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「葉酸は飲んでいるけれど…」不安を感じるあなたへ。専門医からのメッセージ
「妊活を始めたから、とりあえずドラッグストアで葉酸サプリを買ってみました」 診察室でそうおっしゃる患者様はとても多いです。その一方で、「本当にこれでいいの?」「いつまで飲めばいいの?」「種類が多すぎて選べない」といった不安の声もよく耳にします。
特に30代、40代での妊活は、時間との戦いでもあります。「少しでも妊娠の確率を上げたい」「赤ちゃんのためにできることはすべてやりたい」という切実な想いを、私は日々受け止めています。不妊治療は、出口の見えないトンネルに例えられることがありますが、日々の生活の中でご自身でコントロールできる数少ない要素の一つが「栄養」です。
葉酸は、手軽に手に入るサプリメントですが、実は生殖医療の現場でも非常に重要視されている栄養素です。単に「赤ちゃんのため」だけでなく、これから妊娠しようとする「あなたの体(卵子や子宮)」にとっても、なくてはならない存在だからです。特に、30代後半から40代にかけての妊活では、卵子の質の低下や流産率の上昇といった課題に直面しますが、葉酸を含む適切な栄養摂取は、これらのリスクに対するベースアップとなります。
この記事では、生殖医療専門医としての知見と最新のデータに基づき、なぜ葉酸が必要なのか、どの種類を選べばいいのか、そして男性にも必要な理由まで、医学的根拠(エビデンス)をもとに分かりやすく解説します。ネット上の不確かな情報に振り回されず、正しい知識を持って、自信を持って妊活に取り組んでいただけるようサポートします。
なぜ妊活に葉酸が必要?「赤ちゃんの健康」と「母体の妊娠力」2つの視点
【基本】神経管閉鎖障害のリスク低減と推奨摂取量
まず、最も基本的かつ重要な葉酸の役割についてお話しします。それは、赤ちゃんの「神経管閉鎖障害」という先天異常のリスクを減らすことです。神経管閉鎖障害とは、妊娠のごく初期(妊娠6週頃まで)に作られる脳や脊髄のもととなる「神経管」がうまく作られないことで起こる障害です。二分脊椎や無脳症などがこれに当たります。
この神経管が作られる時期は、多くの女性が「妊娠したかも?」と気づく前、あるいは妊娠検査薬が陽性になる頃にはすでに終わっています。そのため、妊娠が分かってから飲み始めるのでは遅いのです。 厚生労働省は、妊娠を計画している女性に対し、通常の食事に加えてサプリメントなどで葉酸を摂取することを推奨しています。これは、「もしかしたら妊娠するかもしれない」という妊活中からスタートしておくべき、未来の赤ちゃんを守るための必須のアクションです。
【応用】卵子の質とDNA合成:30代・40代の妊活における重要性
葉酸の重要性は、赤ちゃんの先天異常予防だけにとどまりません。実は、妊娠しようとする女性の体、特に「卵子の質」にも深く関わっていることが分かってきています。
葉酸はビタミンB群の一種で、DNA(遺伝子情報)の合成や細胞分裂に不可欠な栄養素です。受精卵が猛スピードで細胞分裂を繰り返して成長していく過程で、DNAが正しくコピーされるためには十分な葉酸が必要です。30代・40代になると、卵子の老化により細胞分裂の際にエラーが起こりやすくなります(染色体異常)。葉酸が不足するとDNAの合成ミスが起こりやすくなる可能性が指摘されており、葉酸を十分に摂取することは、卵子の質をサポートし、正常な受精卵の発育を助ける土台となります。
着床環境への影響:ホモシステインと血流の関係
さらに、葉酸は「着床環境」にも影響を与えます。体内で葉酸が不足すると、「ホモシステイン」という悪玉アミノ酸が増加します。このホモシステイン濃度が高くなると、血管がダメージを受けやすくなり、血栓(血の塊)ができやすくなったり、血流が悪化したりします。子宮や卵巣は非常に細かい血管が張り巡らされている臓器ですので、血流が悪くなると卵子への栄養供給が滞ったり、着床に必要な子宮内膜の環境が悪化したりする可能性があります。
