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「グレード4BBの胚盤胞を移植することになったけれど、妊娠率はどのくらいなんだろう…」
体外受精の治療を受けていらっしゃる方にとって、移植する胚盤胞のグレードは大きな関心事だと思います。特に、保険適用化以降、移植回数に制限がある中では、「もっと良いグレードの胚盤胞じゃないとダメなのでは?」と不安に感じる方も多いのではないでしょうか?
私自身、胚培養士として日々多くの患者様と向き合ってきましたが、その良し悪しに関わらずグレードに強い執着を持つ方が多くいらっしゃいます。ただし、臨床での経験から申し上げたいのは「どんなグレードであっても、赤ちゃんになる胚がある!」ということです。
今回のコラムでは、胚盤胞グレード4BBを例に挙げ、実際の妊娠率やグレード評価の意味、そして妊娠成功のためにできることまで、胚培養士の視点から詳しくお伝えします。
妊娠の成立のために必要なのは、数字やアルファベットだけでは無いということを一緒に考えていきましょう。
胚盤胞グレード4BBとは?基本から理解する評価方法
胚盤胞のグレード、世界的に使用されている「Gardner(ガードナー)分類」と呼ばれる評価方法で行われます。Gardner分類は、3つの別々の項目を評価することで構成されます。
今回のコラムで取り上げる「4BB」というグレードでは、
最初の数字「4」は、胚盤胞の成長段階やサイズ、形態を表します。
1から6までの段階があり、4は「拡張期胚盤胞」と呼ばれる状態で、胚盤胞が大きく拡張している状態を指します。
1つ目の「B」は、ICM(内部細胞塊)と呼ばれる、着床後に赤ちゃんの本体になる部分の評価です。Aが最も良い評価で、細胞数が多く密に集まっている状態を指します。Cは最も低い評価で、細胞数が少なくフラグメントなどが認められる状態を指します。Bはその中間くらいの評価になります。
2つ目の「B」は、TE(栄養膜細胞)と呼ばれる、着床後に胎盤になる部分の評価です。ICMと同じくA、B、Cの3段階あり、Bは真ん中の評価になります。
グレードには、AAからAB/BA、BB、AC/CA、BC/BC、CCまで大きく6段階あり4BBは上から3つ目の評価になります。つまり、しっかりと成長した拡張期胚盤胞で、赤ちゃんになる部分も胎盤になる部分もちょうど真ん中くらいという、決して悪く無い評価が付いている胚盤胞であると言えます。
グレード4BBの実際の妊娠率・出産率データ
では、実際にグレード4BBの胚盤胞を移植した場合、どのくらいの妊娠率が期待できるのでしょうか。アメリカ生殖医学会の医学誌Fertility&Sterilityで過去に報告されているデータでは、
– 臨床的妊娠率:約35~55%
– 出産率:約30~45% (※平均年齢 33.1歳)
と報告されています。
これらの数値を見て「思ったより低い」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは決して低い数値ではありません。
実は、自然妊娠の場合、健康なカップルが性交渉を持った場合の1回の月経周期あたりの妊娠率は約20~35%程度であることが示されています。そのため、グレード4BBの胚では、自然妊娠と同程度の妊娠が期待できるということになります。
また、重要なのは『産まれてくる赤ちゃんの予後にグレードによる違いは無い』ということです。グレードが原因で流産率が上がったり、赤ちゃんに問題が生じたりすることは無く、4BBだからといって児の障害の確率が増えるなどということもありません。実際に、4BBより低いグレード、例えば4BCや4CCといったグレードから生まれた赤ちゃんでも、自然妊娠による出産と同じように健康に産まれ、健康に育つ赤ちゃんはたくさんいます。
