目次
はじめに
「精液検査で精液量が少ないと言われてしまった‥‥」
精液検査を受けられた男性では、精液量や精子濃度など、検査項目のひとつひとつで一喜一憂される方も少なくありません。精液量は、妊娠に影響する要因の一つでもありますが、決して「量が少ない=妊娠できない」というわけではありません。正しい知識と適切な治療を受けることで妊娠を目指すことは十分に可能です。
今回のコラムでは、精液量の基準値から、量が少なくなる原因、改善方法まで、胚培養士の視点から詳しく解説していきます。検査結果に不安を感じている方も、これから検査を受ける方も、是非参考にしていただけたらと思います。
精液検査で「量が少ない」と言われたら?
精液量の基準値
精液検査において、精液量は重要な評価項目の一つです。世界保健機関(WHO)が最新の2021年版で規定している基準値では、精液量1.4ml以上とされています。
ただし、この数値はあくまで統計的な基準値であり、実際に、私自身毎日のように精液検査を扱っていますが、臨床においては精液量が1.0~1.4ml未満の患者様でもタイミング法や人工授精などの治療で妊娠されるケースは珍しくありません。重要なのは、精液量だけでなく、精子濃度や運動率など他の検査項目も含めて総合的に評価をしていくことです。
また、精液量は採取条件によって大きく変動します。最も影響を受けやすいのが禁欲期間で、禁欲期間が短すぎると精液量は減少しますし、採取時の緊張やストレスも量に影響します。そのため、一度の検査結果だけで判断することはせずに、複数回の検査結果を以て判断していきます。
精液量が少ないと判断される際の定義と診断
医学的に、精液量が少ないと診断されるのは、WHOの基準値に基づいて精液量が1.4ml未満の場合です。しかし、この診断には注意が必要で、精液量は個人差が大きく、体調や環境によっても変動します。
一回目の検査で1.4ml未満だった場合でもすぐに異常とは判断せず、数週間から数ヶ月の間隔を空けて2~3回の検査を行います。再検査を行った上で基準値を下回るという場合になって、始めて異常があると診断をします。
また、診断を行う際には、精液量だけでなく以下の点も確認します。
- オーガズムを感じたか(射精感の有無)
- 採取時に容器の外にこぼしていないか(採取時の検体のロス)
- 禁欲期間が短くなかったか(2~7日が理想)
- 病歴・服薬歴の影響
特に注意が必要なのは、精液量1.0ml未満という状態が続く場合です。このような状態は、重度の精液減少と考えられ、逆行性射精や精管閉塞などの機能的な問題や疾病が隠れている可能性が疑われるため、泌尿器科での精査が必要になります。
精液量が少なくなってしまう原因
生理的な原因によるもの(禁欲期間・年齢・ストレス)
精液量が少ない原因としてまず挙げられるのが生理的な要因です。これらは病気ではなく、生活習慣の改善で対処できることが多いのが特徴です。
禁欲期間の影響
禁欲期間が短すぎると精液量は減少します。理想的な禁欲期間は2~7日とされていますが、個人差があります。例えば、毎日射精していた方では、2日間禁欲するだけでは精液量が回復しきらないこともあります。
加齢による変化
加齢とともに精液量が減少することがあります。20代と比較すると、40代以上の男性では約2~3割以上の方で、精液が減少するという報告もあります。これは前立腺や精嚢の機能低下によるもので、加齢に伴う自然な変化の一つです。
ストレスと疲労
慢性的なストレスや疲労は、ホルモンバランスを乱し、精液量の減少につながることがあります。仕事のプレッシャーや不妊治療のストレスが、かえって精液所見を悪化させるケースも見受けられます。
疾患・疾病の原因によるもの(逆行性射精・精管閉塞など)
疾患・疾病に伴う精液量の減少は、医学的な治療が必要になることも多くあります。臨床においては、極体に精液量が少ない症例において以下のような疾病を疑います。
逆行性射精
射精時に精液が膀胱に逆流してしまう状態です。糖尿病や前立腺手術の既往がある方に多く見られます。射精感はあるものの精液量が極端に少ない(0.5ml未満)場合は、逆行性射精の可能性を疑います。診断には、射精後の尿検査を行います。
精管閉塞
精管の一部が詰まることで、精液量が減少します。先天的な場合と、感染症などによる後天的な場合があります。精液中に精子が全く見られない無精子症を伴うことが多いのが特徴です。
内分泌系・ホルモンの異常
テストステロンの低下や、プロラクチンの上昇などのホルモン異常も精液量に影響します。性欲の低下や勃起障害を伴うことが多く、血液検査で診断できます。
感染症の影響
前立腺炎や精嚢炎などの感染症は、精液の液体部分である精漿を造る臓器の機能を低下させます。排尿時の違和感や下腹部痛を伴うことがあります。
生活習慣が与える影響
日常生活の中にも、精液量を減少させる要因が潜んでいます。主には、以下のような生活習慣の影響が指摘されています。
水分の摂取不足
精液の大部分は精漿と呼ばれる液体成分で、慢性的な脱水状態は、直接的に精液量の減少につながります。特に夏場などは注意が必要です。
