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不妊治療中の採卵後、お腹の張りや息苦しさを感じて「これって大丈夫なの?」と不安になっていませんか。体外受精や顕微授精の治療を受けた後、約20~30%の方が何らかのOHSS(卵巣過剰刺激症候群)の症状を経験されます。
「どの程度の症状なら病院に行くべきか分からない」「夜中や休日に症状が出たらどうしよう」そんな不安を抱えながら過ごすのは、心身ともにつらいですよね。
この記事では、OHSSの症状について、すぐに受診を要する危険なサインから自宅で様子を見ても良い軽い症状まで、具体的な判断基準をお伝えします。適切なタイミングで受診することで重症化を防ぎ、安心して治療を続けることができます。
OHSSとは?卵巣過剰刺激症候群の基本を理解しよう
OHSSが起こるメカニズムと原因
OHSSは、排卵誘発剤の影響で卵巣が過剰に反応し、多数の卵胞が発育することで起こる合併症です。通常、自然周期では1個の卵胞が成熟しますが、体外受精では複数の卵子を採取するため、hMG製剤やFSH製剤などの排卵誘発剤を使用します。
この時、卵巣から血管透過性を高める物質(VEGF:血管内皮増殖因子)が過剰に分泌されることがあります。その結果、血管から水分が漏れ出しお腹や胸に水が溜まるほか、血管内の血液が濃縮されて血栓症のリスクが増加します。一般的には、採卵後2-5日目に症状が現れることが多く、特にhCG投与後や妊娠成立後に症状が強くなる傾向があります。
AMH(抗ミュラー管ホルモン)値が高い方、PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)の方、35歳以下の若い女性、痩せ型の方は、OHSSのリスクが高いことが分かっています。最近では、GnRHアゴニスト法からアンタゴニスト法への変更や全胚凍結の選択により、重症OHSSの発生率は大幅に減少しています。
軽症・中等症・重症の分類と症状の違い
OHSSは症状の程度により、軽症・中等症・重症に分類されます。この分類を理解することで、受診のタイミングを適切に判断できるようになります。
軽度OHSS
軽度のOHSS症状は、実は多くの方が経験されています。お腹の軽い張りや違和感、軽度の腹痛、吐気などが主な症状です。卵巣は5-8cm程度に腫大していますが、日常生活にはほとんど支障がありません。
中等度OHSS
中等度になると、症状ははっきりと現れます。明らかな腹部膨満感、持続的な腹痛、頻繁な吐気や嘔吐、体重が3kg以上増加するなどの症状が特徴的です。卵巣は8-12cmまで腫大し、超音波検査で腹水が確認されます。呼吸が少し苦しく感じることもあります。
重症OHSS
重症は全体の1~2%に発生し、著明な腹水・胸水貯留、血液濃縮(ヘマトクリット45%以上)、腎機能低下、血栓症のリスクが高まります。呼吸困難、乏尿(1日の尿量が400ml以下)、3kg以上の急激な体重増加が見られた場合は、緊急受診が必要です。
すぐに受診すべき危険な症状とサイン
呼吸困難や胸の痛みがある場合
息苦しさや胸の痛みは、OHSSの重症化を示す重要なサインです。これらの症状が現れたら、夜間や休日でも迷わず受診してください。
胸水がたまると、肺が圧迫されて呼吸が浅くなります。「横になると息苦しい」「階段を上るのがつらい」「会話の途中で息切れする」といった症状は、胸水貯留の可能性を示唆します。また、血液濃縮により血栓ができやすくなり、肺塞栓症のリスクも高まります。突然の胸痛、血痰、失神感がある場合は、救急車を呼ぶことも検討してください。
「少し息苦しいけど我慢できる」と自己判断して受診を遅らせた結果、入院が長期化するケースもあります。呼吸器症状は急速に悪化することがあるため、早期の医療介入が重要です。
腹部の強い張りと急激な体重増加