実際、反復流産や不育症の検査項目には、このホモシステイン値が含まれることがあります。葉酸をビタミンB6やB12と一緒に摂取することで、このホモシステインを無害な物質に代謝し、数値を下げることができます。つまり、葉酸を十分に摂ることは、卵子や受精卵にとって居心地の良い環境を整え、妊娠しやすい体を作ることにつながるのです。
「天然葉酸」と「合成葉酸」どっちがいい?医学的に推奨される選択
驚きの吸収率の差!食事(天然)だけでは不十分な理由
「サプリメントより、食事から自然に摂りたい」と考える方は多いでしょう。もちろん、ほうれん草やブロッコリー、レバー、納豆などの食品から葉酸を摂ることは大切です。しかし、妊活における葉酸摂取に関しては、食事(天然葉酸)だけでは不十分な医学的理由があります。
それは「吸収率(生体利用率)」の違いです。
食品に含まれる「天然葉酸(ポリグルタミン酸型)」は、調理の熱で壊れやすく、水に溶け出しやすい性質があります。さらに、体内で吸収される過程で代謝を受ける必要があり、最終的に体に吸収されるのは摂取した量の約50%程度と言われています。
つまり、食事で400μg分の野菜を食べたつもりでも、実際には200μgしか体に届いていない可能性があるのです。毎日大量の野菜を食べ続けることは現実的ではありませんし、カロリーオーバーの心配もあります。
厚生労働省も推奨する「モノグルタミン酸型(合成)」のメリット
一方で、サプリメントに使われている「合成葉酸(モノグルタミン酸型)」は、すでに体内で吸収されやすい形になっています。その吸収率は約85%と高く、天然葉酸の約2倍の効率で体内に取り込まれます。
「合成」と聞くと、「体に悪いのでは?」「添加物が心配」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、ここで言う合成とは化学的な構造の違いを指しており、危険物を意味するわけではありません。厚生労働省も、吸収率が不安定な食事からの摂取だけでなく、吸収率が高く安定している「サプリメント(および強化食品)での付加的な摂取」を明確に推奨しています。妊活中・妊娠初期という絶対に栄養を不足させたくない時期だからこそ、食事でベースを整えつつ、サプリメントという確実な手段で必要量をカバーするのが、医学的に見て最も賢い選択です。
1日に必要な摂取量は?「640μg」の根拠
では、具体的にどれくらい摂取すればよいのでしょうか。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では、以下のように推奨されています。
• 一般女性の推奨摂取量:240μg/日
• 妊娠を計画している女性・妊娠初期の推奨摂取量:640μg/日
(食事からの240μg + サプリメントからの400μg)
• 妊娠中期の推奨摂取量:480μg/日
ここで重要なのは、「妊娠を計画している女性」には、通常よりも多くの葉酸が必要だということです。食事からの摂取に加えて、サプリメントで400μgを付加することで、合計640μgを目指すのが理想的です。「妊娠してから飲めばいい」ではなく、妊活を始めたその日から、この量を意識して摂取することが大切です。
30代・40代は要注意!年齢とともに高まるリスクと葉酸の役割
加齢による染色体異常リスクと葉酸の関連性
30代後半から40代にかけての妊活で最大の壁となるのが、卵子の「質の低下」とそれに伴う「染色体異常」の増加です。先述の通り、年齢とともに卵子の染色体異常率は上昇し、35歳で約25%、40歳で約40%となります。染色体異常は流産の主な原因となります。
