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「赤ちゃんが欲しいけれど、なかなか授からない…」そんな悩みを抱えているあなたへ。不妊治療を検討し始めたものの、実際にどんなことをするのか不安に感じていませんか?生殖医療専門医として、これまで多くのご夫婦の妊娠・出産をサポートしてきました。この記事では、不妊治療で実際に行われる検査や治療内容について、わかりやすく丁寧に解説していきます。一人で悩まず、まずは正しい知識を身につけることから始めましょう。
不妊治療で何をする?生殖医療専門医が解説する治療の全体像
不妊治療を始める前に知っておきたい基本知識
不妊治療を始める前に、まず「不妊症」の定義を理解することが大切です。日本産科婦人科学会では、避妊をせずに通常の夫婦生活を1年間続けても妊娠しない場合を不妊症と定義しています。ただし、35歳以上の女性の場合は、卵子の質の低下を考慮して6か月を目安に受診することをおすすめしています。
不妊の原因は、女性側が約40%、男性側が約40%、両方に原因がある場合が約15%、原因不明が約10%とされています。つまり、不妊治療は夫婦二人で取り組んでいくものです。初診時にお二人で来院されることで、より効果的な治療計画を立てることができます。治療を始めるタイミングは早いほど選択肢が広がり、成功率も高くなる傾向があります。
不妊治療の流れと期間の目安
不妊治療は、まず詳しい検査から始まります。初診から治療開始まで、一般的には以下のような流れで進みます。初診では問診と基本的な検査を行い、1~2周期かけて詳しい検査を実施します。検査結果をもとに治療方針を決定し、多くの場合はタイミング法などの一般不妊治療から開始します。
治療期間は個人差が大きいですが、タイミング法で1~6周期、人工授精で1~6回、体外受精では平均1~3回周期で妊娠に至ることが多いです。ただし、年齢や不妊原因によって治療期間は大きく異なるということは認識しておくといいでしょう。35歳未満では約70%の方が2年以内に妊娠されますが、40歳以上では成功率が低下するため、より積極的な治療が必要になることもあります。焦らず、でも着実に、主治医と相談しながら最適な治療を選択していくことが大切です。
不妊治療の種類と具体的な内容
タイミング法|自然に近い形での妊娠を目指す
タイミング法は、最も自然に近い不妊治療です。超音波検査で卵胞の大きさを測定したり、場合によっては血液検査でホルモン値を確認することで、排卵日を正確に予測します。排卵日の2日前から排卵日にかけてが最も妊娠しやすい時期なので、このタイミングで夫婦生活を持つよう指導します。
必要に応じて、排卵誘発剤を使用することもあります。クロミフェンやレトロゾールなどの内服薬、またはhMG注射などを使用し、卵子の排卵を促します。タイミング法の妊娠率は1周期あたり約5~10%ですが、35歳未満で他に問題がない場合は、3~6周期で約30~40%の方が妊娠されます。費用も比較的安価で、保険適用により3割負担で治療を受けることができます。
人工授精(AIH)|精子を子宮内に直接注入
人工授精(AIH:Artificial Insemination with Husband’s semen)は、採取した精子を洗浄・濃縮し、排卵のタイミングに合わせて子宮内に直接注入する治療法です。精子が子宮頸管を通過する際のハードルを取り除くことで、受精の可能性を高めます。
治療当日、ご主人から採取した精液の処理を行い、運動性の良い精子を選別します。処理には約1時間かかり、その後細いカテーテルを使って子宮内に注入します。処置自体は5分程度で、痛みもほとんどありません。人工授精の妊娠率は1回あたり約7~10%で、3~6回実施して妊娠に至らない場合は、体外受精へのステップアップを検討します。1回あたりの自己負担は約5,000~8,000円程度です。
体外受精(IVF)|卵子と精子を体外で受精
体外受精(IVF:In Vitro Fertilization)は、卵巣から採取した卵子と精子を体外で受精させ、受精卵(胚)を子宮内に戻す高度生殖医療です。卵管閉塞や重度の男性不妊、原因不明不妊などが適応となります。
体外受精の詳しいプロセス
体外受精は以下のステップで進みます。まず、排卵誘発剤を使用して複数の卵子を育てます(卵巣刺激)。卵胞が十分に成長したら、hCG注射またはGnRHアゴニストで最終的な成熟を促し、約36時間後に採卵を行います。採卵は通常、麻酔下で行い、超音波ガイド下に膣から針を刺して卵子を吸引します。所要時間は5~15分程度です。