採卵後2~3日で体重が3kg以上増加した場合は、中等症以上のOHSSの可能性が高く、早めの受診をお勧めします。特に、1日で1kg以上増えた場合は要注意です。
腹水が急速にたまると、お腹がパンパンに張り「ズボンのボタンが閉まらない」といった状態になります。腹囲を毎日測定し、3cm以上増加した場合も受診の目安となります。腹痛が強く、痛み止めを飲んでも改善しない場合やお腹を押すと強い痛みがある場合は、卵巣茎捻転の可能性もあるため緊急受診が必要です。
ただし、採卵直後の軽い腹部違和感や1kg程度の体重増加は通常の反応範囲内です。毎朝同じ時間に体重を測り変化を記録することで、異常な増加を早期に発見できます。
尿量の減少と足のむくみ
1日の尿量が400ml以下(コップ2杯程度)に減少した場合は、腎機能低下の危険サインであり、直ちに受診が必要です。通常、成人の1日尿量は1000~1500mlですので、明らかに少ないと感じたら要注意です。
血管から水分が漏れ出すと、血液中の水分が減少し、腎臓への血流が低下します。その結果、尿が作られにくくなり、老廃物が体内に蓄積されます。「トイレの回数が極端に減った」「尿の色が濃い茶色」「排尿時に違和感がある」といった症状も、脱水や腎機能低下のサインです。
足のむくみも重要な指標です。すねを指で5秒押して離した時、へこみが残る(圧痕性浮腫)場合は、体内の水分バランスが崩れている証拠です。特に、朝起きても改善しない持続的なむくみは、医療機関での評価が必要です。血液検査により電解質バランスや腎機能を確認し、必要に応じて点滴治療を行います。
自宅で様子を見ても良い軽い症状の見極め方
軽度の腹部膨満感への対処法
採卵後の軽い腹部膨満感や違和感は、ほとんどの方が経験する一般的な症状です。卵巣が一時的に腫れているだけで、通常は1週間程度で自然に改善します。
「お腹が少し張る」「下腹部に軽い痛みがある」程度で、日常生活に支障がない場合は、自宅で安静にして様子を見ることができます。この時期は消化の良い食事を心がけ、1回の食事量を減らして回数を増やすことで、腹部の圧迫感を軽減できます。タンパク質を多く含む食事(鶏肉、魚、豆腐、卵など)は、血管内の水分保持に役立ちます。
軽い運動制限も大切です。激しい運動や重い物を持つことは避けますが、完全な安静は必要ありません。軽い散歩程度なら問題ありませんし、血栓予防にもなります。入浴は、長時間の熱いお風呂は避け、シャワーや短時間の入浴にとどめましょう。症状日記をつけることで、改善傾向にあるか悪化しているかを客観的に判断できます。
水分摂取と電解質バランスの管理
軽症OHSSの場合、適切な水分と電解質の補給により症状の悪化を防ぐことができます。1日2~3リットルを目安に、こまめに水分を摂取しましょう。
ただし、水だけを大量に飲むと電解質バランスが崩れて逆効果になることがあります。スポーツドリンクを水で半分に薄めたものや、経口補水液(OS-1など)を活用すると効果的です。カフェインを含む飲み物(コーヒー、紅茶、緑茶)は利尿作用があるため、控えめにしましょう。
食事からの電解質補給も重要です。バナナ(カリウム)、ヨーグルト(カルシウム)、味噌汁(ナトリウム)などをバランスよく摂取します。アルコールは脱水を促進し血液濃縮を悪化させるため、症状が完全に改善するまでは避けてください。尿の色が薄い黄色を保てていれば、水分摂取は適切と判断できます。
受診時の準備と医師に伝えるべきポイント

記録しておくべき症状と経過
受診時に的確な情報を伝えることで、迅速かつ適切な診断・治療につながります。以下の項目を記録しておくと役立ちます。
必ず記録するべき項目:
- 採卵日と採卵個数
- 症状が始まった日時と経過
- 体重の変化(毎日同じ時間に測定)
- 腹囲の変化(おへその高さで測定)
- 1日の尿量と尿の色
- 水分摂取量
