目次
皆さんこんにちは。胚培養士の川口 優太郎です。
「今回の受精卵は元気ですか?」「順調に成長していますか?」
高度生殖医療を経験されている方なら、誰もが一度は胚培養士に尋ねたことがある質問ではないでしょうか?
痛みに耐えた自己注射や採卵が無事に終わっても、採れた卵子が精子と受精し、受精卵が育たなければ胚移植というステップには進むことができません。胚盤胞に育ったか、凍結が出来たかどうか、結果が分かるまでの培養期間に当たる一週間は、多くの患者様が、不安や期待が入り混じる複雑な感情を抱く期間かもしれません。
今回のコラムでは、精子・卵子・受精卵を取り扱う専門の技術者である胚培養士として15年以上従事してきた経験から、受精卵の成長、細胞分裂について、できるだけわかりやすく、そして皆様の不安に寄り添いながらお伝えしたいと思います。
受精卵の細胞分裂とは?基本的なメカニズムを胚培養士が解説
受精から最初の分割までの重要な24時間
卵子と精子の受精は、受精卵が成長していく過程のスタートとなります。高度生殖医療においては大きく以下の2つの媒精(※卵子と精子を受精させること)方法が存在します。
| 体外受精(cIVF) | 採卵された卵子に、精製した精子を振りかけるように受精させる |
| 顕微授精(ICSI) | 極細のガラス針を使って精子を直接卵子の細胞内に注入する |
いずれかの方法によって媒精し、正常に卵子と精子の受精が成立すると、翌日に受精卵の細胞内に前核(PN;Pronucleus)が確認できるようになります。前核とは、簡単に言えば遺伝情報を含む核のことで、正常に受精した場合では、雌性前核(卵子由来の遺伝情報を持つ核)、と雄性前核(精子由来の遺伝情報を持つ核)という2つの前核が観察されます。
反応の早いものでは、媒精してから6~8時間程度で細胞内に前核が確認できるようになり、20時間程度が経過すると細胞内から前核が消失し見えないようになります。
我々胚培養士は、採卵の翌日、媒精からおおよそ16~20時間前後に受精卵の観察を行い、この2つの前核の確認をすることで正常に受精しているか否かの判断をしています。
受精卵は、インキュベーターと呼ばれる機械の中で培養・管理されます。インキュベーターは、温度や気層環境などが、母体の卵管や子宮内の環境に近い条件下で調節されています。そのため、わずかな環境の変化、例えば我々が暮らしているインキュベーターの外の環境は、受精卵にとってはストレスとなるため、なるべくインキュベーターから取り出すことなく観察時間や回数も最小限に抑えています。
正常な細胞分裂のタイミング
細胞内から前核が消失し見えなくなると、細胞の分裂(分割)が開始します。約24~26時間が経過すると、1つの細胞が2個に分割して2細胞期に、その後4細胞期、8細胞期へと分割していきます。
この規則正しい分割リズムは、受精卵の質を評価する重要な指標の一つなのですが、厳密には、2細胞→4細胞→8細胞といった具合に完全に規則正しく分裂していくわけではなく、それぞれの細胞が分割するタイミングは少しズレることもよくあります。
ある程度の範囲内のズレであれば正常と判断されますが、分割のタイミングに大きなズレが生じたり、フラグメント化が見られたりする場合にはその後の発育に影響が出ることも多くあります。
また、分割のタイミングは早ければ良いというわけではなく、早すぎる分割も、遅すぎる分割も、受精卵に何かしらの異常(染色体異常など)が認められるリスクが高まります。
体外受精における受精卵の成長過程を日ごとに解説
Day1(受精確認):前核期の観察ポイント
採卵日の翌日(Day1)、媒精を行ってから約16~20時間後に受精しているかどうかの確認である「受精確認」を行います。
卵子と精子が正常に受精していれば2日目以降に長く培養を継続していくことになりますが、受精が認められない場合や、異常な受精の反応が認められた場合にはその時点で培養を中止するため、胚の培養においてはいわば“第一関門”となる観察ポイントでもあります。
先述した通り、卵子と精子の受精は、雌性前核・雄性前核の2つの前核(2PN)を確認することで正常な受精か否かを判断しています。
よく観察される反応として、3つ以上の前核が認められる場合(3PN以上)や、前核が1つしか確認できない場合(1PN)があります。3つ以上の前核が認められた場合、考え得る原因としては、体外受精(cIVF)を行った際に1個の卵子に対して2個以上の精子が侵入する多精子受精が考えられます。
