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「赤ちゃんがほしい」そう願いながら、なかなか授からずに不安な日々を過ごされている方へ。不妊治療を始めようか迷っている、または始めたばかりで先が見えずに不安を感じている―そんな気持ちは、多くの女性が経験する自然な感情です。
これまで日々患者様と向き合う中で、「もっと早く正しい情報を知っていれば」という声を数多く聞いてきました。この記事では、不妊治療の流れを初めての方にもわかりやすく、そして専門医だからこそお伝えできる最新の情報も含めて解説していきます。あなたの不安が少しでも和らぎ、前向きな一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
不妊治療の基本的な流れ|生殖医療専門医が解説する7つのステップ
不妊治療開始のタイミングと目安
不妊治療を始めるタイミングに悩む方は多くいらっしゃいます。一般的には、避妊をせずに1年間妊娠しない場合を「不妊症」と定義しますが、実は年齢によってこの目安は変わってきます。
35歳以上の方は半年、40歳以上の方は3ヶ月を目安に受診をおすすめしています。なぜなら、女性の妊娠能力は年齢とともに低下し、特に35歳を境に卵子の質が急速に変化するからです。「まだ大丈夫」と思っているうちに、貴重な時間が過ぎてしまうことも少なくありません。
また、生理不順や子宮内膜症の既往がある方、男性側に精索静脈瘤などの問題が疑われる場合は、早めの受診をおすすめします。早期の診断と適切な治療により、妊娠の可能性は大きく向上します。
治療全体の期間と成功率の実際
不妊治療の期間は、原因や年齢、選択する治療法によって大きく異なります。タイミング法で3~6周期、人工授精で3~6回、体外受精では平均2~3回の採卵で妊娠に至ることが多いですが、これはあくまで平均的な数字です。
成功率について正直にお伝えすると、35歳未満の体外受精での妊娠率は約40%、40歳では約20%、43歳では約10%となります。厳しい数字に感じるかもしれませんが、適切な治療を継続することで累積妊娠率は向上します。また、最新の培養技術や治療技術の併用により、成功率は年々改善されています。
大切なのは、ご自身の状況に合わせた現実的な目標設定と、心身の健康を保ちながら治療を続けることです。
初診から検査まで|不妊治療の第一歩
初診時に準備すべきこと
初診は不妊治療の重要な第一歩です。より効果的な診察のために、以下の準備をしていただくことをおすすめします。
まず、基礎体温表がある場合は、2~3ヶ月分記録してお持ちください。スマートフォンアプリでも構いません。基礎体温は排卵の有無や黄体機能を推測する重要な情報源となります。次に、過去の検査結果(健康診断の結果も含む)、お薬手帳、生理周期のメモをご準備ください。
パートナーの同伴については、可能であれば初診時から一緒に来院されることをおすすめします。不妊原因の約半数は男性側にもあり、早期の検査が治療期間の短縮につながります。また、治療方針を二人で共有することで、その後の治療もスムーズに進みやすくなります。
基本的な不妊検査の種類と内容
女性側の検査
女性の不妊検査は、月経周期に合わせて行います。月経期にはホルモン基礎値(FSH、LH、E2など)の採血、卵胞期には子宮卵管造影検査、排卵期には超音波検査での卵胞チェック、黄体期にはプロゲステロン値の測定を行います。
最も重要な検査の一つがAMH(抗ミュラー管ホルモン)検査です。これは卵巣予備能を評価する検査で、月経周期に関係なく測定できます。AMH値により、どの程度積極的に治療を進めるべきかの指針となります。ただし、AMH値が低くても妊娠は可能ですので、数値だけで一喜一憂する必要はありません。
その他、甲状腺機能検査、感染症検査、必要に応じて子宮鏡検査なども行います。
男性側の検査
男性の基本検査は精液検査です。3~7日の禁欲期間後に採取し、精子濃度、運動率、正常形態率などを評価します。WHO基準では、精子濃度1500万/ml以上、運動率40%以上が正常とされています。
1回の検査結果が悪くても、体調やストレスで大きく変動するため、2~3回検査を行い総合的に判断する場合もあります。異常が認められた場合は、ホルモン検査、染色体検査、精索静脈瘤の有無を調べる触診や超音波検査などの追加検査をおすすめすることがあり、場合によっては専門の泌尿器科医師との連携が必要となります。
