目次
「卵子凍結すればよかった」「しなければよかった」という後悔
「35歳の時に卵子凍結をしておけばよかった…」
「高額な費用をかけて卵子凍結したのに、結局使わなかった…」
卵子凍結という選択肢は、多くの女性にとって「将来への保険」として魅力的に映ります。しかし同時に、「本当に必要なのか」「後悔しないか」という不安も抱えているのではないでしょうか。
大切なのは、正確な情報を得た上で、ご自身のライフプランに合った選択をすることです。この記事では、実際の診療経験から得た知見をもとに、卵子凍結で後悔しないための判断基準を、できるだけわかりやすくお伝えします。
卵子凍結とは?|生殖医療専門医が解説する基礎知識
卵子凍結の仕組みと目的
卵子凍結とは、将来の妊娠に備えて、若い状態の卵子を採取して凍結保存する技術です。卵子は年齢とともに質が低下し、35歳を過ぎるとその変化は加速します。そのため、若いうちに卵子を凍結しておくことで、「卵子の時間を止める」ことができるのです。
医学的適応(がん治療前など)と社会的適応(キャリアやパートナーの都合)がありますが、近年増えているのは社会的適応による卵子凍結です。「今はまだ妊娠のタイミングではないが、将来は子どもが欲しい」という女性の選択肢として注目されています。
卵子凍結の実際のプロセス
卵子凍結は以下のような流れで行われます
| 初回診察・検査 | 卵巣予備能(AMH値など)を確認 |
| 排卵誘発 | 約10-14日間、注射や内服で複数の卵子を育てる |
| 採卵 | 麻酔下で卵巣から卵子を採取(10-20分程度) |
| 凍結保存 | 成熟した卵子を液体窒素で急速凍結 |
採卵は体外受精と同じプロセスなので、身体的負担もそれに準じます。軽度の腹痛や出血、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクもあります。
凍結卵子と受精卵の違い
重要なのは、「卵子凍結」と「受精卵(胚)凍結」は別物だということです。受精卵凍結は、パートナーの精子と受精させた後に凍結するため、融解後の生存率や妊娠率が卵子凍結より高くなります。
凍結卵子は融解時に約80-90%が生存しますが、その後の受精率は約70%、さらに胚盤胞まで育つ確率は年齢により異なります。つまり、「凍結した卵子=将来の赤ちゃん」ではないという現実を理解しておく必要があります。
よくある「卵子凍結の後悔」5つのパターン
実際の診療経験から、後悔につながりやすいパターンを5つご紹介します。
パターン①「AMHの値が低く、採卵しても卵子数が少なかった」
42歳のAさんは38歳の時に卵子凍結をしました。採卵で得られたのは5個、そのうち成熟卵は3個でした。40歳で結婚し、凍結卵子を使用しましたが、3個すべて使っても妊娠には至りませんでした。
「AMHが低いことなどもっと早く知っていれば、もっと多くの卵子が採れたはず…」と後悔される方も多いです。
医師の視点:卵子凍結の最適年齢は35歳以下です。35歳では1回の採卵で15-20個、38歳では8-12個、40歳では5個前後と、年齢が上がるほど採卵数は減少します。将来1人の子どもを希望する場合、35歳では15~20個、40歳では30個以上の卵子凍結が理想的ですが、現実的にはコストの観点からも凍結個数は相談になります。
パターン②「費用をかけて凍結したのに、結局使わなかった」
36歳のBさんは、キャリアを優先して34歳で卵子凍結をしました。総額約100万円の費用をかけて15個の卵子を凍結。しかし、37歳で結婚し、自然妊娠で2人の子どもを授かりました。
「凍結卵子は使わないまま保存期限を迎えました。金額もそうですが、卵子を簡単に破棄することに抵抗があり、更新をいつまでするか悩んでしまいます」
医師の視点:卵子凍結を使用する確率は実は高くありません。海外のデータでは、凍結した女性の約10-30%しか実際には使用していないという報告もあります。これは「保険として凍結したが、自然妊娠できた」というポジティブなケースも含まれます。
パターン③「凍結卵子があるから大丈夫と安心して、妊活を先延ばしにしてしまった」