なぜ4BBより低いグレードでも妊娠が期待できるのか – 胚培養士の視点
では、なぜ4BBやこれよりも低いグレードであっても妊娠するのか、あるいは妊娠が期待できるのかということですが、実のところ、Gardner分類はあくまで顕微鏡で見た形態的な評価、より簡潔に言えば“見た目の評価”であるため、胚盤胞そのものが持っている妊娠・出産まで辿り着けるかどうかのポテンシャルをそのまま表現しているわけではないからです。
以下に、詳しく解説していきます。
グレードは凍結直前の“見た目”を表しているだけ
胚盤胞は、凍結する直前まで発育し続けています。凍結時に4BBと評価された胚盤胞は、凍結直前に4BBであっただけであり、そのまま培養・発育を続けていたら評価が変わっている可能性もあります。実際に、胚移植前に凍結胚を融解して短時間回復培養を行うのですが、凍結時のグレードよりも綺麗な状態で発生が進んでくることもあります。
胚の染色体が正常か異常かは見た目では分からない
妊娠・出産の成否のために最も重要なのはグレードよりも胚の染色体の正倍数性です。しかしながら、胚の染色体が正常か異常かは顕微鏡下での観察では判断することが不可能です。
たとえグレードが4AAであっても、染色体に異常があれば赤ちゃんになることはありませんし、グレードが4BBであっても染色体が正倍数性であれば高い確率で妊娠が可能であると言えます。
胚培養士間あるいは施設間による差
また、グレードを付ける際には、実際に評価をする胚培養士、あるいは施設間によって若干の差が出ることもあります。ある胚培養士がAと評価したものを、別の胚培養士が見たらもう少し厳しめにBと評価することもあります。さすがにAAの胚をCCと評価することはまずあり得ませんが、AAの胚をAB/BAとやや厳しめに評価したり、同様にAB/BAくらいの胚を厳しめにBBと評価したりすることもあります。施設をまたぐと、この差はより明確になります。
これらの理由から、グレードはあくまでも“見た目”の評価であり、参考値程度に考えていただくのが良いかと思います。実際に妊娠・出産まで辿り着けるかどうかは、グレードでは無く、胚の染色体や子宮の状態に大きな影響を受けます。
年齢別に見る4BB胚盤胞の妊娠成績
治療の成功率を知りたい時、妊娠率を考える上では、実はグレードよりも治療時の年齢が非常に重要な要素になります。
同じグレードの胚であっても、妊娠率は年齢によって大きく異なります。
34歳以下の場合:
– 妊娠率:約45~60%
– 出産率:約35~50%
この年代では、卵子の質の高く、卵子の染色体異常の割合も低いため、移植対妊娠率はある程度高いです。累積妊娠率(※治療を受けた人が何回の移植で妊娠できるか?という確率)は、3回目までの移植でおおよそ75~85%と報告されています。
35~39歳の場合:
– 妊娠率:約35~45%
– 出産率:約20~35%
妊娠率は35歳を境に低下していきますが、それでも体外受精によって一般的な自然妊娠と同程度の妊娠率を保つことができます。
40~42歳の場合:
– 妊娠率:約20~30%
– 出産率:約10~20%
上記の通り、40歳を超えると妊娠率は顕著に低下します。
43歳以上の場合
– 妊娠率:約10~15%
– 出産率:約5~10%
43歳を超えると、一周期あたりの治療で赤ちゃんまで辿り着ける確率は1/200とされており、そもそも受精卵が胚盤胞まで育たずに、移植まで進むことができない患者様も多いです。
このように、高齢になるほど妊娠率は低下しますが、これはグレードに関係無く起こる現象です。
見方を変えれば、グレードが4BBやそれよりも低い胚であっても、治療時の年齢が若ければ標準的な妊娠率が期待できるということです。
実はグレードでは比較ができない?! – その理由とは?