最近では、精子のDNA断片化率を調べる検査も注目されています。通常の精液検査が正常でも、DNA損傷が多い場合は体外受精の成績に影響することがわかってきました。
検査結果の見方と次のステップ
検査結果は総合的に判断することが重要です。例えば、卵管造影検査で片側の卵管閉塞が見つかっても、もう片側が正常であればタイミング法から始められます。一方、両側卵管閉塞の場合は卵管の手術なども提案した上で、場合によっては体外受精が第一選択となります。
AMH値が年齢の割に低い場合は「卵巣年齢が実年齢より高い」状態です。この場合、ステップアップを早めに検討します。男性因子が軽度の場合は人工授精、重度の場合は顕微授精の適応となります。
検査で明らかな異常が見つからない「原因不明不妊」は全体の約3割を占めます。この場合も、年齢や不妊期間を考慮して治療方針を決定します。原因不明だからといって妊娠できないわけではなく、適切な治療により多くの方が妊娠に至っています。
あなたに合った治療法の選択|タイミング法から高度生殖医療まで
タイミング法|自然に近い妊娠を目指す
タイミング法は最も自然に近い不妊治療です。超音波検査で卵胞の成長を確認し、排卵日を予測して性交渉のタイミングを指導します。排卵誘発剤を使用する場合もありますが、基本的には自然な妊娠過程を最大限活かす治療法です。
成功のポイントは正確な排卵日の予測です。経腟超音波検査に加えて、尿中LHサージの測定も組み合わせることで、より精度の高い予測を行うこともできます。また、黄体機能不全が疑われる場合は、排卵後に黄体ホルモンの補充を行うこともあります。
タイミング法の妊娠率は1周期あたり約5~10%ですが、これは健康な夫婦の自然妊娠率(約20%)と比べると低く感じるかもしれません。しかし、不妊症と診断された方の場合、医学的なサポートにより妊娠の可能性は確実に高まります。通常3~6周期試みて妊娠しない場合は、次のステップを検討します。
人工授精(AIH)|精子と卵子の出会いをサポート
人工授精は、排卵時期に合わせて洗浄・濃縮した精子を子宮内に直接注入する治療法です。精子が卵子に到達するまでの障害を回避できるため、軽度の男性不妊、子宮頸管因子、原因不明不妊などに有効です。
処理により運動良好精子を選別し、通常の10倍以上の濃度で子宮内に注入します。痛みはほとんどなく、処置時間も5分程度です。処置後は通常通りの生活が可能で、仕事を休む必要もありません。
人工授精の妊娠率は1回あたり約10~15%で、累積妊娠率は3~4回で頭打ちになる傾向があります。そのため、4~6回試みても妊娠しない場合は、体外受精へのステップアップを検討します。年齢が高い方や、AMH値が低い方は、3回程度で早めにステップアップすることもあります。
体外受精・顕微授精|高度生殖医療という選択
体外受精(IVF)の適応と流れ
体外受精は、卵巣から採取した卵子と精子を体外で受精させ、培養した胚を子宮に戻す治療法です。両側卵管閉塞、重度の子宮内膜症、原因不明不妊でのステップアップなどが主な適応となります。
治療の流れは、まず排卵誘発剤で複数の卵胞を育て、成熟したところで採卵します。採卵は麻酔下で行います。採取した卵子と精子を培養液中で受精させ、数日間培養します。良好な胚を選んで子宮に移植し、約2週間後に妊娠判定を行います。
最近では、全胚凍結が主流となっています。採卵周期は卵巣が腫れていることが多く、新鮮胚移植より凍結胚移植の方が着床率が高いためです。また、凍結により時間的余裕ができ、子宮内膜の状態を整えてから移植できるメリットもあります。
顕微授精(ICSI)が必要なケース
顕微授精は、顕微鏡下で1個の精子を卵子に直接注入する方法です。重度の男性不妊(精子濃度100万/ml未満、運動率10%未満など)、体外受精で受精しなかった場合、抗精子抗体陽性などが適応となります。
手技的には高度な技術を要しますが、経験豊富な培養士の技術では、受精率は約80%と高い成績を維持することができます。ただし、受精=妊娠ではないことをご理解ください。受精後も胚の成長、着床、妊娠継続という多くのハードルがあります。
最新の技術として、IMSI(高倍率で精子を選別)、PICSI(成熟精子の選別)、精子DNA断片化率の低い精子の選別なども行っています。これらの技術により、より質の高い精子を選ぶことが可能になってきました。
年齢別の不妊治療戦略|30代・40代女性が知っておくべきこと
30代前半の治療アプローチ
30代前半は妊娠能力がまだ比較的保たれている時期ですが、油断は禁物です。この年代の特徴は、卵子の質は保たれているものの、仕事やライフスタイルによるストレスによってホルモンの乱れなどを起こし、不妊の一因となることもあります。
