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採卵を終えて、ほっとしたのも束の間。お腹の痛みに不安を感じていませんか?「この痛みは正常なの?」「いつまで続くの?」そんな不安な気持ち、とてもよくわかります。
採卵後の腹痛は多くの方が経験される症状ですが、その程度や期間は人それぞれです。今回は採卵後の腹痛について、医学的な視点から分かりやすく、そして皆さまの不安に寄り添いながら解説させていただきます。
採卵後の腹痛が起こる理由
採卵は、膣から細い針を使って卵巣から卵子を採取する処置です。局所麻酔や静脈麻酔を使用するため、採卵中の痛みはほとんど感じませんが、麻酔が切れた後に腹痛を感じることがあります。
主な原因
卵巣への刺激
採卵では、採卵針で卵巣を穿刺(せんし)するために、卵巣に小さな傷ができます。通常は数日で自然に治癒します。特に採取した卵子の数が多い場合、針を刺す回数が増えるため痛みを感じやすくなります。
腹腔内の軽度の出血
採卵時に卵巣表面から少量の出血が起こることがあります。この血液が腹腔内に溜まると、お腹の張りや痛みの原因となります。ほとんどの場合、出血は少量で自然に吸収されます。
卵巣の腫れ
排卵誘発剤の影響で卵巣が通常より大きくなっていることがあります。採卵後も数日間は腫れが続くため、下腹部の重だるさや違和感を感じることがあります。
正常な腹痛と危険な腹痛の見分け方
採卵後の腹痛には、心配のいらない「正常な痛み」と、すぐに受診が必要な「危険な痛み」があります。
正常な腹痛の特徴
- 生理痛のような鈍い痛み
- 下腹部の重だるさや違和感
- 歩くと響くような軽い痛み
- 採卵当日から翌日がピークで、徐々に軽減する
- 鎮痛剤で改善する程度の痛み
これらの症状は、採卵による正常な反応です。安静にして様子を見ていただければ、通常2~3日で改善することが多いです。
危険な腹痛の特徴
- 激しい持続的な痛み
- 時間とともに悪化する痛み
- 鎮痛剤が効かない強い痛み
- 38度以上の発熱を伴う痛み
- 吐き気や嘔吐を伴う痛み
- お腹全体が板のように硬くなる
これらの症状がある場合は、合併症の可能性があるためすぐにクリニックに相談することをおすすめします。
腹痛の程度別対処法
軽度の腹痛への対処法
軽度の腹痛は、採卵後によく見られる正常な反応です。以下の方法で対処しましょう。
安静にする
採卵当日は無理をせず、横になって休みましょう。お腹に力が入らない楽な姿勢を見つけてください。膝を軽く曲げて横向きになると楽になる方が多いです。
温める
下腹部を優しく温めると痛みが和らぎます。ただし熱すぎるカイロは避け、タオルを巻いた湯たんぽ程度の温度にしましょう。
水分補給
脱水は痛みを悪化させることがあります。常温の水やノンカフェインのお茶を少しずつ飲むなどして、積極的に水分補給を行いましょう。
中度の腹痛への対処法
歩くのがつらい、仕事に集中できないレベルの痛みの場合は、以下の対処を行ってください。
鎮痛剤の使用
医師から処方された鎮痛剤、または市販の鎮痛剤(アセトアミノフェン系)を用法用量を守って服用してください。痛みが強くなる前に早めに服用することがポイントです。
姿勢の工夫
クッションを使うなどして楽な姿勢を保ちましょう。仰向けよりも横向きの方が痛みが緩和する場合が多いです。
軽い運動
安静にしすぎると血流が悪くなることがあります。痛みが許す範囲で、室内をゆっくり歩く程度の軽い運動を心がけましょう。
重度の腹痛への対処法
鎮痛剤を飲んでも改善しない、日常生活に支障をきたすレベルの痛みは要注意です。
すぐに医療機関に連絡
我慢せずに、通院している医療機関に連絡してください。症状を詳しく伝え、指示を仰ぎましょう。
症状の記録
痛みの場所、強さ、いつから始まったかなどを記録しておくと、診察時に役立ちます。
救急受診の判断
激しい痛みで動けない、意識がもうろうとするなどの症状があれば、救急車を呼ぶことも躊躇しないでください。
年齢による症状の違い(30代・40代の特徴)
30代の特徴
30代の方は卵巣の反応性が高く、排卵誘発剤への反応も良好なことが多いです。そのため、以下のような特徴があります。
- 採卵数が多くなりやすい(10個以上のことも)
- OHSS(卵巣過剰刺激症候群)のリスクがやや高い
- 回復は比較的早い(2~3日程度)
- 腹痛の程度は個人差が大きい
特に30代前半の方や、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方は、OHSSに注意が必要です。お腹の張りが強い、体重が急激に増加した場合は早めに受診してください。
40代の特徴
40代の方は卵巣機能の個人差が大きく、以下のような傾向があります。
- 採卵数は少なめのことが多い(3~5個程度)
- OHSSのリスクは低い
- 回復にやや時間がかかることがある(3~5日)
- 腹痛より疲労感を強く感じることが多い
40代の方は、腹痛よりも全身の疲労感や倦怠感を強く感じることがあります。無理をせず、十分な休養を取ることが大切です。
採卵後の腹痛はいつまで続く?
