そもそもSEET法(子宮内膜刺激術)とはどのような治療?
SEET法(シート法)は、「Stimulation of Endometrium Embryo Transfer」の略称で、日本語では「子宮内膜刺激術」と呼ばれます。 一言で説明すると「受精卵を移植する数日前に、その受精卵を育てていた培養液(SEET液)だけを先に子宮内に注入する」方法です。
通常、凍結胚移植では、排卵などのホルモンサイクルに合わせていきなり子宮へ受精卵を戻します。しかし、この方法では子宮側が「もうすぐ受精卵が来る」ということに気づいておらず、受け入れ態勢が万全でない場合があります。SEET法は、受精卵が発する物質を含んだ培養液を先に届けることで、子宮に「準備運動」をさせる役割を果たします。
受精卵の「培養液」を子宮に戻す画期的な方法

体外受精では、採卵した卵子と精子を受精させ、培養液の中で数日間育てて「胚盤胞」などの状態にします。この際、胚は成長しながら、特定の因子(サイトカインなどの物質)を培養液中に放出しています。 従来、この培養液は移植時には不要なものとして破棄されていました。しかし、この培養液には「胚からのメッセージ」がたっぷり含まれていることがわかったのです。SEET法では、胚盤胞を凍結保存する際に、この培養液も一緒に凍結保存しておき、次回の移植周期に活用します。
着床の鍵となる「クロストーク(信号のやり取り)」の仕組み
なぜ培養液を戻すと着床しやすくなるのでしょうか?その鍵は「クロストーク(Cross-talk)」という現象にあります。 自然妊娠の場合、受精卵は卵管を通って子宮へ向かう数日間の間に、シグナル(情報伝達物質)を出して子宮内膜に働きかけます。子宮内膜はそのシグナルを受け取り、「そろそろ着床の時期だ」と認識して受け入れ態勢を整えます。これが受精卵と子宮の会話、すなわちクロストークです。 体外受精(特に凍結胚移植)ではこのプロセスが省略されてしまうため、SEET液を先に注入することで人工的にクロストークを再現し、子宮内膜のスイッチを入れるのです。
日本で開発され世界で認められた技術
このSEET法は、日本で開発された技術です。不妊治療の第一線で活躍する医師たち(英ウィメンズクリニックや慶應義塾大学病院などの研究チーム)によって考案され、その有効性は海外の医学論文でも多数報告されています。 現在では、「先進医療」の一つとして厚生労働省にも認められており、多くのクリニックで導入されている信頼性の高い治療法といえます。
SEET法はどんな人におすすめ?適応となるケース
SEET法はすべての方に必須の治療というわけではありません。基本的には、標準的な胚移植を行っても結果が出なかった場合に検討される「反復着床不全」への対策として提案されることが多いです。
良好な胚を移植しても着床しない(反復着床不全)方
最も推奨されるのは、形態的にもグレードの良い胚盤胞を複数回移植しても妊娠に至らないケースです。 胚自体の生命力には問題がない可能性が高いため、「子宮側の受け入れ態勢(子宮内膜受容能)」に原因があると考えられます。SEET法によって子宮内膜の感受性を高めることで、着床の確率を底上げできる可能性があります。
多胎妊娠(双子など)のリスクを避けたい方
後述する「二段階胚移植」も着床率向上には有効ですが、2つの胚を戻すため双子(多胎)になるリスクが高まります。多胎妊娠は母体や胎児へのリスクも伴うため、避けたいと考える方も多いでしょう。 SEET法では、最初に戻すのは「培養液」のみであり、実際に移植する胚は1つです。そのため、多胎のリスクを上げることなく、二段階胚移植と同等の着床率向上効果を狙うことができます。
凍結胚盤胞を用いた移植を予定している方
SEET法を行うためには、原則として「胚盤胞まで培養した際の培養液」が必要です。そのため、初期胚(分割胚)移植のみを行う場合ではなく、胚盤胞まで育てて凍結移植を行う方が対象となります。現在、手元に凍結胚盤胞がある、またはこれから採卵して胚盤胞を目指す方が対象です。
SEET法を行うメリットとデメリット
【メリット】子宮内膜の受容能(受け入れ態勢)が高まる
最大のメリットはやはり妊娠率・着床率の向上です。 本来の自然妊娠に近いプロセス(シグナルの交換)を経ることで、子宮内膜が胚を受け入れやすい状態に変化します。クリニックごとのデータにもよりますが、通常の凍結胚移植と比較して有意に妊娠率が高まったという報告が多くなされています。特に過去に失敗が続いている方にとっては、大きなブレイクスルーになり得ます。
【メリット】胚を無駄にせず妊娠率向上が期待できる
貴重な受精卵を消費することなく(培養液を使うため)、着床環境を改善できる点も大きなメリットです。 例えば「二段階胚移植」の場合、初期胚と胚盤胞の計2個の受精卵が必要です。しかし、採卵数が少なく受精卵が1個しか確保できなかった場合、二段階胚移植はできません。SEET法なら、受精卵が1個だけであっても、その培養液を使うことで着床環境を整えるアプローチが可能です。
【デメリット】採卵周期での準備(培養液の凍結)が必要
