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「採れた卵の数」に一喜一憂してしまうあなたへ。数字の向こう側にある「妊娠への鍵」をお話しします。
「採卵、お疲れ様でした。今回は3個採れましたよ」 医師からこう告げられた時、あなたはどのような気持ちになるでしょうか。「よかった、3個も採れた!」と安堵する方もいれば、「たった3個…ネットでは10個採れた人もいるのに」と落ち込んでしまう方もいるかもしれません。
不妊治療、特に体外受精や顕微授精において「採卵個数」は、治療の成否を占う最初にして最大の関心事です。採卵数が多ければ、それだけ移植のチャンスが増え、妊娠への切符を多く手に入れたように感じるのは当然のことです。 しかし、生殖医療専門医として日々多くの患者様と向き合う中で、声を大にしてお伝えしたい真実があります。それは、「妊娠・出産に必要なのは、たくさんの卵子ではなく、たった1個の『運命の卵子』である」ということです。
もちろん、統計的に見れば採卵個数が多い方が累積妊娠率(その回の採卵で妊娠できる確率)は高くなります。しかし、30代後半から40代の治療においては、単に数を追い求めることが正解とは限りません。
「数は採れたけれど、すべて胚盤胞にならなかった」という辛い経験をされる方もいれば、
「たった1個の卵子で妊娠・出産まで至った」という奇跡のような事例も数え切れないほど見てきました。
この記事では、年齢やAMH値に基づいた採卵個数の目安、個数と妊娠率のリアルな関係、そして数が少なくても、あるいは多くても、それぞれのリスクを管理しながら最短でゴールを目指すための戦略について、専門医の視点で徹底的に解説します。数字に振り回されることなく、ご自身の体の状態を正しく理解し、納得のいく治療を進めるための羅針盤としていただければ幸いです。
年齢別・採卵個数の目安と「胚盤胞到達率」の厳しい現実
30代・40代の平均採卵数とAMH(卵巣予備能)の関係
まず、ご自身の年齢における「平均的な採卵数」を知っておくことは、過度な期待や不安を防ぐために重要です。
採卵数は、卵巣に残っている卵子の数の目安であるAMH(抗ミュラー管ホルモン)値と密接に関係しています。
一般的に、AMH値は年齢とともに低下します。それに伴い、卵巣刺激を行っても反応する卵胞の数が減り、採卵数も減少します。当院のデータや一般的な統計を総合すると、適切な刺激を行った場合の平均的な採卵数の目安は以下の通りです。
| 30歳未満〜34歳 | 10〜15個前後(AMH値が良好な場合) |
| 35歳〜39歳 | 5〜10個前後 |
| 40歳〜42歳 | 3〜6個前後 |
| 43歳以上 | 1〜3個前後 |
ただし、これはあくまで「平均」です。30代でもAMHが低く1〜2個の方もいれば、40代でもPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)気味で10個以上採れる方もいます。「平均より少ないからダメだ」と悲観する必要はありません。
「採卵数=移植できる数」ではない?胚盤胞になる確率のデータ
採卵個数以上に重要なのが、その後の「歩留まり」です。採卵できた卵子がすべて受精し、赤ちゃんになる直前の段階である「胚盤胞」まで育つわけではありません。受精卵が胚盤胞まで発育する確率(胚盤胞到達率)は、年齢とともに低下します。
| ~30歳未満 | 受精卵の約50~70%が胚盤胞に到達 |
| 30~34歳 | 約45~65% |
| 35~39歳 | 約35~55% |
| 40~42歳 | 約25~45% |
| 43歳以上 | 約10~20% |
例えば40歳の方が5個採卵できても、受精して胚盤胞まで育ち、凍結できるのは1個あるかないか、というのが厳しい現実です。採卵数という「入り口」の数字だけでなく、最終的に移植できる胚がいくつ残るかという「出口」を見据える必要があります。
40代以降の「染色体異常」リスクと、必要採卵数のシミュレーション