症状の詳細も重要です。痛みの程度を10段階で評価したり、「安静時は楽だが動くとつらい」など、具体的な状況を記載します。吐き気、嘔吐、下痢の回数、食事摂取量の変化も記録しましょう。体温も朝夕2回測定し、37.5度以上の発熱がある場合は感染症の可能性も考慮されます。
スマートフォンのメモ機能やアプリを活用すると、簡単に記録できます。症状が強い時は、家族に記録を頼むことも大切です。
持参すべき情報と検査データ
受診時は、以下の情報や資料を持参すると診察がスムーズに進みます。
必須の持ち物:
- 診察券、保険資格確認書類(マイナンバーカードなど)
- お薬手帳(使用中の薬剤情報)
- 採卵時の記録(病院からの説明書)
- 症状の記録(前述の記録項目)
- 基礎体温表
他院で採卵を受けた場合は、紹介状や採卵時の検査データ(採卵前のホルモン値、特にエストラジオール値)があれば持参しましょう。エストラジオール値が4000pg/ml以上の場合、OHSSのハイリスクと判断されます。
緊急受診の場合は、現在の症状を簡潔に伝えることが重要です。「採卵後○日目で、急に息苦しくなった」「体重が○kg増えた」など、具体的な数値を含めて説明します。付き添いの方がいる場合は、客観的な症状の変化を補足してもらうと良いでしょう。診察後は、今後の注意点や再受診の目安を必ず確認してください。
OHSS予防と早期発見のための体調管理
採卵後の過ごし方と注意点
採卵後の適切な過ごし方により、OHSSの発症リスクを低減し、早期発見につながります。採卵当日から1週間は、特に慎重な体調管理が必要です。
採卵後2~3日は自宅で安静に過ごし、徐々に通常の生活に戻していきます。仕事は、デスクワークなら翌日から可能ですが、立ち仕事や力仕事は3~5日程度控えましょう。性交渉は、出血や感染のリスクがあるため医師の許可が出るまでは避けてください。
毎日の体調チェックも欠かせません。朝起きたらすぐに体重と腹囲を測定し、前日と比較します。排尿回数と量も意識的に観察しましょう。「いつもと違う」と感じたら、遠慮せずに病院に連絡することが大切です。多くのクリニックでは、採卵後の緊急連絡先を設けています。
栄養面では、高タンパク・低塩分の食事を心がけます。アルブミン値を保つことで、血管内の水分保持力が高まり腹水の貯留を防ぐ効果があります。
リスクが高い方の特徴と対策
OHSSのハイリスク群に該当する方は、より慎重な管理と予防策が必要です。以下の特徴がある方は、主治医と十分に相談して治療方針を決定しましょう。
ハイリスクの特徴:
- AMH値が3.5ng/ml以上
- PCO(多嚢胞性卵巣)の診断を受けている
- 35歳以下
- BMI 19以下の痩せ型
- 以前OHSSを経験したことがある
- 採卵数が20個以上
これらの方には、GnRHアンタゴニスト法の選択、トリガーをhCGからGnRHアゴニストへ変更、全胚凍結などの予防策が推奨されます。最新の研究では、カベルゴリンの予防投与も効果的とされています。
採卵後は、通常より頻回な通院でのモニタリングが必要になることもあります。血液検査(ヘマトクリット、電解質、腎機能)や超音波検査により、早期に異常を発見できます。「大丈夫だろう」という自己判断は禁物です。リスクが高い方ほど、些細な変化も見逃さないよう医療機関との連携を密にすることが大切です。それが安全な不妊治療の継続につながります。
まとめ
OHSSは適切な管理により、重症化を防ぐことができる合併症です。「呼吸困難」「急激な体重増加」「尿量減少」の3つが、緊急受診のサインとして最も重要です。一方、軽い腹部膨満感程度なら、水分と電解質を適切に摂取しながら自宅で様子を見ることができます。
不妊治療は精神的にも肉体的にも負担が大きいものです。OHSSの不安を一人で抱え込まず、気になることがあれば遠慮なく当院に相談してください。