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「人工授精を何回続けるべきか…」そんな不安を抱えていませんか?
毎月の期待と落胆の繰り返し、経済的な負担、そして「いつまで続ければいいの?」という終わりの見えない不安はよく理解できます。実は人工授精の回数には医学的な目安があり、それを知ることでより納得のいく治療計画を立てることができます。
人工授精の成功率と回数の関係
1回あたりの妊娠率
人工授精の1回あたりの妊娠率は、一般的に8~15%程度です。これは自然妊娠の1周期あたりの妊娠率(約20%)と比較するとやや低い数値ですが、タイミング法より高い成功率が期待できます。
ただし、この数値は年齢や不妊原因によって大きく変動します。例えば、30歳前半で原因不明不妊の場合は15%程度の妊娠率が期待できる一方、40歳を超えると5%程度まで低下することがあります。また、精子の運動率が低い男性不妊の場合、人工授精によって妊娠率が大幅に改善することもあります。
重要なのは、「1回で妊娠しなかった=人工授精は効果がない」ではないということです。複数回の施行により累積妊娠率は上昇していきます。
累積妊娠率の変化
人工授精の累積妊娠率は、回数を重ねるごとに以下のように変化します
| 1回目 | 8~15% |
| 3回目まで | 約70% |
| 6回目まで | 90% |
興味深いことに、6回を超えると累積妊娠率の上昇はほぼ横ばいになります。これは、人工授精で妊娠する方の約90%が6回目までに妊娠するというデータに基づいています。
これまでの臨床経験でも、7回目以降で初めて妊娠される方は全体の5%未満です。このため、6回を一つの区切りとして治療方針を見直すことが推奨されています。
一般的な目安は3~6回
なぜ6回なのか?医学的根拠
「人工授精は6回まで」という目安には、明確な医学的根拠があります。2024年の日本生殖医学会のガイドラインでもこの考え方が支持されています。
最も重要な根拠は、先述の累積妊娠率のデータです。6回の人工授精で妊娠しない場合、その後同じ治療を続けても妊娠する可能性は極めて低くなります。これは、人工授精で解決できない不妊原因(卵管采のピックアップ障害、受精障害など)が存在する可能性が高いためです。
また、時間的・経済的な観点からも6回が妥当とされています。人工授精を毎月行った場合、6回で約半年かかります。この期間で結果が出ない場合、より高度な治療へのステップアップを検討することで、貴重な時間を有効に使うことができます。
年齢別の推奨回数
年齢によって推奨される人工授精の回数は異なります:
35歳未満:4~6回
卵子の質が比較的保たれているため、6回程度試みる価値があります。ただし、3回目の治療で妊娠率の改善が見られない場合は、早めに不妊の原因を再評価して治療方針の見直しを検討します。
35~37歳:3~4回
時間的な余裕を考慮し、3~4回で結果が出ない場合は体外受精への移行を積極的に検討します。この年齢層では、半年の遅れが治療成績に影響する可能性があります。
38歳以上:2~3回
卵子の質の低下が進行しているため、早期のステップアップが推奨されます。特に40歳以上では、人工授精を省略して体外受精から開始することも選択肢となります。
人工授精を続ける?やめる?判断基準
3回目までに見直すポイント
3回の人工授精で妊娠しない場合、以下のポイントを見直すことが重要です。
排卵誘発法の最適化
自然周期で行っていた場合は、クロミッドやレトロゾールなどの排卵誘発剤の使用を検討します。すでに使用している場合は、薬剤の変更や投与量の調整を行います。
精子処理法の見直し
精子の運動率や濃度に応じて、密度勾配遠心法やswim-up法など、最適な精子処理法を選択します。
人工授精のタイミング
LHサージや超音波検査による排卵予測の精度を高め、最適なタイミングでの施行を心がけます。
黄体機能のサポート
黄体ホルモンの補充により、着床環境を改善できる可能性があります。
6回を超えて続ける場合の条件
原則として6回で区切りをつけることが推奨されますが、以下の条件を満たす場合は継続を検討することもあります。