葉酸はDNAの修復や合成に関わるため、不足すると細胞分裂時のエラーリスクが高まる可能性があります。年齢を重ねると、ただでさえ卵子の修復能力が落ちているため、栄養不足によるダメージを受けやすくなります。 30代・40代の方こそ、卵子の質を少しでも守り、流産リスクを低減するために、葉酸摂取をおろそかにしてはいけないのです。
一緒に摂りたい「ビタミンD」「鉄分」「亜鉛」との相乗効果
葉酸以外にも、30代・40代の妊活で意識していただきたい栄養素があります。
• ビタミンD: 近年の研究で、ビタミンD濃度が十分な女性は、不足している女性に比べて体外受精の妊娠率が高く、流産率が低いことが報告されています。しかし、日本人女性の約7~8割がビタミンD不足だと言われています。葉酸と一緒に摂ることで、着床環境をより強固にします。
• 鉄分: 30代・40代は月経による出血に加え、子宮筋腫などの婦人科系疾患を持っていることも多く、隠れ貧血(フェリチン不足)の方が多い傾向にあります。貧血状態では、卵巣や子宮に十分な酸素が届きません。
• 亜鉛: 細胞分裂を促進するミネラルであり、葉酸と共に働くことで細胞の新生を助けます。
サプリメントを選ぶ際は、葉酸単体のものよりも、これらのビタミンDや鉄、亜鉛などがバランスよく配合された「マルチビタミン・ミネラルタイプ」を選ぶと、効率よく体づくりができます。
「MTHFR遺伝子変異」とは?葉酸が効きにくい体質について
少し専門的な話になりますが、「MTHFR」という酵素の遺伝子に変異がある場合、葉酸を体内で利用できる形に変換する能力が低いことが分かっています。日本人女性の数割がこの体質を持っていると言われています。このタイプの方は、葉酸を摂取しても血中濃度が上がりにくく、ホモシステイン値が高くなりやすい傾向があります。自分の体質を知るための遺伝子検査もありますが、まずは「活性型葉酸」が含まれるサプリメントを選ぶか、あるいは通常の合成葉酸をしっかり推奨量摂取することでカバーできることが多いです。不安な場合は、不育症検査の一部としてホモシステイン値を測定することも可能です。
男性も飲むべき?精子の質(DNA損傷)と葉酸の意外な関係
精子のDNAダメージを軽減する効果と酸化ストレス対策
「葉酸は女性が飲むもの」と思っていませんか? 実は、男性にとっても葉酸は非常に重要な栄養素です。不妊の原因の約半数は男性側にあると言われていますが、男性の加齢やストレス、喫煙などは精子の質を低下させます。特に問題となるのが「精子DNAの損傷(断片化)」です。精子のDNAが傷ついていると、受精率が下がったり、受精しても胚(受精卵)の発育が途中で止まってしまったりする原因になります。
いくつかの研究で、葉酸と亜鉛を一緒に摂取した男性は、精子の濃度が増加し、正常な形態の精子の割合が増えたという報告があります。葉酸はDNAの合成に関わるため、精子が作られる過程でのエラーを防ぎ、DNA損傷のリスクを減らす効果が期待されているのです。また、精子は酸化ストレス(体のサビ)に非常に弱いため、抗酸化作用のあるビタミンCやE、コエンザイムQ10と併せて摂取することが推奨されます。
夫婦で始める「ペアサプリ」のすすめ
妊活は夫婦二人のプロジェクトです。女性だけが食事に気を使い、サプリメントを飲んで頑張っていても、男性側の栄養状態が悪ければ、良質な受精卵はできません。男性も35歳を過ぎると精子の質が変化し始めます。
パートナーに「あなたも飲んで」とは言い出しにくいかもしれませんが、「赤ちゃんの健康のために、二人の遺伝子を大切にしたいから」と伝えてみてはいかがでしょうか。最近では男性用の妊活サプリや、夫婦で一緒に飲めるセットも販売されています。二人でサプリメントを飲む習慣をつけることは、健康管理だけでなく、「一緒に妊活に取り組んでいる」という連帯感を生み、精神的な支えにもなるはずです。