体外受精を行う場合、1mlあたりに運動精子が10~20万個になるように調整をして卵子に精子を振りかけます。通常であれば、精子が卵子に1個侵入すると、それ以上精子が侵入しないように、卵子がバリアを張る反応が見られるのですが、その反応が上手くかからないと2個以上の精子が侵入してしまうことがあります。この現象を多精子受精といいます。
多精子受精の場合でも、そのまま培養を継続すると胚盤胞まで成長することがあるのですが、染色体を正常なものよりも1セット多く持っている三倍体の胚であるため、赤ちゃんに育つ確率は0%です。むしろ、胞状奇胎などの極めてリスクの高い異常妊娠につながる恐れがあると考えられているため、この段階で正しく見極めることが重要なポイントになります。
当院では、3PN以上の場合も、1PNの場合のいずれも、異常な受精の反応であるためこの時点で培養を中止していますが、少ない例ではあるものの、1PN由来胚から生児が誕生している報告もあるため、クリニックによっては培養を継続して様子を見るという施設もあります。
Day2-3:初期胚(分割期胚)の観察ポイント
初期胚(分割期胚)の観察では、➀分割のスピード、➁割球のサイズ(均等性)、➂フラグメントの量、に焦点を当てて観察していきます。
まず、➀分割のスピードですが、受精を確認した翌日、培養の2日目(Day2)にはおおよそ2~4細胞期胚、3日目(Day3)に8細胞期胚に分割します。これよりも割球の数が少ない、つまり分割した回数が少ないと成長のスピードとしては遅いと判断されます。ただし、これより早すぎても、遅すぎても、発育に異常がある可能性があります。
次に、割球のサイズについては、分割した際の細胞の割球サイズが大小不同(大きい細胞と小さい細胞が混在している状態)だと分割期胚の評価が低くなります。
分割期胚は、Veeck分類と呼ばれる国際的な評価方法によってグレードを付けていきますが、評価を行う上で重要となるのが割球のサイズの均等性とフラグメントの量です。2細胞期、4細胞期、8細胞期時点での細胞の均等性は特に注視します。
しかし、先述の通り2→4細胞、あるいは4→8細胞に分割する時に、それぞれの細胞が全く同時に分割するわけではなく、タイミングが少しズレることはよくあります。例えば2→4細胞の場合では、先に分割して2個になった細胞と、まだ分割していない残りの1個の細胞で3細胞期が観察されることがあり、この場合では、大きい細胞と小さい細胞が混在するため、必ずしも均等が良い評価になるわけでは無く、Veeck分類の付け方は少し変わってきます。
最後に、➂フラグメントの量ですが、受精卵の分割が進んでいく過程で、割球からフラグメントと呼ばれる細胞断片が出てくることがあります。フラグメントは、治療時の年齢や媒精方法にほとんど関係無く観察されます。フラグメントの発生は、とにかく少なければ少ないほど良く、少ないほどVeeck分類の評価も高くなります。少量であれば、受精卵の発育に与える影響は少ないのですが、量が多くなるほどその後の発育に顕著に影響を与えます。
Day4:Compaction期から桑実期胚へ
培養の4日目になると、受精卵派8~16細胞期以上に分割し、ある程度分割が進むと、今度は細胞どうしが一つの塊へと融合し始めます。この段階をCompaction(コンパクション)期といいます。そして、細胞が完全に融合し個々の細胞の境界が見えにくくなってくると、桑の実のような見た目になっていきます。その見た目から、このステージのことを桑実期(そうじつき)胚と呼びます。
綺麗にコンパクションが進んでいくか、桑実期胚となるかも胚盤胞に成長していく上では重要なのですが、インキュベーターから取り出す観察の回数が増えてしまうと、受精卵にとってはストレスとなる環境に暴露させることになります。そのため、観察回数を減らすことを考慮してDay3やDay4は観察を行わないという施設も多くあります。
Day5-6:胚盤胞への発育
培養の5~6日目になると、受精卵は胚盤胞と呼ばれるステージへと成長をしていきます。桑実胚の内部に空洞が形成され(胞胚腔)、将来の胎児になる部分である内部細胞塊と、胎盤になる部分である栄養膜細胞へと分化していきます。
胚盤胞は、国際的な評価方法であるGardner分類によってグレードが付けられていきます。胚の大きさや発育段階を示す1~6の数字と、A~Cまでの内部細胞塊の評価、A~Cまでの栄養膜細胞の評価の組み合わせで表現されます。
例えば「4AB」という胚であれば、拡張した胚盤胞で内部細胞塊は細胞の数が多く密に塊を形成している。栄養膜細胞はやや細胞が薄い箇所が認められる。といった具合です。