採取した卵子は培養液の中で精子と出会わせ、受精を待ちます。受精後は培養器で2~5日間培養し、良好な胚を選んで子宮内に移植するか凍結保存します。余剰胚は、次回以降の移植治療に使用することができます。
胚移植の方法と成功率
胚移植には、採卵周期に行う新鮮胚移植と、一度凍結した胚を融解して移植する凍結融解胚移植があります。最近では、子宮内膜の状態を整えやすい凍結融解胚移植が主流となっています。移植は細いカテーテルを使って行い、痛みはほとんどありません。
体外受精の成功率は年齢によって大きく異なります。35歳未満では胚移植あたり約40~45%、35~39歳で約30~35%、40~42歳で約15~20%、43歳以上では約5~10%となります。ただし、これは平均的な数値であり、個人差があることを理解しておくことが大切です。
顕微授精(ICSI)|より高度な生殖補助医療
顕微授精(ICSI:Intracytoplasmic Sperm Injection)は、顕微鏡下で1個の精子を直接卵子内に注入する方法です。重度の男性不妊や、体外受精で受精しなかった場合に適応となります。
熟練した培養士が、形態と運動性の良い精子を1個選び、極細のガラス針を使って卵子の細胞質内に注入します。受精率は約70~80%と高く、その後の培養や移植の流れは体外受精と同じです。顕微授精は高度な技術を要するため、経験豊富な培養士のいる施設で受けることが重要です。費用は体外受精より少し高くなりますが、保険適用により負担は軽減されています。
不妊治療中の検査と診断
女性側の基本検査
不妊治療では、まず原因を特定するための検査が重要です。女性側の基本検査には、ホルモン検査、超音波検査、子宮卵管造影検査などがあります。ホルモン検査では、月経周期に合わせてFSH、LH、エストラジオール、プロゲステロン、AMH(抗ミュラー管ホルモン)などを測定し、卵巣機能を評価します。
超音波検査では、卵胞の発育状態や子宮内膜の厚さや着床の妨げになるような器質的疾患の有無などの確認を行います。子宮卵管造影検査は、造影剤を使って卵管の通過性を調べる検査で、軽度の卵管閉塞であれば、この検査により開通することもあります。その他、必要に応じて子宮鏡検査や腹腔鏡検査を行うこともあります。
男性側の基本検査
男性不妊は全体の約半数を占めるため、男性側の検査も非常に重要です。基本となるのは精液検査で、3~7日の禁欲期間後に採取した精液の量、濃度、運動率、正常形態率などを調べます。WHOの基準では、精液量1.5ml以上、精子濃度1,500万/ml以上、総運動率40%以上、正常形態率4%以上が正常とされています。
精液検査の結果は体調やストレスによって変動するため、異常があった場合は検査を複数回繰り返して総合的な判断を行います。重度の異常がある場合は、ホルモン検査(テストステロン、FSH、LHなど)や精巣の超音波検査、染色体検査などを追加で行うことがあるため、泌尿器科専門医との連携も大切です。専門医での精査の結果、精索静脈瘤などの治療可能な原因が見つかり、精液検査の改善を見込めることもあります。
その他の詳しい検査
基本の検査で原因が特定できない場合や、治療がうまくいかない場合は、より詳しい検査をすすめることがあります。抗精子抗体検査では受精方法の検討を行うことができ、子宮内膜着床能検査では着床に最適な時期を特定することができます。
また、慢性子宮内膜炎の検査や、血液凝固系の検査、免疫学的検査なども必要に応じて追加することがあります。最近では、卵子や精子の質を評価する新しい検査法も開発されており、個々の状況に応じて最適な検査を選択することが可能になっています。これらの詳しい検査により、原因不明不妊とされていた方の中からも、治療可能な原因が見つかることがあります。
不妊治療の費用と保険適用
2022年4月からの保険適用制度
2022年4月から不妊治療の保険適用が大幅に拡大され、経済的負担が大きく軽減されました。タイミング法、人工授精、体外受精、顕微授精のすべてが保険適用となり、自己負担は原則3割となります。ただし体外受精の場合は、年齢制限(治療開始時に女性が43歳未満)と回数制限(40歳未満は通算6回まで、40歳以上43歳未満は通算3回まで)があります。
保険適用には条件があり、法律上の婚姻関係にある夫婦、または事実婚関係にある方が対象です。また、保険診療と自費診療を同一周期内で併用することはできない(混合診療の禁止)ため、先進医療として認められた一部の治療を除き、オプション的な検査や治療を希望する場合は全額自費となることに注意が必要です。
治療別の費用目安