44歳のCさんは35歳で卵子凍結をしました。「凍結卵子があるから大丈夫」という安心感から、仕事に集中し、妊活を後回しにしました。しかし43歳で結婚後、凍結卵子を使用するも妊娠せず、妊娠するのが難しい年齢になっていました。
「凍結卵子があるからと思い、妊娠を後回しにして、時期を逃してしまった…」
医師の視点:卵子凍結は「時間を止める」技術ですが、「妊娠を保証する」ものではありません。また、母体年齢が上がると、妊娠・出産のリスクは高まります。凍結卵子があっても、自然妊娠や体外受精の選択肢は常に検討すべきです。
パターン④「現実的な成功率を知らずに、過度な期待をしてしまった」
39歳のDさんは34歳で10個の卵子を凍結しました。「10個あれば確実に妊娠できる」と思っていましたが、実際に使用したところ、融解生存が9個、受精が7個、胚盤胞到達が3個、妊娠に至ったのは2回目の移植でした。
「2人子供が欲しいと思っていましたが、難しいかもしれません。もっと現実的な確率を知っていればと思います…」
医師の視点:1個の凍結卵子から出産に至る確率は、35歳で約15%、38歳で約10%、40歳で約5%程度です。つまり、10個凍結しても、出産できるのは1-2人分ということです。この現実を理解せずに凍結すると、期待と現実のギャップに苦しむことになります。
パターン⑤「パートナーとの意見の相違で使用できなかった」
40歳のEさんは、35歳で卵子凍結をしました。39歳で結婚しましたが、パートナーは「自然に任せたい」という考えで、凍結卵子の使用に消極的でした。結局、自然妊娠を試みる間に、どんどん妊娠が難しくなってきました。
「将来のパートナーとの価値観の違いまで考えていなかった…」
医師の視点:卵子凍結は個人で決断できますが、使用時にはパートナーの協力が不可欠です。将来のパートナーが必ずしも体外受精に賛成するとは限りません。この点も考慮に入れる必要があります。
卵子凍結で後悔しないための年齢別判断基準
30-34歳の方へ
おすすめ度:★★★☆☆(条件付きでおすすめ)
この年代はまだ自然妊娠の可能性が十分にあります。卵子凍結を検討すべきなのは:
- 3-5年以内にパートナーや妊娠の予定がない
- AMH値が低い(2.0ng/ml以下)
- 卵巣に病気があり、将来的に卵巣機能が低下する可能性がある
アドバイス:まずはAMH検査を受けて、ご自身の卵巣予備能を確認してください。AMH値が十分にある場合は、35歳前後でもう一度検討するという選択肢もあります。費用と時期のバランスを考えましょう。
35-37歳の方へ
おすすめ度:★★★★☆(積極的に検討を)
この年代の方には卵子凍結をおすすめします。採卵数も質もまだ比較的良好で、費用対効果が最も高い時期です。
- 1-2年以内にパートナーや妊娠の予定がない方
- キャリアの重要な時期で、すぐには妊娠できない方
- 将来的には確実に子どもが欲しいと考えている方
アドバイス:35歳で凍結した卵子を40歳で使用した場合、妊娠率は35歳時点のものとほぼ同等に保たれます。この年齢で凍結を検討するなら、最低15-20個の卵子確保を目標にしましょう。1回の採卵で足りない場合は、複数回の採卵も視野に入れてください。
38-39歳の方へ
おすすめ度:★★★☆☆(慎重に検討を)
この年齢では、卵子凍結よりも、すぐに妊活や不妊治療を始めることをお勧めすることが多いです。ただし、以下の場合は卵子凍結も選択肢になります:
- どうしても今は妊娠できない明確な理由がある
- 1年以内にパートナーができる見込みがない
- AMH値がまだ比較的良好
アドバイス:この年齢では卵子の質も数も低下し始めています。凍結を選ぶ場合は、「保険」としてではなく、「現実的な妊娠の可能性を少しでも残す」という認識で臨んでください。また、並行して婚活やパートナー探しを積極的に進めることをおすすめします。
40歳以上の方へ
おすすめ度:★★☆☆☆(限定的な状況でのみ)
40歳を過ぎると、採卵数の減少と卵子の質の低下が顕著になります。多額の費用をかけて凍結しても、妊娠に至る可能性は低くなります。
卵子凍結よりも、以下を優先すべきです:
- すぐに妊活を開始する
- 体外受精など高度不妊治療を検討する
- パートナーがいる場合は受精卵凍結を検討する
