採卵を終えられた皆様、本当にお疲れさまでした。
「採卵後、いつから夫婦生活を再開できるのだろう」「パートナーとの関係を大切にしたいけれど、体への影響が心配」そんな不安を抱えていらっしゃるのではないでしょうか。
不妊治療中は、お二人の関係性を保ちながら治療を進めることも大切な要素の一つです。今回は、採卵後の性行為について医学的な観点から詳しくご説明するとともに、パートナーとの向き合い方についてもお話しさせていただきます。
採卵後の性行為が制限される医学的理由
感染リスクについて
採卵は経腟的に行われる処置です。超音波ガイド下で腟壁を通して卵巣に針を刺し、卵胞液とともに卵子を吸引します。この際、腟壁には微小な穿刺創(針を刺した傷)ができます。
通常、この傷は数日で自然に治癒しますが、完全に治るまでの間は細菌感染のリスクが高まります。性行為により、腟内の常在菌や外部からの細菌が傷口から侵入し、骨盤内感染症を引き起こす可能性があります。特に、卵管炎や骨盤腹膜炎などの重篤な感染症は、将来の妊孕性(妊娠する力)にも影響を与える可能性があるため、十分な注意が必要です。
最新の研究では、採卵後の感染症発生率は0.3~0.6%と報告されていますが、適切な管理により予防可能です。
卵巣出血のリスク
採卵により卵巣には複数の穿刺創ができます。通常、これらの傷からの出血は自然に止まりますが、性行為による物理的な刺激や腹圧の上昇により、再出血のリスクがあります。
特に、多数の卵胞から採卵を行った場合や、血液凝固能に問題がある方は、出血リスクが高くなります。卵巣出血は腹腔内出血につながる可能性があり、重篤な場合は緊急手術が必要になることもあります。一般的には、採卵後の超音波検査で腹腔内の液体貯留を確認し出血の有無を評価しています。
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)への影響
排卵誘発剤を使用した場合、卵巣が過度に反応し、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を発症することがあります。OHSSでは卵巣が腫大し、腹水が貯留します。この状態で性行為を行うと、腫大した卵巣に物理的な刺激が加わり卵巣茎捻転(卵巣がねじれる)のリスクが高まります。
卵巣茎捻転は激しい腹痛を伴い血流が遮断されることで卵巣機能が失われる可能性もある緊急疾患です。特に採卵で多数の卵子が得られた方や、エストロゲン値が高値だった方はOHSSのリスクが高いためより慎重な対応が必要です。
採卵後いつから性行為が可能か
一般的な目安期間
医学的には、採卵後7~10日間は性行為を控えることを推奨しています。この期間は、腟壁の穿刺創が完全に治癒し感染リスクが最小限になるまでの時間です。
ただし、これはあくまで一般的な目安であり個人の状態により前後します。採卵後の経過が順調で出血や痛みなどの症状がない場合は、7日目以降から性行為を再開することが可能です。一方、何らかの症状がある場合はさらに期間を延長する必要があります。
個人差を考慮した判断基準
性行為再開の判断には、以下の要素を総合的に考慮する必要があります。
採卵個数と卵巣の状態 採卵個数が多い(15個以上)場合は、卵巣の腫大が強く、回復に時間がかかります。このような場合は2週間程度待つことをお勧めします。
症状の有無 腹痛、腹部膨満感、出血などの症状が続いている場合は性行為を控えてください。これらの症状が完全に消失してからさらに2~3日待つことが安全です。
血液検査結果 採卵後の血液検査で炎症反応(CRP、白血球数)の上昇がある場合は、感染や炎症が疑われるため医師の指示に従ってください。
年齢と基礎疾患 高齢の方や糖尿病などの基礎疾患がある方は、創傷治癒が遅延する可能性があるためより慎重な対応が必要です。
医師の診察を受けるタイミング

採卵後は通常3~7日後に診察を行います。この診察では超音波検査により卵巣の状態を確認し、腹腔内の液体貯留(出血の有無)を評価します。また、症状の確認や場合により血液検査によって評価を行います。
