「体外受精を始めたいけれど、どのくらいの期間がかかるの?」「仕事を続けながら治療できるかしら?」
このような不安を抱えていらっしゃる方は、とても多いです。日々の診療で、多くの患者様から同じようなご相談を受けています。体外受精は確かに複雑に見えるかもしれませんが、スケジュールをしっかり理解することで、お仕事やプライベートとの両立も十分可能です。
本記事では、実際の治療スケジュールを分かりやすく解説します。この情報が、あなたの不安を少しでも和らげ、前向きに治療へ進む一助となれば幸いです。
体外受精の基本的なスケジュール表
標準的な治療期間の全体像
体外受精の治療は、大きく分けて「採卵周期」と「移植周期」の2つのフェーズから成り立っています。採卵周期は約2-3週間、移植周期は約3-4週間が標準的な期間です。ただし、これはあくまで目安であり、患者様の体調や卵巣の反応によって個人差があることをご理解ください。
初診から妊娠判定までの全体的な流れを見ると、最短で約2ヶ月、通常は3-4ヶ月程度を見込んでいただくことが多いです。初診時の検査結果によっては、事前の調整期間が必要な場合もあります。例えば、子宮内膜症や筋腫がある場合は、先にその治療を行うこともあります。当院では、患者様一人ひとりの状態に合わせて最適なスケジュールをご提案しています。
各ステップにかかる日数
体外受精の各ステップにかかる日数を具体的にお示しします。初診・検査期間は約1-2週間、これには基礎ホルモン検査、超音波検査、感染症検査などが含まれます。採卵準備期間(卵巣刺激)は8-14日間で、この間は排卵誘発剤の注射や内服を行います。
採卵から受精確認までは1-2日、その後の胚培養期間は3-6日間です。新鮮胚移植の場合は採卵から3-5日後に移植を行いますが、凍結する場合は次周期以降の移植となります。移植後から妊娠判定までは約2週間です。この期間は「判定待ち期間」と呼ばれ、精神的に最も辛い時期かもしれません。当院では、この期間中も患者様の不安に寄り添い、必要に応じてカウンセリングも行っています。
治療法別のスケジュールパターン
ロング法のスケジュール
ロング法は、前周期の高温期(月経予定日の約1週間前)からGnRHアゴニストという薬剤の投与を開始する方法です。この方法は卵胞の成長を均一にコントロールしやすく、良質な卵子を複数個採取できる可能性が高いという特徴があります。
具体的なスケジュールとしては、前周期の高温期7日目頃から点鼻薬を開始し、月経3日目から排卵誘発剤の注射を併用します。注射期間は約10-12日間で、この間3-4回の通院が必要です。採卵日は月経開始から約14-16日目になることが多いです。ロング法は時間的な余裕がある方や、確実に複数個の卵子を採取したい方に適しています。
ショート法のスケジュール
ショート法は月経開始と同時に治療を開始する方法で、ロング法に比べて治療期間が短いのが特徴です。月経1-2日目からGnRHアゴニストと排卵誘発剤を同時に開始し、約10日間の刺激期間を経て採卵に至ります。
この方法は、卵巣予備能が低下している方や、年齢が高い方に適していることが多いです。通院回数は3-4回程度で、月経開始から採卵まで約12-14日間です。ショート法は身体への負担が比較的少なく、仕事との両立がしやすいというメリットもあります。ただし、採取できる卵子の数はロング法に比べて少なくなる傾向があります。
アンタゴニスト法のスケジュール
アンタゴニスト法は、月経3日目から排卵誘発剤を開始し、卵胞がある程度成長した段階(通常は刺激開始から5-6日目)でGnRHアンタゴニストを追加投与します。
この方法の大きなメリットは、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが低いことです。刺激期間は約9-11日間で、通院回数は3-4回程度です。月経開始から採卵まで約12-14日間と、比較的短期間で治療が完了します。柔軟性が高く、患者様の反応を見ながら薬剤量を調整できるため、個々の状態に合わせた治療が可能です。