- 若年(32歳以下)で時間的余裕がある
- 精子所見が境界線上で、体外受精でも成績向上が期待しにくい
- 経済的・心理的に体外受精への移行が困難
- 過去に人工授精で妊娠歴がある(流産した場合など)
ただし、これらの場合でも定期的に治療方針を見直し、漫然と同じ治療を続けないことが大切です。
年齢による回数の考え方
35歳未満の場合
35歳未満の方は、卵子の質が比較的保たれているため人工授精の成功率も高めです。この年齢層では、以下のアプローチを推奨しています。
まず3回は自然周期または軽い排卵誘発で人工授精を行います。3回で妊娠しない場合は、排卵誘発法を強化して追加3回(計6回)まで試みます。それでも妊娠しない場合は、体外受精を検討します。
ただし、不妊期間が3年以上の場合や精子所見が不良な場合は、早めのステップアップを考慮します。また、AMH(抗ミュラー管ホルモン)値が低い場合は卵巣予備能の低下を示唆するため、回数を減らして早期に体外受精へ移行することも選択肢です。
35~39歳の場合
この年齢層は、妊孕性が徐々に低下する時期です。時間との勝負という側面が強くなるため、効率的な治療計画が求められます。
基本的には3~4回の人工授精を目安とし、最初から排卵誘発剤を使用することが多いです。特に37歳以降は、3回で結果が出ない場合、速やかに体外受精への移行を検討します。
2024年の最新データでは、38歳の女性が人工授精で妊娠する確率は1回あたり約7%ですが、体外受精では約25%まで上昇します。この差を考慮すると、時間を有効に使うためにも早期のステップアップが合理的です。
40歳以上の場合
40歳以上では、人工授精の妊娠率が著しく低下します(1回あたり3~5%)。このため、以下の方針を推奨しています。
初めから体外受精を検討
時間的余裕がないため、最も妊娠率の高い治療から開始することが合理的です。
どうしても人工授精を希望される場合は1~3回まで
心理的準備や経済的理由で人工授精から始めたい場合でも、最大3回までとし、早期に方針転換します。
卵子の質の評価を重視
AMH検査や胞状卵胞数の評価を行い、卵巣予備能を正確に把握した上で治療方針を決定します。
人工授精から体外受精への移行タイミング
ステップアップの目安
体外受精への移行を検討すべきタイミングは、単に回数だけでなく複数の要因を総合的に判断します。
人工授精を3~6回施行しても妊娠しない
これが最も一般的な移行理由です。特に、条件を変えても改善が見られない場合は、人工授精では解決できない問題がある可能性が高いです。
年齢的要因
38歳以上の方は、3回の人工授精で妊娠しない場合、積極的にステップアップを検討します。40歳以上では最初から体外受精を選択することも推奨されます。
不妊期間の長期化
2年以上の不妊期間があり人工授精でも妊娠しない場合は、原因不明の受精障害や着床障害の可能性を考慮し、体外受精を検討します。
移行を検討すべきケース
以下のケースでは、人工授精の回数に関わらず早期の体外受精移行を検討すべきです。
両側卵管の機能低下が疑われる場合
子宮卵管造影検査で卵管は通過していても、卵管采の機能不全がある可能性があります。腹腔鏡検査で確認することもできますが、侵襲的であるため、体外受精を診断的治療として行うことも選択肢です。
重度の男性不妊
精子濃度1000万/ml未満、運動率20%未満の場合は、人工授精の成功率が極めて低いため、顕微授精(ICSI)を含む体外受精が推奨されます。
子宮内膜症の存在
特に重度の子宮内膜症では、卵子の質の低下や受精障害のリスクが高いため、早期の体外受精が有効です。
回数を重ねても妊娠しない原因
見落としがちな要因
人工授精を繰り返しても妊娠しない場合、以下の要因が見落とされている可能性があります。
卵管采のピックアップ障害
子宮卵管造影検査では正常でも、排卵した卵子を卵管采が取り込めない場合があります。これは画像検査では診断困難で、腹腔鏡検査や体外受精での反応を見て判断します。
受精障害
精子と卵子が出会っても受精しない、または受精しても正常に発育しない場合があります。これは体外受精で初めて判明することが多い問題です。診療経験上、原因不明不妊の約20%に受精障害が認められます。