喫煙
喫煙は体内の血流を悪化させ、造精機能を顕著に低下させます。禁煙後3ヶ月~1年程度で精液所見の改善が見られることがあります。
過度の飲酒
アルコールの過度な摂取は、テストステロンの分泌を抑制し、精液量の減少を招きます。適量(缶ビール1本、日本酒1合程度)であれば問題ありませんが、連日の深酒は避けなければなりません。
肥満
肥満度を示すBMIの値が 25.0以上(肥満1以上)では、ホルモンバランスを乱し、精液量を減少させることがあります。適正体重の維持は、精液所見の改善だけでなく、身体の健康にも重要です。
温度(高温)環境
サウナや長風呂、膝上でのパソコン作業など、陰嚢部の温度上昇は造精機能に悪影響を与え、精液量を減少させる可能性があります。
精液量と妊娠率の関係
WHO基準値と妊娠率との関係
一般的に、一周期当たりの妊娠率は30~40%程度とされていますが、精液検査の結果、基準値を下回る場合にはこの妊娠率が期待できないことも多いです。しかしながら、よく勘違いされているのですが、精液検査の基準値は直接的に「妊娠可能か否か?」を示す値ではありません。
2021年に改訂されたWHO第6版の基準値は、世界中の妊娠に至った男性の精液データから算出された「下位5パーセンタイル値」を示しています。簡単に言えば、妊娠に至った男性の95%がこの基準値以上の数値を示していたということです。
この値を下回っていたとしても、数値が基準値をやや下回る程度であったり、その他の項目が良好であったりする場合には、タイミング法(自然妊娠)や人工授精などの比較的容易な治療で妊娠が可能なケースも多くあります。
WHOの基準値とは?
主な基準値をまとめると、
- 精液量:1.4ml以上
- 精子濃度:1600万/ml以上
- 総精子数:3900万以上
- 総運動率:42%以上
- 前進運動率:30%以上
- 奇形率:96%未満(正常4%以上)
これらの数値は、医療機関においては『下限値』と表現されることもありますが、先述した通り、あくまでも「妊娠可能な最低ライン」というわけではなく、95%の方が妊娠にいたった統計的な参考値であり、この値がクリアできなければ即妊娠不可能と判断されるわけではありません。
精液検査は、採取する当日の条件によって変動が大きいため、WHOでも複数回の検査を以て判断することが望ましいと規定しています。
精液量を増やす5つの改善方法
禁欲期間に気を付ける(間隔を空ける)
精液量を減少させる主な要因となるのが、禁欲期間が適切では無い場合です。WHOより推奨されている禁欲期間は2~7日とされていますが、例えば、毎日射精していた方では1日~2日程度禁欲しただけでは精液量が戻らないこともあります。
禁欲期間が長くなるほど精液量は増える傾向にありますが、一方で、禁欲期間が7日間を超えるような場合では、運動性が低下したり奇形率が増加したりすることがあります。また、禁欲期間が長くなるほど、DFIと呼ばれる精子DNAの断片化率を示す値が増加することも報告されています。
普段から、3~4日間のペースで射出するサイクルを作っておくことが、造精機能を保つ上では非常に重要です。
生活習慣を見直す
精液量を増やすためには、生活習慣の見直しも重要です。まずは以下の点を改善してみましょう。
- 規則正しい生活リズム:睡眠不足はホルモンの分泌を乱し、造精機能に悪影響を与えます。
毎日7時間程度の睡眠を確保し、できるだけ同じ時間に就寝・起床することが大切です。
- ストレス管理:慢性的なストレスは、視床下部-下垂体-性腺軸に影響を与え、精液量を減少させます。適度な運動、趣味の時間を作るなど、自分に合ったストレス解消法を見つけるようにしましょう。
- 禁煙・禁酒:禁煙は妊活・不妊治療では必須事項であり、実際に夫婦のいずれかまたは両方に喫煙歴がある場合では、治療を断る、治療の前に禁煙指導を行う、という施設もあります。過度な飲酒も精液量を減少させる要因になるため、適量(一日缶ビール1本程度)に留め、休肝日を設けるようにしましょう。
- 適正体重の維持:BMI25.0以上の方は、減量により精液所見の改善が期待できます。ただし、急激なダイエットは逆効果になることがあります。
食生活と栄養バランスに気を付ける
バランスの良い食事を心がけ、不足しがちな栄養素はサプリメントで補うのも一つの方法です。
- アルギニン:精液に含まれる栄養素。大豆、鶏肉、魚介類に含まれる。
- 亜鉛:精液の産生に必要な栄養素。牡蠣、牛肉、ナッツ類に豊富。
- ビタミンE:抗酸化作用を示す。アーモンド、ひまわり油に豊富。
- 葉酸:DNA合成に関与。緑黄色野菜に豊富。
ただし、サプリメントはあくまでも「不足している栄養素を補う」目的で摂取するものであり、普段の食事で十分に摂取出来ているにも関わらずサプリメントを服用してしまうと、かえって過剰摂取になってしまう危険性もあります。特に、亜鉛は身体への毒性が強いため注意が必要です。
サプリメントを摂取される際には、必ず一日の用量を守るようにしましょう。
運動習慣を付ける
運動は血流を改善し、男性ホルモンの分泌を促進しますが、過度な運動は逆効果になることがあります。