PPOS法のスケジュール
PPOS法(Progestin-Primed Ovarian Stimulation)は、2015年頃から注目されている新しい卵巣刺激法です。従来の方法と異なり、プロゲスチン(黄体ホルモン)を使用して早発排卵を防ぐため、注射の回数を減らすことができます。
月経3日目から排卵誘発剤とプロゲスチンの内服を開始し、約10-12日間の刺激を行います。通院回数は2-3回と少なく、患者様の負担が軽減されます。特に仕事で忙しい方や、注射が苦手な方に好評です。また、薬剤費用も従来法に比べて抑えられることが多く、経済的なメリットもあります。
採卵周期の詳細スケジュール
月経開始からの流れ
月経が始まったら、まず月経1-3日目に来院していただきます。この日に基礎ホルモン値の測定と超音波検査を行い、卵巣の状態を確認します。問題がなければ、その日から排卵誘発剤の投与を開始します。
刺激開始後は、定期的に卵胞の成長をモニタリングします。通常、刺激開始から5-6日目に2回目の診察を行い、卵胞の大きさと数、ホルモン値をチェックします。その後は2-3日おきに通院し、卵胞が適切な大きさ(18-20mm)に成長するまで観察を続けます。主席卵胞が成熟したら、HCG注射やGnRHアゴニストの点鼻薬でトリガーをかけ、35-36時間後に採卵を行います。
通院頻度と検査内容
採卵周期中の通院頻度は、使用する刺激法によって異なりますが、平均して4-5回程度です。各通院時には、経腟超音波検査で卵胞の数と大きさを測定し、採血でエストラジオール(E2)やLHなどのホルモン値を確認します。
初回(月経3日目)は基礎状態の確認、2回目(刺激5-6日目)は反応性の評価、3回目以降は卵胞の成熟度を詳細に観察します。最終的な採卵日の決定は、卵胞の大きさとホルモン値を総合的に判断して行います。当院では、できるだけお仕事への影響を最小限にできるよう、出勤前や退勤後の診察時間を設けるなどの配慮を行っています。
採卵当日の時間配分
採卵当日は、来院後まず更衣室で手術着に着替えていただき、点滴ルートを確保します。採卵の実際の処置時間は10-20分程度です。卵子の数が多い場合は、もう少し時間がかかることもあります。
採卵後は回復室で1-2時間安静にしていただき、医師の診察を受けてから帰宅となります。全体で3-4時間程度の滞在時間を見込んでください。
移植周期のスケジュール
新鮮胚移植の場合
新鮮胚移植は、採卵した同じ周期内で移植を行う方法です。採卵から3日目(初期胚移植)または5日目(胚盤胞移植)に移植を実施します。この方法のメリットは、治療期間が短く、凍結・融解の過程を経ないことです。
採卵後は毎日培養室で胚の成長を観察し、最も良好な胚を選択して移植します。移植当日は、超音波ガイド下で胚を子宮内に戻します。処置時間は5-10分程度で、痛みはほとんどありません。移植後の安静時間は不要で、その後は普通に生活していただけます。ただしOHSSのリスクがある場合は、安全のため全胚凍結を選択することもあります。
凍結融解胚移植の場合
凍結融解胚移植は、一度凍結保存した胚を、別の周期に融解して移植する方法です。自然周期、低刺激周期またはホルモン補充周期で子宮内膜を整えてから移植を行います。この方法は、採卵時の卵巣刺激の影響を受けないため、より自然な状態で移植できるというメリットがあります。
自然周期の場合は、月経10-12日目頃から排卵のモニタリングを開始し、排卵確認後5-7日目に移植を行います。通院回数は2-3回程度です。ホルモン補充周期の場合は、月経3日目からエストロゲン製剤を開始し、内膜が十分厚くなったらプロゲステロンを追加して、その5日後に移植します。スケジュールが立てやすく、仕事との調整がしやすいのが特徴です。
ホルモン補充周期の管理
ホルモン補充周期は、薬剤で人工的に月経周期を作る方法です。月経3日目からエストロゲン製剤(貼付剤や内服薬)を開始し、子宮内膜を厚くしていきます。通常、2週間程度で内膜が8mm以上に成長します。
