皆さんこんにちは。生殖医療クリニック錦糸町駅前院の「胚培養士」川口優太郎です。
今回は、人工授精の後の正しい過ごし方と注意点について解説していきます。
はじめに
人工授精は、タイミング法と同様に一般不妊治療に分類される治療方法の一つで、自然に近い形で妊娠を目指す初歩的な治療とも言えます。患者様にかかる身体的・経済的な負担は、体外受精などと比較すると大幅に少ないのですが、その一方で処置後の過ごし方については、クリニックからの指導を正しく守らないと、感染症などのリスクが出てきてしまいます。
これから人工授精を受けられる方やすでに受けられた方は、是非今回のコラムを読み進め、参考にしてみてください。
人工授精後の過ごし方と医学的根拠
施術後の安静は必要?
まず、施術後の安静については、施設によって考え方はさまざまですが、少なくとも長時間安静にする必要はないと考えられています。また、安静時間の長さが妊娠率に大きく影響することもありません。
施術後、5〜15分程度の安静時間を設ける施設やしばらく院内で待機してもらう施設もあります。これは、人工授精の施術中にまれに施術部位を傷つけてしまい、出血や腹痛が生じることがあることから、患者様の体調に異常がないか最後に確認をするためです。
入浴はしてもいい?
人工授精を受けた当日は、入浴は控えてシャワー浴のみにしてください。
これは、人工授精のカテーテル挿入時に施術部位を傷付けてしまうことがあり、傷口からの感染を予防する目的があります。
翌日以降は、普段通りに入浴していただいて問題ありません。
運動は控えた方がいい?
人工授精を受けた当日は、激しい運動は控えましょう。これは、施術後すぐに飛んだり跳ねたりするような激しい運動や、お腹に負荷がかかるような運動をすると、膣内から注入した精製精液が漏れ出てくることがあるためです。
翌日以降は、普段通り運動をしても問題ありませんが、まれに翌日でも運動に伴って膣内から液体が漏れ出てくることがあります。しかしながら、翌日であれば精子はほぼ卵管まで辿り着いているため、あまり心配する必要はありません。
仕事はしても大丈夫?
お仕事については、人工授精を受けた当日から行って大丈夫としている施設が多いです。
ただし、走り回ったりずっと立っていたりするようなお仕事の場合には、激しい運動に近い状態となってしまうため、当日は安静にするか負担の少ないお仕事に切り替えてもらいましょう。
セックスはしてもいい?
当日からセックスしてもよいという施設と、感染症防止の観点から人工授精の当日は控えた方がよいという施設があります。
入浴を避けた方がよい理由と同様に、当日は避けた方がよいかもしれません。
なお、「人工授精当日にセックスをすると妊娠率が上がる」という情報がインターネットで見られますが、妊娠率に影響を受けることはありません。
人工授精を実施する際には一度射精をしているため、その日にセックスをする場合は二度目の射精となります。そのため精液量も精子濃度(数)も少なくなっており、人工授精当日のセックスが妊娠を後押しするとは考えにくいです。
生活習慣で気を付けたほうがいいことは?
飲酒や喫煙は、人工授精の結果に直接的な悪影響を及ぼす可能性があるため控えてください。
特に喫煙は、不妊症を引き起こす要因ともなり、妊娠時のリスクも高くなってしまうため、妊活・不妊治療に関わらず普段から控えるようにしましょう。
そのほかに気をつけた方がいいことは?
