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精液検査結果に不安を感じているあなたへ
皆さんこんにちは。生殖医療クリニック錦糸町駅前院の「胚培養士」川口 優太郎です。
いざ精液検査を受けてみたものの、結果を手にしても、羅列された数字の意味がよく分からず、そのデータが果たして良いのか、悪いのか、不安になっていませんか?
私自身、胚培養士として15年以上のキャリアになりますが、「この数値は正常ですか?」「妊娠は可能ですか?」という心配のお声は、いつであっても多くの男性が抱える共通の悩みだと思います。
今回のコラムでは、精液検査結果の基本的な見方から、数値に現れない重要なポイント、そして改善方法まで、専門家の視点から分かりやすく解説します。検査結果に一喜一憂する前に、まずは正しい知識を身につけて、冷静に状況を把握していきましょう。
精液検査で分かること・基本項目の解説
一般的な精液検査では、大きく4つの項目について検査をしていきます。
WHO(世界保健機関)が、精液検査におけるこの4つの項目について世界的標準となる基準値を設定しており、この基準値に基づいて正常か否かを判断していきます。
精液量
まず精液量は、射出された精液の総量を表します。
WHO基準値(※2021年改訂版)では1.4ml以上を正常値としています。精液量が少ない場合を「精液過少症」あるいは「精液減少症」と呼ぶことがありますが、精液量は禁欲期間に依存するため、例えば連日射出しているような場合には精液量は少なくなる傾向にあります。ただし、著しく少ないという場合には精嚢の機能不全や逆行性射出などの射出障害が潜んでいる可能性があります。
採精に慣れていないと、採精を行う時に上手く採取できず、カップに出せなかったり、一部をこぼしてしまったりする方もいらっしゃいますが、そのような場合は必ず病院のスタッフに申告してください。正確に評価を行うためには大切な情報となります。
精子濃度
次に精子濃度は、精液1mlあたりの精子数を表します。
WHO基準値では1600万個/ml以上を正常値としています。また、総精子数(精液量×精子濃度)も重要で、3900万個以上が基準値になります。
精子濃度が基準値を下回る場合を「乏精子症;oligospermia」、精液中に精子が認められないかごく僅かな場合を「無精子症;azoospermia」と診断します。
精液検査は、日によって大きく変動することが知られているため、一度の検査で精子濃度が基準値をやや下回っていても、次の検査では問題無く基準をクリアしているということはよくあります。反対に、いつも正常値であるのに、いざ採卵や人工授精の当日にその日はたまたまデータが不良だったということも臨床ではよくあります。
精子運動率
3つ目の精子運動率は、射出された精液中の運動している精子の割合を示しています。
WHO基準値では運動率42.0%以上(うち前進運動率30.0%以上)が正常とされています。運動率は、精子が卵子と受精できる能力を持っているかを判断する最も重要な指標の一つです。
運動率が基準値を下回る場合には「精子無力症;asthenozoospermia」と診断されます。
よく「運動率が高かったから俺は大丈夫!」とおっしゃる患者様がいるのですが、これは大きな間違いです。運動率は、“運動している精子の割合”を示しているものなので、真っすぐに良好なスピードで泳いでいく精子も、その場所からほぼ移動せずピクピクと動いているだけの精子も『運動精子』としてカウントされます。
運動率が基準値を十分に超えていても、前進運動性が著しく乏しいという患者様も臨床では多く見られ、このような場合では、卵子に向かって泳いでいく能力が低いことが判断出来るため、これが不妊の直接的な原因となっている可能性もあります。
精子奇形率;形態的評価
4つ目の精子奇形率は、精子の形態を評価し、正常な形の精子の割合を示しています。
WHO基準値では正常率4.0%以上(奇形率96.0%未満)を正常としています。つまり、精子全体の95.0%が奇形であってもデータとしては正常です。この数値に驚く方も多いですが、実は精子の大部分に何らかの形態異常があるのは正常なことです。
精子の形態異常には、頭部、中片部、尾部の異常があり、顕微授精で使用するような高倍率で観察することが出来る倒立顕微鏡下で精子の観察をすると、低倍率では見えなかった精子の形態異常がはっきりと見えるようになることもあります。
重度の形態異常は受精能力に影響しますが、軽度の異常であれば問題ないことが多いです。
奇形率が96.0%以上認められる場合を「精子奇形症;teratozoospermia」と診断します。