この診察で問題がないことを確認してから性行為を再開することが最も安全な方法です。特に初めて採卵を受けた方や何か心配な症状がある方は必ず医師の診察を受けてから判断してください。
採卵方法による違い
局所麻酔での採卵の場合
局所麻酔での採卵は採卵個数が少ない(5個以下)場合に選択されることが多い方法です。腟壁に局所麻酔薬を注射し痛みを軽減しながら採卵を行います。
この方法では、卵巣への穿刺回数が少なく処置時間も短いため体への負担は比較的軽微です。そのため、採卵後の回復も早く症状がなければ5~7日後から性行為が可能となることが多いです。ただし、局所麻酔でも腟壁の穿刺創は生じるため最低でも5日間は控えることをお勧めします。
静脈麻酔での採卵の場合
静脈麻酔での採卵は採卵個数が多い場合や痛みへの不安が強い方に選択されます。全身麻酔に近い状態で採卵を行うため処置中の痛みはありません。
しかし、多数の卵胞から採卵を行うことが多いため卵巣への穿刺回数も増え体への負担は大きくなります。また、麻酔薬の影響で採卵当日は安静が必要です。このような場合は、7~10日間は性行為を控え医師の診察で問題がないことを確認してから再開することをお勧めします。
採卵個数による影響
採卵個数は性行為再開時期を決定する重要な要素です。
採卵個数が5個以下の場合
卵巣への負担が軽くOHSSのリスクも低いため5~7日後から性行為が可能です。
採卵個数が6~15個の場合
卵巣への負担は一般的で7~10日後から性行為が可能です。ただし、症状の有無を確認しながら判断してください。
採卵個数が16個以上の場合
OHSSのリスクが高く卵巣の腫大も強いため10~14日間は控えることをお勧めします。必ず医師の診察を受けてから再開してください。
パートナーとのコミュニケーション
治療への理解を深める方法
不妊治療はカップルで取り組む治療です。パートナーが採卵の内容や体への影響を理解することでより良いサポートが可能になります。
診察時にパートナーも同席していただき医師から直接説明を聞くことをお勧めします。採卵の手順、リスク、術後の注意点などを共有することでお互いの理解が深まります。また、クリニックが開催する説明会やセミナーに一緒に参加することも有効です。
家庭ではその日の体調や気持ちを素直に伝え合うことが大切です。「今日は少しお腹が張っている」「精神的に疲れている」など、些細なことでも共有することでパートナーも適切な配慮ができるようになります。
性行為以外のスキンシップ
採卵後の期間は性行為を控える必要がありますがそれ以外のスキンシップは問題ありません。
優しいスキンシップは精神的な安定にもつながります。特に不妊治療中はストレスが高まりやすいためパートナーとの温かい触れ合いは心の支えになります。また、一緒に散歩をしたり好きな映画を観たりするなど二人の時間を大切にすることも重要です。
精神的なつながりの大切さ
不妊治療中は身体的な制限により夫婦生活が制限されることがあります。しかし、これは一時的なものであり治療の成功のために必要な期間です。
この期間を「我慢の時期」と捉えるのではなく、「お互いの絆を深める機会」として前向きに捉えることが大切です。性行為だけが愛情表現ではありません。お互いを思いやり支え合うことでより深い信頼関係を築くことができます。
また、治療に対する不安や期待について率直に話し合うことも重要です。「採卵が怖かった」「次の移植が楽しみ」など感情を共有することで精神的な負担も軽減されます。
採卵後の注意すべき症状
正常な症状と異常な症状の見分け方
採卵後にはある程度の症状は正常反応として現れます。しかし中には医療機関への受診が必要な症状もあります。
正常な症状
| 軽度の下腹部痛(生理痛程度) | 2~3日で改善 |
| 少量の性器出血 | 茶褐色~薄いピンク色で、2~3日で止まる |
| 軽度の腹部膨満感 | 採卵による刺激で一時的に生じる |
| 軽度の吐き気 | 麻酔の影響で当日~翌日まで続くことがある |
異常な症状(要注意)