先述した通り、人工授精の施術時、カテーテルを挿入する際にどうしても施術部位を傷付けてしまうことがあります。傷口を不衛生にしていると感染症にかかってしまう恐れがあるため、清潔にしていただくということと、不特定多数の方が利用するような場所の利用(温泉、サウナ、プールなど)は控えるようにしましょう。
人工授精後に現れる身体の変化と対処法
人工授精を受けた後、妊娠判定日までの間に身体に変化を感じることがあります。これらがなぜ起こるのか、変化の原因と対処法について説明していきます。
少量の出血
施術直後や施術の当日に見られることがあります。ほとんどの場合は心配無く、人工授精の結果にも影響しません。出血が見られたら、まずはナプキンをあてて様子を見てください。
出血の量がどんどん増えてしまうという場合には医療機関に相談するようにしてください。
茶色っぽいおりもの
施術の数日後から茶色っぽいおりもの(茶オリ)が見られることがあります。こちらも心配は無くほとんどの場合で無害です。茶色いおりものが見られたら、まずはナプキンをあてて様子を見てください。出血の量が多い場合や長く続くという場合、あるいは強い痛みを伴う場合には、早めに医療機関に相談するようにしてください。
出血があった場合でも茶オリがあった場合も、なるべく清潔で衛生的な状態を保てるように心がけてください。
胸が張る
ホルモンの周期的な変化によって、胸が張ったり、敏感になったりすることがあります。人工授精の施術の有無に関わらず、通常の月経周期でも見られます。通常は一時的なもので、時間の経過とともに軽快していきます。
胸の張りが強い場合は、圧迫感の少ない下着や服装を身に着けるようにすることで、和らげることができます。
下腹部の痛み・違和感
人工授精用のカテーテルを施術部に挿入する際に、軽く傷付いてしまったり、強く押されることで違和感が起こったりすることがあります。ホッカイロや温めたタオルなどで腹部を温めることで痛みが和らぐことがあります。通常は時間とともに軽快しますが、痛みが強くなる場合や施術の翌日以降にも痛みが長く続く場合には、医療機関に相談するようにしてください。
精神的・心理的な変化
卵胞発育のためのホルモン剤の投与によって精神的・心理的な変化(感情が不安定になるなど)を感じることがあります。個人差があり、すべての女性に見られるわけではありませんが、治療に関係無く通常の月経周期でも見られます。特に普段からPMS(月経前症候群)の症状が出やすい方はこのような変化を感じやすいです。
心理的サポートとパートナーとの関わり
上記の精神的な変化は、人工授精に限ったことでは無く、妊活・不妊治療の全体を通して向き合う場面が非常に多いです。ストレスをいかにコントロールできるかどうかも、不妊治療を行う上では重要になります。
例えば、人工授精施術後から判定日までの間、妊娠しているかどうか不安を感じたり、ストレスを感じたりすることが多いかと思います。また、結果の成否によっても気分の落ち込みや孤独感に苛まれることもあります。
そのような場合、最も推奨されるのがパートナーや家族と感情を共有することです。実際、私が接してきた患者様にも、不妊治療を続けていると「一人で頑張っている」と感じてしまう方も多いようなのですが、不妊治療は“夫婦”で行う治療であり、赤ちゃんは一人だけでは決して授かることは出来ません。
将来的に子どもが生まれた後も、パートナーや家族のサポートは必須です。同じ目標に向かって歩んでいるからこそ、お互いに感情を共有することが、孤独感やストレスの軽減につながります。
一方で、中には家族やパートナーと話しづらい、恥ずかしい、という方もいらっしゃるかもしれません。
実際に、過去に私が担当したご夫婦では、パートナーに悩みを相談したところお互いが感情的になってしまい、喧嘩に発展してしまった‥‥と教えてくれた患者様がいらっしゃいました。
感情を共有するといっても、喧嘩になってしまっては元も子も無いので、そのような場合には、同じ悩みを持つ方々と交流を持ったり、患者様で作られている情報交換のグループに参加したりするのもよいかもしれません。
それでもストレスのコントロールが上手くいかないという場合には、是非、われわれ医療スタッフや心理カウンセラーに相談してみてください。
人工授精の妊娠率と治療の選択肢
人工授精施術後から妊娠判定まで間、不安やストレスを感じることも多いかと思いますが、ストレスを感じなくさせるために重要なのは「過度な期待」をせずに「現実的な期待」を持つことです。
具体的にどういうことかというと、実のところ人工授精の一回当たりの妊娠率はあまり高くはありません。日本産科婦人科学会のデータによると一周期あたりの妊娠率はおおよそ10%程度で、高齢になるほど妊娠率は低下していきます。
また、累積妊娠率といいますが、回数を重ねるほど妊娠率は上昇していく一方で、上昇し続けるわけではなく、一定の回数を超えると頭打ちになり、それ以降は何度繰り返しても妊娠率が上がることはありません。
人工授精と聞くと、かなり高度な治療なのではないかと想像している方も多いようなのですが、実は人工授精はタイミング療法とほとんど変わらない自然に近い治療方法であり、不妊治療の中ではかなり初期のステップで行われるものです。
一般的な目安としては、3回程度続けても妊娠にいたらないという場合には、より高度な治療となる高度生殖医療・体外受精へと切り替えていく必要があります。
体外受精は、卵子を体外に取り出して、人の手で精子と受精をさせ、受精卵(胚)を育てていく方法です。胚盤胞という着床・妊娠する直前のステージまで発育させた後、子宮の中に胚を戻すまでの一連の治療を指します。
一周期あたりの妊娠率は、タイミング法や人工授精と比較すると飛躍的に高くなる一方で、通院回数の増加や身体的、経済的な負担も大きく増えます。
是非、われわれ医療スタッフやカウンセラーも交えながら、ご夫婦の妊娠までのプランニングをしっかりと描くようにしましょう。
人工授精から妊娠判定までの注意事項(よくある質問)

Q1: 人工授精の当日、主人の精液をクリニックに持参する予定です。持って行く際の注意点はありますか?
