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アシステッドハッチング(AHA)

アシステッドハッチング(AHA:孵化補助法)の基礎知識

アシステッドハッチングとは、日本語で「孵化補助法(ふかほじょほう)」と呼ばれ、体外受精・顕微授精のプロセスにおいて、受精卵が子宮内膜に着床しやすくするために行われる技術です。ここではまず、なぜこの技術が必要なのか、その基本的なメカニズムについて解説します。

「ハッチング(孵化)」とは何か?着床のメカニズム

通常、卵子と精子が出会い受精すると、受精卵は細胞分裂を繰り返しながら子宮へと移動します。この時、受精卵は「透明帯(とうめいたい)」と呼ばれるタンパク質の膜(殻のようなもの)に守られています。 胚盤胞(はいばんほう)という着床直前の段階まで育つと、受精卵は膨張と収縮を繰り返し、自らの力でこの透明帯を破って外に飛び出します。この現象を「ハッチング(孵化)」と呼びます。殻から飛び出した受精卵が、子宮内膜に潜り込むことで初めて「着床(妊娠成立)」となります。つまり、どれだけ元気な受精卵でも、この殻を破って外に出られなければ、着床することはできないのです。

なぜ自然にハッチングできないことがあるのか?(透明帯硬化など)

通常であれば自然に行われるハッチングですが、何らかの原因でうまくいかないことがあります。これを「孵化障害」と呼びます。 主な原因として挙げられるのが「透明帯の硬化」です。透明帯が硬くなったり、分厚くなりすぎたりすると、受精卵の内側からの圧力だけでは殻を破ることができなくなります。 また、体外受精の過程で行われる「胚の凍結保存」も要因の一つです。凍結・融解のプロセスを経ることで、透明帯が物理的・化学的変化を起こし、硬化してしまうことが知られています。卵子の老化やホルモンバランスの影響も透明帯の質に関わっており、これらが複合的に絡み合って、受精卵が殻の中に閉じ込められてしまう現象が起きます。

アシステッドハッチングが必要となる背景

「良好胚を移植したのに陰性だった」というケースにおいて、実は受精卵自体の生命力には問題がなく、単に「殻が硬くて出られなかっただけ」という可能性が否定できません。 この最後の「殻を破る」という物理的なハードルを取り除くために開発されたのがアシステッドハッチングです。 人為的に透明帯の一部を薄くしたり、小さな穴を開けたりすることで、受精卵が外に出やすい状態(ハッチングしやすい状態)を作ります。これにより、受精卵が本来持っている着床能力を最大限に発揮させることが可能になります。

アシステッドハッチングが推奨される具体的な対象者

アシステッドハッチングは、すべての体外受精患者に行われるわけではありません。胚の状態や過去の治療歴、患者様の年齢などを考慮し、医師が必要と判断した場合に提案されます。具体的にどのようなケースで推奨されるのかを見ていきましょう。

凍結融解胚移植を行う方(透明帯の硬化リスク)

現在、アシステッドハッチングが最も多く適用されるのが「凍結融解胚移植」のケースです。 日本の不妊治療では、受精卵を一度凍結し、ホルモン環境を整えた別の周期に戻す方法が主流となっています。しかし、前述の通り、凍結と融解の過程で透明帯が硬くなる(硬化する)傾向があります。 特にガラス化法(急速凍結)は胚へのダメージが少ない優れた方法ですが、それでも透明帯の物性変化は避けられない場合があります。そのため、凍結胚を移植する際には、予防的にアシステッドハッチングを行うことが標準的なプロトコル(手順)として採用されています。

35歳以上の高齢の方・卵子の質が気になる方

年齢を重ねるにつれて、卵子の質と同様に、透明帯の性質も変化することがわかっています。一般的に、加齢とともに透明帯は硬く、厚くなる傾向があります。 また、年齢が上がると受精卵自体の「膨らむ力(拡張する力)」が弱まることもあり、硬い殻を自力で破ることが難しくなります。 そのため、35歳以上の方や、卵巣機能の低下が見られる方に対しては、受精卵の負担を減らし着床をサポートするために、積極的にアシステッドハッチングが検討されます。