患者さまからよく「4AAと4BBではどのくらい妊娠率が違うんですか?」というご質問をいただきます。確かにグレード上ではAAの方が良いことは確かであり、データ上でもAAの方が高い妊娠率を示してはいるのですが、実は単純なグレードだけで、患者様の妊娠率を比較することはあまり適切では無い‥‥というよりは、極めて難しいのです。
というもの、妊娠・出産まで辿り着くことができるかどうかは、胚のグレード以外にも重要な要素が数えきれないほど多く存在するためです。
日本産婦人科学会が報告しているデータなどは、日本の医療機関で患者様が受けた治療の全体の平均値を出しているものです。しかしながら、『不妊症』とひと口に言っても、その原因は患者様ごとに千差万別です。例えば子宮の状態そのものに不妊を引き起こしている根本的な原因がある場合では、どんなに良好なグレードの胚を戻しても(胚側には問題が無くても)子宮側の状態から着床は難しくなります。また、胚は卵子と精子の融合した細胞であるため、パートナーのデータというのも非常に重要になります。
たとえ同じ年齢であっても、過去の治療歴やホルモンのデータ、不妊原因、生活習慣、服薬歴、体質、遺伝子疾患の有無、家族歴、パートナーの情報が全く同じということはあり得ないので、あくまでも学会が示しているような平均的な数字と照らし合わせるということしかできません。
妊娠が成立するためには、乗り越えなければならない壁がいくつも存在します。卵子と精子が受精するかどうか‥‥、胚盤胞まで発生するかどうか‥‥、良好なグレードに育つかどうか‥‥、などは、あくまでもその壁の1つに過ぎず、それ以外の数多く立ちはだかる障壁の何が妊娠を遠ざけているのかは患者様によってそれぞれまったく異なります。
患者様一個人の妊娠率をはじき出すためには、考慮されるべき要因がいくつも存在するため、単純な胚のグレードだけで妊娠率を比較することは実は不可能とも言えるわけです。
胚盤胞の見た目とポテンシャルのギャップ
そこまで頻繁にあるわけではありませんが、「培養室のスタッフの誰が見ても評価の低かった胚盤胞でも無事に出産した」という事象があります。おそらく、胚培養士であれば誰もが一度は経験しているのではないでしょうか?
当然ながら、そこには胚盤胞の見た目とポテンシャルに“ギャップ”があるわけなのですが、ではこのギャップとは一体何なのでしょうか?
近年、タイムラプスインキュベーターを導入して胚の培養を行う施設も増えてきましたが、従来の方法との大きな違いとして「定点的な観察」か「経時的な観察か」が挙げられます。
タイムラプスインキュベーターが無かった時代は、インキュベーターから培養ディッシュを取り出して顕微鏡下で観察をしていましたが、媒精の翌日、培養3日目、培養5日目、培養6日目と決められたタイミングのその時々を観察していくという手法で、観察を行ったポイントから、次の観察を行うポイントまでは観察することが不可能であったため、言ってしまえばその間にどんな変化が起こっていたのかを知る術がありませんでした。
タイムラプスインキュベーターが導入されたことによって、媒精直後から胚盤胞に成長するまでを首尾一貫して観察することが可能となったため、受精卵の発育過程から胚の情報を得られるようになってきました。
最近では、AIが内蔵されたタイムラプスインキュベーターも登場し、媒精してから受精の反応が現れるまでの時間。細胞の分割が開始するまでの時間。胚盤胞に発生するまでの時間。などを、AIがスコアリングしていき、従来のGardner分類とは別に、胚の発生過程からAIによって胚のグレード(スコア)を導き出すことができるようになりました。
このAIスコアリングシステムが非常に優れており、最終的な見た目の評価が4AAという良好な胚であっても、その発生過程に異常な所見が認められれば低いスコアを付け、反対に、見た目のグレードが4BBという胚であっても、発生過程にまったく問題が無ければ高いスコアを付けてくれます。
これが、見た目とポテンシャルのギャップとなる要因の一つなのではないかと考えられており、実際に、AIスコアの方がより詳しい妊娠率を反映することが出来るのではないか?という学術研究や、施設によってはGardner分類によるグレードよりもAIのスコアを優先して移植順位を決定するというクリニックも出てきています。
移植成功率を高めるためにできること
胚盤胞を移植する際、少しでも成功率を高めるために、以下の点に注意することをお勧めします。
子宮内膜の整えましょう
– 運動習慣や冷やさないようにすることで血流の改善を心がける
– お薬を絶対に忘れないようにする(HR周期では適切なホルモン補充が重要です)
– 子宮内フローラや慢性子宮内膜炎などの検査も検討
最適な移植方法と移植タイミングを調べましょう
– 自然周期・ホルモン補充周期どちらが適しているか医師と相談する
