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皆さんこんにちは。生殖医療クリニック錦糸町駅前院「胚培養士」の川口 優太郎です。
「精液検査の結果、運動率が基準値より低いと言われた‥‥」
「精子の運動率が30%だった‥‥」
このような結果を聞いて、不安な気持ちでいっぱいになっていませんか?
もう子どもは授からないのではないか?!今まで子どもが出来なかったのはすべて自分に原因があるのかではないか?!と自己嫌悪に陥っているかもしれません。
私は不妊治療専門クリニックで胚培養士として従事しており、日々多くの精液検体を扱うなかで、運動率が低い場合であっても検査結果を正しく理解したうえで、適切な対策と治療を行うことにより妊娠に至ったケースを数多く見てきました。今回のコラムでは精子運動率の本当の意味や改善方法、さらには実際の治療法に至るまで、専門家の視点から分かりやすくお伝えします。
精液検査で運動率が悪いと言われたら~胚培養士が解説する原因と対策~
精子運動率とは?WHO基準と実際の妊娠への影響
精子運動率とは射出された精液中に含まれる全ての精子のなかで、動いている精子の割合を示す数値です。WHO(世界保健機関)の2021年版最新基準においては、運動率42%以上(前進運動率30%以上)が基準値とされています。
しかしながらこの数値はあくまでも妊娠を目指す上での参考値にすぎず、この値をクリアすれば確実に妊娠できるというものではありません。実際の臨床現場においては、運動率が50%を超えているにもかかわらず高度な不妊治療を必要とする患者様も多くいらっしゃいます。
なぜ基準値をクリアしても妊娠に至らないのか
ではなぜ精液検査の基準値をクリアしている場合でも妊娠に至らないのかといえば、一般的な精液検査で算出される数字だけでは精子のクオリティを測ることができないためです。
これはいわゆる精子の“質”と表現されるものですが、もう少し具体的に言えば精子のDNAが正常であるか、あるいは損傷を受けていないかといった点は、通常の精液検査だけでは調べることが不可能です。
一見すると精子の数や運動性に問題がない場合であっても、中身にあたるDNAが損傷を受けている精子の割合が多いというケースは少なくありません。
DNA損傷が及ぼす影響
精子のDNAが損傷を受けていると受精率や胚発生率の低下、さらには流産率の増加といった事象が生じることが、数多くの学術研究より報告されています。
運動率が悪くなる5つの主な原因

精子運動率が低下する原因は多岐にわたりますが、臨床で見てきた中で特に多い5つの原因をご紹介します。
精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)
精索静脈と呼ばれる精巣につながる血管の一部に瘤(コブのようなもの)が出来ることで、血液が滞留し、精巣温度の上昇が引き起こされることで造精機能に悪影響を及ぼします。
男性不妊症例の約40%以上に認められると報告されており、治療方法としては外科的な手術により改善が期待できます。
酸化ストレス
精子は、活性酸素による酸化ストレスの影響を受けやすく、DNAに損傷を受けやすい(DNA断片化)という特徴があります。精子DNAが損傷を受けると妊娠率の低下や、流産率の上昇につながり男性由来の不妊原因の一つとされています。喫煙、長期間の飲酒、ストレス、環境汚染などが原因と考えられています。
内分泌(ホルモン)異常
テストステロンやFSH、LHなどのホルモンバランスの乱れは、造精機能を障害することが知られています。また、心臓病、肥満や糖尿病といった生活習慣病も造精機能を阻害します。
薄毛治療などでAGA治療のお薬を服用している場合でも、男性ホルモンの分泌が抑制されるため、造精機能に障害を受けることがあります。
感染症(細菌感染、性感染症)・炎症
感染症によって引き起こされる前立腺炎や精巣上体炎などでは、精子の運動性を直接的に低下させます。無症状のこともあるため、注意が必要です。
薬剤の影響
一部の抗生物質、抗うつ薬、降圧薬のほか、AGA治療薬などが精子運動率に影響することがあります。使用する際には主治医と相談が必要です。
胚培養士が見る「運動率の数値」と実際の受精能力
運動率30%台でも妊娠できる理由
WHOでは運動率42%以上(前進運動率30%以上)を基準値としているものの、実際に過去に行った精液検査で運動率が30%台だったご夫婦であっても、自然妊娠に至るケースは存在します。
精液所見は日によって大きく変動することが知られており、その時の体調やストレス、あるいは禁欲期間などによって数値は大きく変化します。同じ人が検査をした場合でも、検査日によって精液の量や精子の数、さらには運動率が毎回変わります。