アドバイス:40歳で凍結する場合、30個以上の卵子確保が理想ですが、これには複数回の採卵と高額な費用がかかります。費用対効果を冷静に考え、「今できる妊娠」に向けた行動を優先することをお勧めします。
知っておくべき卵子凍結のリアルな成功率と限界
年齢別の現実的な妊娠率
多くの方が誤解しているのが、「凍結卵子=確実な妊娠」ではないということです。
実際の数字を見てみましょう
| 35歳で凍結 | 1個の卵子から出産に至る確率 約15% |
| 38歳で凍結 | 1個の卵子から出産に至る確率 約10% |
| 40歳で凍結 | 1個の卵子から出産に至る確率 約5% |
つまり、35歳で20個凍結しても、理論上は3人分程度の出産可能性ということになります。
凍結・融解による卵子へのダメージ
卵子は受精卵に比べて水分量が多いため、凍結・融解による影響を受けやすいという特徴があります。
| 融解後の生存率 | 約80-90% |
| 生存卵子の受精率 | 約70% |
| 受精卵の胚盤胞到達率 | 年齢により20-50% |
つまり、10個凍結しても、最終的に移植可能な胚盤胞になるのは2-4個程度です。凍結した数は、移植できる数ではないことを理解しておくことが重要です。
母体年齢の影響は避けられない
卵子は若いままでも、母体は年齢を重ねます。40代での妊娠・出産には以下のリスクが伴います:
- 妊娠高血圧症候群のリスク増加
- 妊娠糖尿病のリスク増加
- 帝王切開率の上昇
- 流産率の上昇
卵子凍結は「卵子の時計」は止められますが、「母体の時計」は止められません。使用時の年齢も重要な要素です。
費用対効果を考える|経済的な現実と向き合う
卵子凍結にかかる実際の費用
卵子凍結は自費診療のため、全額自己負担となります。
初回費用(採卵・凍結まで):
- 初診・検査費用:3-5万円
- 排卵誘発剤:5-10万円
- 採卵費用:15-25万円
- 凍結費用:3-5万円
- 合計:約30-50万円/1回
年間保管費用:
- 約3-5万円/年
使用時の費用:
- 融解費用:5-8万円
- 体外受精・移植費用:20-30万円
1人の子どもを得るまでに、最低でも100-150万円、複数回の採卵が必要な場合は200-300万円以上かかることもあります。
費用対効果の現実的な考え方
35歳で20個凍結した場合の費用を計算してみましょう:
- 採卵2回(各10個):約80万円
- 10年間の保管料:約40万円
- 使用時の費用:約30万円
- 合計:約150万円
この費用で、理論上3人分程度の出産可能性を得ることになります。「1人の子どもを授かるために150万円」と考えるか、「将来の選択肢を残すための投資」と考えるかは、個人の価値観次第です。
助成制度の活用
一部の自治体では、卵子凍結に対する助成制度を設けています:
- 東京都:上限20万円(年齢制限あり)
- 一部の企業福利厚生:費用の一部補助
お住まいの自治体やお勤め先の制度を確認してみましょう。
専門医が考える「後悔しない選択」のために
判断の3つのステップ
ステップ1:ご自身の状況を客観的に把握する
- AMH検査で卵巣予備能を確認
- ライフプランを具体的に考える(3年後、5年後、10年後)
- 経済状況を現実的に評価する
ステップ2:正確な情報を得る
- 複数のクリニックで説明を聞く
- 過度な期待はせず、現実的な成功率を理解する
- リスクとデメリットも十分に知る
ステップ3:自分に正直に決断する
- 他人の意見に流されない
- 「やらない後悔」と「やる後悔」のどちらが大きいかを考える
- 決断したら、その選択を信じる
「今できる最善の選択」という考え方
卵子凍結に「正解」はありません。大切なのは、その時点での情報と状況で「最善」と思える選択をすることです。
パートナーとの対話の重要性
もしパートナーがいる場合は、卵子凍結について率直に話し合うことをお勧めします:
- なぜ卵子凍結を考えているのか
- 将来の家族計画をどう考えているか
- 費用負担をどうするか
パートナーがいない場合でも、将来のパートナーが体外受精に理解を示さない可能性も頭の片隅に置いておくことが現実的です。
よくある質問|卵子凍結の疑問に専門医が回答

Q1: 卵子凍結は何歳までできますか?