治療方針としては、まず3~6ヶ月のタイミング法から開始することが一般的です。ただし、AMH値が低い場合や、卵管因子、男性因子がある場合は、早めのステップアップを検討します。
この年代で重要なのは、焦らずに、しかし時間を意識した治療計画を立てることです。「まだ若いから」と先延ばしにせず、定期的な検査で自分の妊娠能力を把握しておくことをおすすめします。
30代後半からの治療の進め方
35歳を過ぎると、卵子の質の低下が顕著になり始めます。染色体異常の増加により流産率も上昇し、35歳で約20%、38歳で約30%となります。このため、より積極的な治療アプローチが必要です。
この年代では、タイミング法は3周期程度、人工授精も3~4回までとし、早めに体外受精を検討することをおすすめします。体外受精では、個人に合わせた刺激法を選択しますが、一般的には複数個の卵子を確保するため、アンタゴニスト法やPPOS法などの高刺激での卵巣刺激法を選択することが多いです。
40代の不妊治療|可能性と現実的な選択
40代での不妊治療は、正直なところ簡単ではありません。しかし、決して不可能ではなく、実際に多くの方が妊娠・出産されています。重要なのは、現実を受け入れた上で、最適な治療戦略を立てることです。
この年代では、自然妊娠や人工授精での妊娠は極めて困難です。体外受精でも、1回の採卵で得られる卵子数は少なく、染色体異常率も高いため、複数回の採卵が必要になることがほとんどです。大切なのは、「採卵あたりの妊娠率」ではなく、「治療開始からの累積妊娠率」を重視し、諦めずに続けることです。
また場合によっては、着床前遺伝学的検査(PGT-A)の活用も検討します。染色体正常胚を選択して移植することで、流産率を下げることができます。ただし、移植可能な胚が減ることもあるため、十分な説明と理解が必要です。また、検査には適応があるため、全ての方に適応となるわけではありません。 主治医とよく相談を行なうことをおすすめします。
不妊治療の費用と保険適用
保険適用になった治療と自費診療の違い
2022年4月から不妊治療の保険適用が始まり、経済的負担が大幅に軽減されました。保険適用となるのは、一般不妊治療(タイミング法、人工授精)および生殖補助医療(体外受精、顕微授精、胚移植)です。
保険診療では、体外受精1回あたりの自己負担は約7~15万円程度となり、以前の1/3程度に抑えられます。ただし回数制限があり、40歳未満の方は通算移植6回まで、40歳以上43歳未満は通算移植3回までとなっています。また、法律婚のカップルだけでなく、事実婚のカップルも対象となりました。
治療別の費用目安
保険適用での費用目安をお示しします。タイミング法は1周期約8,000~12,000円、人工授精は約15,000~20,000円です。体外受精は、採卵・受精・培養・凍結で約70,000~100,000円、凍結胚移植は約30,000~50,000円となります。
これに加えて、排卵誘発剤の種類や使用量により薬剤費が変動します。例えば、自己注射を使用する場合、1周期あたり20,000~50,000円程度の薬剤費がかかることもあります。
自費診療を選択した場合、体外受精1回あたり40~60万円、顕微授精では50~70万円程度かかります。PGT-Aを追加すると、胚1個あたり5~10万円の追加費用が発生します。高額ですが、年齢が高い方や反復着床不全の方には、結果的に費用対効果が高い場合もあります。
助成金制度の活用方法
保険適用に加えて、各自治体独自の助成金制度も活用できます。多くの自治体で、保険診療の自己負担分に対する追加助成を行っています。例えば東京都では、保険診療1回につき最大5万円の助成があります。
また、先進医療として認定された治療に対する助成制度を設けている自治体もあります。申請方法は自治体により異なりますが、一般的には治療終了後に領収書や証明書を提出します。
企業の福利厚生として、不妊治療支援制度を設けている会社も増えています。治療費補助、不妊治療休暇、フレックス勤務など、様々な支援があります。人事部に確認することをおすすめします。これらの制度を上手に活用することで、経済的負担を軽減しながら治療を続けることができます。
治療中の心と体のケア|生殖医療専門医からのアドバイス
仕事と治療の両立のコツ
不妊治療と仕事の両立は、多くの女性が直面する大きな課題です。頻繁な通院、急な検査予定、体調不良など、両立には様々な困難が伴います。しかし、工夫次第で両立は可能です。