– ERA・ERpeak検査(子宮内膜着床能検査)で個人に合った移植時期を特定する
生活習慣の改善を心がけましょう
– バランスの良い食事
– 適度な運動
– 十分な睡眠
– ストレス管理
サプリメントを活用しましょう
– 食事だけでは取りづらい栄養素はサプリメントで積極的に補充する
– 不足しがちな栄養素もサプリメントで補充していく
– 特に葉酸は640μg/日が推奨されている(※厚生労働省)
移植当日の過ごし方
– リラックスして臨む(緊張は血流を悪化させる)
– 移植後は普通に生活(安静にしすぎない)
– 前向きな気持ちを保つ(ストレスを感じないように)
パートナーのサポートも
– 精神的な支えも非常に重要
– 一緒に生活習慣を改善していく
– 治療への理解と協力を持ってもらう
これらの対策をしていくことにより、4BBやそれよりも低い評価の胚であっても、ポテンシャルを十分に引き出すことができるのではないかなと思います。特に重要なのは、ストレスや精神面、気持ちの部分で、身体は不安やストレスを感じている状態になると、血流やホルモン分泌が悪化するため、結果的に着床を妨げてしまう可能性があります。そのためグレードに一喜一憂してストレスを感じることは、あまり賢明ではありません。
胚移植を控えている方へのアドバイス
最後に、これから胚移植される方へ、是非以下のことについて心がけていただきたいと思います。
グレードに振り回されない
確かにグレードは一つの指標にはなるのですが、グレードが低いからといって妊娠出来ないということではありません。AIスコアリングシステムについても解説しましたが、妊娠・出産できるかどうかの本来のポテンシャルと見た目のグレードにはギャップがあることも少なくありません。
グレードだけでは妊娠率は比較出来ない
「●●さんはAAで妊娠した」「ネットで見たらBBは妊娠率が低いと書いてあった」など他人と比較することは実はまったく意味がありません。ナンセンスです。患者様それぞれ不妊原因は異なり、年齢や病歴、生活習慣、家族歴(遺伝)など、バックグラウンドも異なります。一個人の正確な妊娠率を検討するには、考慮されるべき項目が数多くあり、グレードはあくまでもその一つに過ぎません。
グレードよりも重要な項目がたくさんある
今回のコラムでも説明した通り、体外受精の治療における妊娠率を算出する場合、年齢や病歴などグレードよりも重要な項目はたくさんあります。年齢については、当然ながら高齢になるほど妊娠率は下がってしまいますし、子宮筋腫や腺筋症、内膜ポリープなど婦人科系疾患や染色体異常、遺伝子疾患の既往がある場合などでは、一般的な妊娠率は一切当て嵌まりません。
とにかくリラックスして臨む
たとえ、低いグレードであってもグレードは変えられません。しかしながら、子宮環境を整えたり、ストレスを減らしたりして移植に臨むことはできます。妊娠にとって何よりも悪いのは身体がストレスを感じている状態で、グレードに悩み不安を感じている状態は自ら妊娠率を下げているようなものです。是非リラックスした状態で移植に臨んでいただきたいと思います。
判定日までに不安で押しつぶされそうになったら
判定日までの期間、多くの患者様が期待と不安で押しつぶされそうになり長く感じると思います。そんな時に出来ることとして、不妊治療に詳しいある臨床心理士さんが教えてくれたのですが、お腹の手を当てて、目をつむり、頭の中で『花の種が大地に取り込まれ根を張っていき綺麗な花を咲かせるように、胚が子宮内膜という大地に取り込まれ胎盤という根を張っていく様』をイメージして思い描いてみると、不安な気持ちが少し落ち着くとのことでした。
もしも不安で不安で仕方が無いという方がいらっしゃれば、一度試してみてください。
最後に
もしも、胚移植が上手くいかなかったとしても、それがグレードだけが原因である可能性は低いと言えます。一度の治療、一度の移植で心が折れてしまう患者様も実際多いのですが、妊娠は複雑で様々なプロセスにより構成され、すべての条件が揃った時に初めて成立するものです。
グレードはあくまでもその条件の一つであり、グレードが良ければ妊娠出来るというわけではありません。
私たちは、凍結・移植が可能な状態の胚盤胞に育ったという時点で『妊娠の可能性が十分にある』と判断しています。少し残酷な言い方かもしれませんが、われわれ胚培養士は、受精卵が一定の基準を満たした胚盤胞に育つかどうか?で赤ちゃんになる能力を持っているかどうかの生物学的選別・淘汰を行っています。
体外受精における受精卵の培養は、そういった意味合いも非常に大きいのです。
つまり、胚凍結・胚移植まで進んでくることが出来た胚は、すでにいくつもの壁を乗り越えてきている強い胚ということです。グレードに一喜一憂することなく、是非、万全の状態でお腹に迎え入れてあげていただけたらと強く願っています。