内膜が十分な厚さになったら、プロゲステロン製剤(膣座薬や内服薬)を追加します。プロゲステロン開始から5日目が移植日となります。移植後もホルモン補充を継続し、妊娠判定で陽性の場合は妊娠9週頃まで続けます。この方法の利点は、移植日を事前に決められることです。「この日に移植したい」というご希望がある場合、ある程度調整が可能なので、お仕事や大切な予定との両立がしやすくなります。
仕事との両立のための工夫
通院時間の調整方法
体外受精治療中の通院は避けられませんが、工夫次第で仕事への影響を最小限にできます。当院では、出勤前や退社後の時間を利用して通院できるような予約枠を設定しています。
また、平日が難しい方は週末を活用することも可能です。採卵や移植などの重要な処置以外は、比較的柔軟に日程調整ができます。診察予約はオンラインにて24時間可能で、急な仕事の予定変更にも対応しています。さらに、一部の検査結果はオンラインで確認できるシステムも導入し、来院回数の削減に努めています。
職場への伝え方
不妊治療を職場に伝えるかどうかは、非常にデリケートな問題です。直属の上司にだけは伝えておく方が、精神的にも実務的にも楽になることが多いようです。「婦人科系の治療で定期的な通院が必要」という伝え方でも構いません。
最近は不妊治療への理解が進み、多くの企業で不妊治療休暇制度が導入されています。人事部に相談すると、意外と手厚いサポートが受けられることもあります。ただし、プライバシーを守りたい場合は、有給休暇や半日休暇を活用する方法もあります。重要なのは、ご自身が最も安心して治療に臨める環境を作ることです。
リモートワークの活用
コロナ禍以降のリモートワーク普及は、不妊治療を受ける方にとって大きな追い風となりました。在宅勤務の日を利用して通院したり、Web会議の合間に自己注射を行ったりと、柔軟な対応ができるようになりました。
特に採卵後や移植後の安静が必要な時期に、在宅で仕事ができるのは大きなメリットです。患者様の中には、「午前中に採卵を受けて、午後は自宅でデスクワーク」という方もいらっしゃいます。もちろん体調を最優先にすべきですが、仕事を完全に休まなくても治療を続けられる選択肢が増えたことは喜ばしいことです。会社のリモートワーク制度を上手に活用して、無理のない治療計画を立てましょう。
よくある質問と回答

Q1: 採卵周期と移植周期を続けて行うことはできますか?
A1: 新鮮胚移植の場合は同一周期内で完結しますが、全胚凍結の場合は通常1-2周期空けてから移植を行います。これは、卵巣刺激の影響から子宮内環境を回復させるためです。ただし、患者様の年齢や卵巣予備能によっては、連続して治療を行うこともあります。
Q2: 治療を一時中断することは可能ですか?
A2: もちろん可能です。体調不良や精神的な疲れを感じた時は、無理せず一時中断することをおすすめします。凍結胚があれば数ヶ月後でも移植は可能ですが、スケジュールのみの自己都合による治療中断は保険適応の観点から難しい場合がありますので、詳細は担当医にご相談ください。
Q3: 採卵や移植の日程は変更できますか?
A3: 採卵日は卵胞の成長に合わせて決まるため、大幅な変更は困難です。ただし、1-2日程度の調整は可能な場合があります。凍結融解胚移植の場合は、比較的柔軟に日程調整ができます。大切な予定がある場合は、早めに担当医にご相談ください。
まとめ
体外受精のスケジュールは複雑に見えるかもしれませんが、一つ一つのステップを理解すれば、決して乗り越えられないものではありません。当院では、患者様一人ひとりの生活スタイルに合わせた最適な治療計画を提案し、全力でサポートさせていただきます。
不妊治療は時に辛く長い道のりとなることもありますが、あなたは一人ではありません。医療スタッフ全員が、あなたの夢の実現に向けて伴走します。どんな小さな不安や疑問でも、遠慮なくご相談ください。一緒に、一歩ずつ前に進んでいきましょう。