まず、職場への伝え方ですが、直属の上司には治療のことを伝えることをおすすめします。詳細を話す必要はありませんが、「定期的な通院が必要な治療を受けている」程度は伝えておくと、急な休みも取りやすくなります。不妊治療支援に理解のある企業も増えており、思った以上にサポートを受けられることもあります。
通院の工夫として、朝一番や夕方の予約を活用する、在宅勤務日に通院する、半休を上手に使うなどがあります。また、採卵や移植などの重要な処置は、あらかじめ休みを確保しておくことが大切です。注射の自己投与を選択することで、通院回数を減らすこともできます。
パートナーとの関係性
不妊治療は夫婦二人で取り組むものですが、温度差が生じることも少なくありません。女性は身体的・精神的負担が大きく、男性は何をすればいいかわからず戸惑うことが多いようです。
大切なのはコミュニケーションです。治療の内容、身体の状態、気持ちの変化など、できるだけ共有しましょう。男性は具体的に何をすればいいか教えてもらえると動きやすいので、「採卵の日は迎えに来て」「注射の時間に声をかけて」など、具体的なお願いをすることも効果的です。
また、治療がうまくいかない時こそ、お互いを責めないことが重要です。「二人で一緒に頑張っている」という意識を持ち、時には治療から離れてデートや旅行を楽しむ時間も大切にしてください。不妊治療は夫婦の絆を深めるきっかけにもなり得ます。
治療のやめ時を考える
これは非常にデリケートな話題ですが、避けて通れない重要なテーマです。「いつまで続けるか」を考えることは、決して諦めることではなく自分たちの人生を大切にすることでもあります。
医学的な目安としては、43歳を超えると自己卵子での妊娠率は極めて低くなります。しかし、年齢だけで線引きすることはできません。経済的な限界、精神的な疲労、夫婦関係への影響など、総合的に考える必要があります。
まずは、治療前に治療の目安や区切りをある程度考えてからスタートすることをおすすめします。また、治療経過によって定期的に主治医やご夫婦で相談して適宜計画の修正を行なっていくといいと思います。
よくある質問|不妊治療の疑問に生殖医療専門医がお答えします

Q1: 不妊治療中の食事や生活習慣で気をつけることは?
A1: バランスの良い食事、適度な運動、十分な睡眠が基本です。特に葉酸、ビタミンD、鉄分は意識して摂取しましょう。過度なダイエットや激しい運動は避け、BMI20~25を維持することが理想的です。喫煙は絶対に避け、アルコールも控えめに。カフェインは1日200mg(コーヒー2杯程度)までなら問題ありません。
Q2: 体外受精は痛いですか?
A2: 採卵は麻酔下で行うため、処置中の痛みは軽減されます。採卵後は、軽い下腹部痛がある場合がありますが、鎮痛剤で対応できる程度です。胚移植は麻酔不要で、内診と同程度の違和感です。毎日の注射は最初は怖いかもしれませんが、極細針を使用するため、慣れれば痛みはほとんど感じません。
Q3: 不妊治療で仕事を辞めるべきですか?
A3: 仕事を続けながら治療される方がほとんどです。むしろ、仕事があることで治療のことばかり考えずに済み、精神的にプラスになることも多いです。ただし、不規則な勤務やストレスの多い環境の場合は、部署異動や勤務形態の変更を検討することも一案です。経済的な面でも、治療費を考えると収入があることは大きな支えになります。
Q4: 二人目不妊の治療はどう進めればよいですか?
A4: 一人目を自然妊娠された方でも、年齢の変化により二人目は治療が必要になることがあります。授乳中は治療ができないため、断乳後、月経が再開してから受診してください。一人目の時より年齢が上がっているため、早めのステップアップを検討することが多いです。お子様の預け先の確保など、環境整備も重要ですが、医療機関によっては、採卵などの処置でなければお子様同伴も可能な施設もあります。
Q5: 凍結胚の保存期間はどのくらいですか?
A5: 技術的には半永久的に保存可能ですが、一般的には1年ごとに更新手続きが必要です。凍結胚の妊娠率は保存期間に関係なく一定です。ただし、母体年齢が上がると妊娠率は下がったり、妊娠中の周産期リスクも上がるため、できる範囲で早めの移植をおすすめします。保存費用は年間3~5万円程度かかります。
不妊治療は確かに大変な道のりですが、医療技術の進歩により、多くの方が赤ちゃんを授かっています。一人で悩まず、信頼できる医療機関で専門医と相談しながら、あなたに最適な治療を見つけていきましょう。この記事が、あなたの第一歩を踏み出す勇気につながることを心から願っています。