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「夫がAGAの薬を飲んでいるけれど、赤ちゃんを望む今、このまま続けて大丈夫なのかな」。そんな不安を抱えて、このページにたどり着いた方も多いのではないでしょうか。
髪の悩みは、ご主人にとってとてもデリケートな話題です。「やめてほしい」とはなかなか言い出しにくいですよね。一方で、なかなか結果が出ない妊活の中では、気になることはひとつでも減らしておきたいもの。その揺れる気持ちは、とても自然なことです。
胚培養士として毎日顕微鏡で精子を見ていると、ご夫婦から「AGA薬は精子に影響しますか?」と尋ねられる機会が少なくありません。この記事では、国内外の研究データと公的機関・学会の情報をもとに、AGA薬と精子の質の関係、休薬の目安、夫婦での向き合い方まで、できるだけやさしく解説します。
AGA薬とは?精子の質と関係する理由
主なAGA薬は3種類
AGA(男性型脱毛症)の治療で使われる代表的な薬は、次の3つです。
| フィナステリド(商品名:プロペシアなど) | 抜け毛の進行を抑える飲み薬 |
| デュタステリド(商品名:ザガーロなど) | フィナステリドより強く作用する飲み薬 |
| ミノキシジル | 頭皮の血流を促して発毛を助ける薬(日本でAGA用に承認されているのは塗り薬) |
このうち、精子への影響がたびたび話題になるのは、飲み薬のフィナステリドとデュタステリドです。この2つは「5α還元酵素阻害薬」と呼ばれ、男性ホルモンの働きに関わる薬だからです。
塗り薬のミノキシジルは体内への吸収が少なく、精子への明確な悪影響は報告されていません。ただし、いわゆる「ミノタブ」と呼ばれるミノキシジルの飲み薬はAGA治療薬として国内未承認で、日本皮膚科学会のガイドラインでも推奨されていません。妊活中は特に、個人輸入などの自己判断での服用は避けましょう。
カギを握る男性ホルモン「DHT」
5α還元酵素とは、男性ホルモンのテストステロンを、より強力な「DHT(ジヒドロテストステロン)」に変える酵素です。DHTは頭皮では毛根を弱らせ、抜け毛の原因になります。AGA薬はこの酵素をブロックしてDHTを減らします。研究では、血液中のDHTがフィナステリドで約7割、デュタステリドで9割以上低下したと報告されています。
一方でDHTは、前立腺や精のう(精液の液体成分をつくる器官)の働きにも関わっています。AGA薬で精液量が減ったり、精子数が少なくなったりする可能性が指摘されるのはこのためです。つまり、「髪に効く仕組み」と「精子に影響しうる仕組み」は、同じ根っこにあるのです。
AGA薬は精子の質にどう影響する?最新の研究データ
健康な男性では「軽度で回復しうる」変化
健康な男性99人を対象にした米国の臨床試験(Amoryら、2007年)では、フィナステリド5mg(前立腺肥大症の用量で、AGA用量1mgの5倍)またはデュタステリドを1年間服用しました。その結果、26週時点で総精子数がフィナステリドで約34%、デュタステリドで約29%減少しました。ただし52週時点では有意な差はなくなり、精子の形(形態)にも影響はありませんでした。研究者は、変化は軽度で中止後に回復すると考えられるとまとめています。
また、AGA用量(1mg)のフィナステリドでは、健康な若い男性の精液所見に明らかな変化はなかったとする研究もあります。デュタステリドについては、海外試験で1年後に総精子数23%、精液量26%、運動率18%の低下がみられたことが、国内の添付文書情報でも示されています。2026年に発表された総説でも、両薬で精子数や運動率が低下しうる一方、多くは中止で改善すると整理されています。
もともと精子が少ない男性は影響を受けやすい
注目したいのは、「もともとの精子の状態」によって影響の出方が変わる点です。
中止後に精子数が平均11.6倍に
カナダの男性不妊外来で行われた研究(Samplaskiら、2013年)では、受診した4,400人のうち27人がAGA用量のフィナステリドを平均約5年服用していました。服用を中止したところ、精子数は平均11.6倍に増え、減った人は一人もいませんでした。改善は、もともと精子が極端に少なかった人で特に目立ちました。研究者は、精子が少ない男性ではフィナステリドを中止すべきだと提言しています。
さらに、健康な男性の中にも約5%、薬に強く反応して精子数がもとの10分の1以下になる人がいたという報告もあります。
デュタステリドは服用期間にも注意
デュタステリドはフィナステリドより作用が強く、体内に長く残る(半減期は約3〜5週間)のが特徴です。2024年に韓国で報告された研究では、服用期間が長いほど精液量や運動率が低下していました。精液量は約18か月、運動率は約20か月を超えて服用すると、中止後も回復しにくい傾向がみられています。