≪推奨される運動≫
・30分程度の有酸素運動(ウォーキング、水泳など)
・ヨガやストレッチによる血流改善など
≪避けた方がよい運動≫
・長時間のサイクリング(陰部を圧迫するような運動)
・過度なランニング(週50km以上)
・極端な筋トレ(ステロイド使用は厳禁)
運動後は十分な休息と水分摂取に注意し、筋肉の回復を促すことも大切です。
医学的な治療の検討
生活習慣の改善や禁欲期間の見直しでも効果が見られない場合には、医学的な治療を検討する必要があります。主な治療法をご紹介します。
- ホルモン補充療法:テストステロンが低下している場合、ホルモン補充療法が有効になる場合があります。hCG製剤やクロミフェンなどを使用することがあります。
- 漢方薬:補中益気湯(全身の機能を高める)、八味地黄丸(腎機能を改善)、牛車腎気丸(下半身の血流を改善)、柴胡加竜骨牡蛎湯(ストレスや更年期症状の改善)などが一般的に処方されます。漢方薬は体質に合わせて処方が変わるため、専門医の診察が推奨されます。
- 逆行性射精の治療:お薬を投与して膀胱頸部の収縮を促進し、逆行性射精を改善します。また、糖尿病が原因となっているケースも多くあるため、血糖コントロールも重要です。
- 感染症の治療:前立腺炎などの感染症が原因となっている場合、抗生物質による治療が必要です。また、感染症が原因で精液中に白血球が混在することもあります。慢性化すると治療が長期化するため、早期の受診が大切です。
精液検査を受ける前に知っておきたいこと
≪普段から気を付けておくこと≫
適切な禁欲期間を守る
精液検査の結果を正確に評価するためには、適切な禁欲期間を守ることが極めて重要です。WHO(世界保健機関)は2~7日間の禁欲を推奨しています。
普段から射出する習慣を付けておく
適切な禁欲期間を守っていても、検査の前後にだけ気を付けるのではまったく意味がありません。普段から。普段から、一定の間隔で射出をする習慣を付けておくことは大事です。
射出した日や禁欲期間を把握しておく
精液検査実施時に、禁欲期間を申告していただく場合があります。特に、DFI・ORPといった追加の検査項目を受けられる場合には、正確な禁欲期間の日数を専門の検査機関に報告する必要があります。
≪検査前日に気を付けること≫
十分な睡眠(7時間以上)を取る
睡眠不足やストレス、身体に疲労がある場合、精液量の減少につながることがあり正確な検査結果が得られないことがあります。
飲酒を控える
アルコールが身体(内臓)に負荷をかけるだけでなく、睡眠の質を下げる可能性があり、精液量の減少につながってしまいます。
激しい運動は避ける
身体に疲労、特に筋肉疲労がある場合、精液量の減少につながる可能性があり、正確な検査結果が得られないことがあります。
≪検査当日に気を付けること≫
リラックスできる環境で採取する
慣れない環境や緊張によって、精液量が顕著に減少することがあります。なるべくリラックスして臨みましょう。
手指をしっかり洗浄し清潔な状態で採精する
細菌やゴミなどのコンタミネーション(汚染)が起こると、正確な検査結果が得られないことがあります。
採取後は速やかに提出する(1時間以内が理想)
時間の経過によって検査結果に影響が出る可能性があるほか、液量が極端に少ない場合では、検体が乾いてしまい正確な検査を行うことが出来ないケースもあります。
≪よくあるトラブルと対処法≫
緊張して採取できない
時間をずらして再度採精に臨んでください。勃起しない、射精できない、という場合には泌尿器系あるいは精神的な疾患が隠れている場合があります。
一部こぼしてしまった
正直に申告してください。場合によっては後日再検査を行うことがあります。
体調不良
検査を延期します。感染症の場合、他の患者様にうつしてしまう可能性があるためクリニックへの来院は控えるようにしてください。
上記以外でも、困ったことがあれば、恥ずかしがらずにスタッフに相談してください。
≪再検査が考慮されるケース≫
以下のような場合では再検査が推奨されます。
- 検査結果が基準値を下回った場合
- 禁欲期間が不適切だった場合
- 体調不良時の検査だった場合
- 運搬時の環境や条件に問題があった場合
体調不良や運搬時の人為的な理由など、一時的な要因や影響が疑われる場合には1~2週間程度、男性不妊など疾病が疑われる場合には1ヶ月~3ヶ月程度の時間を置いて検査を行うことが推奨されます。
精子は、体外に射出される精子になるまで74日間かかるとされており、より詳細な検査結果を得るためには精子形成にかかる期間を考慮して、1ヶ月~3ヶ月程度を置いてから検査を行う必要があります。
また、精液の数値や所見は日々変動するため、1回の検査だけで判断することはできません。
初回の検査で基準値を外れる値であった方でも2回目以降の検査で正常値になることもあります。反対に、検査当日は正常値であったにも関わらず、人工授精や高度生殖医療を行う当日に正常値を大幅に下回る数値ということもよくあります。
よくある質問|胚培養士がお答えします
Q1.精液量が少ないと自然妊娠は難しいのでしょうか?