さらに壁となるのが、見た目は綺麗な胚盤胞ができても、その中に含まれる染色体の異常率です。染色体異常(異数性)があると、着床しなかったり、流産したりする原因になります。アメリカ生殖医学会のデータによると、染色体異常のある卵子の割合は以下のように推移します。
| 35〜39歳 | 25〜40% |
| 40〜41歳 | 70%以上 |
| 42〜43歳 | 80%以上 |
| 44歳以上 | 95%以上 |
つまり、40歳以上の方の場合、胚盤胞が1つできたとしても、それが正常な染色体を持っていて赤ちゃんになれる確率は統計的に低くなります。そのため、40代の方の戦略としては、「1回の採卵で多くの数を狙う」ことも大切ですが、現実的には「複数回の採卵(貯卵)を行って、確率的に正常胚に出会うチャンスを増やす」という長期的な視点も必要になってきます。
採卵個数を左右する最大の要因「卵巣刺激法」の選び方
採卵個数は、生まれ持った卵巣の力(AMH)だけでなく、どのような方法で卵巣を刺激するか(卵巣刺激法)によって大きく変わります。医師は、患者様のAMH値、年齢、過去の治療歴、そして「何個採りたいか(第2子希望の有無など)」を総合的に判断して方法を決定します。
たくさん採る「高刺激法(アンタゴニスト・PPOS法)」が向く人・向かない人
高刺激法(アンタゴニスト法、ロング法、ショート法、PPOS法など)は、
FSH/hMG注射を連日使用し、その周期に育ち始めた卵胞をできるだけ多く回収する方法です。
向いている人:
AMHが高く(2.0ng/ml以上など)、年齢が比較的若い方、あるいは40代でも残された卵胞があり、効率よく一度に多くの卵子を確保したい方。第2子以降のために余剰胚を凍結しておきたい場合にも適しています。
メリット:
1回の採卵で複数の胚盤胞を確保できる可能性が高く、通院回数やトータルの治療期間を短縮できる可能性があります。
デメリット:
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクがあること、注射による身体的・経済的負担が大きいこと、また、体質によっては強い刺激をすることでかえって卵子の質が低下する場合もあります。
質を重視する「低刺激法・自然周期」が30代後半以降に選ばれる理由
低刺激法(クロミッドやレトロゾールなどの内服薬中心+少量の注射)や自然周期は、
身体への負担を抑え、自然に近い状態で育ってくる少数の卵胞(1〜5個程度)を丁寧に採卵する方法です。
向いている人:
AMHが低い方(1.0ng/ml未満)、高刺激を行っても採卵数が増えなかった方、30代後半〜40代の方、OHSSのリスクを避けたい方。
メリット:
身体的・経済的負担が少ないこと。また、強い薬を使わないことで、その人本来の質の良い卵子が採れる可能性があります。毎月連続して採卵することも可能です。
デメリット:
1回の採卵で獲得できる個数が少ないため、胚盤胞が得られない周期が発生するリスクがあり、結果が出るまでに複数回の採卵が必要になることがあります。
AMH値だけじゃない?医師が刺激法を決める際の判断基準
刺激法を決める際、AMH値は重要な指標ですが、それだけではありません。
例えば、FSH(卵胞刺激ホルモン)基礎値が高い場合、すでに卵巣が強く刺激されている状態なので、外からさらに強い注射を打っても反応が悪いことがあります。この場合は、あえて刺激を弱めるカウフマン療法などで調整してから低刺激を行う方が良い結果が出ることがあります。また、過去の採卵で「高刺激をしたけれど変性卵や空胞ばかりだった」という場合は、刺激法が合っていない可能性があるため、あえて低刺激や自然周期に切り替えるという「引き算の戦略」をとることもあります。
治療はオーダーメイドであり、一度の方法に固執せず、結果を見ながら柔軟に変えていくことが重要です。
「たくさん採れたのに全滅…」を防ぐために知っておくべきこと
「10個も採卵できたのに、全部胚盤胞にならなかった…」 このような結果は、患者様にとって非常に大きなショックとなります。なぜこのようなことが起こるのか、そしてどう対策すればよいのかを解説します。
採卵数が多いほど「質」が下がる説は本当か?