一方で、AGA薬を平均約4年半服用している男性と服用していない男性を比べ、精液量以外に差はなかったとする報告もあり、研究結果はまだ分かれています。だからこそ「平均値」ではなく、パートナー自身の数値を確認することが大切です。
胚培養士の視点|検査結果の「数字」をどう読むか
WHO基準値と照らし合わせる
精液検査の結果を受け取ったら、まずWHO(世界保健機関)の基準値(2021年版)と比べてみましょう。
| 項目 | WHO基準値(下限) |
|---|---|
| 精液量 | 1.4mL |
| 精子濃度 | 1,600万/mL |
| 総運動率 | 42% |
| 前進運動率 | 30% |
| 正常形態率 | 4% |
この値は「自然妊娠が期待できる最低ライン」の目安で、平均値ではありません。たとえば精子数が多い方なら、3割減っても基準値を大きく上回ることがあります。反対に、基準値ぎりぎりの方が3割減ると、「乏精子症(精子が少ない状態)」や「精子無力症(よく動く精子が少ない状態)」の範囲に入ってしまうことも。同じ「3割減」でも、元の数値によって意味がまったく違うのです。
なお、精液所見は体調や禁欲期間によって大きく変動します。1回の結果だけで一喜一憂しないことも大切です。
不妊治療の方法選びにも関わる
精液所見は、不妊治療の方法選びに直結します。人工授精(洗浄・濃縮した精子を子宮に注入する方法)では、一定数以上の運動精子が必要です。数値が下がると体外受精、さらに顕微授精(精子を1匹選んで卵子に直接注入する方法)へとステップを進めることになり、女性の身体的・経済的な負担も大きくなります。
先のSamplaskiらの研究でも、AGA薬の中止によって、より負担の少ない人工授精を選べる可能性があると述べられています。また、フィナステリドの中止で精子のDNA損傷率が改善した報告もあります。顕微授精では見た目の良い精子を選べますが、DNAの傷までは顕微鏡で見分けられません。「選べる精子の数」と「精子そのものの健やかさ」の両方を整えておくことは、受精卵の育ちを支える土台になると、培養室で実感しています。
パートナーや赤ちゃんへの影響は?
精液に移る薬はごく微量
「夫が飲んでいる薬が、精液を通じて私や赤ちゃんに影響しないか」というご相談もよく伺います。結論から言うと、そのリスクは極めて低いと考えられています。
AGA薬の成分は精液中にもわずかに移行しますが、その量はごく微量です。海外の総説では、デュタステリドを1年間服用した場合の精液中濃度は最大でも約14ng/mLとされています。胎児に影響しうる量に達するには、約186mL(1回の射精量を5mLとして約37回分)の精液がすべて吸収される必要があると試算されています。
そのため、男性の服用による赤ちゃんへの影響はほとんど心配ないというのが、多くの医療機関の見解です。気にかけたいのは「赤ちゃんへの影響」よりも、先に述べた「精子の数や動きへの影響」のほうだと覚えておきましょう。
女性は錠剤に直接触れないよう注意
一方で、女性自身がAGA薬に直接触れることには注意が必要です。フィナステリドやデュタステリドは皮膚から吸収される可能性があります。妊娠中の女性が取り込むと、男の子の赤ちゃんの生殖器の発達に影響するおそれがあるため、添付文書でも注意が呼びかけられています。
- 割れたり砕けたりした錠剤、漏れたカプセルに素手で触れない
- 薬はご主人専用の場所に保管する
- 触れてしまったら、すぐに石けんと水で洗う
コーティングされた錠剤を普通に扱う程度なら、過度に心配する必要はありません。妊娠を考え始めた時期から、ご夫婦の習慣にしておくと安心です。
妊活中、AGA薬はやめるべき?休薬の目安
精子が育つまで約3か月かかる
精子は精巣の中で、もとになる細胞から約74日かけてつくられます。その後、精巣上体という場所で成熟しながら運ばれていきます。つまり、今日射精される精子は、およそ3か月前から準備されてきたものです。
そのため、AGA薬を中止しても、その効果が精液所見に表れるまでには時間がかかります。中止後3〜6か月で改善がみられたという報告が多く、休薬するなら「妊活や治療ステップアップの3か月前」がひとつの目安です。デュタステリドは体内に長く残るため、もう少し余裕を持つよう勧める医師もいます。
「体外受精に進む前に休薬して、精液所見を確認してから採卵日を決める」など、治療計画から逆算して考えるのがおすすめです。
休薬を前向きに検討したいケース
すべての方に休薬が必要なわけではありません。ただ、次のような場合は医師に相談のうえ、休薬を前向きに検討したいところです。
- 精液検査でWHO基準値を下回る項目がある
- 精索静脈瘤(精巣の周りの静脈がこぶ状に腫れる病気)など、男性不妊の原因がある