WHO基準値と実際の妊娠率の関係
WHOが示す基準値
2021年に改訂されたWHO第6版の基準値は、世界中の妊娠に至った男性の精液データから算出された「下位5パーセンタイル値」を示しています。つまり、妊娠に至った男性の95%はこの基準値以上の数値を示していたということです。
主な基準値をまとめると:
精液量:1.4ml以上
精子濃度:1600万/ml以上
総精子数:3900万以上
総運動率:42%以上
前進運動率:30%以上
奇形率:96%未満(正常4%以上)
これらの数値から、基準値は『下限値』とも表現されますが、あくまでも「妊娠可能な最低ライン」ではなく統計的な参考値であり、この値がクリアできなければ即妊娠不可能と判断されるというわけではありません。
基準値を下回っても妊娠は可能
また、先述した通り、精液検査は日によって変動が大きいためWHOでも複数回の検査を以て判断することが望ましいと規定しています。
実際に、臨床現場では、WHO基準値を下回る精液所見が認められた患者様でも自然妊娠にいたるケースがあります。例えば、精子濃度が基準値である1600万/mlをやや下回る場合でも、もともとの精液量が多い、または精子の運動率が高い、ということであれば、射出された精液中の全体の運動精子数は下限値以上となることもよくあります。
重要なのは、どれか一つの項目だけではなく、総合的に評価をしていくということです。
複数の項目を総合的に判断する重要性
精液検査の各項目は独立しているわけではなく、相互に関連しています。例えば、精子濃度だけが高くても運動率が極端に低いケースや、運動率は良好であっても奇形の精子がかなり目立つケースなど、臨床ではかなり多いです(というよりも、不妊を主訴として来院されている患者様では、その程度に関わらず、何かしらの異常が認められる症例が多いです)。
特に、私が胚培養士として注目しているのは精子の形態的な評価である『奇形率』です。
精子の形態が正常か異常かは、泌尿器を専門とする医師か、細胞や病理を専門とする検査技師、あるいは顕微授精を高い水準で修得しているレベルの胚培養士でなければ、正確に判断するのは極めて難しいです。よく、不妊治療の専門では無い医療機関で精液検査をすると、奇形率が40%とか50%と出すような施設もあります。しかしながら、95.0%以下でも正常というWHOの基準値が示す通り、奇形な精子が50%しかないというのは通常であれば考え難いデータです。
検査結果の詳細な読み方
運動性の分類(前進運動・非前進運動・不動)
WHO分類では、精子の運動性を以下の3つに分類します
| PR(Progressive motility) | 前進運動精子 |
| NP(Non-progressive motility) | 非前進運動精子 |
| IM(Immotility) | 不動精子 |
前進運動精子(PR)は、直線性かつ前進性があり活発に運動する精子で、受精能力が治療に有効な精子のグループです。非前進運動精子(NP)は、その場で動いているが前進しない精子やその場ぐるぐると回っているだけの精子で、受精能力は低いと判断されます。
WHOの基準値では、運動率42.0%の他に、前進運動率30.0%以上という項目が設けられています。
近年では、SMASやSQAといった精子の自動解析システムが多くのクリニックで導入されており、精子の運動性をABCDの4段階で計測したり、精子運動性指数;SMIという数値で算出したりすることが可能となっている施設もあります。
精子形態異常と影響
精子の形態異常は大きく『頭部』、『中片部』、『尾部』の異常に分類されます。割合としては頭部の異常が多く、極端に大きかったり、反対に小さかったり、丸いもの、細長いもの、頭部が2つあるもの、頭部が無く尾部だけが動いているものなど様々あります。また、一見すると精子のシルエットは綺麗に見えていても、頭部の中に空胞といって穴が開いているような精子も数多くあります。
これらの所見は、総じて精子のDNAに何かしらの異常があるのではないかと考えられています。
顕微授精を実施する際には、これらの異常が認められる精子を避けて、形態が正常で動きも正常な精子を選別していきますが、重度の乏精子症・無精子症では使える精子が限られていて選択の余地が無いこともあります。また、精子が数多く認められていても重度の精子無力症というケースでは、通常の方法とは別の、特殊な精子選別方法を用いなければならないケースも存在します。
その他の検査項目:白血球数