透明帯が厚いと診断された方

年齢や凍結の有無に関わらず、顕微鏡での観察時に「透明帯が通常よりも厚い(例えば15〜20μm以上など)」と判断される場合があります。これは個人の体質や周期によるもので、自然なハッチングが物理的に困難であると予測されます。 培養士(エンブリオロジスト)が胚の状態を確認し、透明帯が厚い、あるいは形態的にいびつで破れにくそうだと判断した場合に、アシステッドハッチングが提案されます。物理的な障壁をあらかじめ取り除いておくことで、着床のチャンスを逃さないようにします。

良好胚を移植しても着床しない方(反復着床不全)

「グレードの良い胚盤胞を何度も移植しているのに、一度も着床反応が出ない」という、いわゆる反復着床不全(着床障害)の方にも推奨されます。 子宮側の問題(内膜の厚さや免疫など)がない場合、受精卵がハッチングできていないことが原因である可能性が残ります。これまでの移植でアシステッドハッチングを行っていなかった場合、この処置を加えることで状況が好転し、妊娠に至るケースも少なくありません。原因不明の着床不全に対する有効な打開策の一つです。

グレードが低めの胚盤胞を移植する場合

胚盤胞のグレード(評価)があまり高くない場合、受精卵が持つエネルギーが比較的少ないと考えられます。エネルギーが不足していると、自力で分厚い殻を破る体力がないかもしれません。 そのような胚に対して、あらかじめ出口を作ってあげることで、少ないエネルギーでもスムーズにハッチングできるようにサポートします。アシステッドハッチングは、決して「質の悪い胚を無理やり着床させる」ものではなく、「胚の持つ力を補助してあげる」優しい技術と言えます。

アシステッドハッチングの具体的な手法と種類

アシステッドハッチングにはいくつかの手法があり、時代とともに技術も進化してきました。現在行われている主な方法は以下の3つですが、安全性と簡便さから「レーザー法」が主流となっています。

レーザー法(現在の主流・安全性とメリット)

レーザーを用いた方法です。顕微鏡下で、透明帯の特定の部分に微弱なレーザーを照射し、極めて精密に薄くしたり穴を開けたりします。 この方法の最大のメリットは、「非接触」であることと「時間の短さ」です。薬品を使わず、物理的に針で触れることもないため、胚本体へのダメージを最小限に抑えられます。また、処置が一瞬で終わるため、受精卵を培養器の外に出しておく時間も短く済み、環境変化によるストレスを軽減できる点でも非常に安全性が高い手法です。

酸性タイロード法(化学的除去法)

以前広く行われていた方法で、酸性の溶液(酸性タイロード液)を細いガラス管に入れ、透明帯に吹き付けて化学的に溶かす方法です。 透明帯を溶かして穴を開けるという点では有効ですが、酸性溶液が過剰に作用すると胚の細胞自体に影響を与えるリスクがゼロではありません。高度な技術を持つ培養士が行えば問題ありません。

機械的方法(物理的切開法)

極細のガラス針(ピペット)を使用して、物理的に透明帯を切開したり、一部を削り取ったりする方法です。顕微授精の技術を応用したもので、薬品や熱を使わないという利点があります。 しかし、物理的な力を加えるため、胚が変形したり、振動が伝わったりするリスクが伴います。また、操作に時間がかかることもあり、熟練した技術が必要です。現在では、レーザー法が普及したため、あえてこの方法を選択するケースは少なくなっています。

穴を開ける方法と薄くする方法(あえて完全に開けないケース)

手法(ツール)の違いだけでなく、透明帯を「どう加工するか」にも違いがあります。 完全に貫通させて「穴を開ける(開孔)」方法と、透明帯の外側を削って「薄くする(菲薄化)」方法です。 完全に穴を開ける方がハッチングは容易になりますが、あまりに大きな穴を開けると、ハッチングの過程で胚が「8の字」のような形になり、途中で引っかかってしまうリスクも指摘されています。そのため、最近では完全に穴を開けずに、限界まで薄くして自然な破裂を促す方法や、穴の大きさを慎重に調整する方法など、クリニックや胚の状態によって最適なアプローチが選択されています。

アシステッドハッチングによる妊娠率・着床率への効果

患者様が最も気になるのは、「それで本当に妊娠しやすくなるのか?」という点でしょう。ここでは医学的なデータや見解に基づき、その効果とリスクについて解説します。

データで見る妊娠率の変化

多くの臨床データにおいて、アシステッドハッチングを行うことで着床率・妊娠率が向上することが報告されています。 特に、「過去に反復して着床しなかった方」や「凍結融解胚移植のケース」においては、実施しないグループと比較して有意に妊娠率が高くなるというデータが多数あります。 ただし、アシステッドハッチングはあくまで「着床の補助」であり、受精卵自体の染色体異常を治したり、生命力を上げたりするものではありません。そのため、すべてのケースで結果が出るわけではありませんが、着床の物理的な障害を取り除くという意味で、妊娠への確率を底上げする効果は確実にあると考えられています。