- 1年以上妊娠に至らない、人工授精を繰り返しても結果が出ない
- デュタステリドを長期間服用している
男性不妊外来の中には、不妊治療中は休薬を勧めると明言している施設もあります。日本生殖医学会の生殖医療ガイドラインでも、重度の男性不妊では泌尿器科的な検査を行うことが推奨されています。男性不妊を専門とする泌尿器科医に相談すれば、髪と妊活の両立方法も一緒に考えてもらえます。
夫婦で前に進むためにできること
まずは二人で検査を受ける
WHOによると、不妊の約半数は男性側にも原因があるとされています(男性のみ24%、男女ともに24%)。厚生労働省やこども家庭庁も、不妊の原因は女性だけにあるわけではないと伝えています。
2022年4月からは不妊治療が保険適用となり、検査や治療を以前より受けやすくなりました。AGA薬を飲んでいるかどうかにかかわらず、まずは精液検査で「今の状態」を知ることが、いちばん確実な第一歩です。
検査の際は、AGA薬を服用中であること、薬の種類と服用期間を必ず医師に伝えましょう。結果を正しく読み解くための大切な情報になります。
夫を責めない伝え方のヒント
薄毛の悩みは、男性にとって自信やプライドに関わる繊細なテーマです。「AGA薬のせいで妊娠できないんじゃない?」という言い方は、意図せず相手を傷つけてしまうかもしれません。
伝えるときは、「あなたの髪のことも大事に思っている」という気持ちを前提に、次のように“二人の課題”として共有するのがおすすめです。
- 「赤ちゃんのために、二人でできることを一緒に調べてみたんだけど」
- 「一度検査して、数字を見てから先生と相談してみない?」
休薬が必要になっても、塗り薬への切り替えや妊娠成立後の再開など、髪を守る選択肢はあります。ひとりで抱え込みそうなときは、生殖医療専門医や不妊治療に特化した心理士など専門家に相談するのもひとつの方法です。
参考文献・引用元
公的機関・学会
- 厚生労働省「不妊治療と仕事との両立サポートハンドブック」:WHOによれば不妊の約半数は男性に原因
- こども家庭庁「数字でみる 妊娠・不妊のあれこれ」:男性のみ24%・男女とも24%、検査・治療経験のある夫婦は約4.4組に1組
- 政府広報オンライン「不妊治療、社会全体で理解を深めましょう」:2022年4月からの保険適用
- 日本生殖医学会「一般のみなさまへ(生殖医療Q&A)」
- 日本生殖医学会編「生殖医療ガイドライン」(こども家庭庁掲載):重度男性不妊では泌尿器科的検査を行う(推奨度A)
- 日本泌尿器科学会編・日本生殖医学会後援「男性不妊症診療ガイドライン2024年版」
論文
- Amory JK, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2007:健康男性99人、総精子数 F −34.3%・D −28.6%(26週)
- Samplaski MK, et al. Fertil Steril. 2013:中止後に精子数平均11.6倍、約5%の高感受性者
- Dutasteride and semen parameters. Clin Exp Reprod Med. 2024:長期服用で精液量・運動率の持続的低下
- Song S, et al. J Sex Med. 2024:5-ARI服用群は精液量のみ低値
- Impact of 5-alpha reductase inhibitors on male reproductive health. 2026(PubMed)
- Finasteride and Dutasteride for the Treatment of Male AGA: A Review:精液中濃度14ng/mL、186mLの試算
川口 優太郎
経歴
- 埼玉医科大学 保健医療学部 卒業
- 国際基督教大学大学院 博士前期課程 (アーツサイエンス研究科 生命科学専攻)修了(理学修士)
- 加藤レディスクリニック
- 中国・上海永遠幸婦科医院生殖医療中心(出向)
- 医)東京桜十字 桜十字ウィメンズクリニック渋谷 培養室室長
- 医)鳳凰会 フェニックス アート クリニック 統括室長 ほか
所属学会
日本卵子学会、アジア太平洋生殖医学会、日本組織培養学会
学会発表etc
- The 2023 IFFS World Congress (国際不妊学会学術会議), Athens, Greece, September 10th-13th ; When transferring blastocysts into the uterus, embryo size may be more important than embryo morphological evaluation in determining the priority of embryos to transfer.