医師が教えるサプリメントの選び方と飲み方のコツ
サプリメント選びのチェックポイント(含有量・添加物)
サプリメントを選ぶ際は、必ず成分表示を確認してください。以下のポイントをチェックしましょう。
- 葉酸の含有量: 1日分で400μgが含まれているか。過剰すぎず、不足しない量がベストです。
- 葉酸の種類: 「モノグルタミン酸型(合成葉酸)」と記載されているか、あるいは吸収率の高い配合になっているか。
- サポート成分: ビタミンB6、B12、ビタミンD、鉄、亜鉛などが含まれているか。これらが一緒に配合されていると、葉酸の働きを助け、妊活に必要な栄養を一度に補えます。
- 品質と安全性: GMP認定工場(医薬品レベルの製造管理基準)で作られた製品や、クリニックで取り扱っている医療機関向けサプリメントを選ぶと安心です。添加物が気になる場合は、無添加を謳っているものを選ぶのも良いでしょう。
飲み忘れたらどうする?摂取のタイミングと継続のコツ
葉酸は水溶性ビタミンなので、体内に長く蓄積しておくことができません。一度にたくさん飲んでも、余分なものは尿として排出されてしまいます。そのため、「毎日コツコツ」飲むことが大切です。 飲むタイミングに決まりはありませんが、飲み忘れを防ぐためには「朝食後」や「就寝前」など、毎日のルーティンに組み込むのがおすすめです。もし飲み忘れてしまっても、翌日に2倍飲む必要はありません。気づいた時からまた再開すれば大丈夫です。
「いつまで飲めばいい?」という質問もよくありますが、神経管閉鎖障害の予防という観点では妊娠12週(妊娠3ヶ月)までが特に重要です。しかし、葉酸は造血作用や母体の健康維持にも役立つため、出産まで、そして授乳期も継続して摂取することをお勧めします。
過剰摂取の心配は?上限値と副作用について
「たくさん飲めば飲むほど良い」というわけではありません。葉酸には摂取の上限値が設定されています。 サプリメントなどからの摂取上限量は、1日1000μg(1mg)です(30~64歳女性の場合)。 通常のサプリメント(400μg)を規定量飲んでいる分には全く問題ありませんが、複数のサプリメントを併用している場合や、早く妊娠したいからといって倍量飲んだりすると、過剰摂取になる可能性があります。過剰摂取が続くと、発熱やじんましんなどの過敏症が出たり、ビタミンB12欠乏による神経障害の発見が遅れたりするリスクがあります。必ず製品の目安量を守って摂取してください。
食事から葉酸を摂るには?効率的な食材と調理法
葉酸を多く含む食材リスト(ほうれん草、レバー、納豆など)
サプリメントは大切ですが、基本はやはり食事です。葉酸を多く含む食材を日々の献立に取り入れましょう。
- 野菜: ほうれん草、ブロッコリー、アスパラガス、モロヘイヤ、枝豆、かぼちゃ
- 海藻・豆類: 焼き海苔、納豆、きな粉
- 果物: いちご、マンゴー、アボカド
- 動物性食品: レバー(鶏・豚・牛)、うなぎ
※注意点:レバーやうなぎにはビタミンAも多く含まれています。妊娠初期にビタミンA(レチノール)を過剰摂取すると胎児に影響が出る可能性があるため、毎日大量に食べるのは避けましょう。
調理での損失を防ぐポイント
葉酸は「水溶性」で「熱に弱い」という性質があります。調理法によっては、せっかくの栄養素が失われてしまうことがあります。
- 茹でるより蒸す・レンジ加熱: 茹でると水にお湯に溶け出してしまうため、電子レンジ調理や蒸し料理がおすすめです。
- 汁ごと食べる: スープや味噌汁にすれば、溶け出した葉酸も一緒に摂取できます。
- 新鮮なうちに食べる: 保存期間が長くなると葉酸の含有量が減ってしまうため、新鮮な野菜を選びましょう。
- 生で食べる: サラダやスムージーなど、加熱せずに食べられるメニューも取り入れましょう(納豆やフルーツなど)。