多胎妊娠(双子)になるリスクとその理由

アシステッドハッチングの数少ないリスク(副作用)として知られているのが、「一卵性双胎(一卵性の双子)」の発生率がわずかに上昇することです。 通常、一卵性双胎の発生率は0.4%程度ですが、アシステッドハッチングを行った場合、その確率がやや上がると言われています。 理由は完全には解明されていませんが、人工的に開けた穴から胚が飛び出す際、狭い穴を通過することで胚が物理的に分断されたり、くびれたりすることが刺激となり、一つの胚が二つに分かれてしまうのではないかと推測されています。

胚へのダメージリスクについて(安全性)

「レーザーや薬品を使って、赤ちゃんになる卵に傷がつかないの?」と心配される方もいらっしゃいますが、結論から言えば、そのリスクは極めて低いです。 アシステッドハッチングで加工するのは、あくまで「透明帯」という殻の部分だけです。中の細胞(将来赤ちゃんや胎盤になる部分)には直接触れません。 特にレーザー法はターゲットを絞って照射できるため、熱による影響も局所的です。熟練した培養士が適切な方法で行う限り、胚そのものが損傷を受けて変性してしまうといった事故は、現在の医療水準ではほぼ起こらないと考えて良いでしょう。

アシステッドハッチングの費用と保険適用について

2022年4月から不妊治療の保険適用が拡大されましたが、アシステッドハッチングの扱いはどうなっているのでしょうか。費用面について詳しく解説します。

「先進医療A」としての取り扱いと保険診療との併用

現在、アシステッドハッチングは日本の公的医療保険の適用範囲外ですが、「先進医療A」として厚生労働省に承認されています。 通常、保険適用の治療(採卵や移植など)と、保険適用外の治療(自由診療)を組み合わせることは「混合診療」として禁止されており、全額自己負担になってしまいます。 しかし、「先進医療」として認められている技術に関しては、保険診療との併用が特例として認められています。つまり、ベースとなる胚移植などの治療は3割負担(保険適用)で行い、アシステッドハッチングの費用だけを全額自己負担(10割)で支払うことが可能です。

具体的な費用と助成金の活用

先進医療としての実施になるため、この部分は健康保険が使えませんが、民間の医療保険(生命保険など)において「先進医療特約」に加入している場合、給付金の対象になることがあります。ご自身の加入している保険でカバーできるか、事前に保険会社へ確認することをおすすめします。また、お住まいの自治体によっては、先進医療にかかる費用の一部を助成してくれる独自の制度を設けている場合もあります。

アシステッドハッチングに関するよくある質問(Q&A)

Q1: アシステッドハッチングをすれば必ず着床しますか?

A1: 残念ながら「必ず」ではありません。着床しない原因には、ハッチング障害(殻が破れないこと)以外にも、受精卵の染色体異常や、子宮内膜の状態(着床の窓のズレ、慢性子宮内膜炎など)、免疫の問題など様々な要因があります。 アシステッドハッチングは「殻の問題」を解決する技術ですが、それ以外の原因がある場合は着床に至らないこともあります。しかし、可能性の一つを確実に潰すことができるため、有効な手段であることは間違いありません。

Q2: 痛みや体への負担はありますか?

A2: 患者様ご自身の体への負担や痛みは一切ありません。 アシステッドハッチングは、体外にある培養室の中で、顕微鏡下にて行われる操作です。移植の直前(数時間前〜直前)に培養士が行うため、患者様が処置を感じることはありません。通常の胚移植と同じスケジュール、同じ手順で受けていただけます。

Q3: 一卵性双生児になりやすいのは本当ですか?

A3: 前述の通り、自然妊娠や通常の体外受精に比べて、わずかに一卵性双胎のリスクが上がるとされています。 データによっては数%程度の上昇が見られるという報告もありますが、過度に恐れるほどの高確率ではありません。ただし、多胎妊娠はハイリスク妊娠となるため、リスクについては医師からしっかり説明を受け、納得した上で選択することが大切です。現在では、穴の大きさを調整するなどの工夫により、このリスクを低減させる努力が行われています。

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