- The 2023 IFFS World Congress, Athens, Greece, September 10th-13th ;The optimal timing of oocyte vitrification after oocyte retrieval is closely related to the formation of the mitotic spindle.
- The 2023 IFFS World Congress, Athens, Greece, September 10th-13th ;Complete removal of the zona pellucida from the embryo before embryo transfer into the uterus may contribute to improved implantation rates.
- Vivola株式会社 Vivola-Insights 生殖医療専門医療機関向けWebセミナー テーマ「アシステッドハッチング実施時における『透明帯の完全除去法』は妊娠率の向上に寄与する」2024年3月6日
- 第65回 日本卵子学会学術集会, 兵庫県神戸市, 神戸国際会議場, 2024年5月18-19日;凍結胚移植周期において移植前のアシステッドハッチング実施時における『透明帯完全除去法』は着床率の向上に寄与する
- The Scientific Committee of the 13th Congress of the Asia Pacific Initiative on Reproduction(ASPIRE 2024;アジア太平洋国際生殖医学会 フィリピン・マニラ), Manila, Philippines, May 23rd-26th ; IN THE FROZEN-THAWED BLASTOCYST TRANSFER CYCLE, COMPLETE REMOVAL OF THE ZONA PELLUCIDA FROM THE BLASTOCYST BY ASSISTED HATCHING MAY IMPROVE THE IMPLANTATION RATE.
- The Scientific Committee of the 13th Congress of the Asia Pacific Initiative on Reproduction, Manila, Philippines, May 23rd-26th ; THE FORMATION OF THE OOCYTE SPINDLE IS ONE OF THE MOST IMPORTANT FACTOR IN DETERMINING THE OPTIMAL TIMING FROM OOCYTE RETRIEVAL TO OOCYTE VITRIFICATION.
- 第70回 日本生殖医学会学術講演会 ≪併催≫The 25th IFFS World Congress 2025(国際不妊学会学術会議), Tokyo, Japan, April 26th-29th; In IVM culture of immature oocytes, the maturation of oocytes may be advanced by using a culture medium supplemented with a high concentration of glucose
- The Scientific Committee of the 14th Congress of the Asia Pacific Initiative on Reproduction(ASPIRE 2025;アジア太平洋国際生殖医学会 シンガポール),SINGAPORE, May 1st-4th ; THE RESULTS OF SEMEN ANALYSIS IN IN VITRO FERTILIZATION ARE INFLUENCED BY BODY MASS INDEX (BMI)
- The Scientific Committee of the 14th Congress of the Asia Pacific Initiative on Reproduction, SINGAPORE, May 1st-4th ; IN IVM CULTURE OF IMMATURE OOCYTES, THE MATURATION OF OOCYTES MAY BE ADVANCED BY USING A CULTURE MEDIUM SUPPLEMENTED WITH A HIGH CONCENTRATION OF GLUCOSE
- The Scientific Committee of the 15th Congress of the Asia Pacific Initiative on Reproduction(ASPIRE 2026;アジア太平洋国際生殖医学会 中国・北京), BEIJING, May 7th-10th ; CONFIRMING SPINDLE FORMATION IN OOCYTES BEFORE CRYOPRESERVATION CAN IMPROVE FERTILIZATION RATES DURING ICSI USING THAWED FROZEN OOCYTES.
- The Scientific Committee of the 15th Congress of the Asia Pacific Initiative on Reproduction, BEIJING, May 7th-10th ; SEMEN ANALYSIS RESULTS ARE INFLUENCED BY THE PATIENT'S BMI, WHICH AFFECTS THE OUTCOMES OF IN VITRO FERTILIZATION.
- 第67回 日本卵子学会学術集会, 埼玉県川越市, ウェスタ川越, 2026年6月6-7日;凍結保存精子を用いた高度生殖医療における最適な媒精方法の検討;男性側の妊孕性温存を考察するために