| 強い腹痛 | 鎮痛剤を使用しても改善しない痛み |
| 多量の性器出血 | 生理2日目以上の出血が続く |
| 発熱 | 37.5℃以上の発熱が続く |
| 強い腹部膨満感 | 日常生活に支障をきたすほどの膨満感 |
| 呼吸困難 | OHSSの重症化の可能性 |
| 尿量減少 | 1日500ml以下の尿量 |
これらの異常な症状が見られた場合はすぐに医療機関に連絡してください。
すぐに受診すべき症状
以下の症状が現れた場合は緊急性が高いためすぐに受診が必要です。
激しい腹痛
突然始まる激しい腹痛は卵巣出血や卵巣茎捻転の可能性があります。特に体位変換で増強する痛みは要注意です。
ショック症状
顔面蒼白、冷汗、意識レベルの低下などは腹腔内出血によるショックの可能性があります。救急車を呼んでください。
高熱と悪寒
38℃以上の発熱と悪寒は骨盤内感染症の可能性があります。抗生剤による早期治療が必要です。
呼吸困難と胸痛
OHSSの重症化により胸水が貯留している可能性があります。また、まれに肺塞栓症のリスクもあります。
これらの症状は適切な治療により改善可能ですが早期の対応が重要です。「様子を見る」のではなくすぐにご連絡ください。
よくある質問

Q1: 採卵後3日目ですがパートナーが性行為を求めてきます。どう説明すればよいでしょうか?
A1: 採卵により体に負担がかかっていること、感染や出血のリスクがあることを具体的に説明してください。「採卵で卵巣に針を刺したため傷が治るまで1週間は必要」「感染すると今後の治療に影響する」など医学的な理由を伝えることで理解を得やすくなります。可能であれば次回の診察に同席してもらい医師から直接説明を受けることもお勧めします。
Q2: 採卵後10日経ちましたがまだ少し下腹部に違和感があります。性行為は可能でしょうか?
A2: 違和感が続いている場合はもう少し様子を見ることをお勧めします。違和感の原因として卵巣の腫れが完全に引いていない可能性があります。症状が軽減傾向にあればさらに3~5日待ってから再開を検討してください。心配な場合は医療機関を受診し超音波検査で卵巣の状態を確認してもらうことが安心です。
Q3: 採卵後の性行為で避妊は必要ですか?
A3: 採卵周期ではすべての成熟卵胞から採卵できるわけではありません。残存卵胞から排卵する可能性があるため避妊が必要です。特に、新鮮胚移植を予定していない場合は予期しない自然妊娠によりOHSSが増強したり多胎リスクなどがあり治療計画に影響が出る可能性があります。コンドームの使用は避妊効果に加えて感染予防の観点からも推奨されます。
Q4: 性行為を再開したら少量の出血がありました。大丈夫でしょうか?
A4: 少量の出血であれば腟壁の微小な傷からの出血の可能性があります。出血が少量で痛みを伴わない場合は一旦性行為を控えて様子を見てください。ただし出血量が増える、腹痛を伴う、鮮血が続くなどの場合はすぐに医療機関を受診してください。次回の性行為までさらに1週間程度間隔を空けることをお勧めします。
Q5: OHSSと診断されました。いつから性行為が可能ですか?
A5: OHSSの場合は通常より慎重な対応が必要です。軽症の場合でも2週間以上、中等症以上では次回月経開始後まで控えることをお勧めします。OHSSでは卵巣が著明に腫大しており性行為による刺激で卵巣茎捻転のリスクが高まります。必ず主治医の指示に従い超音波検査で卵巣のサイズが正常化したことを確認してから再開してください。
まとめ
採卵後の性行為について医学的な観点から詳しくご説明させていただきました。大切なのはご自身の体の声に耳を傾け無理をしないことです。そして、パートナーとよく話し合いお互いを思いやりながらこの期間を乗り越えていくことです。
不妊治療は長い道のりかもしれませんがお二人で支え合いながら一歩ずつ前進していってください。私たち医療スタッフも皆様の妊娠という目標に向けて全力でサポートさせていただきます。
ご不明な点や心配なことがございましたら遠慮なく医療スタッフにご相談ください。皆様の安全と治療の成功を心よりお祈りしております。