最大で培養6日目の夕方まで培養を継続して様子を見ていきますが、培養5日目に胚盤胞に成長した受精卵と比較して、培養6日目にやっと胚盤胞になったものでは、やや妊娠率は低下します。
しかしながら、全く可能性が無いというわけではなく、培養6日目の胚であっても元気な赤ちゃんはたくさん誕生しています。
受精卵の細胞分裂と良好な胚発生を左右する要因
卵子側の年齢による影響と染色体異常の関係
患者様から最もよく聞かれる質問の一つに、「年齢って受精卵の発育にどのくらい影響するんですか?」というものがあります。
残念ながら、女性の治療時の年齢は、受精卵の発育に非常に大きく影響します。
まず、女性は年齢が35歳を過ぎると、卵子の染色体異常の割合が上昇し始めます。そして40歳を過ぎると約70%以上に、42歳を過ぎると約80%以上の染色体異常があるとされています。
染色体異常のある受精卵では、
精子と受精しない
受精しても分割が進んでいかない
胚盤胞まで発育しても評価が低い
子宮内に移植をしても着床しない
着床しても流産・死産となる
といった予後となります。
最近では、受精卵の染色体異常による流産を避けることを目的として、着床前遺伝学的検査(PGT-A)も行われるようになってきました。PGT-Aの導入により、染色体異常(染色体異数性)を持つ胚を選別し、正倍数性の胚のみを移植するということが可能になりました。
精子側の状態とDFI・ORP検査との関連性
受精卵の発育は、当然ながら卵子だけでは無く精子側の状態も非常に大きく影響します。上記の通り、卵子については年齢が非常に大きな影響を及ぼしますが、精子においても年齢的な要因や生活習慣などによって、いわゆる精子の“質”が下がることが報告されています。
近年では、精子DNA断片化率を評価するDFI検査や、精液の酸化ストレス値を評価するORP検査など、数や運動性などではなく、精子の“質”を評価する検査が導入されるようになってきました。
このような検査によって精子の“質”が低いと判定された症例では、やはり胚の発生率は顕著に悪いということが多いです。
特に、培養3日目以降の発育が悪いことが多く、綺麗なCompaction期にならなかったり、全体がフラグメント化してしまったりすることもよく観察されます。これは、精子側のDNA損傷の影響が胚発育の後半に現れるためです。
細胞分裂の異常パターンとは
分割速度の異常(早すぎる・遅すぎる・停滞する)
理想的な分割速度から外れる受精卵でも、結果的に胚盤胞に成長することは多くありますが、その予後については慎重に判断していく必要があります。
例えば、培養2日目の時点で既に8細胞以上に分割している胚は、培養を継続すると綺麗な胚盤胞に成長することも多いのですが、近年の学術研究により、分割スピードが早すぎる胚は、染色体異常のリスクが高い可能性が示されています。
また、分割が遅い胚についても慎重な判断が必要であり、培養5日目に凍結基準を満たした胚と比較すると、6日目に基準を満たした胚では着床率は低くなります。
あるいは、分割のタイミングも重要で、4細胞期からなかなか8細胞期へと分割が進まず発育が停滞していたにも関わらず、後半にかけて急激に発育が進む胚もあります。このような胚も、正常に分割が進んだ胚と比較して、移植後の着床率が低くなる傾向が示されています。
フラグメント(細胞の断片化)
フラグメントは、細胞分裂の過程で生じる小さな細胞質の断片で、年齢や媒精方法に関わらず、多くの受精卵で観察される現象です。
軽度(10%未満)であれば胚発育への影響は限定的なのですが、量が増えるほど胚発育に影響を与え、胚盤胞発生率や着床率が低下することが知られています。
フラグメントが発生する要因は完全には解明されていませんが、卵子の“質”、精子の“質”、培養の環境、細胞の酸化ストレス、などが関与していると考えられています。
培養2日目の朝に観察を行いますが、このような分割の初期段階でかなりの量のフラグメントが認められている場合は、卵子そのものに異常がある可能性が高く、次週期以降の卵巣刺激法や媒精方法、前培養から媒精までの時間などを工夫することもしばしば検討されます。
多核胚や不均等分割について
2細胞期や4細胞期の観察で、1つの細胞割球内に複数の核が認められることがあります。これを多核胚と呼びます。培養2日目の分割確認時の多核胚は、割と多い頻度で観察され、その後は正常に発育する胚も多くありますが、核の数が著しく多い場合には胚盤胞へ発生や移植後の予後に影響が出ることも多くあります。