「たくさん採卵すると卵子の質が下がる」という説については議論がありますが、
現在の医学的見解では、適切な刺激であれば、数多く採れたからといって染色体異常率が上がるわけではないとされています。しかし、PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)の方などで、未熟な卵子が多数採れてしまう場合や、過度な刺激で卵胞の発育スピードが早すぎた場合などは、細胞質の成熟が追いつかず、受精率や胚発生率が低下することがあります。重要なのは「数」そのものではなく、「成熟した質の良い卵子」がどれだけ含まれているかです。
PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)の方の採卵数と質のバランス
PCOSの方は、AMHが高く、卵巣内に小さな卵胞がたくさん見えます。高刺激を行うと20個、30個と採れることがありますが、中には質の悪い卵子や未熟卵が多く含まれるケースがあります(これを「質より量」の状態と呼ぶこともあります)。PCOSの方の場合、あえてレトロゾールなどを用いたマイルドな刺激で卵胞数をコントロールし、「量より質」を目指す戦略が有効な場合があります。また、未熟卵体外受精(IVM)などの技術を用いて、体外で成熟させてから受精させる方法もあります。
受精しない・分割しない時の次の一手(顕微授精・卵子活性化)
採卵数は確保できているのに、受精しない(受精障害)や、分割が進まない(発育停止)場合は、卵子や精子の活性化スイッチが入っていない可能性があります。対策としては以下のようなものがあります。
顕微授精(ICSI)への切り替え:
通常の体外受精(ふりかけ法)で受精率が悪い場合、顕微授精を行うことで受精をサポートします。
卵子活性化処理(AOA):
受精後にカルシウムイオノフォアなどの薬剤を用いて、人工的に卵子に刺激を与え、分割のスイッチを入れる方法です。
精子選別技術(ZyMōtなど):
DNA損傷の少ない良好な精子を選別する先進医療技術を用いることで、胚の発育率向上が期待できます。
これらは培養室の技術力が問われる部分ですので、培養技術の高いクリニックを選ぶことも重要です。
「採卵数が少ない」と落ち込む必要はない!少数精鋭での戦い方
「AMHが低くて、1個しか採れなかった」と肩を落とす患者様も多いですが、決して悲観することはありません。
1個の卵子でも妊娠できる?「質の高い1個」の価値
採卵数が1個であっても、その卵子が「運命の卵子」であれば妊娠・出産は可能です。実際に、低刺激や自然周期で採卵したたった1個の卵子が良好な胚盤胞になり、1回の移植で出産された40代の患者様もいらっしゃいます。大量に採卵して選別する戦略がとれない分、1個1個の卵子を大切に育て、最適なタイミングで採卵し、丁寧に培養する。
この「少数精鋭」のアプローチこそが、卵巣機能が低下してきた方にとっての王道です。
空胞や変性卵を減らすためのトリガー(排卵誘発)の工夫
数が少ない方にとって、採卵当日に「空胞(卵子が入っていなかった)」だった時のショックは計り知れません。 空胞を減らすためには、採卵の36時間前に行う「トリガー(排卵を促すスイッチ)」が極めて重要です。hCG注射だけでなく、GnRHアゴニスト(点鼻薬)を併用する「ダブルトリガー」を行うことで、卵子の成熟をより確実に促し、空胞を減らして回収率を上げることができます。また、採卵のタイミングを数時間単位で調整することも有効です。
連続採卵や貯卵(受精卵凍結)という戦略的選択肢
採卵数が少ない場合、1回採卵して移植、ダメならまた採卵…と繰り返すと、その間に時間が経過し、さらに卵巣機能が低下してしまうリスクがあります。そのため、「貯卵(胚貯蓄)」という戦略が推奨されます。移植を行わずに連続して採卵を行い、目標とする個数(例えば胚盤胞3個など)の凍結胚を確保してから移植に進む方法です。精神的・経済的な負担はありますが、年齢という時間的リスクに対抗し、第2子以降の可能性も残せる有効な手段です。
採卵個数が多い場合のリスク「OHSS」と身体への負担
逆に、採卵個数が多すぎることにもリスクがあります。それがOHSS(卵巣過剰刺激症候群)です。
採卵個数15個以上は要注意?OHSS(卵巣過剰刺激症候群)の兆候
採卵数が15〜20個を超えると、OHSSのリスクが高まります。卵巣が腫れ上がり、お腹に水が溜まることで、腹部膨満感、胃痛、吐き気、呼吸困難、尿量減少などの症状が現れます。重症化すると血栓症や腎不全などの命に関わる合併症を引き起こすこともあり、入院が必要になる場合もあります。 特に、PCOSの方、35歳以下の若い方、痩せ型の方はリスクが高い傾向にあります。
全胚凍結の推奨基準と、カウフマン療法による卵巣の休息
OHSSのリスクがある場合、採卵した周期に新鮮胚移植を行うことは避けるべきです。妊娠するとhCGホルモンが分泌され、OHSSが重症化・長期化するためです。そのため、すべての胚を凍結する「全胚凍結(フリーズ・オール)」を選択し、卵巣の腫れが引いてから別周期に移植を行います。また、採卵後はカウフマン療法(ホルモン剤による調整)を行い、卵巣をしっかりと休ませることで、次の移植周期に向けたコンディションを整えます。
採卵後の生理や体調変化は個数によってどう変わる?
