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皆さんこんにちは。生殖医療クリニック錦糸町駅前院の「胚培養士」川口優太郎です。今回は、人工授精と体外受精の違いについて詳しく解説をしていきます。
これから不妊治療を検討されるというご夫婦や、タイミング法から治療のステップアップを考えられているご夫婦では、人工授精と体外受精がそれぞれどのような治療方法なのかをはっきりと理解できていなかったり、どちらを選ぶべきかよく分からずに悩んでいたりするという方が多くいらっしゃり、私自身もご相談を受ける機会が増えています。
かなり簡潔に言えば、人工授精と体外受精の基本的な違いは、 “お腹の中で授精を図る”か“卵子を体外に取り出して受精をさせるか”です。このコラムでは、それぞれの治療方法について詳しく解説をしていきたいと思います。
定義と概要
不妊治療は、『一般不妊治療』と『高度生殖医療』の大きく2つの段階に分類されます。
人工授精(AIH)とは
人工授精とは、タイミング法と同様に一般不妊治療に分類される治療で、精子精製によって回収した良好な精子を子宮の中へ直接注入することによって妊娠を図る方法です。
通常、膣内で射出された精子は子宮頸管を通って子宮内へと入っていきますが、人工授精では、この過程を省略して直接子宮内へと精子を送り込むため、タイミング法と比較して妊娠率の向上が期待できます。
一方で、人工授精の場合では、卵子と精子の受精から妊娠が成立するまでのプロセスは自然妊娠と変わりません。そのため卵管閉塞や卵管狭窄など、不妊症の原因が卵管因子によるものである場合には、子宮内に精子を注入しても卵管を通過することができません。つまり、精子と卵子が出会うことができず受精が成立しないので、妊娠することができません。
また、人工授精ではお腹の中で卵子と精子が受精しているのか?受精卵(胚)がちゃんと育っているのか?などを確認することが出来ないため、受精の機構や胚の発育に不妊症の原因がある場合でも有効な治療方法にはなりません。
体外受精(IVF)とは
体外受精とは、高度生殖医療に分類される治療で、採卵という手術によって卵子を体外へと取り出し、精子と受精をさせて発育した胚を子宮の中へ戻すことによって妊娠を図る方法です。
卵子と精子が受精していることや、胚が育っていることが確実に確認できるため、タイミング法や人工授精と比較して遥かに高い妊娠率が期待できます。
体外受精では、精子や胚の卵管の移動をすべて省略することができるため、卵管に不妊症の原因がある場合では特に有効な治療方法になります。また、卵子と精子の受精を人間の手で行うことで、確実に受精したことを観察により確認できるため、精子の数が少ない、運動性が低いといった男性不妊の症例に対しても有効な方法になります。
人工授精の特徴・流れ・メリット・デメリット
ここからは、それぞれの治療の流れやメリット・デメリットについて解説をしていきます。
まずは、人工授精の治療の流れについてです。
クリニックに受診
まずはクリニックを受診していただき、初診・問診を行った上で、人工授精までの治療スケジュールを立てていきます。どちらか一方だけではなく、ご夫婦(カップル)で一緒に受診していただくのが望ましいです。
検査
過去の月経周期をベースに、血中ホルモン検査・超音波検査・頸管粘液検査などで卵胞の発育と排卵日を予測して、人工授精を実施する日程を決定します。場合によっては、マイルドなお薬を使って、卵胞の発育や排卵を促すことがあります。お身体の状態や経過によって、1~3回程度の通院が必要です。
人工授精当日
人工授精当日は、ご主人に精液を提出していただきます。クリニック内にある採精室で精液を採取するか、ご自宅で採取した精液を持ってくるか、いずれかの方法で提出します。
提出していただいた精液は、精子精製という精子の洗浄・濃縮作業によって、運動性の優れた良好精子だけを回収する作業にかけます。
精子精製によって回収した良好精子を、細いカテーテルを使って子宮の中に直接注入していきます。
黄体ホルモン補充
人工授精後は、胚の子宮への着床をサポートするために必要となるホルモン(黄体ホルモン;プロゲステロン)を補充するために、お薬を投与することがあります。一般的には、飲み薬としてデュファストンやルトラールと呼ばれるお薬が使われます。子宮内を妊娠に適した環境に整えて、着床しやすくし、妊娠を維持させる効果があります。
人工授精のメリットは?