例えば1回目の精液検査で運動率20%台だった方が、2回目の検査で50%以上となり、続く3回目には40%台を示すといった推移も、決して極端な例ではありません。
そのため1回だけの検査結果で判断することは適切ではなく、WHOでも複数回の検査を以て総合的に評価するように規定されています。特に3ヶ月間に渡って生活習慣の改善に努めてから再検査を行うことで、まれに大幅にデータが改善するケースも見られます。
前進運動率の重要性
精子はその運動様態から、大きく4つの運動性に分類されます
| 運動性A | 高速前進運動(25μm/秒以上) |
| 運動性B | 低速前進運動(5-25μm/秒) |
| 運動性C | 振動運動(その場で動くのみ) |
| 運動性D | 不動精子 |
この運動性の分類は、目視による検査では正確に調べることは難しく、SMASやSQAといった最新の自動解析装置を導入している施設で検査する場合に測ることができます。
われわれが運動率とともに注目しているのは、運動性AとBの割合です。
よく「運動率が基準値をクリアしているから大丈夫だ!」と考えてしまう患者様がいるのですが、これには大きな落とし穴がある可能性があります。
運動率は、“運動している精子の割合”を示しているものなので、運動性Aのように真っすぐに良好なスピードで泳いでいく精子も、運動性Cのようにその場所からほぼ移動せずにピクピクと動いているだけの精子も「運動精子」としてカウントされます。
運動率が基準値を十分に超えていても、運動性AとBの割合が低く、前進運動性が著しく乏しいという患者様も多く見られ、臨床においては『精子無力症』と診断されます。
精子運動率を改善する具体的な方法
生活習慣の改善(3ヶ月で効果が期待できる対策)
精子は、精子のもととなる精原細胞から、最終的に体外に射出される精子に分化するまでに、約74日間かかることがわかっています。そのため、精液検査のデータが不良であった場合、生活習慣の改善に努めて、実際に効果が現れるまでには最低3ヶ月は必要とされています。
改善を図るには以下の点に取り組んでいく必要があります。
- 禁煙
喫煙は精子のDNA損傷を増加させ、運動率を著しく低下させるという報告があります。
3ヶ月以上の継続した禁煙よって、DFI(※DNAが損傷した精子の割合を示す値)が改善したという報告があります。
- 禁酒
飲酒による精液検査への影響は、量よりも期間であるとされています。月に数回だけドカッと飲むよりも、少ない量を毎日毎日飲む方が影響を受けやすいと報告されています。休肝日を設けるなどして、毎日飲むという習慣から量を減らすように努めましょう。
- 適度な運動
週3~4回、30分程度の有酸素運動は精子の質を向上させます。ただし、過度な運動は逆効果なので注意が必要です。
- 体重管理
BMI18.0以下の痩せ型、BMI25以上の肥満は、内分泌系の異常(テストステロン低下)と酸化ストレスを増加させ、精子運動率を低下させます。女性においては、極度の痩せや肥満は不妊症の直接的な原因となることが知られており、男性でも同じことが言える可能性が高いです。
- 睡眠時間とサイクル
7-8時間の質の良い睡眠は、ホルモンバランスを整え、造精機能を促進します。就寝前のスマホは控えりようにしましょう。また、睡眠時間が十分に取れていても、寝る時間・起きる時間がバラバラという場合では、ホルモン分泌が乱れる可能性があります。
- ストレス管理
慢性的なストレスは精子形成を阻害します。仕事も上手くコントロールしながら、家族と過ごす時間や、運動や趣味の時間も大切にしてください。
- 熱対策
精子は熱に弱いという性質があります。ぴったりした下着を避け、長風呂やサウナは控えめに。デスクワークの方は1時間ごとに立ち上がるだけでも、股部にこもる熱を下げることができます。
サプリメントと栄養療法の最新エビデンス
精子の質の改善に効果的とされている栄養素とサプリメントについてご紹介します。
ただし先にお伝えしておくと、サプリメントの服用だけで精液所見を改善するのはまず不可能であると考えておいてください。
あくまでも、過不足の無い栄養バランスの取れた食事と、運動や睡眠といった生活習慣の改善を行った上で服用するようにしてください。また、必要な場合は医療機関で医師に相談の上、適切に使用してください。
- コエンザイムQ10
ミトコンドリアでのエネルギー産生を促進し、精子運動率を改善するという報告があります
- L-カルニチン
精子のエネルギー代謝に必須の成分で、前進運動率が改善するという報告があります。
- 亜鉛とセレン
精子形成に必要なミネラルです。ただし、過剰摂取は人体に毒性があり逆効果なので注意が必要です。
- ビタミンEとビタミンC
抗酸化作用を持っており、精子DNAの酸化ダメージを軽減する可能性があります。
- オメガ3脂肪酸(DHA・EPA)
