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「もう一人子どもが欲しいけれど、できれば性別も選べたら…」そんな思いを抱えていらっしゃいませんか?診療の中で、このようなご相談を受けることがあります。
家族計画において性別への希望を持つことは、決して不自然なことではありません。上のお子さんと異なる性別を望まれたり、遺伝的な理由から特定の性別を希望されたりと、その背景は様々です。
今回は、着床前診断による産み分けについて医学的な観点から解説させていただきます。日本の現状や海外の事例、他の産み分け方法との比較などをお伝えしていきます。
着床前診断による産み分けとは?生殖医療専門医が解説する基本知識
着床前診断(PGT)の仕組みと種類
着床前診断(PGT: Preimplantation Genetic Testing)とは、体外受精によって得られた受精卵(胚)の一部の細胞を採取し、遺伝子や染色体を調べる検査です。この検査により、胚の性別(XX:女性、XY:男性)を判定することが技術的には可能となります。
PGTには主に3つの種類があります。PGT-A(異数性検査)は染色体の数の異常を調べ、PGT-M(単一遺伝子疾患検査)は特定の遺伝病の有無を確認します。そしてPGT-SR(構造異常検査)は染色体の構造異常を検出します。産み分けに関連するのは、これらの検査の過程で判明する性染色体の情報です。
検査は通常、受精後5-6日目の胚盤胞から5-10個程度の細胞を採取して行います。この段階での細胞採取は、適切に行えば胚の発育に大きな影響を与えないことが分かっています。採取した細胞のDNAを解析することで、99%以上の精度で性別を判定できます。
産み分けを目的とした着床前診断の現状
医学的には、着床前診断による性別判定は確立された技術です。しかし、産み分けを主目的とした着床前診断の実施については、国や地域によって大きく対応が異なります。
日本では現在、日本産科婦人科学会のガイドラインにより、医学的理由のない産み分け目的での着床前診断は認められていません。一方、アメリカやタイなどの一部の国では、「Family Balancing(ファミリーバランシング)」という概念のもとで実施されています。これは、すでに子どもがいる家庭が異なる性別の子どもを希望する場合などに行われるものです。
技術的には可能でありながら、その実施には倫理的・社会的な議論が伴いますので、ご相談があった場合は適切な情報提供を心がけています。
日本における着床前診断での産み分けの法的・倫理的側面
日本産科婦人科学会のガイドラインと現状
日本では、着床前診断の実施について日本産科婦人科学会が厳格なガイドラインを定めています。2022年に改定された現行のガイドラインでは、着床前診断は「重篤な遺伝性疾患を回避する目的」や「反復流産の既往がある場合」など、医学的に必要性が認められる場合に限定されています。
単純な産み分け希望、つまり「男の子が欲しい」もしくは「女の子が欲しい」という理由だけでは、日本国内で着床前診断を受けることはできません。これは、性別による差別の助長や、社会的な性比のバランスへの影響を懸念してのことです。また、着床前診断自体が体外受精を前提とする高度な医療技術であり、母体への負担も考慮されています。
ただし、X連鎖劣性遺伝病(血友病、デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど)のように、特定の性別に対して発症リスクが高い遺伝性疾患がある場合は、医学的理由として認められることがあります。この場合も、施設の倫理委員会での審査を経て、学会への申請・承認が必要となります。
海外での着床前診断による産み分けの実情
アメリカ・タイなど主要国の状況
アメリカでは、着床前診断による産み分けは合法的に行われています。特に「Family Balancing」という考え方が浸透しており、すでに一方の性別の子どもがいる家庭が、異なる性別の子どもを希望する場合に利用されることが多いです。費用は施設により異なりますが、体外受精と着床前診断を合わせて200-400万円程度が一般的です。