その他の検査項目としては、精液中の白血球数の計測があります。精液中に白血球が混在することはよくありそれ自体は特に問題は無いのですが、ただし、精液中1mlあたりに100万個以上の白血球が認められるという場合には『膿精子症』と診断されます。
膿精子症は、精路・尿道に創傷がある可能性や、生殖器の細菌感染や性感染症などを示す所見であり、精子の運動率を低下させ不妊の直接的な原因になることもあります。症状が重い場合では、精液の性状が白よりも黄色に近く見えることがあります。
目で見るだけでは測ることが出来ない精子の“質”的な側面
精液検査では測ることが出来ない精子の“質”
ここまで、一般的な精液検査について解説をしてきましたが、このような精液検査とは別に、近年、DFIやORPと呼ばれる精子の質を評価する検査も導入されるようになってきました。
DFI (DNA Fragmentation Index)は、精子のDNAの断片化の割合を調べる検査、ORP (Oxidation-Reduction Potential)は、精液中の酸化ストレスの程度を調べる検査で、どちらも一般的な精液検査で測ることが出来ない精子の“質”を評価するため行われます。
DFI(精子DNA断片化指数)
DFIは、精液中のDNAが損傷している精子の割合を測定する検査です。精子のDNAが正常であることは卵子との受精や受精卵の発育に重要であり、断片化が進んでいる精子の割合が多いと、受精率の低下や妊娠率の低下、流産率の上昇につながる可能性が報告されています。
ORP(精液中酸化還元電位測定)
ORPは、精液中の酸化ストレスの程度を数値化する検査です。精液の酸化ストレスは、精子のDNA損傷や機能低下を引き起こす原因の一つと考えられており、ORPによってストレス値が高いことが示されている場合、治療成績に大きな悪影響を与えることが報告されています。
精液の粘性や細胞混入の影響
これ以外にも、精液データを総合的に判断していく上では、精子の数や運動性だけではなく、精液の性状も重要な項目の一つとなります。例えば、精液の性状は射精直後にはややゼリー状ですが、温度や時間の経過によってサラサラの状態になります(※これを液化といいますが、通常はおおよそ30分程度置いておくだけで液化します)。
しかしながら、一定の時間を置いても精液の粘性が高いままであったり、油(脂)のようなものが混ざっていたりすることで粘度が固いままというケースがあります。このような性状では、精子の運動が阻害されることがあるため、精子の数が十分にいても妊娠がブロックされてしまう可能性があります。
また、精液中に含まれる精子以外の細胞の有無も重要です。最も多いのは、膿精子症でも説明した通り白血球が混在しているケースですが、白血球以外の血球細胞が認められることもあります。実際、精液に血液が混入し、真っ赤な状態の精液が提出されることがあります。このような場合では、生殖医療よりも泌尿器科的な疾患が疑われるため、適切な医療機関へ紹介を行うことが多いです。
検査結果が良くない場合の対処法
生活習慣の改善ポイント
精液所見は、生活習慣の影響を非常に大きく受けます。精液検査の結果が良く無かったという場合には以下の習慣について気を付ける必要があります。
喫煙・飲酒
主なものはやはり喫煙・飲酒で、特に喫煙は精子のDNA損傷を顕著に増加させ、造精機能を低下させると考えられています。飲酒については、アルコールの量よりも期間によって影響を受けやすくなることが学術的な研究によって示されており、少ない量であっても毎日飲酒をするという場合では精液データが悪くなる傾向があります。
精巣(陰嚢)の温度管理
精巣の温度管理も重要で、精子は温度に非常に敏感であり、精巣を体温よりも2~3℃低い温度に保つことが造精を行う上では最適な環境であるとされています。
サウナや長風呂を避ける、締め付けの強い下着を避けるなどすることで、精巣の温度の上昇を抑えることができます。また、ノートパソコンを膝の上で長時間使用するや自転車に長時間乗ることも、精巣温度を上げる要因となります。
禁欲期間
禁欲期間も、精液検査に影響を与える項目の一つです。よく「いっぱい溜めておいた方がよいのでは?」と考えている方も多いのですが、精子は溜め過ぎると運動性が著しく低下し、同時に精子の“質”も低下します。おおよそ2~4日のペースで射出する習慣を付けることで、精子の“質”が良くなっていくと考えられています。
食習慣・睡眠習慣・ストレス管理
栄養面では、抗酸化物質(ビタミンC、E、CoQ10など)の摂取が有効です。規則正しい食事と十分な睡眠、適度な運動も精液所見の改善に寄与します。過度のストレスも造精には悪影響を及ぼすため、ストレス管理も大切です。
再検査のタイミングは?