人工授精における最も大きなメリットは、自然に近い形で妊娠を図れる点にあります。
子宮内に精子を注入するという処置を除いては、それ以降の妊娠が成立するまでのプロセスは自然妊娠と変わりません。施術自体も、細くてやわらかい専用のカテーテルを使って精子を注入するだけなのでおおよそ10分程度で終わり、痛みもほとんど無く麻酔を使うこともありません。
施術後はそのまま帰宅することができるので、身体への負担もほとんどありません。
保険診療の場合、1回あたり5,460円で受けることができるため、不妊治療の導入としてトライしやすい治療方法であると言えます。
人工授精のデメリットは?
人工授精のデメリットは、体外受精と比較すると妊娠率がそれほど高い治療方法では無いという点です。日本産科婦人科学会のデータによると、一周期あたりの妊娠率はおおよそ10%程度と報告されており、高齢になるほど低下していきます。
また、累積妊娠率といいますが、統計上、回数を重ねるほど妊娠率は少しずつ上昇していきます。しかし、一定の回数を超えると頭打ちになり、それ以降は何度繰り返しても妊娠率は上がりません。
一般的な目安としては、3~4回程度続けても妊娠に至らないという場合に、より高度な治療へとステップアップしていく必要があります。
適応となる症例・年齢層は?
タイミング法を数周期行っても妊娠が認められない場合に人工授精の適応となります。
卵管閉塞や卵管狭窄など、卵管に不妊症の原因がある場合には有効な治療方法とならないため、卵管由来の不妊ではないことが挙げられます。
また、男性では性機能障害(勃起障害、射精障害、いわゆるEDなど)によって性交渉が上手く成立しない、膣内で射精することができない、という患者様に適応があります。
一周期あたりの妊娠率がそれほど高い治療方法では無いため、40歳以上の高齢の患者様では、人工授精を飛ばして体外受精からスタートするという施設も少なくありません。
体外受精の特徴・流れ・メリット・デメリット
次に、体外受精の治療の流れについて説明していきます。
クリニックに受診
人工授精と同様、クリニックを受診していただき、初診・問診を行った上で『治療計画書』を作成していきます。保険診療で体外受精を受ける場合には、この治療計画書の作成は必須で、またご夫婦揃った状態で治療への同意が必要になりますので、必ずご夫婦で一緒に来院するようにしてください。
感染症採血
治療を開始する前に、ご夫婦に感染症の検査を必ず受けていただきます。不妊治療という性質上、直接的な不妊原因となるだけでなく、夫婦のいずれかあるいは両方にHIVや性感染症があると、一方を治療しても感染し合う状態が続いてしまう可能性があるためです。
また、体外受精では血液や精液などの体液を取り扱うことが多いため、医療者側を守る目的もあります。
検査(不妊スクリーニング)
採血によって血中ホルモン値を検査すると同時に、超音波検査や内視鏡検査などによって子宮の状態や卵胞の発育を経過観察するほか、婦人科系疾患の有無など、網羅的に検査をして確認します。
男性側では、精液検査によって精液量や精子濃度(精子の数)、運動性や奇形率(形態評価)を調べます。
卵巣刺激の開始
体外受精は、女性の月経周期のタイミングに沿って進めていきます。一般的には、月経3日目から卵胞を発育させるための卵巣刺激を行います。卵巣刺激には、お薬を使わない自然周期、比較的マイルドなお薬のみで行う低刺激周期、投薬によって多数の卵胞を発育させる中・高刺激周期があり、患者様のバックグラウンドによって適している刺激方法は異なります。
お薬を使う場合は、FSH製剤やHMG製剤を隔日または連日、自己注射により投与します。