採卵数が多いと、採卵後の生理が通常より早く来たり(特にGnRHアゴニストトリガーを使用した場合)、逆に重い生理痛を伴ったりすることがあります。また、卵巣の腫れが引くまでに1〜2ヶ月かかることもあり、次の治療開始まで待ち時間が発生することもあります。「急がば回れ」で、母体の安全を最優先することが、結果的に妊娠への近道となります。
卵子の「質」を底上げし、有効な採卵個数を増やす生活習慣
医療的な介入だけでなく、患者様ご自身ができる努力も「質」の改善につながります。
ミトコンドリアを活性化させる食事と抗酸化サプリメント
卵子の老化は、細胞内のエネルギー工場であるミトコンドリアの機能低下と関連しています。ミトコンドリアを活性化させるためには、抗酸化作用のある栄養素が有効です。
コエンザイムQ10:
ミトコンドリアのエネルギー産生を助けます(還元型がおすすめ)。
ビタミンD:
卵胞の発育や着床環境に関与します。不足している方が多いのでサプリメントでの補充が推奨されます。
L-カルニチン、レスベラトロール:
抗酸化作用により卵子の質を守ります。食事では、地中海式食事法(魚、オリーブオイル、野菜中心)が妊孕性を高めるとする研究報告もあります。
睡眠とストレス管理がホルモン値と採卵数に与える影響
睡眠不足や過度なストレスは、自律神経やホルモンバランスを乱し、卵胞の発育に悪影響を与えます。特に睡眠中は成長ホルモンが分泌され、細胞の修復や卵子の成熟を助けます。7時間程度の質の良い睡眠を心がけましょう。 また、ストレスを感じると血管が収縮し、卵巣への血流が悪くなります。ヨガやウォーキングなどの適度な運動は、血流を改善しストレス発散にもなるためおすすめです。
成功事例から学ぶ!BMI改善で採卵成績が激変したケース
肥満(BMI25以上)は、卵子の質を低下させ、採卵数を減少させる要因になります。過去の事例で、BMI33の患者様が、徹底的な生活習慣改善とダイエットによりBMI25まで減量した結果、それまで胚盤胞にならなかったのが、良好な胚盤胞を複数確保でき、妊娠に至ったケースがあります。適正体重に近づけることは、どんな高価な薬よりも効果的な場合があります。
採卵個数はあくまで「通過点」。あなたらしいゴール(妊娠)への道筋は一つではありません。
採卵個数について、様々な角度から解説してきました。
「20個採れたから安心」でもなければ、「1個しか採れなかったから絶望」でもありません。
不妊治療において、採卵個数はあくまで一つの指標であり、通過点に過ぎません。
大切なのは、ご自身の年齢やAMH、体の状態を正しく理解し、医師と相談しながら「自分にとって最適な採卵戦略」を立てることです。数が採れるなら貯卵をして将来に備える戦略、数が少ないなら1個の質にこだわり抜く戦略。それぞれの状況に合わせたベストな方法があります。
私たち生殖医療専門医や胚培養士は、その1個の卵子、1個の受精卵が持つ「生命の可能性」を最大限に引き出すために全力を尽くします。数字に振り回されすぎず、希望を持って治療に取り組んでいただければと思います。不安なことがあれば当院へいつでもご相談ください。