A1.精液量が少ないからといって、自然妊娠が不可能というわけではありません。自然妊娠に必要な条件は、精液量だけでなく、精子濃度、運動率、正常形態率など複数の要因が関わります。
ただし、精液量が0.5ml未満の場合や、複数の項目で所見が不良な場合では、高度な治療が必要になるケースも多くあります。
Q2.精液の量は多いほど良いのでしょうか?
A2.精液の量が多くても、精液の中に含まれている精子の数や運動率が基準値を下回る場合には妊娠は難しくなってしまいます。中には、『無精子症』といって精液は十分な量が出ていても、精液中に精子が全くいないという症例の患者様もいらっしゃいます。
Q3.精液量が少なくなる理由には何がありますか?
A3.精液量が少なくなる理由には、加齢や生活習慣などによる生理的な原因と、逆行性射精や精管閉塞などの疾病・疾患に関連する場合があります。後者の場合、専門の治療が必要になるケースも多くあります。
Q4.精液の量は日によって変わることはありますか?
A4.採取時の体調、条件、環境、ストレスレベル、禁欲期間などによって、精液量は日ごとに大きく変動します。同じ患者様でも、日によって±1.0ml以上の変動することも珍しくありません。ただし再検査を行う場合などでは、特別なことをせず、できるだけ近い条件で行うことで、より正確な『比較』が可能になります。
Q5.精液検査を受けるためには何科を受診するべきでしょうか?
A5.不妊治療を行っている産婦人科・婦人科や男性不妊を扱っている泌尿器科などが一般的ですが、総合病院や大学病院の他、健診センターなどでも受けられる機関が増えてきています。
Q6.精液検査で異常が見つかったらどこの医療機関にかかったらよいでしょうか?
A6.精液検査で異常な所見があった場合の受診先は、個々の患者様の状況によって異なります。
まず、挙児を希望しており妊活や治療を考えている場合では、不妊治療や生殖医療を行っている専門の医療機関を受診するようにしましょう。パートナーと一緒に受診することで、総合的な不妊検査を受けることができます。
まだ結婚などしておらず、挙児希望も無い場合では、男性不妊を専門に扱っている泌尿器科への受診が推奨されます。精索静脈瘤や精管閉塞など、器質的な問題の診断・治療が可能です。
まとめ
精液検査を受けて「量が少ない」ことを指摘されると、多くの方が不安を感じられるかと思います。しかしながら、今回のコラムでお伝えしたように、精液量が少なくても妊娠は十分に可能なことも多くあり、生活習慣などに影響を受けている場合には改善を図ることも可能です。
大切なのは、一回だけの検査ではなく複数回検査結果を以て状態を把握していくということです。そして、異常な所見が認められた場合、その原因に応じて適切な対策を取ることです。
胚培養士として日々多くのご夫婦と接する機会がありますが、精液検査への不安からか、「検査を受けたくない」「受けなくても出来る治療はないのか?」と聞いてくる患者様も実際にいらっしゃいます。
精液検査は妊活・不妊治療を進める上では極めて重要な検査であり、痛みも無く、比較的容易に受けることが出来る検査です。少しでも前向きに検査や治療に取り組んでいただくことで、妊娠・出産というゴールまで辿り着ける可能性は高くなっていきます。
不安や疑問がある場合は、遠慮なく医療スタッフに相談してください。私たち胚培養士チームも、検査結果の詳しい説明や、日常生活でのアドバイスなど、全力でサポートさせていただきます。
決して一人では悩まず、パートナーと一緒に目標に向かって進んでいくようにしてください。