採卵日の決定と排卵誘発(トリガー)
卵胞が十分に発育したら採卵の日程を決定します。採卵日に合わせて、採卵の34~36時間前にhCG注射やGnRHアゴニスト点鼻薬などで排卵誘発を行います。これは、“トリガー”とも呼ばれ、卵胞を成熟させ、卵子の成熟を促すために使われます。
採卵当日
トリガーから34~36時間後に採卵を行います。月経開始日からおおよそ12~16日目頃に行われます。採卵は、卵胞の発育個数が少ない場合は無麻酔で、ある程度個数がある場合には局所麻酔または静脈麻酔下で行います。
30cm以上ある採卵専用の長い針を使って、経腟で卵巣に針を刺して卵巣内の卵胞液を吸い上げていきます。胚培養士が顕微鏡下で、吸い上げた卵胞液の中から卵子を採取していきます。
人工授精と同様に、男性側には精液を提出していただき、精子精製によって良好な精子を回収していきます。
媒精
採卵によって卵子が採れたら、精子と受精させていきます。卵子と精子を受精させることを媒精(ばいせい)といいます。媒精には大きく「体外受精(ふりかけ)」と「顕微授精」という2つの方法があります。
体外受精(ふりかけ)は、培養液の中に卵子を入れ、培養液1mlあたりおよそ10~20万個精子濃度になるように調整して、卵子に精子をふりかけるようなイメージで合わせていきます。お腹の中で起こる受精を体外で再現しているだけなので、顕微授精と比較すると自然に近い形で受精を図る方法だと言えます。
顕微授精は、Injection Pipetteと呼ばれる極細のガラスの針を使って、精子を卵子の細胞内に刺して込んで直接注入します。胚培養士が、良好な精子を選別して受精を図る方法であるため、胚培養士の経験や技術力が大きく問われます。媒精の手技としてはかなり人工的な方法である一方で、受精率は体外受精よりも有意に高いです。
胚の培養
媒精の翌日、受精の反応が確認できたら、受精卵(胚)をインキュベーター(受精卵の培養器)に入れて培養していきます。培養期間は、最大で採卵日から一週間です。
受精後5~6日目に「胚盤胞(はいばんほう)」と呼ばれる着床・妊娠の直前のステージまで発育したら、胚を子宮の中に移植していく、あるいは一度凍結保存を行って、体調やスケジュールを整えてから融解して子宮内に移植をしていきます。
胚移植
良好な状態の胚盤胞に発育したら、子宮の中に胚を移植していきます。胚移植は、まずガイドと呼ばれる管を頸管から子宮内へ通します。次に、胚を吸い上げた細くてやわらかいカテーテルをガイドの中に進めていき、子宮内に胚を移植します。
胚移植の手技は5~10分程度で終わり、痛みも少ないです。
黄体ホルモン補充
人工授精と同様に、着床をサポートするために黄体ホルモン補充を行います。
デュファストンやルトラールのほか、ルティナスやウトロゲスタンなどの膣剤やエストラーナテープなどの貼り薬を組み合わせて使うこともあります。
妊娠判定
胚移植から8~12日後に、妊娠の判定を行います。採血によって、血中の妊娠特異的ホルモン(妊娠した時にのみ分泌されるホルモン)であるhCGの濃度を測っていきます。
20mIU/ml以上の値であれば妊娠陽性と判定し、それ以下であれば陰性とします。
妊娠経過観察
妊娠判定で陽性が出たら、翌週に再度クリニックを受診し、血液検査と超音波検査で胎嚢や胎児心拍の確認を行います。hCGが陽性であっても、初期の流産となってしまうこともあるため、胎嚢が確認できた時点で初めて臨床的妊娠と判定されます。
8~10週目頃まで隔週で診察を行い、順調に妊娠経過が進んでいることを確認したら卒業となります。
体外受精のメリットは?
