工夫があります。
低刺激法の選択
- 必要最小限の薬剤使用
- 自然周期に近い治療
- 卵胞数のコントロール
モニタリングの徹底
- 頻繁な超音波検査
- ホルモン値の測定
- 多数卵胞発育時の治療中止
薬剤の選択
- 内服薬から開始
- 注射薬は少量から
- 個人差に応じた調整
実際の診療では、患者さまの反応を見ながらきめ細かく薬剤を調整します。「この薬を使えば必ず双子になる」ということはなく、適切な管理により単胎妊娠を目指すことは十分可能です。
医師との相談ポイント
双子を避けたい場合、医師との相談で以下の点を確認することが大切です。
治療方針の明確化
- 単一胚移植の徹底
- 排卵誘発の方法
- リスク発生時の対応
質問すべきこと
- 「この治療法での双子の確率は?」
- 「もし多数卵胞ができたら?」
- 「他の選択肢はありますか?」
同意書の確認
- 胚移植数の記載
- リスク説明の内容
- 治療中止の基準
不安や疑問は、小さなことでも医師に伝えることが大切です。納得がいくまで説明を受け、安心して治療を受けていただきたいと思います。
最新の治療動向と今後の展望
2025年のガイドライン
2025年現在、日本の生殖医療は大きな転換期を迎えています。日本産科婦人科学会の最新ガイドラインでは、以下のような方針が示されています。
単一胚移植の原則化
- 35歳未満:必ず単一胚移植
- 35-39歳:原則単一胚移植
- 40歳以上:個別に検討
胚の評価技術の向上
- タイムラプス培養による観察
- AIを用いた胚評価
- 着床前検査の適応拡大
個別化医療の推進
- 遺伝子検査による治療選択
- 子宮内環境の評価
- 免疫学的検査の活用
これらの進歩により、単一胚移植でも高い妊娠率を維持しながら、多胎妊娠のリスクを大幅に減らすことが可能になっています。
技術の進歩
最新の技術により、不妊治療の成績は年々向上しています:
胚培養技術
最新の培養液と培養器により、胚盤胞到達率が向上しています。質の高い胚盤胞を得ることで、単一胚移植での妊娠率が上昇しています。
凍結技術
ガラス化凍結法により、融解後の胚の生存率は95%以上となっています。これにより、余剰胚を無駄にすることなく計画的な治療が可能です。
子宮内膜の評価
3D超音波やMRIにより、子宮内膜の状態を詳細に評価できるようになりました。また、検査により着床に最適なタイミングを見極めることで、成功率が向上しています。
双子妊娠後のサポート情報
妊娠中の管理
双子を妊娠された場合、通常の妊娠とは異なる管理が必要になります。しかし、適切な管理を行えば、多くの方が無事に出産を迎えられます:
妊婦健診の頻度
- 妊娠初期:2-4週間ごと
- 妊娠中期:2週間ごと
- 妊娠後期:週1回以上
特別な検査
- 頸管長測定(早産予防)
- 胎児心拍モニタリング(週数に応じて)
- 詳細超音波検査
生活指導
- 適度な安静
- バランスの良い栄養摂取
- 体重管理(単胎より多めの増加が必要)
双子妊娠の患者さまには、「無理をしないこと」を特に強調しています。仕事や家事は周囲に協力してもらい、赤ちゃんの成長を第一に考えた生活を送っていただきたいと思います。
出産準備
双子の出産は、単胎とは異なる準備が必要です。基本的には帝王切開分娩となります:
分娩施設の選択
- NICU(新生児集中治療室)のある施設
- 麻酔科医が常駐している施設
- 搬送体制が整っている施設
入院準備
- 早めの入院バッグ準備(32週頃まで)
- 家族との連絡体制
- 上の子の預け先(経産婦の場合)
双子の出産は予定より早くなることが多いため、早めの準備が大切です。32週頃には、いつ入院してもよい状態にしておくことをおすすめしています。
育児支援制度
双子育児は大変ですが、様々な支援制度があります:
公的支援
- 多胎妊娠・出産に対する医療費助成
- 産後ケア事業(宿泊型・デイケア型)
- ファミリーサポート制度
民間サービス
- 産後ドゥーラ
- ベビーシッター
- 家事代行サービス
コミュニティ支援
- 双子サークル
- オンラインコミュニティ
- 先輩ママとの交流
よくある質問と回答

患者さまからの疑問
Q1: 双子だと分かるのはいつ頃ですか?
A1: 二卵性の場合は妊娠5週頃、一卵性の場合は6-7週頃に超音波検査で確認できます。胎嚢(赤ちゃんの袋)の数や心拍数で判断します。
Q2: 双子妊娠だと、つわりはひどくなりますか?
A2: 個人差が大きいですが、ホルモン値が高くなるため、つわりが強く出る方が多い傾向があります。ただし、双子だから必ずひどいというわけではありません。
Q3: 体外受精で単一胚移植をしても双子になることはありますか?
A3: まれに一卵性双生児となることがあります(約1-2%)。これは予測や予防はできません。
Q4: 双子のリスクを完全にゼロにする方法はありますか?
A4: 残念ながら、不妊治療に限らず完全にゼロにすることはできません。ただし、適切な治療選択により、限りなく自然妊娠に近い確率(約1%)まで下げることは可能です。
Q5: 双子妊娠の場合、仕事はいつまで続けられますか?
A5: 個人差が大きいですが、多くの方が28-32週頃まで働いています。ただし、切迫早産の兆候がある場合は、早めの休職が必要になることもあります。職場と相談し、無理のない範囲で調整することが大切です。
Q6: 双子の場合、母乳育児は可能ですか?
A6: もちろん可能です。ただし、同時授乳のテクニックや混合栄養の工夫が必要になることもあります。多くの施設では、助産師のサポートを受けることで双子でも母乳育児は可能です。
相談のタイミング
治療開始前の相談
不妊治療を始める前に、双子の可能性について十分に話し合うことが大切です。ご夫婦の考えを医師に伝え、治療方針を決定します。
治療中の相談
排卵誘発で多数の卵胞ができた時、胚移植の個数を決める時など、重要な決定の際は必ず相談の時間を設けます。
妊娠後の相談
双子妊娠が判明した場合、今後の管理方針について詳しく説明します。不安なことは何でも相談してください。
十分な情報と理解があってこそ安心して治療を受けられるのです。