精子細胞膜の流動性を高め、運動能力を向上させるという報告があります。女性でも卵子の質を改善させたり、妊娠時のリスクを軽減したりする可能性が報告されています。
医学的治療(外科的治療・薬物療法)
「生活習慣の改善に努めてサプリメントも飲んでみたけれど、効果が見られない」という場合には、やはり専門医による医学的な治療が必要になります。
外科的治療
精索静脈瘤手術が認められる場合、治療方法としては外科的な手術のみとなります。ただし、日帰りで行っている施設もあり、術後の約50~70%の症例で精液所見が改善されたという報告があります。
射出精液中に精子が認められない症例では、TESE(精巣精子採取術)やESA(精巣上体精子吸引術)など、精巣から直接精子を回収する手術を行います。
薬物療法
薬物療法には、ホルモン療法や漢方薬などが用いられます。ホルモン療法では、クロミフェン製剤やゴナドトロピン製剤などが処方されることがあります。漢方薬では、補中益気湯や牛車腎気丸などが用いられることがあります。
感染症が疑われる場合には、原因を特定し抗生物質により治療を行います。
運動率が改善しない場合の不妊治療の選択肢
- 人工授精(AIH)
運動率が低い場合でも、基準値との境目程度のデータであれば人工授精によって妊娠を図ることができます。提出していただいた精子は、精子精製と呼ばれる良好精子のみを回収する洗浄濃縮作業にかけます。
- 体外受精
体外受精では、精子精製によって回収した精子を卵子に媒精しますが、おおよそ10万個~20万個の精子を卵子と合わせます。そのため、ある程度良好な精子がいれば、自然妊娠ほどの精子数は必要ありません。
- 顕微授精
顕微授精では、胚培養士が顕微鏡下で良好な精子を1個選別し、ガラスの針を使って直接卵子の中に注入して授精を図ります。そのため、1個でも良好な精子がいれば治療を進めることができます。
精子を選別するための最新技術・機器
体外受精や顕微授精を行う場合では、近年、従来の方法よりもさらに良好な精子を選別するための新しい技術や機器が登場してきています。そのうちいくつかは先進医療という項目で、治療の中に取り入れることが可能です。
MIGLIS(ミグリス)
精子精製用デバイスで、精子に負荷を与えること無く、DNA損傷の少ない精子を選別することができます。
IMSI(高倍率顕微鏡下精子選別法)
1000倍以上の超高倍率で精子頭部の空胞の有無を観察し、DNA損傷の少ない精子を選別します。反復ART不成功症例や反復性流産の患者様に有効とされています。
PICSI(生理学的精子選別法)
成熟した良好精子にはヒアルロン酸が吸着するという性質を利用して、運動性の差から良好な精子を選別します。流産率が低下するという報告があります。
Zymot(ザイモート)
精子の自然な遊泳能力と、良好な精子のみが通過できるマイクロフィルム利用した選別法で、遠心分離を行わないため、最小限の精子の負荷で精子を選別することができます。
これらの技術を症例に応じて使い分ける、あるいは組み合わせることによって、精液データが不良の場合であっても、ある程度高い水準で妊娠を期待することができます。
よくある質問~胚培養士が答えます~

Q1:精子運動率30%は悪いですか?
A1: WHOが示す精液検査の基準値では、運動率42%以上となっています。そのため30%は基準値以下の数値となります。しかしながら、一度の検査で判断することは難しく、WHOでも複数の検査を以て判断することを推奨しています。
Q2:検査結果はどのくらいで改善しますか?
A2: 精子形成には約74日かかるため、最低でも3ヶ月間は継続した取り組みが必要です。ただし、重度の乏精子症や無精子症、精子無力症などでは、データが大幅に改善することは難しいケースがほとんどです。
Q3:運動率以外に注目すべき検査項目は?
A3: 精子濃度(精子の数)や奇形率(形態評価)も重要な項目です
精子濃度は1mlあたり1600万個以上、奇形率は正常4%以上(奇形96%未満)がWHOの基準値です。この他にも、DNAに損傷を受けている精子の割合(精子DNA断片化率)を調べるDFIと呼ばれる検査などがありますが、通常の精液検査とは別の検査になります。
まとめ
たった一度の精液検査で運動率が悪かったからといって、落ち込む必要ありません。精液検査は日によって変動があり再検査でまったく問題が無かったという患者様も多くいらっしゃいます。
大切なのは、原因を正しく理解し適切な対策を講じることです。
生活習慣の改善、サプリメントの活用、必要に応じた医学的治療、そして最新の生殖補助医療技術により多くのご夫婦が赤ちゃんを授かっています。
不妊治療は一般的な病気の治療とは大きく異なる点があります。それは、一人だけではなく『夫婦で一緒に行う治療』ということです。
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