体外受精における最も大きなメリットは、タイミング法や人工授精と比較して、治療一周期あたりの妊娠率が大幅に高いという点です。
通常、受精や着床が起こるためには、精子や胚が卵管の中を移動していく必要があります。一方、体外受精では卵管内で起こるプロセスをすべて省略することができるため、卵管閉塞や卵管狭窄といった、卵管に不妊症の原因がある患者様では有効な治療方法になります。
また、媒精方法によっては、卵子1個に対して良好な精子が1個でもいれば受精を図ることが可能となるため、重度の男性不妊の患者様にも有効な治療方法です。
体外受精のデメリットは?
卵胞を発育させるために卵巣刺激を行いますが、薬剤の投与で卵巣が過剰に刺激されることによって卵巣過剰刺激症候群 (OHSS)となるリスクがあります。
OHSSでは、卵巣が腫れ上がり非常に強い痛みを伴うほか、腹水や胸水が貯留するなど、さまざまな症状が引き起こされます。重症化すると、腎不全や血栓症などの重大な合併症を引き起こす危険性もあります。
また、お身体への負担だけでなく費用面での経済的な負担や通院回数が増えるため、周囲の理解も必要です。
適応となる症例・年齢層は?
人工授精を数周期行っても妊娠にいたらない場合に、体外受精へとステップアップしていきます。
不妊症の原因が卵管に由来している場合や、乏精子症、無精子症、精子無力症など男性側に不妊症の原因がある場合に有効な治療方法になります。
タイミング法や人工授精と比較して、一周期あたりの妊娠率が大幅に高い治療方法であるため、特に30代後半から40代の高齢の患者様では、体外受精までテンポよくステップアップを進めていくことで、妊娠の機会や可能性を増やすことができると考えられています。
人工授精と体外受精の徹底比較
人工授精と体外受精の比較を、以下に表にまとめてみました。
| 比較項目 | 【人工授精】 | 【体外受精】 |
| 適応となる症例 | ・年齢の若いご夫婦 ・タイミング法で妊娠が見られない ・性機能障害が認められる ・出張などが多くタイミングを合わせるのが難しい | ・高齢のご夫婦 ・人工授精で妊娠が認められない ・卵管由来の不妊 ・原因不明不妊 |
| どんな人が向いている | ・なるべく自然に近い形で妊娠したいと考えているご夫婦 ・あまり治療にお金をかけたくないご夫婦 | ・妊娠までの期間が限られているご夫婦 ・お金がかかっても早く妊娠したいと考えているご夫婦 ・計画的に妊娠、出産したいと考えているご夫婦 |
| 治療にかかる費用 | ・一周期あたり5,460円 (保険診療の場合) | 採卵一周期あたり: ・保険診療の場合 10~25万円 ・自費診療の場合 30~60万円 |
| 保険診療の条件 | ・制限無し | ・女性の年齢が40歳未満の場合は最大6回まで ・40歳以上43歳未満の場合は最大3回まで ・43歳以上ではすべて自費診療 |
| 助成金制度 | ・都道府県や市区町村によって異なる ・人工授精を含む一般不妊治療に最大で5万円の補助を出す自治体もある | ・都道府県や市区町村によって異なる ・保険診療と併せて実施した「先進医療」に係る費用について補助を出す自治体もある |
| 妊娠率 | 一周期あたり: ・34歳以下ではおよそ10~12% ・35~39歳までではおよそ8~10% ・40歳以上ではおよそ5% ・43歳以上では1%未満 | 一周期あたり: ・34歳以下ではおよそ40~45% ・35~39歳までではおよそ30~35% ・40歳以上では20%未満 ・43歳以上では10%未満 |
| 通院頻度 | ・一周期あたり3~6回程度 ・人工授精実施日でもすぐに帰宅できる | ・一周期当たり6~8回程度 ・胚移植の場合、午前と午後の2回の来院が必要な場合がある |
| 当日のクリニック滞在時間 | ・およそ1~2時間程度 ・実施後に15~30分程度の安静時間を設けているクリニックもある ・すぐに帰宅できる | ・およそ3~6時間程度 ・特に麻酔を使用した場合で、体調によって安静時間を長くとることがある ・経過によっては採卵から、診察、会計まで半日近く拘束されることもある |