精液検査は1回の検査で判断されるのではなく、WHOでも複数回の検査を以て判断することを推奨しています。ただし、すぐに再検査を行ってもなかなか大きな変化が見られないこともあります。
というのも精子は、精子の種となる精原細胞と呼ばれる細胞から、体外に射出される状態の精子になるまで、約74日間かけて発生していきます。そのため、たった数日の間だけ生活習慣を改善したからといって、すぐに結果に反映されることはまずありません。
精子濃度と運動率、運動率と奇形率など、複数の項目で基準値を下回る所見が認められた場合には、一般的に2~3ヶ月間生活習慣の改善に取り組んでから、再検査をするようにお勧めしています。
ただし、生殖補助医療を行っている場合では時間との戦いでもあり、2~3ヶ月などと悠長なことを言っていられないことも多いため、治療と並行しながら生活習慣の改善に努めていく必要があります。
専門医への相談の目安
以下の場合は、泌尿器科専門医(特に生殖医療専門医)への相談をお勧めします:
- 複数回の精液検査を以て異常が認められる
- 無精子症または重度の乏精子症が認められる
- オーガズムを感じているが射出しない、あるいは射出する液量が少ない(0.5ml未満)
- 精液中に混在する白血球数が多い
- 性感染症に罹患していたことがある
- 思春期以降におたふく風邪にかかったことがある
専門医の診察では、精索静脈瘤の有無、ホルモン検査、遺伝子検査などを行い、原因に応じた治療を行います。精索静脈瘤の手術やホルモン補充療法により、精液所見が改善することもあります。
よくある質問と回答

Q1: 精液検査をする前はどのくらい禁欲期間を置いたほうがいいですか?
A1: WHOが推奨している禁欲期間は2~7日ですが、2~4日のペースで普段から射出しておくことが理想です。禁欲期間が短すぎると精液量と精子濃度が低下し、長すぎると運動率低下や奇形率の増加を引き起こします。また、例えば精液検査をする3日に一度射出していたとしても、その前の禁欲期間が著しく長い場合では精液所見が悪くなる可能性があります。
Q2: 精液データは、体調による変化はありますか?
A2: 精液データは、体調不良に大きく影響を受けます。特に精子は熱に弱いため、38度以上の発熱があると、精液所見が悪化する傾向があります。インフルエンザや新型コロナウイルス感染症では、回復後も注意が必要です。
また、精子は熱に弱いため季節的な影響を受けることがあります。特に、夏場で精液検体をクリニックに持ち込む場合では、クリニックまでの移送環境によって精子の運動性が悪くなることもありますので、精液検体をクリニックに持ち込む際には注意が必要です。
Q3: 精液所見と年齢は関係ありますか?
A3: 精子濃度や運動率など、数字上では女性ほど明確な年齢の影響はありませんが、精子の“質”が低下することが報告されています。
生活習慣による影響や環境の変化などのほか、高齢になるほど射出する機会が減っていくため質が低下するのではないか?と考えられています。
まとめ
精液検査の結果は、男性側の妊娠の能力を評価する上で重要な指標ですが、数値が基準値を下回っているからといって、即妊娠が不可能であると判断されるというわけではありません。
重要なのは、検査結果を正しく理解し、総合的に判断すること、そして必要に応じて生活習慣の改善や適切な治療を受けることです。
重度の乏精子症や無精子症のケースを除いて、精液所見は改善可能な場合も多いです。また、日によって変動があるものですので、一度の検査結果が悪かったからといって落ち込む必要はありません。
最後に
不妊治療は夫婦で取り組むものです。
この時代にあっても、いまだに『不妊症は女性の問題だ』と考えている男性は少なくありません。
胚培養士という立場から申し上げたいのは、「ヒトの半分は精子に由来している」ということです。
卵子がどんなに状態がよくても、精子の状態が悪ければ赤ちゃんになることは難しいですし、当然ながらその逆もあります。
治療や検査については、その都度夫婦でよく話し合い、お互いを支え合い、協力しながら、最適な治療を選択しながら進めていくことがとても大切なのです。