A1: 技術的には閉経前まで可能ですが、推奨されるのは35歳以下、遅くとも38歳までです。40歳を過ぎると、採卵数の減少と卵子の質の低下により、費用対効果が著しく低下します。年齢を重ねるほど、凍結よりも「今の妊娠」を優先すべきです。
Q2: 凍結卵子の保存期限はありますか?
A2: 技術的には半永久的に保存可能ですが、多くのクリニックでは年単位での更新制です。ただし、母体年齢が45歳を過ぎると、妊娠・出産のリスクが高まるため、実質的な使用可能期限は考慮すべきです。
Q3: 1回の採卵で何個くらい凍結できますか?
A3: 年齢やAMH値により大きく異なります。35歳以下で15-20個、35-38歳で10-15個、38-40歳で5-10個、40歳以上で3-8個程度が目安です。ただし個人差が非常に大きいため、事前のAMH検査や超音波検査が重要です。
Q4: 凍結卵子は確実に妊娠できますか?
A4: いいえ、確実ではありません。1個の凍結卵子から出産に至る確率は、35歳で約15%、40歳で約5%程度です。「保険」としての位置づけであり、「確実な妊娠の保証」ではないことを理解してください。
Q5: 自然妊娠と卵子凍結、どちらを優先すべきですか?
A5: 35歳以上の方には、まず自然妊娠や通常の不妊治療を優先することをお勧めします。卵子凍結はあくまで「今は妊娠できないが、将来は欲しい」という方向けの選択肢です。妊娠できる状況にあるなら、凍結よりも「今の妊娠」を目指すべきです。
Q6: 卵子凍結をしたことは、将来のパートナーに伝えるべきですか?
A6: 使用する際には必ず伝える必要があります。体外受精という形での妊娠になるため、パートナーの理解と協力が不可欠です。交際の早い段階で、将来の家族計画について率直に話し合うことをお勧めします。
Q7: 凍結卵子を使わなかった場合、どうなりますか?
A7: 保管期限が来た時点で廃棄するか、研究への提供(同意が必要)を選択します。多くの方が「結局使わなかった」というケースもありますが、「安心を得られた」という価値もあります。使わないことは必ずしも「無駄」ではありません。
まとめ|あなたにとっての最善の選択とは
卵子凍結は、「魔法の解決策」ではありません。しかし、状況によっては「将来への希望をつなぐ」有効な選択肢となり得ます。
卵子凍結をしてもしなくてもその選択を後悔しないためには、正確な情報を得てご自身の価値観に基づいて決断することが何より重要です。
もし少しでも迷いがあるならまずは当院に相談してください。検査を受けてご自身の状態を知るだけでも、漠然とした不安が具体的な課題に変わり判断しやすくなります。
年齢という時間は戻せませんが「今できる最善の選択」をすることはできます。どんな選択をされてもそれはあなたの人生にとって意味のある一歩です。一人で悩まずぜひご相談ください。