| リスク・合併症 | ・子宮内や腹腔内の感染 | ・卵巣過剰刺激症候群(OHSS) ・採卵による骨盤内感染 ・麻酔による副作用、アナフィラキシー反応など |
治療のステップアップ基準
どういった時に医療機関を受診したらよいのか?どの治療から初めていくべきなのか?あるいは、どのような時にステップアップを考慮するべきなのか?を悩む方も多いかと思います。
ここでは、治療のステップアップ基準について解説していきます。
医療機関への受診の目安
医学的には、1年間避妊をせずに性交渉を続けても妊娠にいたらない場合に「不妊症」と定義されます。具体的なデータで言うと、自然妊娠の場合では一周期当たりの妊娠率は30%程度で、1年間では92%のご夫婦(カップル)が妊娠にいたるという研究論文があります。
半年から1年続けていても妊娠にいたらない場合には、医療機関へ受診することをおすすめします。
なお、月経不順や排卵障害、婦人科系疾患などの既往がある方や、男性では精子の異常や思春期以降におたふく風邪に罹ったことがあるなど、はじめから不妊症の可能性が強く疑われる場合には、1年間という期間を待たずになるべく早い段階で医療機関を受診してください。
また、年齢を重ねるとともに妊娠率は顕著に低下していくため、35歳以上のご夫婦でも早い段階での受診が非常に重要です。
自己妊活からタイミング法への目安
不妊治療で最初のステップとして行われるのがタイミング法です。自己妊活との大きな違いは、血液検査や超音波検査によって、卵胞の発育状況や排卵するタイミングをより具体的に判断できる点です。
自己妊活の場合、基礎体温や排卵日予測アプリなどを使うことが一般的ですが、卵胞が発育しているか?ちゃんと排卵しているか?タイミングは適切か?といったことは、あくまでも予測でしかありません。実際にクリニックで検査してみたらタイミングがズレていたり、ちゃんと排卵が起こっていなかったりということもよくあります。
半年から1年間、自己妊活を続けていても妊娠にいたらない場合には医療機関を受診し、基本的な検査によってご夫婦ともに妊娠が可能な状態かを調べてみましょう。
タイミング法から人工授精への目安
タイミング法を続けても妊娠にいたらない場合、人工授精へのステップアップが検討されます。
過去に、ご夫婦でどのくらい自己妊活を続けていたかにもよりますが、年齢も若く、とくに不妊原因が認められない場合には3~6周期程度タイミング法で様子を見てから人工授精へとステップアップするケースが多いです。
すでに1年以上自己妊活を続けていたご夫婦や不妊原因が明らかである場合、年齢が35歳以上の場合には、タイミング法を飛ばして人工授精や体外受精から治療をスタートすることもあります。
人工授精から体外受精への目安
人工授精を実施しても妊娠にいたらない場合、体外受精へのステップアップが検討されます。
一般的な目安としては、3~6回程度続けても妊娠にいたらないという場合に、より高度な治療となる体外受精へとステップアップしていきます。
累積妊娠率といって、統計上では人工授精の実施回数を重ねていくほど妊娠率は少しずつ上昇していきます。しかしながら、おおよそ6回目くらいで頭打ちとなり、それ以降は何度繰り返しても妊娠率が上がることはありません。ちなみに、人工授精によって妊娠にいたった方の9割近くが、4回以内の人工授精で妊娠しています。
人工授精の一周期あたりの妊娠率はおおよそ10%程度であり、高齢になるほど妊娠率は顕著に低下していくため、30代後半から40代の患者様では、体外受精から治療をスタートすることもよくあります。
また、卵巣の機能や卵管因子など、不妊症の原因が明らかである場合には、年齢や不妊期間に関わらず体外受精からスタートすることが強く推奨されます。加えて、重度の乏精子症や無精子症、精子無力症など、男性不妊が認められる場合などでは、体外受精でなければ妊娠が望めないというケースも少なくありません。