SEET法を行うには、「自分自身の受精卵を育てた培養液」が必要です。そのため、採卵し培養する段階で「SEET法用に培養液を凍結しておく」という事前の指示が必要になることが一般的です。 他院から凍結胚を移送してきた場合や、採卵時に培養液を破棄してしまっている場合は、実施できない(あるいは簡易的な別の培養液を使用する)ことになります。
【デメリット】通院回数と費用の負担増
通常の凍結胚移植であれば、移植当日の来院で済みますが、SEET法の場合は「移植の2〜3日前」にも来院してSEET液を注入する必要があります。 仕事をしている方にとっては通院回数が増えることが負担になるかもしれません。また、通常の移植費用に加え、SEET法のオプション費用(先進医療費)がかかるため、経済的な負担も考慮する必要があります。
よく比較される「二段階胚移植」や「スクラッチ法」との違い
SEET法 vs 二段階胚移植(多胎リスクの有無)
二段階胚移植は、まず「初期胚」を移植し、その2〜3日後に「胚盤胞」を移植する方法です。最初に初期胚を入れることで子宮内膜を刺激するのはSEET法と同じ原理ですが、実際に胚を戻すため、両方着床すれば双子になります。
| SEET法 | 培養液 + 胚盤胞1個(多胎リスク低い) |
| 二段階胚移植 | 初期胚1個 + 胚盤胞1個(多胎リスク高い、胚が2個必要) 効果は同等とされることが多いため、現在は多胎防止の観点からSEET法が推奨される傾向にあります。 |
SEET法 vs スクラッチ法(物理的刺激か化学的刺激か)
スクラッチ法(内膜擦過術)は、移植の前周期などに子宮内膜を器具で少し傷つける(ひっかく)方法です。傷を修復しようとする過程で出る物質が着床を助けるとされています。
| SEET法 | 培養液による「化学的・生物学的」な刺激 |
| スクラッチ法 | 器具による「物理的」な刺激 医師の判断により使い分けたり、あるいは併用したりすることもあります。 |
SEET法(子宮内膜刺激術)の具体的な治療スケジュール
実際にSEET法を行う場合の一般的な流れをご紹介します。
※ホルモン補充周期で行う場合の例です。詳細な日数は個人の状態により異なります。
1. 採卵・培養・凍結(準備段階)
まず採卵を行い、受精卵を培養します。胚盤胞(受精から5〜6日目)まで育った段階で、胚を凍結保存すると同時に、その胚が入っていた培養液も専用の容器に入れて凍結保存します。
2. 移植周期の開始〜SEET液の注入
生理が始まったらホルモン剤(エストロゲン)などで子宮内膜を厚く調整していきます。 内膜が十分に厚くなり、排卵(黄体化)のタイミングを合わせたら、胚移植予定日の2〜3日前に来院します。 ここで、融解したSEET液を細いカテーテルを使って子宮内に注入します。処置自体は人工授精のような感覚で、数分で終了します。痛みもほとんどありません。
3. 胚移植当日(SEET法から2〜3日後)
SEET液注入から2〜3日後(通常は胚盤胞移植の当日)、凍結しておいた胚盤胞を融解し、子宮内に戻します。 すでにSEET液によって子宮内膜が刺激され、胚を受け入れる準備(クロストーク)が始まっている状態のところへ胚をお迎えすることになります。その後は通常の移植周期と同様に判定日を待ちます。
SEET法の費用相場と保険適用について
「先進医療」として認められている
不妊治療は2022年4月から保険適用となりましたが、SEET法そのものは保険適用の基本治療には含まれていません。しかし、「先進医療」として厚生労働省に承認されています。 これは、「保険適用の体外受精」と「自費のSEET法」を組み合わせて行うことが公的に認められている(混合診療が可能)ということです。
費用
民間の医療保険(生命保険など)に加入している場合、先進医療特約の対象となり、給付金が受け取れるケースがあります。事前にご自身の保険内容をご確認ください。
SEET法に関するよくある質問(FAQ)

Q1: 痛みはありますか?麻酔は必要ですか?
A1: SEET液の注入には、胚移植や人工授精と同じような非常に細い柔らかいチューブ(カテーテル)を使用します。子宮の入り口を通過する際にわずかな違和感やチクッとする感覚がある場合もありますが、強い痛みはほとんどありません。 そのため、麻酔も基本的には不要です。処置後すぐに帰宅できます。
Q2: SEET法を行えば必ず着床しますか?
A2: 残念ながら、100%着床を保証するものではありません。着床には「胚の染色体異常の有無」や「免疫寛容」など、SEET法だけではカバーできない要因も関わっているからです。 しかし、これまでのデータでは、通常の移植に比べて妊娠率が向上するという報告が多数あります。特に「良い胚なのに着床しない」という方には有効な一手となる可能性が高い治療法です。
Q3: 融解した培養液に保存期限はありますか?
A3: SEET液は、移植周期に合わせて融解します。一度融解した培養液は再凍結できませんし、長時間放置すると成分が劣化したり感染のリスクが生じたりするため、融解した当日に注入する必要があります。