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「妊活を始めてしばらく経つのに、なかなか授からない…」「過去のクラミジア感染が不妊の原因になっているのでは?」このような不安を抱えていらっしゃる方は少なくありません。クラミジア感染症は女性は自覚症状がないまま進行することが多く、気づかないうちに卵管や子宮に影響を与えている可能性があります。今回は、クラミジア感染と不妊の関係について最新の医学的知見を交えながらわかりやすくご説明させていただきます。
クラミジア感染症とは?基本知識と感染経路
クラミジア感染症はクラミジア・トラコマティスという細菌によって引き起こされる性感染症です。日本では最も多い性感染症の一つで特に20~30代の若い世代に多く見られます。2023年の厚生労働省の調査では年間約2万5000件の報告がありますが、実際の感染者数はその10倍以上と推定されています。
感染経路は主に性的接触によるもので粘膜同士の接触により感染が成立します。重要なのは感染していても女性の約80%・男性の約50%が無症状であるという点です。このため「サイレント感染症」とも呼ばれ、知らないうちに感染が広がりパートナー間でピンポン感染を繰り返すケースも少なくありません。
特に女性の場合、子宮頸管から感染が始まり治療せずに放置すると上行性に感染が広がり、子宮内膜炎や卵管炎、骨盤腹膜炎といった骨盤内炎症性疾患(PID)を引き起こす可能性があります。これらの炎症は不妊の直接的な原因となるため早期発見・早期治療が極めて重要です。
なぜクラミジアが不妊の原因になるのか
女性の体への影響メカニズム
クラミジア感染が不妊を引き起こす最大の理由は卵管への深刻なダメージです。感染が子宮頸管から上行すると卵管内で炎症反応が起こります。この炎症により卵管の内腔を覆う繊毛細胞が破壊され、卵子の輸送機能が低下します。さらに、炎症が治まった後も瘢痕組織が形成されることで卵管の狭窄や閉塞が生じます。
クラミジア感染歴のある患者様の約30%に何らかの卵管因子の問題があると考えられています。両側の卵管が完全に閉塞している場合、自然妊娠は困難となり体外受精が必要になることもあります。また、部分的な卵管の機能不全は子宮外妊娠のリスクを通常の6~7倍に高めるという研究データもあります。
さらに、クラミジア感染は子宮内膜にも影響を与え受精卵の着床を妨げる可能性があります。最近の研究ではクラミジア感染により子宮内膜の免疫環境が変化し、着床に必要な分子の発現が低下することが明らかになっています。
男性不妊との関連性
男性のクラミジア感染も不妊の原因となり得ます。感染は尿道から始まり前立腺・精巣上体へと広がる可能性があります。精巣上体炎を発症すると精子の通り道が狭窄・閉塞し、無精子症や乏精子症の原因となることがあります。
また、クラミジア感染により精子の質が低下することも報告されています。感染による炎症反応で活性酸素が増加し、精子のDNAが損傷を受けたり運動率が低下したりします。2024年の研究ではクラミジア感染のある男性の精子では正常形態率が平均20%低下し、前進運動率も30%程度減少することが示されています。
このため、不妊治療においては必ず男性と女性両方の検査と治療が必要です。片方だけの治療では再感染のリスクが高く根本的な解決にはなりません。
無症状でも要注意!クラミジア感染の見逃しやすいサイン

クラミジア感染の最も厄介な点はその多くが無症状であることです。しかし注意深く観察するといくつかの微細なサインに気づくことがあります。女性の場合おりものの量がわずかに増える、性交時や性交後に軽い出血がある、下腹部に違和感があるといった症状が現れることがあります。
経験上では「最近おりものが少し黄色っぽい」「生理以外の時期に少量の出血がある」といった軽微な症状を訴えて来院された患者様からクラミジア感染が発見されるケースが少なくありません。これらの症状は日常生活に支障をきたすほどではないため見過ごされがちです。
また、感染が進行して骨盤内炎症性疾患を発症すると下腹部痛、発熱、性交痛などのより明確な症状が現れます。しかしこの段階では既に卵管や卵巣に炎症が及んでいる可能性が高く不妊のリスクが格段に上昇しています。そのため症状の有無にかかわらず定期的な検査を受けることが重要です。特に妊活を始める前には必ず検査を受けることをお勧めします。
クラミジア検査の重要性と検査方法
妊活前に受けるべき検査
妊活を始める前のクラミジア検査は将来の不妊リスクを大幅に減らす重要な第一歩です。検査方法は大きく分けて2つあります。一つは核酸増幅法(PCR法)による検査で子宮頸管の分泌物や尿を用いてクラミジアのDNAを検出します。この方法は感度が非常に高く現在の感染を確実に診断できます。