上記にステップアップの目安を記述しましたが、具体的なステップアップの基準は、ご夫婦の妊活歴や病歴、お身体の状態などによって、ご夫婦ごとに、あるいは個人個人で大きく異なります。
医師や医療スタッフとよく相談しながら、
- いつ医療機関を受診するか
- どの治療から始めるべきか
- どのくらいの期間やるか
- いくらぐらいの費用をかけるのか
など、ご夫婦に最も適した妊活・不妊治療プランニングを設計していくことが重要です。
実際にあった過去の事例からのアドバイス
臨床において、過去に私が実際に担当した患者様であった事例をご紹介します。
【ケース1】
まだ、不妊治療の保険診療が始まる前ですが、「絶対に自然な方法にこだわりたい!」「体外受精はしたくない!」というご夫婦がいらっしゃいました。
奥様のご年齢は38歳で、クリニックに初めて来院された時点ですでに不妊期間は3年以上ありました。特にこれといった不妊原因は認められなかったものの、これまでの不妊期間を考慮して、先生は体外受精からの治療開始をおすすめしました。しかしながら、ご夫婦とも頑なに高度な治療を拒否されて、人工授精を一年半近く続けられていました(少なくとも10回以上はやられていたと記憶しています)。
40歳になる前に、「夫婦で話し合って、一度だけ体外受精に挑戦してみることにした」とのことで、体外受精を行うことになりました。
ただし、「体外受精でもなるべく自然な方法がいい」とのことで、投薬による卵巣刺激は行わず自然周期採卵で行い、媒精方法も体外受精(ふりかけ)で、胚の凍結保存はせずそのまま新鮮胚移植を行うことになりました。
すると、なんとその一回の治療で妊娠し、無事に出産することが出来ました。
卒業の時、「自然な方法にこだわってよかったです」と言って産科に紹介されていきましたが、医療者側の意見として正直なところを言えば、初めから体外受精を選択していれば、もっと早く妊娠出来たのでは?と思ってしまったケースでした。
当時は不妊治療の保険適用が開始される前でしたので、費用面でもステップアップを考えにくかった可能性はありますが、人工授精を10回以上続けるとその金額で体外受精が受けられてしまうので、費用も時間も非常に勿体なかったな‥‥と考えてしまいます。
【ケース2】
奥様とご主人でそれぞれ意見が異なり、奥様は「方法にこだわらないので早く妊娠したい!」、ご主人は「あまり人工的な方法はやりたくない」というご夫婦がいらっしゃいました。
奥様は30代前半、ご主人は40代で、結婚してからちょうど1年が経ったところでした。
ご主人は、精液検査すらも「やりたくない」とのことで、初診以降はしばらく奥様だけがクリニックに通ってタイミング法を続けていたのですが、4周期ほど続けたところで先生からステップアップの提案があり、あらためて夫婦ともに詳しい検査を行うことになりました。
すると、ご主人の精液検査で乏精子症・精子無力症の所見が見つかり、再検査でも同様の結果であったため、男性不妊外来へ紹介することになりました。
紹介先のクリニックで、精索静脈瘤(※男性不妊の原因として最も多い疾病)に罹患していることがわかりましたが、ご主人は「なるべくなら手術はしたくない」とのことであったため、人工授精を飛ばして、体外授精へとステップアップすることとなり、治療の末に無事に妊娠、出産することができました。
いずれのケースにも共通して言えることなのですが、あまりタイミング法や人工授精にこだわりすぎるよりも、テンポの良いステップアップを検討した方が、妊娠へとつながる可能性は高くなると思います。
また、男性の方に不妊症の原因があることも多くあり、体外受精でなければ妊娠を望めないというケースも少なくないということを知っておいていただけたらと思います。
人工授精・体外受精のよくある質問(FAQ)

Q1: 人工授精・体外受精はどんな方法ですか?