多くの方が気になる「いつまで痛みが続くのか」について、詳しく説明します。
一般的な経過
採卵当日~翌日
最も痛みを感じやすい時期です。麻酔が切れた後から痛みが始まり、夜間にピークを迎えることが多いです。
採卵後2~3日目
徐々に痛みが軽減してきます。鈍い痛みや違和感は残りますが、日常生活には支障がない程度になります。
採卵後4~7日目
ほとんどの場合、痛みは消失します。軽い違和感が残る程度で、通常の生活に戻れます。
採卵後1週間以降
まだ痛みが続く場合は、一度診察を受けることをおすすめします。
痛みが長引く要因
- 採卵数が多かった(15個以上)
- 卵巣の位置が深く、採卵に時間がかかった
- 子宮内膜症などの既往がある
- 体調不良や疲労が蓄積している
すぐに受診すべき危険な症状
以下の症状が一つでもある場合は、すぐに医療機関に連絡することをおすすめします。
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の症状
OHSSは若い方や多嚢胞性卵巣の女性に起こりやすく、採卵翌日から数日をピークに1週間程度症状が現れることが多いです。
- お腹の著明な張り
- 急激な体重増加(1日で2kg以上)
- 尿量の減少
- 呼吸困難
- 強い吐き気・嘔吐
腹腔内出血の症状
- 顔面蒼白
- 冷や汗
- 血圧低下によるふらつき
- 意識がもうろうとする
卵巣茎捻転の症状
卵巣の茎捻転が起きると、間欠的に強い痛みが起こります。
- 突然の激しい腹痛
- 痛みが波のように強くなったり弱くなったりする
- 吐き気を伴う
骨盤内感染症の症状
- 38度以上の発熱
- 悪臭のあるおりもの
- 下腹部の持続的な痛み
日常生活の注意点と過ごし方
採卵当日の過ごし方
入浴
採卵当日(採卵後)はシャワーのみにしてください。感染予防のため、湯船には入らないようにしましょう。
食事
消化の良いものを少量ずつ摂りましょう。脂っこいものや刺激物は避けてください。
安静度
ベッドやソファーで横になれるようにし、日常生活を基本とし運動などは避け安静にしましょう。
採卵後2~3日の過ごし方
活動レベル
痛みの程度に応じて、徐々に活動量を増やしていきます。無理は禁物です。
運動
採卵から次の月経が来るまでの間は激しい運動を避けていただくことをおすすめしています。30分程度のウォーキングは問題ありません。
性生活
採卵後数日は卵巣腫大による影響や感染のリスクから、性交渉など避けていただいた方がいいと考えます。
見逃されがちな採卵後の便秘対策
採卵後は、ホルモンバランスの変化や活動量の低下により、便秘になりやすくなります。便秘は腹痛を悪化させることがあるため、以下の対策を心がけましょう。
水分摂取を増やす
1日1.5~2リットルを目安に、こまめに水分を摂りましょう。常温の水や白湯がおすすめです。
食物繊維を意識的に摂る
- 水溶性食物繊維:りんご、バナナ、オートミール
- 不溶性食物繊維:キャベツ、ブロッコリー、玄米
軽い運動を取り入れる
痛みが落ち着いてきたら、室内での軽いストレッチや散歩を始めましょう。腸の動きが活発になります。
必要に応じて緩下剤を使用
3日以上排便がない場合は、医師に相談の上、妊娠に影響のない緩下剤を使用することも検討しましょう。
パートナーができるサポート
採卵後の女性をサポートするために、パートナーができることをご紹介します。
精神的なサポート
- 不安な気持ちに寄り添う
- 労いの言葉をかける
物理的なサポート
- 家事全般を引き受ける
- 買い物や食事の準備