もう一つは血液検査による抗体検査です。これは過去の感染歴を調べる検査でIgG抗体とIgA抗体を測定します。IgA抗体が陽性の場合は比較的最近の感染を、IgG抗体のみ陽性の場合は過去の感染を示唆します。
特に重要なのは過去に感染歴がある場合の追加検査です。卵管造影検査により卵管の通過性を確認します。最近では、より低侵襲な3D超音波検査による卵管評価も可能になり患者様の負担が軽減されています。
パートナーと一緒に検査を受ける意味
不妊治療において、パートナーと一緒に検査を受けることは必須です。クラミジア感染は「カップルの病気」と言っても過言ではありません。一方だけが治療を受けても、性交渉により再感染する可能性が高く、これを「ピンポン感染」と呼びます。
女性がクラミジア陽性の場合パートナーの男性も約70%の確率で感染していることが分かっています。男性も約50%の方は症状がないため「自分は大丈夫」と思い込んでいるケースが多いのですが、無症状でも感染源となり得ますので注意が必要です。
クラミジア感染による不妊の治療法
抗生物質による治療
クラミジア感染の第一選択治療は抗生物質です。現在最も使用されているのはアジスロマイシン(ジスロマック)1000mgの単回投与です。この治療法の利点は、1回の服用で済むため服薬コンプライアンスが良好で治癒率も95%以上と高いことです。
ただし近年問題となっているのが薬剤耐性菌の出現です。2024年の日本性感染症学会の報告では、マクロライド系抗生物質に対する耐性菌が約5%検出されています。そのため治療後2~4週間後の再検査は必須で、陰性化が確認できない場合は別系統の抗生物質への変更を検討します。
妊娠中の感染の場合は、胎児への影響を考慮しアジスロマイシンまたはアモキシシリンを使用します。
卵管の機能回復と体外受精の選択
抗生物質治療により感染自体は治癒しても既に生じた卵管の損傷は自然には回復しません。卵管の状態により治療方針は大きく異なります。軽度の卵管癒着の場合は腹腔鏡下手術や卵管鏡手術により自然妊娠の可能性を高めることができます。
一方、両側卵管閉塞や重度の卵管水腫がある場合は体外受精(IVF)が第一選択となります。特に卵管水腫がある場合その内容液が子宮内に逆流し着床を妨げる可能性があるため、体外受精前に卵管切除術を行うこともあります。2024年の最新データでは卵管水腫切除後の体外受精の妊娠率は約50%向上することが示されています。
予防と早期発見のポイント
クラミジア感染の予防は不妊予防の第一歩です。最も確実な予防法はコンドームの適切な使用です。ただし、オーラルセックスでも感染する可能性があるため完全な予防は困難です。そのため定期的な検査による早期発見が重要になります。
妊活を始める3ヶ月前には必ず検査を受けることをお勧めします。
また、パートナーとのオープンなコミュニケーションも重要です。性感染症の既往歴や現在の症状について率直に話し合うことでお互いの健康を守ることができます。「検査を提案すると相手を疑っているようで言いづらい」という声をよく聞きますが、「将来の妊娠のため」「お互いの健康のため」という前向きな理由を伝えることで理解を得やすくなります。最新の自己検査キットを利用すれば自宅で簡単に検査することも可能で医療機関受診のハードルを下げることができます。
よくある質問と専門医からのアドバイス

Q1: 過去にクラミジアに感染したことがありますが、完治していれば妊娠に影響はありませんか?
A1: 完治していても感染時に卵管や子宮に生じた損傷が残っている可能性があります。特に、診断・治療が遅れた場合や複数回感染した場合はリスクが高くなります。妊活前に卵管造影検査を受けることをお勧めします。
Q2: クラミジア検査はどのくらいの費用がかかりますか?
A2: 症状がある場合は保険適用で3,000円程度、無症状でのスクリーニング検査は自費で5,000~10,000円程度です。ただし、不妊症の検査の一環として行う場合は保険適用となることが多いです。
Q3: 治療後、どのくらい経てば妊活を再開できますか?
A3: 治療終了後2~4週間後の再検査で陰性が確認されれば妊活を開始できます。ただし、卵管の状態によっては追加検査や治療が必要な場合があります。
最後に、専門医からのメッセージ
クラミジア感染による不妊は早期発見・早期治療により予防可能です。「もしかして」と思ったら恥ずかしがらずに検査を受けてください。クラミジア感染歴があっても多くの方が妊娠・出産を実現されています。