A1: 人工授精は、精子精製によって洗浄・濃縮し、回収した良好な精子を子宮に直接注入して妊娠を図る方法です。精子を子宮内に注入する以外は、妊娠までのプロセスは自然妊娠と同じです。
体外受精は、卵子を体外に取り出し、受精をさせてから子宮内に戻す方法です。
Q2: 人工授精・体外受精は保険診療ですか?
A2: 2022年の不妊治療の保険適用化に伴い、人工授精も体外受精も保険診療の範囲で受けることが出来ます。
ただし、体外受精の場合では年齢制限・回数制限が設けられています。
Q3: 人工授精・体外受精のそれぞれの費用はいくらですか?
A3: 治療にかかる費用は、保険診療の場合、一周期あたり人工授精で5,460円、体外受精で10~25万円です。自費診療の場合、人工授精がおおよそ2~3万円、体外受精がおおよそ30~60万円です。
Q4: 人工授精・体外受精のそれぞれの妊娠率はどのくらいですか?
A4: 治療一周期あたりの人工授精の妊娠率はおおよそ10%、体外受精では胚移植あたりの妊娠率は30~40%程です。いずれも、年齢によって大きく変動し、高齢になるほど妊娠率は顕著に低下します。
Q5: 人工授精・体外受精のリスクや副作用はありますか?
A5: 人工授精は比較的リスクの少ない治療ですが、まれに人工授精の施術の際に子宮や卵管、腹腔内の感染症が起こることがあります。クリニックによっては、人工授精後に抗生剤を処方することがあります。
体外受精では、排卵誘発剤の投与による卵巣過剰刺激症候群(OHSS)や、麻酔による副作用として重篤なアナフィラキシー反応などが出ることがあります。
Q6:人工授精・体外受精はそれぞれどのくらい通院する必要がありますか?
A6: 人工授精の通院頻度は、治療一周期あたりで3~6回程度、体外受精の場合では6~8回程度となります。いずれの場合も、医療機関で注射などの投薬を行う場合はこれよりも多くなります。
Q7: 人工授精から体外受精へのステップアップする時の基準はありますか?
A7: 一般的な目安としては、3~6回程度続けても妊娠にいたらないという場合に、体外受精へのステップアップが検討されます。統計上、人工授精の実施回数を重ねるほど妊娠率は少しずつ上昇していきますが、おおよそ6回目くらいで頭打ちとなり、以降は何度繰り返しても妊娠率が上がることはありません。
まとめ
今回は、人工授精・体外受精の違いと、それぞれの治療の比較、ステップアップの目安などについて解説をしてきました。
妊活を続けていてなかなか妊娠にいたらないご夫婦で「なるべく自然な方法で妊娠したい」と考えている方なら、ひとまず人工授精を行ってみる。
一方で、「とにかく早く妊娠したい」「方法にこだわりはない」というご夫婦では、一気に飛ばして体外受精から治療をスタートしてしまうというのも一つの手段として推奨されると思います。
妊娠できるかどうかは時間・年齢との闘いでもあるため、「妊活・妊娠に悩んでいた期間が勿体なかった‥‥」となってしまわないように、なるべく早い段階で、ぜひクリニックを受診して治療の内容や流れだけでも聞いてみていただけたらと思います。