また、細胞割球が不均等の胚も頻繁に観察される現象です。例えば、4細胞期で大きい細胞と小さい細胞が混在するような胚です。あまりにもサイズの差が顕著な場合は、胚の発育が停止することがほとんどですが、完全に胚盤胞に成長しないというわけではありません。
われわれの施設では、胚移植を行う際に、患者様に胚の成長過程を説明し、そのリスクと可能性の両面についてご理解をいただいた上で移植をするようにしています。
タイムラプスで見る最新の受精卵観察技術
従来の観察方法との違い
従来、胚の観察を行う際には、受精卵をインキュベーターから取り出し、顕微鏡下で観察を行っていました。先述の通り、インキュベーターの外の環境は胚の発育にとっては負荷となるため、なるべく胚を取り出さずに観察を行う必要がありました。そのため、観察にかける時間や回数は限定的なものでした。
しかしながら近年、タイムラプスインキュベーターの登場により、観察手法は大きく変わりました。タイムラプスインキュベーターは、インキュベーターの中にカメラが内蔵されており、10~20分ごとに自動的に受精卵の観察・撮影を行います。これにより、パラパラ漫画のように動画で胚の成長過程を振り返ることが可能となりました。
タイムラプスインキュベーターの最大のメリットは、なによりも受精卵を外に取り出すことなく継続的に培養と観察を行えることであり、温度や気相環境の変化によるストレスを完全に排除して、安定した環境下で培養を継続できることにあります。
また、従来の観察では見逃してしまうような一時的な現象も、動画で振り返ることが可能となったため、捉えることができます。
AIを活用した胚評価システム
最新のタイムラプスシステムでは、AI(人工知能)を活用した自動評価機能が搭載されています。数十万~数百万個の受精卵の発育データと妊娠転帰を機械学習させたAIシステムで、胚のグレードとは別に、妊娠の可能性が高い胚を予測することができます。
ただし、現状としてAI評価はあくまで補助的なツールであり、最終的な判断は、経験豊富な医師や胚培養士が患者様の背景(年齢、既往歴、過去の治療歴など)を考慮して行います。機械によるAIシステムと人間による経験を組み合わせることで、より高い精度で、胚を選択することが可能になっています。
よくある質問:受精卵の細胞分裂について
Q1.分割が遅い受精卵でも妊娠できますか?
A1.分割のスピードが遅い胚、統計的に見ると妊娠率が低下する傾向があります。分かりやすいところで言えば、培養5日目に凍結が出来た胚と、6日目に凍結が出来た胚では、5日目胚盤胞の方が着床率は高いです。
しかしながら、成長スピードの遅い胚が、必ずしも妊娠できない胚というわけではありません。分割速度が遅い胚であっても、健康な赤ちゃんが誕生した症例は数多くありますし、私自身も数多く経験しています。
Q2.胚盤胞グレードが良くないと妊娠できませんか?
A2.胚盤胞の形態的なグレードと胚移植対着床率には相関がありますが、形態的なグレードだけでは判断することはできません。例えば、移植胚の評価が4AAであっても母体の年齢が高齢の場合は着床率や出産率は低くなってしまいますし、年齢の若い患者様であればBCやCBなど、評価にCが入る場合でも妊娠例は多くあります。また、4AAであってもPGT-Aによって異数性胚という結果が返ってくることもあります。重要なのは、見た目の評価では無く中身のポテンシャルです。
Q3.複数の凍結胚があり、どの胚を戻したらいいのかわかりません
A3.基本的には、発育ステージ(胚盤胞か?初期胚か?)とグレード(良好なもの)を優先して選択していきます。胚盤胞では、AAが最も優先度が高くCCが最も低いです。初期胚(分割期胚)では、Veeckグレード1が最も優先度が高くVeeckグレード5が最も低いです。
それ以外に、タイムラプスインキュベーターによるAIシステムを用いた評価を参考にしたり、PGT-Aを実施した場合では正倍数性の胚を選択的に移植していきます。
分からない場合は、必ず医師、胚培養士などに相談するようにしてください。
まとめ
受精卵が細胞分裂を進め胚盤胞へと成長していく過程は、まさにヒトの“生命”の始まりでもあります。胚培養士として、毎日のように受精卵を観察していますが、人の顔や性格が異なるように、受精卵にもその成長過程や評価にひとつひとつ個性があるな‥‥と感じることがあり、私自身がこの仕事への面白みを感じる部分でもあります。
採卵を終えてからの一週間は、不安やストレスを感じることも多いかもしれませんが、私たち胚培養士が毎日皆さんの胚と向き合い大切にお世話をしています。是非安心してお任せいただけたらと思います。
胚の成長についてわからないことがあれば、いつでもわれわれにご相談ください。