保険適用後の自己負担額の目安は以下の通りです。タイミング法は1周期あたり数千円~1万円程度、人工授精は1回約5,000~8,000円(1周期約1万5,000円~2万円)です。体外受精は、採卵から新鮮胚移植まで含めて約15~20万円、凍結融解胚移植は1回約5~7万円となります。顕微授精の場合は、体外受精より3~5万円程度高くなります。
ただし、使用する薬剤の種類や量、採卵数などにより費用は変動します。また、胚の凍結保存料(年間3~5万円程度)や、先進医療として実施される検査は別途自費となります。治療開始前に、医療機関で詳しい費用説明を受けることもおすすめします。
助成金制度の活用方法
保険適用に加えて、自治体独自の助成金制度を設けている地域も多くあります。東京都では、先進医療にかかる費用の一部を助成する制度があり、1回の治療につき最大15万円まで助成されます。また、所得制限を設けていない自治体も増えています。
助成金の申請には、治療終了後に医療機関から発行される領収書と治療証明書が必要です。申請期限は治療終了から1年以内などと定められていることが多いため、早めの手続きが大切です。お住まいの自治体のホームページ等で、最新の助成制度を確認しましょう。また、医療費控除も活用できるため、領収書は必ず保管しておくことをおすすめします。
不妊治療を成功させるための心構えとサポート
パートナーとの協力体制
不妊治療は夫婦二人で取り組む治療です。検査や治療のスケジュール調整、精神的なサポート、経済的な負担など、様々な面でパートナーの理解と協力が不可欠です。治療方針の決定は必ず二人で話し合い、お互いの気持ちを共有することが大切です。
男性側も積極的に治療に参加することで、成功率が向上することが分かっています。診察への同行、生活習慣の改善、ストレス管理など、できることから始めましょう。また、治療がうまくいかない時期こそ、お互いを責めずに支え合うことが重要です。定期的に二人だけの時間を作り、治療以外の話題でリフレッシュすることも、良好な関係を保つ秘訣です。
心理的サポートの重要性
不妊治療中は、期待と失望を繰り返すことで精神的に不安定になりやすい時期です。「なぜ自分だけが…」という孤独感や、周囲からのプレッシャー、治療への不安など、様々な感情と向き合うことになります。これらの感情は自然なものであり、一人で抱え込む必要はありません。
多くの医療機関では、専門の心理カウンセラーによるカウンセリングを受けることができます。また、同じ悩みを持つ方々との交流会やオンラインコミュニティも心の支えになります。治療を一時的に休むことも選択肢の一つです。焦らず、自分のペースで治療を続けることが、結果的に良い結果につながることも多いのです。
生活習慣の改善ポイント
妊娠しやすい体づくりのために、生活習慣の改善は重要です。適正体重の維持(BMI 20~25)、バランスの良い食事、適度な運動、十分な睡眠、ストレス管理が基本となります。特に、葉酸、ビタミンD、鉄分、亜鉛などの栄養素は積極的に摂取しましょう。
喫煙は卵子と精子の質を低下させ、受動喫煙も悪影響があるため、夫婦ともに禁煙することが大切です。アルコールも控えめにし、カフェインは1日200mg(コーヒー2杯程度)までに制限しましょう。また、過度な運動は逆効果になることもあるため、週3~4回、30分程度の有酸素運動が理想的です。サプリメントの使用については、主治医に相談してから始めることをおすすめします。
よくある質問と生殖医療専門医からのアドバイス

Q1: 何歳から不妊治療を始めるべきですか?
A1: 35歳未満の方は半年、35歳以上の方は3か月間妊娠しない場合に受診をおすすめします。ただし、月経不順がある方や、既往歴がある方は早めの受診が望ましいです。「まだ早いかな」と思っても、検査だけでも受けておくことで、将来の治療計画が立てやすくなります。
Q2: 仕事と治療の両立は可能ですか?
A2: 多くの方が仕事を続けながら治療を受けています。最近は、早朝や夜間、土日診療を行うクリニックも増えています。また、不妊治療のための休暇制度を設ける企業も増加しています。職場の理解を得ることは大切ですが、プライバシーに配慮しながら、必要最小限の情報共有で済むよう工夫しましょう。
Q3: 治療をやめるタイミングはどう決めればよいですか?
A3: 治療の終結は非常に難しい決断です。年齢、経済状況、精神的・身体的負担、夫婦の価値観など、様々な要因を総合的に考慮する必要があります。定期的に夫婦で話し合い、必要に応じてカウンセリングを受けることをおすすめします。
最後に、不妊治療は決して一人で背負うものではありません。医療スタッフ、パートナー、家族、友人など、周囲のサポートを受けながら、自分たちのペースで進めていくことが大切です。どんな結果になっても、治療に取り組んだこと自体が、かけがえのない経験となるはずです。