- 処方薬の管理や水分補給の声かけ
- 医療機関への付き添い
情報収集と記録
- 症状の変化を一緒に記録する
- 次回受診時の質問事項をまとめる
- 医師の説明を一緒に聞いてメモを取る
仕事復帰のタイミング
仕事復帰のタイミングは個人差が大きく、仕事内容によっても異なります。
デスクワークの場合
採卵する卵子数が少なく局所麻酔で行う採卵では、症状がない場合(腹痛や悪心など)午後からの仕事も可能かと思いますが、無理をなさらないでください。
- 採卵翌日から可能な場合もある
- 痛みが強い場合は2~3日休むことを推奨
- 在宅勤務が可能なら活用する
立ち仕事・体力仕事の場合
- 最低でも2~3日は休養が必要
- 重いものを持つ作業は1週間程度避ける
- 徐々に仕事量を増やしていく
復帰時の注意点
- 無理をしないことが最優先
- 体調不良時はすぐに休憩を取る
- 職場の理解を得られるよう事前に相談しておく
よくある質問(Q&A)

Q1: 採卵後の腹痛に市販の鎮痛剤を使ってもいいですか?
A1: はい、使用可能です。アセトアミノフェン系の鎮痛剤が第一選択となります。アスピリンやイブプロフェンなどのNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は、医師に相談してから使用してください。用法用量を守り、痛みが改善しない場合は受診しましょう。
Q2: 採卵後、いつから湯船に入れますか?
A2: 通常、採卵後2~3日経過し、出血や痛みが落ち着いていれば入浴可能です。ただし長湯は避け、清潔を保つことが大切です。不安な場合は、1週間程度シャワーのみにすることをおすすめします。
Q3: 採卵後の生理はいつ頃来ますか?痛みは強くなりますか?
A3: 採卵周期に新鮮胚移植を実施しないで全胚凍結した時や、新鮮胚移植を実施しても妊娠が成立しなかったときは、採卵後に月経が来ますが、通常より生理痛が強いこともあります。通常、採卵後10~14日で月経が始まります。
Q4: 次の採卵まで、どのくらい期間を空けるべきですか?
A4: 一般的には、診察で問題がなければ次の採卵はすぐにスタートして大丈夫です。ただし、状態によっては1~2周期(1~2ヶ月)空けて、卵巣を十分に休ませてから採卵を再開することもあります。年齢や卵巣機能によって個別に判断する必要があるため、担当医とよく相談してください。
Q5: 採卵後の腹痛がトラウマになってしまい、次回が不安です。
A5: お気持ちはとてもよく分かります。多くの方が同じような不安を抱えています。次回は、痛みを軽減する工夫(麻酔方法の変更、採卵針の選択など)ができないか医師に相談してみてください。また、カウンセリングを受けることで不安を和らげることもできます。
まとめ
採卵後の腹痛は、多くの方が経験される正常な反応です。通常は2~3日で改善しますが、個人差があることを理解しておくことが大切です。
覚えておいていただきたいポイント
- 軽度から中度の腹痛は正常な反応
- 安静と適切な鎮痛剤使用で対処可能
- 激しい痛みや発熱など危険な症状があればすぐに受診
- 年齢により症状の特徴が異なる傾向がある
- パートナーのサポートが回復の助けとなる
不妊治療は、身体的にも精神的にも大変な道のりです。採卵という大切なステップを乗り越えた自分を、まずは褒めてあげてください。そして、不安なことがあれば遠慮なく医療スタッフに相談してください。私たち医療者は、皆さまの妊娠への願いを全力でサポートいたします。
一日も早く痛みが和らぎ、次のステップに進めることを心から願っています。