A1: 射出してからどんなに遅くても2時間以内にはクリニックまで持ってくるようにしてください。処理までの時間が長いと運動性が下がってしまうことがあります。また、精子は温度変化に弱いため、温めたり、冷やしたりしないようにしてください。
Q2: 人工授精の時に持っていった方がいいものはありますか?
A2: 施術後に少量の出血が見られることがあるため、生理用ナプキンをご準備ください。
Q3: 人工授精に向けて、普段の生活で気を付けた方がいいことはありますか?
A3: バランスの良い食事や睡眠習慣が重要です。また喫煙や飲酒は、不妊症の直接的な要因となるため、普段から控えるようにしましょう。
男性では、禁欲期間が長いと精液データに影響が出ることがあります。3~4日に1回のサイクルで射出しておき、前日は精液量が減ることがあるため控えるようにしてください。
Q4: 人工授精後の過ごし方で気を付けることを教えてください。
A4: 当日は、入浴は控えてシャワー欲だけにしてください。翌日からは入浴しても構いません。激しい運動は控えてください。身体に負担のかからない範囲であれば、お仕事など普段通りの生活で構いません。
Q5: 人工授精の妊娠率はどれくらいですか?
A5: 人工授精の1回あたりの妊娠率はおおよそ10%程度で、高齢になるほど妊娠率は低下します。人工授精によって妊娠にいたった方の9割近くが、4回以内の人工授精で妊娠しています。
Q6: 人工授精は痛いですか?
A6: 人工授精の施術では、専用の細いカテーテルを使用します。細い部位を通すため「強く押し付けられるような感覚があった」とおっしゃる方がいますが、「痛かった」と言う方はあまりいません。
Q7: 何回くらい通院しなければいけませんか?
A7: 人工授精の場合、診察と検査(採血・エコー)、場合によってはお薬を使うこともあり、人工授精の実施日を含めると一周期にだいたい3~4回の通院をしていただきます。
ただし、不妊治療を開始する前にさまざまな検査や診察を行うため、初診からとなるとこれ以上の通院が必要です。
Q8: 人工授精はいくら(費用)ですか?
A8: 2022年4月からの不妊治療の保険適用化に伴い、人工授精も適用となりました。
保険診療では5,460円+薬剤費・診療費で受けることが出来ます。
まとめ
今回は、人工授精後の正しい過ごし方と注意点について解説をしてきました。
人工授精は、不妊治療の導入として行われる治療であり、気持ち的にもトライしやすい方法である一方で、一周期当たりの妊娠率は決して高くはありません。
3~4回程度続けても妊娠にいたらないという場合には、より高度な治療となる高度生殖医療・体外受精へと切り替えていく必要があります。
治療の結果に一喜一憂せず、データをしっかりと理解して、テンポ良く治療を進めていくことが赤ちゃんを授かるためにはとても重要です。
治療の中で不安やストレスを感じることがあれば、是非、われわれ医療従事者やカウンセラーにご相談ください。