免疫学的要因
抗精子抗体や自己免疫疾患が関与している可能性があります。特に、原因不明の反復流産歴がある場合は詳細な免疫学的検査が必要です。
慢性子宮内膜炎
最近注目されている要因で、子宮内膜の慢性的な炎症が着床を妨げる可能性があります。子宮内膜生検により診断可能です。
追加検査の必要性
3回以上の人工授精で妊娠しない場合、以下の追加検査を検討します。
子宮鏡検査
子宮内膜ポリープや粘膜下筋腫など、超音波検査では見逃しやすい病変を発見できます。
腹腔鏡検査
軽度の子宮内膜症や卵管周囲の癒着など、他の検査では分からない異常を診断・治療できます。ただし、侵襲的な検査のため適応は慎重に判断します。
精子DNA断片化検査
通常の精液検査では分からない精子DNAの損傷を評価します。高度な場合は、人工授精での妊娠は困難です。
精神的・経済的負担との向き合い方
治療のペース配分
人工授精を続ける中で、精神的・身体的疲労は避けられません。以下のようなペース配分を提案しています。
連続施行は3回を目安に
毎月の人工授精は負担が大きいため、3回連続で行ったら一旦これまでの治療を振り返り、今後の方針を冷静に考える時間を持つようにしましょう。
季節や仕事を考慮
仕事が繁忙する時期や、体調を崩しやすい季節は避けるなど、ライフスタイルに合わせた計画を立てます。ストレスは妊娠率にも影響するため、無理のないスケジュールが大切です。
「お休み周期」の活用
治療を休む周期も、完全に妊娠の可能性がなくなるわけではありません。タイミング法での自然妊娠の可能性もあるため、プレッシャーから解放された状態で過ごすことも重要です。
パートナーとの話し合い
治療の継続や終了の決断は、必ずパートナーと共有すべきです。
定期的な話し合いの機会を設ける
区切りのタイミングで今後の方針について話し合います。お互いの気持ちや経済状況を確認し、納得のいく決断をすることが大切です。
終了条件を事前に決める
「6回まで」「○○歳まで」「○月まで」など、あらかじめ終了条件を決めておくことで終わりの見えない不安を軽減できます。ただし、状況に応じて柔軟に見直すことも必要です。
第三者のサポート
不妊カウンセラーや心理士のカウンセリングを活用することで、客観的な視点を得られます。当院でも、治療の節目でカウンセリングを受けることをお勧めしています。
よくある質問と回答

Q1: 人工授精を10回以上続けている人もいると聞きましたが…
A1: 確かに10回以上続ける方もいらっしゃいますが、医学的には6回を超えると妊娠率の上昇はほぼ期待できません。ただし、体外受精への抵抗感が強い場合や、特別な事情がある場合は、十分な説明の上で継続することもあります。重要なのは、漫然と続けるのではなく定期的に治療効果を評価することです。
Q2: 人工授精の間隔はどのくらい空けるべきですか?
A2: 基本的には毎周期行うことも可能ですが、3回連続したら一旦治療方針について見直しすることをお勧めしています。卵巣や子宮内膜への負担を考慮する必要があり、また精神的なリフレッシュも大切だからです。ただし年齢が高い方は、休息期間を短くすることもあります。
Q3: 双子のリスクはどのくらいありますか?
A3: 排卵誘発剤を使用した場合、多胎妊娠のリスクが上昇します。自然周期では約1%ですが、排卵誘発剤使用時は5~10%程度になります。複数の卵胞が発育した場合は、その周期の人工授精をキャンセルすることもあります。
Q4: 人工授精の成功率を上げる方法はありますか?
A4: 生活習慣の改善(禁煙、適正体重の維持、ストレス管理)、サプリメント(葉酸、ビタミンD)の摂取などが有効とされています。また排卵誘発法の最適化や、人工授精のタイミングの精密化も重要です。
まとめ
人工授精の適切な回数は、年齢や不妊原因によって異なりますが、一般的には3~6回が目安となります。特に38歳以上の方は、時間的制約を考慮して早めのステップアップを検討することが重要です。
何より大切なのは、ご夫婦で十分に話し合い、納得のいく治療を受けることです。回数にとらわれすぎず、定期的に治療効果を評価しながら最適な選択をしていきましょう。不安や疑問がある場合は、遠慮なく当院にご相談ください。