タイも以前は産み分け目的の着床前診断が可能でしたが、2015年以降は規制が強化され、医学的理由がない限り性別選択は禁止されています。ただし、遺伝性疾患の回避を目的とした場合は認められており、この点は日本と似た状況です。
その他、メキシコ、キプロス、ドバイなどでも産み分け目的の着床前診断が可能ですが、各国で規制内容や実施条件が異なります。また、規制は頻繁に変更される可能性があるため、最新情報の確認が必要です。
着床前診断以外の産み分け方法との比較
パーコール法・マイクロソート法との違い
パーコール法は、精子を遠心分離により選別する方法です。理論上、X精子(女の子)とY精子(男の子)の重さの違いを利用して分離しますが、実際の産み分け成功率は60-70%程度と言われており、確実性という点では着床前診断に劣ります。
マイクロソート法は、フローサイトメトリーという技術を用いて精子を分離し、X精子とY精子を高精度で選別する方法です。アメリカで開発され、90%程度の成功率が報告されています。ただし、日本では未承認の技術であり、国内では受けることができません。また、分離後も人工授精や体外受精が必要となります。
着床前診断との最大の違いは、これらの方法が受精前の段階で性別を選択しようとするのに対し、着床前診断は受精後の胚の段階で確実に性別を判定できる点です。
タイミング法による産み分けの科学的根拠
タイミング法は、排卵日との性交渉のタイミングにより産み分けを試みる方法です。Y精子は寿命が短く動きが速い、X精子は寿命が長く動きが遅いという特性に基づき、男の子を希望する場合は排卵日当日、女の子を希望する場合は排卵2-3日前の性交渉が推奨されます。
実際の成功率は50-60%程度で、自然の確率とほぼ変わらないという見解が主流です。ただし、費用がかからず自然妊娠が可能な点は大きなメリットです。
また、膣内のpH調整(男の子希望ならアルカリ性、女の子希望なら酸性)を行う方法も提唱されていますが、これも科学的根拠は乏しく効果は限定的と考えられています。むしろ、過度なpH調整は膣内環境を乱し、感染症のリスクを高める可能性があります。
それぞれの成功率と特徴
各産み分け方法の成功率と特徴をまとめると、着床前診断は99%以上の成功率で最も確実ですが、現状の日本では産み分けのみを目的とした実施は認められていません。マイクロソート法は約90%の成功率ですが、日本では利用できません。パーコール法は60-70%程度で、人工授精と組み合わせて行うことが理論上は可能です。タイミング法は50-60%と自然の確率とほぼ同じですが、費用がかからず自然妊娠が可能です。
どの方法を選んでも100%ではないこと、希望と異なる結果になる可能性があることを理解しておくことが大切です。
よくある質問(FAQ)

Q1: 着床前診断での産み分けの成功率は?
A1: 着床前診断は99%以上の成功率で最も確実ですが、現状の日本では産み分けのみを目的とした実施は認められていません。マイクロソート法は約90%の成功率ですが、日本では利用できません。パーコール法は60-70%程度で、人工授精と組み合わせて行うことが理論上は可能です。タイミング法は50-60%と自然の確率とほぼ同じですが、費用がかからず自然妊娠が可能です。
どの方法を選んでも100%ではないこと、希望と異なる結果になる可能性があることを理解しておくことが大切です。
まとめ:産み分けを希望されている方へ
産み分けを希望される背景には、それぞれのご家庭の事情や想いがあることを、私たち医療者は十分に理解しています。「上の子と違う性別の子どもと育児を楽しみたい」「家族のバランスを考えて」「遺伝的な不安から」など、その理由は様々です。どのような理由であっても、新しい命を迎えたいという想いは、とても自然で大切なものです。
一方で、現在の日本では医学的理由のない産み分けは認められていないという現実もあります。これは決して皆様の希望を否定するものではなく、社会全体のバランスや倫理的な観点から定められたルールです。
産み分けに限らず不妊治療全般にいえることですが、心身ともに健康な状態で治療に臨むことが、良い結果につながります。十分な情報収集と検討の時間を持ち、納得のいく治療をしてください。